壱樹と霧凍、湊の話
これからの後/以前公開していた答え再編みたいなものです。
@lianmiso
「湊、今日はなんでもやっていいからな!遠慮しなくていいぞ!」
「ありがとう、ございますっ!」
「ほら、周り見て来い。俺は休憩してから行く!」
にこにこしながら湊は喫茶店から出て行った。
先日の回復料の肩代わりを湊に提案したが、頑なに湊は首をぶんぶんと横に振り、果ては泣きながら双剣を喚んだ。壱樹も「絶対に払う!」と構え、危うく第二回戦開始となりかけた所、見兼ねた多喜が「何か代わりのもので返せば?」と横で提案したのに「なるほど!」と拳を片側開き、ポンと手を打った。
考えた末、あまり来ないショッピングモールにやって来て湊の好きにさせる日を作ることにした。遠慮する湊を壱樹と多喜とで説得をし、連れ出すことに成功した。
古いレコードやカセットテープ、CDを取り揃える店があると車内で湊がはしゃいでいた。
湊が出て行って壱樹の前に残るのは仏頂面。霧凍だ。
「なんで私まで連れて来てるんですかぁ?忙しいんですけど?移動時間、喫茶店の待ち時間、全て無駄です。湊くんが私に対価を支払って依頼をしたんですから、私に礼なんて必要ないでしょうに。」
「そんでも回復したのはお前だろ。あんがとな。」
真正面に座る霧凍の唇が歪む。嫌な笑い方だ。
「ただで礼をくれるというなら貰いましょうかねぇ。覚悟しておきなさいよぉ。」
「給料日前なんでお手柔らかにお願いします。」
先程湊に多めに小遣いをやってしまった。壱樹の財布は普段植物やお土産という名の自分が食べたい物に振るわれ、さほど余裕はない。
「提案しておいてこれなんですからぁ。無計画ですねぇ。」
「静かに奢られろよ。まったく。ご注文はお決まりでしょうかね。霧凍さん。」
「はいはい、パトロンさん。」
霧凍が店員を片手で止める。
「すみません、炭焼き珈琲アジア風と苺のケーキ、クリームブリュレ、黒豆ときな粉のアイスをお願いします。」
スラスラと店員は注文を書いていく。
「俺は………ジャスミンティーを。」
店員は一礼すると、去って行った。
「容赦なく、遠慮ない。」
肘をついて壱樹は眉を寄せる。壱樹の感で「ここはうまい!」と入った喫茶店の価格は少々お高い。
「あなたが奢るって言ったんでしょう。自分の言葉に責任を持ちなさい。」
程なくして珈琲と練乳、ジャスミンティーが運ばれて来た。
「いつも練乳入れてんなぁとは思ったけどメニューにあんのな。」
「所謂、越珈琲という奴ですよぉ。甘味、いや、食べ物しか頭に入ってなさそうなのに、知らないなんて珍しいですねぇ。」
「うるせぇなぁ、俺にだってわからないことくらいある。」
茶を啜る。金が足りるかどうかの不安に駆られる心を鎮め、気を取り直した。
「なぁ、霧凍。湊が払った回復料ってどのくらいだ?」
1番聞きたかったことだ。「金のことだし」と壱樹は声を顰めた。
「3億円。」
耳を疑った。
「はぁ!?さんお………え?マジで?」
静かな店内のBGMを壱樹の声が裂く。
先程の気遣いは吹っ飛んでいった。
「材料費高騰してるんですよぉ。消費税、手数料込で1人1億ですかねぇ。分割で支払っていただきます。」
涼しげに霧凍はコーヒーカップを傾ける。あの中には胸焼けするほど練乳が入っているとは誰も信じないだろう。
「ばっか………お前!お前の頭は金のことしかねぇのか!?」
「ただし、今度迷宮に潜りますでしょう?危険手当はつけますよぉ。以前別の迷宮に潜り、破壊して生還し、たまの休みには跡地にデータを取りに行く彼には期待していますからねぇ。情報提供料もつけます。彼には言わないでください。」
「霧凍………」
「何・処・かにデータを送るのはやめてもらいますがねぇ。せっかくのアドバンテージ。私達で利用させていただきますよぉ。」
「一体何処に送ってるんだろうな?事務所の上層部、秋成さんに直接かな。」
秋成が烏島付近の迷宮について調べているという話は壱樹の耳にも届いている。壱樹の話に霧凍は片眉を上げるとかちゃかちゃと神経質にスプーンを回した。
「何処ぞの誰かさんたちと違って彼のことです。返さずに逃げるということはないでしょう。言うことも聞くはずです。1人で行く可能性も低くなると思いますがねぇ。」
「………勝手に行くのを防ぐのはわかる。それでチャラみたいな雰囲気出してるけど到底3億には届かねぇんじゃねーのか。」
「そりゃそうでしょう。私への利益は出るようにしています。後は彼の探索への貢献次第ですよぉ。材料費の高騰は嘘じゃないですからねぇ。」
「そんなに金が大事かよ。迷宮行くのも金のためだったな。」
「ええ、大事ですねぇ。精神力という根拠のないわけのわからないものを利用する貴方方とは違います。家計だって採算を無視する馬鹿共のせいでカツカツです。貴方も今、財布の中身で悩んでいるじゃないですかぁ。それともただ食いする気ですかぁ?犯罪ですよ犯罪。」
「それは………その通りだけどよ。」
ちょうど店員がケーキ、ブリュレとアイスを持って来た。ただ食いの話が聞こえたのか壱樹のことをギロリと睨んで去っていく。霧凍がアイスをスプーンで掬った。壱樹に見せる。バニラビーンズが入ったそれは香り高く、美味そうだ。
「これは食、後は衣住。住はなんとかなるにしても普通に暮らすのにもお金が掛かります。仕事をするのに貴方の弓だって手入れが必要でしょう?私は体へ魔法を込めないといけませんからもっと必要です。戸籍、恋人、命だってお金で買えますよぉ。」
「そんなわけないだろ。恋人なんて買えねーよ。」
「年収なら貴方でもわかりやすいですかぁ?重視する人多いでしょう。TVのニュースで取り上げられるくらいです。」
「俺はしっかりお付き合いしてお互いを知って結婚したいけどな。命は?命ってなんだよ。」
返答次第ではぶん殴ると壱樹の顔に書いてあった。
「病気、怪我等治療するのだってお金が掛かります。医療費ですねぇ。黒井兄弟の事故はありましたが、クローンの技術だって進歩して来ています。一部分のみクローニングして移植することだって普及が始まっていますしねぇ。最近じゃ遺伝子だって買えます。これから命はどんどん安くなりますよぉ。」
「どういうこった?」
霧凍はフォークを壱樹に突きつけた。苺のケーキが刺さりっぱなしだ。
「わからないんですかぁ?私らが迷宮に入るように化け物もこっちに来るでしょう。忘れましたかぁ?三十木で貴方も対応していました。」
「でも、東響地下は封印したって!管理できるんだろ?」
「馬鹿ですねぇ。三十木に完璧な封印ができると思いますかぁ?それにわざと緩くしたかもしれないじゃないですかぁ。現に東響地下水路で怪物を多喜さんと確認済です。東響では行方不明者が絶えません。発見されてそれが本当のヒトかどうかなんてわからないです。何が紛れていてもおかしくない。それがわからぬ阿保じゃないですよねぇ?私らが今まで対応してきた怪奇現象も増えるんじゃないですかぁ?」
壱樹の頭の中に今までの事件が浮かぶ。狐に狸に物の怪、怪物、見えざる何か、よくわからないモノ………霧凍のいう通りだ。壱樹が頷く。
「それ以外の可能性もありますよぉ。開けて利益を得る人間なんて沢山いますし、狂人かも知れない。何処かの国のスパイかもしれませんねぇ。混乱目当てか忍び込んだか………企業どころか国同士、魔具の取り合いはさらに激しくなります。最悪戦争ですよぉ。」
「うーん………そんなことないって言いたいけど、【そんなことさせねぇ】だなこれは。」
壱樹の決意を「無理です。」と霧凍はバッサリケーキと一緒に切った。
「時代の流れですよぉ。貴方みたいにいちいち気に掛けていたら身が持ちません。」
「気負いすぎるなってことか?霧凍………!」
気遣ってくれた霧凍に感動に震えるが目の前の男は硝子のような温度のない目をしていた。
「いざと言う時に使い物にならなかったらこっちが困るだけです。」
ガックリと肩を落とす。溜息がジャスミンティーの表面を揺らした。
「お前に期待した俺が馬鹿だったよ。何度目だよこれ。」
「湊くんはなんだかんだ大丈夫でしょうが、貴方は動けなくなりそうですからねぇ。」
「湊が?あいつに人が殺せるとは到底………。」
「いくら普段優柔不断でもいざという時に決断できたから帰ってこられたのでしょう。わかりませんかぁ?」
自分が思ったより湊は辛い目に遭っていたのかもしれない。カップの取っ手を握る手に力が籠る。
(できることならそん時に力になりたかったよ………湊。)
「多喜は?」
「あの人、来るとお思いですかぁ?無理でしょう。」
壱樹と湊の争いから多喜の顔色は悪く、朝に起きてこないことが多い。今日も朝食にラップを掛けて置いた。口数と反比例し燃えないごみの袋に酒瓶が増えている。現在霧凍、湊、多喜、自分しか事務所にいないので多喜が呑んでいることは明白だった。他の人間が呑んでいたら大問題だ。多喜以外は全員未成年である。多喜しかいない。
「来てくれると心強いけど強制出来ねぇからな。今も心配だ。3食も食べずにあんなに酒呑んで体にいいわけがねぇ。そろそろ止めて、話をしなくちゃならねーな。」
事務所で留守番する多喜を思う壱樹を無視して霧凍は手を上げ、店員を呼び止める。
「すみません。追加をお願いします。珈琲のおかわりとクリームあんみつにりんごのケーキ。以上で。」
追加注文した霧凍に壱樹は慌てて声掛ける。
「あっ!こら!そんなに食って昼飯入んの?つーか、世界が変わってくんなら金が紙切れになるかもしれねーだろ。そんときゃどうすんだよ。」
「そうなりましたら私がお金に価値を作りに行きます。」
冗談を言うような奴じゃない。眼鏡の奥の目は本気だ。
「無茶苦茶言ってやがる………。」
「お金の歴史をご存知で?小学生でも勉強しますでしょう。最初は物々交換でしたが、徐々に貨幣へと移行しました。うまくいかなかったこともあるでしょう。でも、今こうやって利用できている。時間はもちろん掛かるかもしれませんができないことはないんですよぉ。貴方の財布の中は知りませんがねぇ。」
「買えないものもある。情、信頼と信用はお金じゃ買えねぇんだよ。」
「えぇ、そうですねぇ。しかし、実績の積み重ねでもあります。貴方と私だって最初は利害の一致。貴方は普通より少し使えますがそれでも社の、私の期待から外れたら容赦なく切りますよぉ。壱樹さん、私を失望させないでくださいねぇ?」
はは、と壱樹が苦く笑う。本当に素直じゃない奴だ。
(わざわざ言うことか?現在進行形で信頼も信用もしているってことじゃねーか。)
「しゃーねぇなぁ、今日はお前も好きなの頼めよ。壱樹さんの奢りだ。」
「最初から貴方そう言っていますよねぇ。お忘れですかぁ?その歳で物忘れがぁ?別にいいですが、早めにお医者さんに掛かりなさい。冰叉目さんは忙しいですからねぇ。別のお医者さんでお願いします。」
メニューを睨みながら霧凍が答える。まだ注文をするのか。
「金の話はここまでとして兄貴はどうなんだよ。このままだと戦う羽目になるじゃねーか。どう思ってんだよ。」
壱樹の1番の心配だった。
「ちょうどいい機会です。負債の元を消すチャンスじゃないですかぁ。この世に必要ないものですよぉ。」
「実の兄だろ?」
「兄だからです。」
壱樹に向けた顔は感情が抜け落ちていた。無感情な声、簡潔な答え。
霧凍にしても壱樹、湊、多喜も雪宗のトラブルに巻き込まれることが多い。―――それでも。
「稼がせて償わせるってのは選択にねぇか。それとも目の上のたんこぶを潰せるチャンスだと思ってねぇか?」
「私が感情に振り回されるモノだと。そんなくだらないものなんて私には最初からありませんよぉ。」
「嘘つけ。今、追加注文したのも困る俺を愉しんでるからじゃねぇか。感情がないとは言わせねぇ。それにお前、耳赤いぞ。」
咄嗟に霧凍が手鏡を取り出し、自分の耳を確認する。右左。別になんともなっていない。普段通り色の白い耳だ。
「確認したってことは自覚あんじゃねーのか。六花や雪花とちゃんと話し合え。」
霧凍は乱暴に鏡を閉じて懐にしまう。壱樹に聞こえるようにわざと舌打ちをした。
「子どもっぽい姑息な手を。一体何処から覚えて来たんですかぁ。」
眼鏡越しに睨まれても壱樹はカラッと笑うだけだ。いつものことだ。
「バーカ。おめぇからだよ。そろそろ付き合いもなげぇもんな。お前本当兄貴のことになるとムキになる。柳に狙われるぞ。」
「彼に人のことが言えますかぁ。なんてね。対策くらいしてありますよぉ。」
「………信じてるからな。」
「貴方こそそう言っている場合ですかぁ?師匠である理央さんを封じる手立てはできているんですか。」
霧凍がいやらしく笑う。壱樹が腕を掲げた。
「そりゃあ真正面から自慢の腕でぶん殴るのみよ。」
霧凍が嘆息する。思った通りという風だ。
「………馬鹿ですねぇ。いや、よく似た脳筋師弟ですかぁ。手札は全て見せているもんじゃないですかぁ。対策くらいは考えておきなさい。貴方には難しいかも知れませんけどねぇ。」
「ただいま。お話、終わり、ましたか?」
湊が帰って来た。片腕にずつ5袋くらい下げ、大事そうにもう1袋抱えている。
「あぁ、今一区切り、な。いい買い物できたか?」
「ハイッ!ジャンル問わず、レア音源がたくさん!しかも、お手頃な値段でっ!」
そうか、と壱樹はぴょこぴょこ跳ねる湊の頭を撫でてやる。えへへ、と湊は目を細めた。
「俺にも聞かせてくれな!わかる奴あるかな。」
「湊くん、ちょうどいいところに。この超ウルトラスーパーデラックスパフェ、頼みません?」
「まだ食うのかよ!?」
預かった湊の荷物を取り落としそうになる。
「いつのまに店員さんに確認してんだよお前!」
「貴方が湊くんと話している間。」
「俺の視覚と聴覚誤魔化しやがったな、てめぇ!」
金額を確認すれば1人3千円程。待ったを掛ける前に霧凍がすかさず口開く。
「1人ひとつずつ頼んでいいそうですよ?数量限定で人数分あるそうです。」
「えぇ!?本当ですかぁ!?みんなで食べるの、嬉しいなぁ………!」
目を輝かせる湊に断われるはずがなく、やけっぱちに壱樹が頷く。後ろ髪が跳ねた。
給料日までどう凌ぐかずっと考えて、目の前にパフェが置かれたと同時に「どうにかなるか。」と壱樹はスプーンを入れた。