湊と壱樹の話。戦闘、グロ注意。
これからの後/以前公開していた答え再編みたいなものです。
@lianmiso
敵の目論みに気づくほど、いや、遠くの気配を感じるほど感覚が鋭かったらーーー
痛さなど感じないくらいに感覚が鈍かったらーーー
結果は違ったのだろうか。
跳ね起きた。
体からガーゼケットが落ちる。昨日洗濯したばかりなのに寝汗を吸って臭いが酷い。
悪夢に心臓が早鐘を打つ。胸に手を置いて鎮めると湊はそっと立ち上がり、机の上に置いておいた肩掛け鞄を背負う。あの島の技術で出来たもので見かけに反し大量の道具が入る。昔愛用していたものだ。
かちゃりと自室のドアを開け、そろそろと足音を消して廊下を歩く。
柳の部屋、理央の部屋、雪宗の部屋を通り越し、壱樹の部屋。
「あっ。」
扉が開き、湊は引き摺り込まれた。部屋の主が湊を睨む。
「どこに行くんだ。」
「えっと…………ちょっとそこまで?」
額を空いた左手の人差し指で突かれた。
「あいたっ!」
壱樹の部屋は植物が多い。
大輪の赤い薔薇、霞草、湊にはわからない植物が沢山。窓にはグリーンカーテンが張られている。正体はゴーヤであり、夏になるとたまに食卓に上った。庭には小さい家庭菜園もあり、膨らみ、色付く野菜たちはもうすぐ収穫できると壱樹が腕まくりをしていた。
でも、もう湊の口に入る事はない。
抹茶みたいな色のソファがひとつ。大人3人くらい座れる大きさだ。
「ちょっと座れ。」
座らなかったら蔓で無理やり座らされそうだから湊は大人しく言うことを聞いた。
壱樹が理央の話をしたのは昨日だ。4人で話し合った末に迷宮関係、魔具関係の依頼を受けながら3人の後を追うことになった。ただ1人始終無言だったのは湊のみ。今も続いている。
壱樹が湊の頬を引っ張る。みょんと湊の頬が伸びた。
よく伸びる。上上下下丸書いてちょん。
無反応。
「痛がるとかしろよ。」
「…………。」
「だんまりか。」
壱樹が湊の頬を離す。ソファの背に壱樹が体重を預ける。ぼふりと空気が抜けた。
「俺のこと、みんなのこと、嫌いか?」
「そんなこと、ない、です。」
「やっぱり迷宮に向かうのやめよっかなー?………あ、今、安心したな?」
入社してから、いやその前から気に掛けていた湊の少しの変化くらいはわかる。壱樹の言葉で湊の緊張が緩んだ。
「つまり湊。お前は俺たちが弱くて信用できないから1人で迷宮に行こうと。わかった。ーーー表に出ろ。」
◇
湊はくるりと壱樹に背を向けようとした。
「そのまま出てくってんなら後ろから撃つ。その大事な鞄、壊されたくないだろ?」
壱樹の思った通り湊は足を止めた。
伸びた稲科の植物が肌を擽る。このところ忙しくて草を刈る暇もない。湊の背丈の倍を越す草が凪ぎ、一斉に倒れた。10メートルほど先に壱樹の姿が現れる。
「本当に、やるんですか。」
周囲にまだ残る葉のざわめきや海風と潮騒にかき消されてしまいそうな湊の声に壱樹が拳を振り上げて、大声を張り上げる。
「こうするしかないだろ。」
「…………いくら壱樹さんでも。僕を止めるなら。どんな手を使っても。殺してでも。」
「上等ッ!来いよ、湊。胸を貸してやる。本気で来いッ!」
鋭く息を吸い、身を屈めて湊は壱樹に駆け出した。片手には刀―――【天風】は速度強化。湊の身が軽くなる。
草が足に絡みつき、湊を地面に縫い止めようとする。
視線を向けずに刈り取ると周囲から迫り来る蔦、枝を瞬時に切り刻む。刈られた草葉の間から芽吹き、根が隆起し、細木、細木へと成長していく。みるみる事務所周りは壱樹の能力により森林と変貌していた。急成長する枝に左目を突かれそうになり、湊は身を捩る。
腕に痛みが走った。
刀を握っている方の右腕に矢が当たった。気を取られた隙に木陰から目にも止まらぬ速度で壱樹が湊に詰め寄り、湊の刀と壱樹の拳が激突。火花が散る。
肉を裂き、骨すら断つはずの刃は壱樹の拳を切断できない。能力によって筋力を活性化した拳に湊のスピード特化の刀は壱樹の拳に負ける。
それはお互いに重々承知。
壱樹の拳から蔓が伸びて刀を絡め取り、すかさず腕を引く。没収するためではない。
絡め取ったはずの刀は消え、地面に湊の身長ほどの漆黒の大剣が木の根を両断していた。まるでギロチンだ。―――自分の腕より太い木の根と先ほどまでそこにあった腕が重なる。
壱樹の顎を伝い、冷や汗が垂れた。
(あっぶねぇ!腕引いてなかったら左の肘から先、無くなってた!湊の奴、片手で刀を握っていたはずだろ?もう片腕は後ろだった。手からしか召喚できないはずなのになぜ使えた?)
「考えている暇、ありますか?」
咄嗟に頭を左に動かす。何本か髪が散り、壱樹の頬から血が垂れた。湊が愛用している双刀のうちの一振りが背後に刺さっている。
ーーー投擲か。
「霧凍と初めて会った日みたいだな。あん時はおめぇの投げたその剣が霧凍の鼻先を切ったんだっけ。」
◇
霧凍の部屋に飛び込んできたのは多喜だった。
「霧凍くん!」
パソコンから目を上げ、霧凍が眼鏡を掛け直す。
「朝っぱらから騒々しい。何ですかぁ。まだ起床時間じゃないですよぉ?」
「まだ起きてたの!?………って違う!外見て!外!」
多喜が遮光カーテンを思いっきり引く。
まだ真っ暗闇で星々が見つめる中、事務所隣の空き地で植物が生えては伐採される。視力を上げると木々の合間から時折湊の武器召喚の際の青い光と時折壱樹の後ろ髪がかろうじて見えた。
「事務所の防音、耐震はバッチリ。揺れも感じない。事務所周辺は森にしないで欲しいですよねぇ。見通しが悪くなる。」
「なんでそんな落ち着いているんだい。」
「昨日の夜の話し合いを思い出せば分かりきったことでしょう。湊くんが私らの決定に不服で、壱樹さんが引き留めた。それだけのことです。湊くんの態度でわかりませんでしたかぁ?」
「わかってる。わかってるけど。とにかく止めないと。」
「そのままにしておきましょう。」
カーテンを閉め直そうとする霧凍の手を多喜が掴んだ。薄目を開ける。鮮やかな紅色が覗く。
「いいのかい?霧凍くんの力を知るうちの実力者が2人暫く使い物にならなくなるんだよ。その頃には国や他社が根こそぎ価値のあるものを持って行って、迷宮で稼ぐのは夢のまた夢だ。」
多喜の言葉にピクリと霧凍の耳が動く。
「仕方ありませんねぇ。」
◇
戦ってから1時間経過した。
湊が口開く。
「なんで、そこまでするんですか?」
「あ?」
壱樹は擦り傷、切り傷、銃創だらけだ。段々と音も遠くなり、打ちつける波の音も壱樹には聞こえない。服も血で染まりきっている。対し、服こそ破れ、血糊がべったりと付いているものの湊は傷一つない。しかし、疲労は隠せていない。両膝が震えていた。双剣を握る手が無意識に緩み、握り直す。
「こんなに、壱樹さんを、傷つけているのに、引き止めなきゃいい、じゃないですか。」
「ば、ばかやろう。勝った気で、いるのかよ。まだ勝負は、ついちゃねぇ、これからだ、これから。」
湊に拳を向けるが、力が入らず震えている。強がりだ。矢が飛んでこないのも体の強化のみで精一杯を意味している。しかし、意志だけは変わらない。むしろ最初より瞳が爛々と輝いていて、闇の中で星のように浮いて見えた。
「こんな僕なんて。何も言わない、言えないのに。」
「今、言えているだろ。そのまま話せよ。」
「僕は、ひどい奴だ。」
「いや、お前はやさしい。戦いぶりからもわかる。」
「そんなことは、ない。」
「じゃあ、なんで、剣投げた時、わざと外した?なんで声掛けたよ。そのまま投げれば、良かったんだ。お前は人を殺せる奴じゃない。」
「壱樹さんは知らないだけ。僕が住んでいた高天島も迷宮のひとつだった。みんな強い。けど、僕はあそこへみんなを連れて行きたくない。霧凍さんは空腹、緊張等の極限状態って言っていたけど狂わすほどの何かがある。体自体を変えてしまう魔具もあるって知ってる。」
「湊………」
「苦しかった。辛かった。同士討ちも………いい、僕だけでいい。あんな思いをするのは僕だけでよかった!」
「だから、1人で行こうと………」
「でも、アイツは行っちゃったんだよ!柳………『理央、雪宗、俺はいない者としろ。もう長くねぇんだ。』って研修が終わってアイツはすぐにそんなこと言って。帰る気なんてない。理央さんに付き合うふりして終わろうとしているんだ!あの死にたがりの馬鹿!連れて帰るつもりだけど、僕のことなんて………どうでも!」
「そんなことはねぇ!」
涙ながらの湊の叫びを壱樹はさらに大きな声で掻き消した。湊が目を丸くする。
「多喜が、柳の奴、おめぇが会社に入って来たから戻って来たって言ってた。」
「嘘だ………。」
「本人だけじゃねぇ。理央からも聞いた。『私が呼んでも帰ってこなかったのに』だとよ。突き放したのは、あの3人の悪評はこの業界ででかいからだ。おれだって理央の弟子で因縁つけられたことがある。帰って来たのも、突き放したのもお前を心配してだよ、湊………言い方ってもんはあるけど、あいつが素直じゃないのはお前が1番わかってんだろ。親友、なんだろ。」
大きい声を出したせいか長く話したせいか壱樹が大きく咳き込む。草葉に赤い点が散り、傷口からバタバタと血が溢れた。
「でも、追いついたら、戦闘になるかも。あいつには敵も味方もないから。邪魔する奴は、全部潰す。僕でも贔屓なしに潰す。そんな奴だから。」
「あいつ、仕方ない奴だなぁ。そんときゃ、一緒にぶん殴ろうぜ。」
へへへ、と力無く壱樹は笑った。
「―――うん。」
「じゃあ、決着をつけるとするかァ!」
「ハイ!…………えぇ!?戦いを終える流れじゃないんですかぁ!?」
晴れやかな笑顔で壱樹が言い放つのにうっかり湊は返事をし、しばらくした後で慌てふためき、双剣をお手玉する。
「壱樹さん、血がものすごく出てるじゃないですか!」
「うるせぇ!お前がやったんだろ!きちんと蹴りつけねぇと気持ち悪い!湊!切り札で来い!切り札で!」
「切り札って言っても………」
湊の横に現れたのは、青みがかった円錐形の槍。
「お前の故郷で眠っていた槍か。魔具だな。召喚には時間が掛かったはずだ。」
「抜け出す時のは昨日から決めていた。誰かに捕まると思っていたし、もう少し必要だった時間は先程しっかり稼がせて、もらいましたから。」
「お前、あの会話まで計算に入れてたのか。騒いだのはまだ足りない時間を稼ぐため、にしては正々堂々だな。」
「だって、壱樹さんと、だし。最後は真正面から。」
「嬉しいこと言ってくれるな。」
「いきます!」
湊が槍をぶん回した。
「突くんじゃなくてそう使うのかよ!………うぉ!」
真横に振られた槍を身を潜らせて避けるが、掠った部分から燃え始める。髪の焼ける嫌な臭いがした。
「その槍、殺傷力は低いけど、相手の苦手なものに、変化します。壱樹さんの場合、刺さったら体の中から燃えますね。」
壱樹が左手で槍を掴んだ。
槍が発火し、壱樹の掌が燃え始める。
「離して!」
「やっと捕まえた。まだ振り慣れてねぇな。」
湊が動揺から回復して槍を消した。
武器を消す一瞬の硬直。その一瞬が欲しかった。
壱樹が指を鳴らす。
森が騒めく。
周りの木々の枝が、足元の蔓が湊に伸びてぐるぐる巻きにする。
「俺のは偶然だけど、おめぇと話している時、このくらいは回復していた訳。これでお前は身動きが取れねぇ。」
壱樹が喉元に枝を突きつける。ごくりと湊が唾を飲んだが不敵に笑う。
「勝った、つもりですか。この蔓とか枝だって、なんとかできる。」
「あぁ、そうだろうな。でも、今日は召喚のしすぎだ。弱っている状態じゃ武器の召喚には時間が掛かるだろ?その前に喉を突く。」
「そのくらいじゃ、僕は死にませんよ。」
「わかってる。傷は治るだろうな。でも、毒はどうだ?この枝は毒性が強い夾竹桃だ。」
「………参りました。」
目を閉じて観念して笑った湊におう、と満足気に笑い、壱樹は笑顔のまま前のめりに倒れた。
「えぇ!?壱樹さん!!!気絶したら能力解けるんじゃないんですか!?運べないじゃないですか!せめてこれ解いてから、倒れてくださいよぉ!本当はもう武器召喚、できないのに。いつきさん?いつきさーん!!!だめだ………だれかー!!!」
湊が足をバタバタさせる。情けない声の後にどこかで鶏が鳴いた。
◇
冷たいものが絶えず壱樹に降り注ぎ、「なんだ?」と目を開けると湊が泣いていた。
「泣くなよ。」
目尻を指で拭ってやる。
湊が目を見開く。
「壱樹さん!………霧凍さーん!多喜さーん!壱樹さん起きましたよ!」
「なんだって!?無事かい!?壱樹くん!戦闘終わったと思ったら、また戦い出すし、何やってるの!2人とも。」
肩を怒らせる多喜が壱樹の鼻先に指を突きつけた。
「………あれ、体。治ってる。」
どこにも傷はない。頰を裂いた傷も脇腹に空いた穴もすべて塞がっている。左掌の火傷すらない。残るのは重い倦怠感だ。
「私が治したんですもの。当然でしょう?」
霧凍が中指でブリッジを上げる。
「ありがとな。回復魔法、高いんだろ。」
「お礼なんていいんですよぉ。湊くんに代わりに払って貰いましたぁ。」
「ハァ!?湊に!?まだ子どもだろ!?」
「私は子どもも大人も平等ですよぉ。―――さて、私は用意を始めます。出回る魔具も探さなければいけません。貴方方とは違って忙しいんですよ。」
霧凍はスタスタと医務室から出て行った。
「って言ってもね、霧凍くん。壱樹くんが起きるまでいつもよりそわそわしていたんだよ。回復魔法使ったとはいえまだ体はだるいでしょ?しっかり休んでね。湊くん、君も無理しちゃだめだよ。きちんと休んで。」
多喜が霧凍に続いて出ていく。残るは湊だ。
「ごめんなさい。」
湊が深く頭を下げる。ズボンを握りしめる手は震えていた。
「俺から始めたことだ。気にするな。」
壱樹がポンと湊の頭に手を乗せる。
「もう1人で行くな。思い詰めるな。自分のことも考えろ。寂しいだろ。お前は寂しいだろ。俺も寂しい。」
「うん。」
わしゃわしゃと髪を掻き回した。朝日が医務室に差し込む。
「最後にひとつだけ。」
湊が壱樹に矢を差し出す。鏃にぐるぐると蔦が巻きつけられている。湊との戦闘で使用した矢だ。
「拾って来たのか。」
「今まで壱樹さんもこういうことができたんでしょうが、迷宮では人を気遣う、余裕がなくなる。迷宮で世界が変わるなら、人も変わっていく。壱樹さん、耐えられるんですか?」
「努力する!」
即答だった。
「変わっていくなら慣れるように、極力人を傷つけることがないよう力をつける!地道に頑張る!まずはほら、日々のランニングからだな………あ、笑った!」
湊がくすくすと笑うと、壱樹は「笑うなよ。真剣なんだから。」と唇を尖らせた。
「理央から優先順位はつけろって話は聞いていたけど、苦手でな。でも、それだってみんなで協力すればなんとかなる!1人よりも2人、2人よりも3人、4人だ!」
壱樹が窓の外を指差す。朝日が海面を照らしている。
「今までだってそう乗り越えて朝を迎えてきただろ。これからもなんとかなるって!」
壱樹さんが言うなら、根拠はないけど、大丈夫な気がしてきた。暖かい陽が部屋を満たす。湊の心までも暖めていった。