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憧れ ―前編―【ワンドロ お題:鬘物・三番目物】

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2015-09-12 21:26:12

蜂須賀虎徹を主役にしました。本丸設定・審神者も登場します。
肝心の能楽要素は後半の方にいってます。

Posted by @seika8sub

縦書きPDFファイル版(グーグルドライブ利用)
前編 https://drive.google.com/file/d/0BzTIbcLr-GGAang1U1hhaXlaOHc/view?
40字×16行で本文は17頁分あり



   憧れ 前編



 熱気を帯びた日差しは容赦なく照り付け、庭の緑を歪めて見せていた。分かり易い夏の日中の光景――といったものである。だがしかし、目に見えるその景色とは裏腹に、「茹だる様な」という酷い暑さは感じない。障子の代わりに付けられた簾を通って差し込む光は心地よく、時折掻い潜って来るように室内に入る風は涼しい。蜂須賀虎徹は、足を力無く崩して自室の一角に座り込みながら、そうした景色を何を考えるでもなく、ただ眺めていた。
 彼の傍には畳の上に直接盆が置かれていて、そこにはガラス製のコップが二つ並び、静謐ささえ具えた様子で在る。半ば溶けた氷とまだ半分以上を残している麦茶は何を語るでもなく、外側に透明な雫をいくつも生み出しては、盆の底へと小さな水溜りを作る。部屋には今、彼だけが居た。
 濃いコントラストを呆然と見つめ、そのまま一呼吸の内にそうした景色と自分自身を溶け込ませてしまうのだろうか、といったところで、蜂須賀虎徹は短く小さく溜め息を吐いた。そして静かに、しかし強く下唇を噛む。鈍い痛みがこの苦痛を誤魔化してくれる……そうした望みは叶えられなかったが、彼はそうするのを止めなかった。先程揺さぶられた心は、のたうつ様に少し前を遡る。

 僅かに時を遡った頃には、この部屋には、彼の愛する弟・浦島虎徹が訪れていた。最初は、いつものように何気ないが幸福な一時を過ごしていた筈だった。麗らかな夏の午後、じんわりとだけ暑さを感じながら、茶を飲み、ただ喋る。少年の様に若々しい明るさを持った浦島虎徹との楽しい会話は尽きる事が無く、また、蜂須賀虎徹もいつまでも彼とのお喋りを続けようとした。
 あの時も、いつも通りのありきたりとも言える平凡な話をしていただけだった。この本丸での生活や出来事、あの刀剣が何をしたこれをした……
 浦島虎徹はここへやって来てまだ日が浅い面子の内の一本で、戦に出されるようになったのもつい最近になってからだった。だから、この本丸について彼が知らない事はまだまだ沢山ある。どんなに面白い事が自分が居ない間にあったのかを、蜂須賀虎徹は知っている。そして、そうした事を話すと、弟が喜ぶ事も知っている。
 鳥の巣に使われている木の枝に見られる目の様に緻密に編み上げられ、そのベッドの上で母鳥に守られている卵の如き箱庭。それが、審神者なる者を中心に据えた、この本丸の有様だった。ここにはいくつもの名のある刀剣の魂が集い、付喪神として具現する。人間の姿形を借りて再びこの世に現れた化生の身の彼らは、その手足を精一杯に伸ばし、思い思いに今生を楽しんでいた。
……だからさ、ここでこうして居られるのも、きっと〈縁〉ってやつなんだと思うな。」
 いつもの軽い明るい声だった。浦島虎徹はそうした声音で言っていたが、その表情は僅かに、蜂須賀虎徹の顔色を窺う素振りを隠せてはいなかった。
「他の刀ともだけどさ、こうやって、一つ屋根の下で俺達が一緒に、しかもこんな風にのびのびと暮らせるなんてさ、それこそ竜宮城に行けたくらいの奇跡だと思うんだ。」
 屹度、彼にしては一言一言を過剰なまでに気を遣って選び、発したに違いない。それは蜂須賀虎徹にも十分に伝わっていたが、彼がそれに乗じて、その先に何を言おうとしているのかも、分かっていた。いつになく真剣な眼差しになって自分を見つめる彼の真っ直ぐな目。それは、眼前に居る少年風の刀剣の澄みきって青く明るい清廉な魂を疑い無く明瞭に表わしていた。
 簡明直截といった彼の心は蜂須賀虎徹の心を鮮やかに照らしたが、その温もりは夏の日差しの様に濃いコントラストを描き、黒い影までもが浮かび上がる。
「だから俺、蜂須賀兄ちゃんと長曽祢兄ちゃんが――
 浦島虎徹は、今までは心の中で願うばかりだった事を打ち明けようとしていた。今なら言える、やっと言える……そう思ったが、その勇気は愈々挫かれた。眼前に居る兄・蜂須賀虎徹の気品のあるその顔が、みるみる内に嫌悪に歪んでいく。それは、兄のいつもの無言の拒絶の見せ方だった。
 大好きな兄に踏み躙られた想いを再び胸に押し込め、浦島虎徹はその目を、盆に載せられている冷たく透けたコップへと移した。結露を浮かべた玉の雫がいくつも道を作り、流れ落ちていく。話題を変えよう、いつものように。頭の中で諦念を刻んだ自分の声が響く。笑って、何気無く、そう、何気なく、何も無かったように、兄にも楽しい話へ。昨日、御手杵から聞いた話でもしたらどうだろうか。
 沈黙にまず、丁寧に笑みを乗せる。乗せて――
……俺、ここが楽しいんだ。」
 乗せて、口から穏やかに、微かに震えながら自然と飛び出したのは、願望を込めた叫びにならない叫びと、頑なな兄に対する非難だった。

 そうして彼は去って行った。その間際の一瞥には、微かに見せた本心への悔いと、兄を傷付けたかもしれない不安が込められていた。とはいえ、きっと次に会う時には、いつもの明るさをまた見せて、傍に駆け寄って来るのだろう。それは板挟みにされた弟の、気持ち良く生きる為の処世術なのだから。
 一人残された蜂須賀虎徹は瞼の裏にそれを見透かし、僅かに苦悶の表情を残したまま、床に着いた手のほんの数センチ先にあるコップへと視線を落とした。氷はいつの間にか全て溶けていたが、夥しい量の雫が水溜りを乾かそうとはしていない。
「浦島の言いたい事が分からないわけじゃない……。」
 声には出さずに呟いた。
「俺もここは気に入ってる。名立たる名剣たちと共に、仲間として交流し、手足を伸ばして自由に生きられる。この身もただの飾りとして重宝されるばかりではなく、虎徹の実力を最大限に発揮出来る。」
「竜宮城に行けたくらいの奇跡……たしかにそうだ。俺もたまに、これは夢なんじゃないかと思う時がある。ここは海の向こう、海の中にあるという桃源郷の様で、いつかは覚める一瞬の――
 それ以上は、たとえ頭の中とはいえ、言葉の形にするのは止めた。その代わりに、苦悶に再び表情を歪め、固く目を瞑り、沈黙する。浦島虎徹が望む事は可能な限り叶えてやりたい甘い心はあるが、しかし、こればかりは許して欲しいと甘えた心もある。虎徹の名を持つ刀のプライド、否、自分自身のプライドを保つ為に崩す事は出来なかった。
 長曽祢虎徹は、浦島虎徹よりも後にこの本丸に迎えられていた。浦島虎徹が来て数週間を挟み、彼もこの賑やかな本丸に姿を見せたのだった。新選組隊士の刀だったもの達が中心となって彼を出迎えていた。そして、ここで自分と会った時のように、浦島虎徹は長曽祢虎徹に真っ先に抱き付かんばかりに、満面の笑顔で駆け寄った。初めて彼と顔を合わせた時に蜂須賀虎徹が味わった苦汁は、今でも思い返せば胃の腑が重たくなる。
 ここに来た当初、長曽祢虎徹は蜂須賀虎徹に対し、遠慮がちながらも親しみを持った態度で接そうと、前向きな姿勢を見せてくれていた。他の多くの刀剣達に対する様に、この本丸で穏やかにやっていこうという協調性があった。それを一方的なまでに頑なに拒絶したのは、蜂須賀虎徹だった。そうして一日と経たぬ内に相手が贋作であるとされる自分に対して堅牢な壁を築いている事に気が付いた長曽祢虎徹は、夜には、ただよそよそしく沈黙を守るようになった。己が名刀として名を連ねる自信が彼の拒絶で脆く崩される事もなければ、紛う事無き真作が自分に抱くだろう嫌悪が理解出来ないわけでもなかったのだから。
 浦島虎徹は二本の兄に等しく己の光を当て照らし、彼らを見た。そして気が付けば、二本の間に立ち、奇妙で微妙なバランスをこれ以上悪化させないように尽力し、好転する機会を探っていた。対話を拒んだ二本の間で、健気なまでにいつも明るく努めていた。この楽しい世界をどこまでも楽しくする為に、彼は決して蜂須賀虎徹の前では言わない言葉を言うのだ。「正直贋作がどうとか、どうでもいいよね!」
 長曽祢虎徹と浦島虎徹は、同時期に本丸へやって来たのもあり、宛がわれた自室も近く、戦場で既に磨かれてきたもの達とはまだまだ共に出来ないのもあり、そうした新人たちも他に交えた部隊で、彼らを送り出せる戦場で共に戦っていた。主である審神者も蜂須賀虎徹が何を思うかは察しているらしく、内番の方で浦島虎徹と組ませたり、非番の日を合わせるなどの配慮は見せていたが、蜂須賀虎徹の内側には渦巻くものがあった。弟は、新選組の局長・近藤勇の刀としていくつもの戦場を勝ち抜いて来た無骨な強さを持つ兄に純粋に憧れていた。髪型を模倣し、服装だって粗野ともいえる着こなしをもう一人の兄に見咎められない範囲で意識しているのに違いない。共に戦へ出た帰りだろう浦島虎徹の明るい声が、どこからともなく微かに耳に届いた事もあった。その言葉は長曽祢虎徹に対する尊敬の念が曝け出されていた。それに答える、低いが無愛想ではない男の声。そこに滲ませていたのは自分を慕ってくれるものを受け入れる優しさで、それは自分が浦島虎徹に向けるものと酷く似ていた。
 浦島虎徹が無言の訴えをしていたのは、何も先程の出来事が初めての事などではなかったのだ。片方の兄の持つ狭量さを鮮やかに映し出し、じわじわと責めているのだとすら思われた。それは、蜂須賀虎徹の子供の様な嫉妬心でしかなかった。
 せめて虎徹の名を騙らずに全くの別物だとして在れば、そうでなければ〈写し〉として存在していたものであれば、名立たる名剣のひとつとして、彼は長曽祢虎徹を迎え入れられただろう。「〈贋作〉であろう」という、どこかの人間のしようもない悪意か見栄による不名誉を被る事になったのは、刀自身である長曽祢虎徹自身に非があっての事ではない。そんな事は彼にも分かっている。虎徹の贋作など、藤四郎と同じくよくある事だ。しかし、贋作でありながらこうして名刀に数えられ、真作と肩を並べるまでになった。持ち主に虎徹であると屹度信じられ愛され戦場を共に歩き、「さすが虎徹だ」と褒められた。虎徹ではないのに、正しく虎徹の名に恥じないと認められた。彼の強さが本物であるのに疑いがあるわけではない。だからこそ歯痒いのだ。
 蜂須賀虎徹は蛇が這う様に室内に視線を走らせ、壁際に置いた刀掛けで金色に輝くばかりの己を見た。その刀は、虎徹の威信を一身に背負っていた。
 目を逸らし、息を吐く。以前までの自分はこうではなかった。平和にこの本丸に溶け込んでいた筈だ。それがどうも最近は苛立ちが目立ってしまっているのではないかと、自分でも気付いていた。ここに集う刀剣たちの中ではただえさえ若い部類の自分なのだ。周囲には幼稚に映っているのかもしれないと思うと、恥ずかしくもある。
 渦巻く気持ちは閉じられた心の内を、出口を求める様にいつまでも、壁に擦れながら四方八方へ駆ける。そうして荒れていくばかりになりながら、彼はただ手足を折り曲げて小さくなる。逃げる隙を与えないかの如く、吼える心を黙らせた。
 膝に額を押し当てていると、ふと、蒸す様な暑さを感じた。固く曲げていた手足をだらりと伸ばしながら力なくそのまま横に倒れる。高く一つに括った髪が邪魔をして、仰向けになる事を拒まれた。僅かに曲がったままの手足で畳を掻き、また、群青の空が広がる夏の景色の方を見た。眩く照らされた健康的な濃い緑が視界に飛び込み、目を細める。
「蝉の声が……聞こえないな、ここは……。」
 うねり沈黙する景色にそう呟く。どこかの部屋では、刀剣たちのはしゃぐ声がする。微かに聞こえるのは金属を叩く鎚の音《おと》、風に鳴る風鈴の音《ね》。

   + + +

 隣室の主が帰って来たようだ。襖戸を開き疲れた様に溜め息を吐きながら畳を踏む生活音が、だらしなく横たわったままの蜂須賀虎徹の耳にも届いた。間もなく、縁側に影が落ちる。その影は僅かに立ち止まって景色を眺めた後、そのまま、外へと足を投げ出し、椅子に座る様に着座すると、前のめりな態勢になった。腿に腕を乗せて手を組み、飽きる事無くぼんやりと外を眺めている。
 ただ黒く見えただけのそのシルエットが淡く白んで見えてきた頃、こちらの視線に気付いたのだろう。頭から被っている布を払う様に手を添えながら、彼は、視線を感じる方へと目を向けた。柔らかな金色の長い前髪越しに、よく磨かれた上等な翡翠を思わせる緑色に輝く彼の目と、蜂須賀虎徹の曇った刃の様になった目とが出逢った。

 何となく振り返っただけの山姥切国広は、まさか隣室の住人である蜂須賀虎徹とまともに目が合うとは、しかも、いつもは端麗な様子の彼の怠慢な姿と共に見てしまうとは思いもせず、慌てて視線を僅かに逸らせた。畳に広がった彼の髪の毛の繊細な絹の様な美しさが余韻として残っていた。ここを去ろうかという考えも過ぎったが、こうして相手に気付いてしまった手前、そうするのは不躾に思えた。
 偶然、自分がこの本丸に初めてやって来た次に蜂須賀虎徹もやって来た。本丸に迎えられた順に部屋を埋めていくだけの審神者の方針によって容赦なく隣室同士という仲にはなっているが、名匠の真作として堂々としている彼は、今になっても少し、苦手だった。自分は贋作ではなく写しで、しかも国広の傑作としての誇りもあるが、写しには写しの悩みがある。贋作とされる長曽祢虎徹への態度などは、目に余るものがあった。彼は確かに自分には他の刀剣達に接する時と同じく、温和で優しい態度を取っていたが、なんだかそれが恐ろしくも思っていた。戦帰りで疲れたからと断わってしまったが、先程出会った山伏国広と堀川国広の茶の誘いに乗っておけば良かったか、と僅かに後悔すら浮かぶ。もう一度蜂須賀虎徹の方へと目を向けると、彼はいつの間にか縁側の近くまでやって来て、足を崩した形で座っていた。
「戦帰りかい?」
 蜂須賀虎徹はいつものように品の良さを纏った優しい声で、いつもよりかは些か余計に汚れの目立つ山姥切国広に声を掛けた。
「ああ。」
 山姥切国広はただそれに肯くだけで、それ以上は何も言わなかった。簾の影が掛かった顔が、何か言いたげにこちらを見ていた。
……あんたこそ、何をしているんだ?」
 気まずいばかりだが、そう言ってみる。
「何も。今日は非番だし、特にする事もなかったから。」
 蜂須賀虎徹は少し乱れていた髪を撫でつけながら、そう答えた。
 そうした彼の様子を窺い見ながら、山姥切国広はどうも引っ掛かるものを感じていた。彼らの間には特に用事も、取り立てて話したいような事も何も無い。もう、ここで急ぎ足でこの場を立ち去ったって、何の後腐れも無いだろう。だが、そうした行動を取るのは何か引き留める気持ちにさせるものがあった。
 「ああ」と、納得した声を出しそうになったのを、山姥切国広は寸での所で飲み込んだ。自分を見てくる蜂須賀虎徹の遠慮がちな目付き、何か喋るわけでもないのに部屋の奥からこちらに近付けた身体、それなのに微妙な距離、床に着いた手。どうやら彼の方は少なくとも自分に何かを求めている、という事が分かった。が、分かったはいいが、だからといって何をすればいいのかまでは分からない。第一、取り立てて仲が良いわけでもなければ、そもそも苦手意識が先立っている自分に何が出来るだろうか。今日の彼の目はいつもの怜悧さを秘めた研ぎ澄まされたものではなく、何やら不穏なものを含んでいる様にも見え、それもゾッとする。
 二本はその場に釘付けにされたように、長い間沈黙していた。唸る空気、それに反して心地よく撫でる風、刀剣たちがどこかで騒ぐ声、今はもう止んだ鎚を振るう音《おと》、相変わらず思い出したように偶に鳴る風鈴の音《ね》。
「蝉の声が聞こえないね、ここは。」
 相変わらず自分の部屋の影に潜みながら、蜂須賀虎徹が言った。山姥切国広は庭の景色と青い空を見ると、僅かに眉間に皺を寄せる。
「どうしてなのか、分かっているだろう。そんな事は。」
 そして今更そんな馬鹿馬鹿しい事を改めて言う蜂須賀虎徹を振り返るが、彼は重たげに首を持ち上げて外を眺め、「俺は結構好きだったんだ。」と呟いている。それを見ると、山姥切国広はもういっそ尋ねてしまおう、と決めた。
「何か、俺に言いたい事でも?」
 そう言われて、蜂須賀虎徹は改めて山姥切国広を見た。彼がなんとなく自分を避けているのに気付いていないわけでもなければ、何故そんな態度を取られるのかが分からない程、鈍感でもなかった。彼とは精々最低限の会話をするくらいの仲でしかなく、いくら自分の部屋の前とはいえ、いつまでもこうしてここに残るなどという事は初めての事だった。一言、二言、それだけを社交辞令として喋れば、いつもなら自分の部屋の中に入るか、どこか別の所へと去って行く。
「そう……見えるかな。」
 そんなにも自分はあからさまに彼を引き留める態度を取ってしまっていたのだろうかと、恥ずかしくなって仄かに笑った。山姥切国広は相変わらず、少し怒っているかのようにさえ見える凛とした表情と強い目で蜂須賀虎徹を見た。
「無いのなら、別に。」
 思わせぶりなばかりで話が進展しないと見切り、引っ掛かるものも斬り捨てようと、山姥切国広はこの場を去ろうと足を縁側の板の上に上げた。そして立ち上がりながら、一応また蜂須賀虎徹の方を盗み見ると、相変わらずぼんやりと自分の挙動を眺めている彼が映る。
 くどいぞ、と思い少し躊躇う様に視線を泳がせてから、立ったまま、山姥切国広は蜂須賀虎徹を見下ろした。
……何か、俺に言いたい事でも?」
 最後の確認の念を込めて、少し言葉に棘を含ませる。彼を眩しそうに見上げた目と目がまた合う。
「君たち兄弟は仲が良さそうだね。みんな。」
 暫く、言うか言わないでおこうかという逡巡が顔にありありと出ていたが、やがて蜂須賀虎徹は穏やかな声でそう言った。山姥切国広は一瞬、何かの嫌味かと思い、険しい顔をした。
「君を怒らせるつもりは無いんだ。」それを見て、慌てて蜂須賀虎徹は言葉を続ける。「君たち兄弟は、俺たちとは違っているから……。」
「それが、写しの俺が混ざっている事への嫌味に聞こえるんだがな。」
 思わず愚痴っぽくそう言い返したが、次には緑色の瞳を冷たくし、「まさか、俺以外のものを含めて言っているのなら、許さないぞ。」と敵意を含んだ。
「違う、違うんだ。」
 蜂須賀虎徹は挙動不審にもなって彼の言葉を即座に否定した。「君や君たちを傷付けたいんじゃなくて、俺は――
 ただ、円満にやっている彼らが不思議で、どこか羨ましく思っただけだった。しかし、彼の指摘は結局のところ、自分が言いたい事と照らしても至極尤もで、自分に何が言えたものか。否定しようとして言葉に詰まるのは、滑稽だった。
「あんた、俺たちみたいになりたいのか?」
 山姥切国広はあからさまに蜂須賀虎徹に軽蔑交りの呆れを見せていたが、彼の意図を汲んでやった。それに、贋作に対する隠しもしない蔑みが止んでくれるかもしれないのであれば、写しとはいえ、何故わざわざ自分を選んだのかは理解に苦しむが、少しくらいは話を聞いてやろうかとも思った。
 彼の寛大さに救われた蜂須賀虎徹はしかし、その言葉にも素直に肯く事が出来なかった。そうなるという事は、自分は長曽祢虎徹を認めなければならないという事なのだ。果たしてそんな事が自分に出来るのかどうか。背後で金に光る己自身が監視する様に鋭い光を宿した気がして、背中にチクリと針が刺さった錯覚さえ感じる。認められない。それを思うと、血の気が引いた。ならば、目の前の相手に何を言えば良いのだろうか。自分がこの本丸で疎ましく思っているのは、長曽祢虎徹ただ一本だけだというのに。
「浦島がさっき、ここが楽しいって言ったんだ。俺も、そう思う。」
 影に潜む彼は、狡かった。
 山姥切国広はそれを聞くと呆然となり、簾の向こう側に半ば身を潜めてそのまま暗い所へと溶けていってしまいそうな彼を見下ろしたが、その惨めな態度にはもう、溜め息は抑え切れなかった。
「あんたは結局、弟の為だとかそういうものの為に、長曽祢虎徹への嫌悪感を犠牲に立てようとしているのか? まさか、あいつを追い払えるわけでもないからな。でも、それがあんたに出来るのかは疑問だがな。」
 責める声に蜂須賀虎徹は身を竦めた。金色に固められた彼のプライドが剥がされてしまいそうな恐怖感があった。
「あんたが俺に言おうとしたのは、ただの責任転嫁だ。それも、弟への。」
 怯える彼の顔は隠れ、そんな彼から目を逸らしていた山姥切国広は冷たく事実を突きつけた。
 違う、というその言葉が今度はどうしても唇が紡がなかった。心の中で荒ぶ叫びが暴れる。吐いてしまえば楽になるのに、目の前の刀剣に蔑まれた今になっても、恥をかなぐり捨ててしまう事が出来ない事が辛かった。目に見える空気が歪む。景色が緩やかに波打ち、縁側には最早、誰も居ない。

   前編 了


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