ふゆるさんのドラヒナキスの日企画に入れて頂いた2作目のお話です。
両片思い期の本編ドラヒナで、キャラソンの気障なキスネタになります。
あと、ちらっと師匠が出ます。ヒナイチくんに師匠がちょっかいを出す話、これで3回ぐらい書いてますね。クラージィさんの件以来、意外と師匠は安全な人間って知ってるんだけどなぁ。女道楽の師匠に警戒して、彼女をマントに隠してガルガルして欲しいんですね。
胸やけする程豪華な朝ごはんを食べている、ロナルドくん視点の二人と一匹のシーンを追加しました。
2023/05/25に上げました。
@kw42431393
「これは美しいお嬢さん。」
そう言われたのは、生まれて初めてだった。子供の頃から、実家の道場で鍛練してたから…周りの大人達と互角以上に渡り合ってきたから…尊敬や憧れ、畏れの眼差しには慣れていた。
だけど、誰も私を女の子扱いしてくれなかった。それでいいと思っていた。
「この私に何かご用かな?」
手を取られても呆然としていた、手に落ちる柔らかい感触、続くリップ音が鳴るまでは…今思えば、あれが私の初恋だったのだろう。
でも、強大な力を隠した吸血鬼と勘違いしていた当時の私は、お前がか弱いザコである事に気づいて幻滅した。八つ当たりもしたけれど、あのクッキーを食べて、頭に浮かんだ想像図…2回目の恋もお前だった。
全ての始まりが、手の口づけからだったんだ。
「おい、ドラ公!調査にいくぞ!」
「え~、私ゲームしてる所なのに。」
いつもの事務所の風景。すぐに出される、ドラルクのクッキー。ソファに座って、ジョンと並んで食べながら、騒がしい夜が始まる。
「じゃあ、俺達行くからな。」
ロナルドが、ドラルクの首根っこを掴んで引きずっていく。ジョンが、泣きながら二人の後を追いかけた。
さっき、事務所に依頼人が来ていたな。下等吸血鬼の巣が、出来ていて困っているという話だったはず。
「分かった、クッキーを食べたら私も向かう。」
大きなものなら、市民の避難誘導もあるかもしれない。
「おいおい、クッキーの方が先かよ。」
戸締まり頼むわ…と、呆れた顔のロナルドが先に飛び出して行った。私はクッキーを吸い込むと、カップと皿を台所に持っていく。簡単に片付けておこう。
「ヒナイチくん。」
後ろから呼ばれて、振り返る。いつの間にか、そこにはドラルクが立っていた。
「どうした?早く行かないと、またロナルドに殺されてしまうぞ?」
彼だからこそ言える冗談だ。しかし、彼は流れる様に私の手を取った。
チュッというリップ音と柔らかい感触…あの時と同じだ。
「いってきます、を忘れて戻ってきたのだよ。折角の君との時間が無粋な事で中断されたのは、遺憾としか思えなくてね。」
時間を置いて頬が熱くなっていく。またしても、口が言葉を紡いでくれない。パクパクしている私を尻目に、手に頬擦りしてから、彼はこう締めた。
「仕事が終わったら、また来てくれ給えよ。また、追加で焼いてあげようじゃないか。」
こいつは、人を誑かすのが得意な吸血鬼だ。他の女性にも同じ事をしているのだろう、そう思っていた。
そう考えると、心がざわつく事があったけど、私達はあくまで監視対象と監視員だ。もっというと、餌付けし甲斐のあるハムスターとしか、思って貰えてないかもしれなかった。
プライベートまで関わってはいけない、関わっては…だから、みっぴきで、ただ騒がしい毎夜を過ごしてきた。そんなある日の事だった。
初夏だというのに、凍る様に冷たい風が入ってきたのは。
「おや、これは赤毛のお嬢さん。ご機嫌麗しゅう。」
ロナルド達が留守の事務所。おやつ棚に置いててくれたクッキーを食べながら、待っていた私の前に現れたのは…
「…氷笑卿か。」
事務所には、私一人だ。知らずに警戒心が強くなる。その反面、ずっと聞いてみたいと思っていた事が、頭をもたげた。
「そう身構えないで頂きたい。今回は、弟子に会いに来ただけなのでね。」
それにしても、見れば見るほど彼と仕草が似ている。そもそも、私が初見でチャームに落ちたのは、彼を連想させたからだ。そうだと分かって向かい合えば、チャームには落ちないかもしれない。
「ドラルクなら、しばらく帰ってこないぞ。」
一応、伝えておく。『遅くなるから、先に食べて待ってて』とRINEが来たからだ。確か、ロナ戦の新刊イベントでサイン会をしていたはず…ファンの人達と撮った写メが添えられていた。
「ええ、私も行ってきたのですよ。あいつも、そろそろ戻ってると思ったのだが。その場でお小言を言おうとしたら、キレられましてな。後ろの列が渋滞するのもまずいので、こちらに来たという訳だ。」
確かに懐から文庫本が見える…もう付箋を付けるぐらい読んだのか。しかし、ドラルクでなくてもそれは怒ると思うぞ。
「まあ、今度にしよう。しかし、偶然にもここで貴女に会えるとは…」
「光栄ですよ…とでも言うのだろう。」
あいつならそう言うはずだ。それに、毎回出かける前に、私の手や髪にキスをしたり、歯の浮く台詞を言ったりする。最近では、「いってらっしゃい」と「おかえり」にもする様になった。それが彼に仕込まれた作法なら、今回もファンの女性達にしているのだろうな。
「フフ、ドラルクの行動をよく見てくれている。嫌ってはいるが、私が仕込んだ作法は、抜けないらしい。」
「元々、人見知りする大人しい子供だったはずだが…」
『儚げな美少年だった私がこんなになったのは、あのヒゲのせいだ。』と、言っていたな。
「ご存じらしいですな。それをドラウスが甘やかして、私可愛いピスピスクソガキにしてしまった。そして、今もそれで通じると思っている。」
なんだ、そんな事もなかったのか。お父上も罪深い事を…。
「しかし、今回のイベントでその作法をしなかったのですよ。折角、県外から来てくれたファンのお嬢さんに、失礼とは思わないのか、と言ったらあの騒ぎだ。」
しなかった?どういう事だ。
「貴方の言う作法とは…その」
女性の手にキスをしたり、さっきの様な台詞を言う事か?
「人間共とつき合っている間に、忘れてしまったらしいな。口も悪くなってきた…あの退治人の影響か。」
口が悪くなってきたのは認めるが…どういう事だ?
「している…だろう?毎晩、そんなはずは…」
「ほう。では、お嬢さんにはしているのですな?毎晩…」
目の前がグラリと歪む。しまった!墓穴を掘った、動揺してはいけなかったのに。
『お嬢さんは分かっておられない様ですな?』
「ち…ちん。」
な、何が言いたい…んだ?
『女性への礼儀として、仕込まれたはずの事をしなくなった。いや。たった一人にだけ、今も続けている。』
そんなはずは…私の事は餌付けだって…いつも。
「ちん、ちち…。」
『男がそういう行動を取るのは、どんな想いでするのでしょうな?』
もう、だめだ。視界が暗転する。
冷たい手に触れられる直前に、柔らかい布とお仏壇の匂いに包まれた…私が覚えているのはそこまでだ。
そして、翌朝になって床下から顔を出すと…やけに綺麗に掃除された事務所で、胸やけする程に豪華な朝食が用意されていた事しか、私には分からない。まだ、分からない方がいいのかもしれない。
今のままでいたいなら。先に進む自信がないなら。
「いや、ほんと今朝はお前がいてくれてよかったぜ。うめえけどよ。」
「おいしい、おいしい。…ケフッ、失礼。ちょっと、朝食べるには重いかな。」
「ヌー…。」
昨日は散々だったぜ。いつになっても慣れないロナ戦新刊イベントのサイン会でさ。
こいつとジョンと、ファンの人と握手したり、写真撮ったりしてたんだよ。むしろ、こいつは俺よりいつもノリノリでさ、緊張してる俺を煽ってきたりする訳。
「まさか、あいつの師匠が来るとは思ってなくてさぁ。」
あいつも事務的にサインすりゃいいものを、青筋立てて嫌味を言うだろ?後ろに他のファンの皆も並んでるんだよ、後にしろよって話だ。
俺?いやぁ、ファンだって言われたらさあ。『毎回、楽しみに読ませて貰っている』って言われたらよ、悪い気はしないだろ?
え、顔がにやけてる?チョロい奴だって?ヒナイチまでひでえな。
まぁ、ちゃんと普段用、保存用、読み込み用に3冊も買ってくれてるし、ちゃんと並んでる訳だ。だから、あいつも最終的にはちゃんとサインしたよ。すげえ手がプルプルしてたけど。
それにしても、列に並んでる最中もあのポーズなんだな。あのおっさん。
「そうか。な、なぁ…。」
「どうした?」
ヒナイチが、俯いて言いづらそうにする。お茶を啜った後、意を決した様にもう一度口を開いた。
「ドラルクは、その…ノ、ノースディンと他に何か揉めてなかったか?」
「あー、あれな。」
「ヌーン。」
俺はジョンと顔を見合わせる。言ってもいいのかな。ドラルクもこいつも俺の事を5歳だの、ニブルドだの馬鹿にするが、ほとんど家族同様に過ごしているんだ。あいつがキレた理由を全く察していない訳じゃない。
『ところで、ドラルク。』
『な~んですかな。ノースディン師匠?』
俺とジョンのサインも書き終わった所で、ノースディンが改めて口を切った。だから、後にしろよ。喫茶店でも行けや…そう思って見ていたんだ。
『さっきから、見ているとファンのお嬢さん達に挨拶をしていない様だが…』
『挨拶?あぁ、あんな時代遅れのね。手にキスなんて、このご時世にホイホイやったらセクハラなんじゃないんですか?』
いや、今もヒナイチにはしてるだろ。でも、あいつの事はハムスターって言ってるし、あいつも拒否らねぇから、セクハラにならないつもりかな。首を傾げている俺達を尻目に、氷笑卿が爆弾を投げやがったんだ。
『今回はそれに当てはまらないだろう。お前のファンで、そういう性格だと知っていて来ているのだ。特にさっきサインを貰っていたお嬢さんは、わざわざ県外から来てくれていたのだ。失礼だとは思わんのか?』
それからが、もうな…。ノースディンは『じゃあ、事務所で待ってる』と言って飛んでいくし、あいつは「あの子が危ない!」って叫んで出ていってしまったんだ。
俺達か?内容が内容だけに、俺達も追いかけたかったけどな、フクマさんが後ろにいるだろ?サイン会は、俺とジョンで終わらせたんだ。
「そうか、お前もジョンも大変だったんだな。」
「帰って来たら、事務所は埃一つもないぐらいピカピカ。青筋立てたドラルクが、ずっとキッチンに立ってるんだ。ジョンさえ、ドラルクに声をかけるのを遠慮してたよ。」
帰って来てから、俺があいつとした会話なんて、「ヒナイチくんを床下に連れて行ってやってくれ給え」その一言だけだ。ソファでは、ドラ公のマントにくるまったお前がスヤスヤ眠ってる。何があったかなんて、聞けやしない。
でもよ、こんな俺でも察しがついている事がある。
確かにノースディンは、ドラルクの事をよく見ている。確かにここに来たばかりのあいつは、初めて会った女性にも気障な対応をしていた。でも、最近してねえのな。
だけど、ハムスターのはずのお前にはしてる。どういう事かってよ…あれしかねえだろ?
「ヒナイチ、こっから先聞く勇気あるか?」
「……。」
「なんとなく、だけどよ。俺も男だから、お前よりは分かるつもりなんだよ。でも…」
「ヌン…。」
「今まで通りのみっぴきで、いられなくなるかも知れねえ。あいつの許可も取ってないしな。」
ヒナイチは、そのまま黙っちまった。そして、食事を終えて軽く片付けると署に出勤して行った。
なぁ、ジョン。なんとなくだけど…ドラルクは、変な所に真面目だからよ。
『女性への当然の礼儀』をあいつにしかしない事で…あー、これなんて言うんだ?それだよ、それ!
さすが、ジョン!古い言葉知ってるな。
ヒナイチに操を立ててるつもりだと、思うんだ。
ヒナイチも黙ってるって事は、満更ではないけど迷ってるんだよな。
ヒナイチは、まだ19だ。ドラルクに至っては、いくらでも時間がある。だから、ゆっくり決めればいいと、俺は思うんだよ。
そうだろ、ジョン。あの二人がどんな決断したってよ、俺達はずっと一緒だかんな。