●狂言「柿山伏」(大蔵流)
シテ(山伏):山本則秀
アド(柿主):山本則孝
有名な狂言ですが、実は生で観たのは初めて。
後半部分を知らなかったので、そんなオチだったのかと(柿主の圧勝w)。
初めて山本家の狂言を観た時は、硬派な芸風に驚きましたが、何度か観ているうちに、山本家の型は、狂言の笑いとしては、とても分かりやすく、チャーミングさがあることに気付きました。
故に言葉は難しくても、明確なボディランゲージのお陰で子供たちにウケており、この柿山伏もシテとアドの掛け合いがとても面白く、楽しませてもらいました。
●狂言「清水」(大蔵流)
シテ(太郎冠者):山本則重
アド(主) :山本凜太郎
和泉流では何度か観た演目。
大筋は同じですが、主が桶を現地で探すシーンがあったりと、場面描写的には、こちらの方が具体的だったかも。
ただ主の怯えっぷりは和泉流の方が可愛かったです(笑)
主が、太郎冠者の声=鬼の声だと気付いて、太郎冠者に鬼が言ったことをもう一度、言ってみろというシーン。
2度目は力無く小声で誤魔化したと思ったら、3度目はまさかの超早口で、言い方が現代コントのノリに近くて笑ってしまいました😂
あと主が鬼に遭遇した時、主が驚いてズッコケるんだけど、それが妙にリアルだった😂
美しくがモットーの万作家ではズッコケる型は(多分)無いと思うので、こういう面白さは他家ならではかなと思います。
●お話:山本東次郎
狂言を実演した後に解説するのが、山本家のスタイル。
実は本日の一番のお目当ては、東次郎先生のお話でした。東次郎先生のお話を聞いてると、狂言への理解が深まるので好きなのです。
どうして狂言の言葉は、ゆっくりなのか。
それは、昔の人は言霊を信じており、言葉をしっかり伝えることに集中したから。
あと様式に従い、役者個人の感情を乗せないのも、役者(キャラクター)の物語にしないため。
これが現代劇と狂言の違い。
人間の滑稽さを美しく描くのが狂言なので、登場人物=もしかしたら自分のことかも?と思わせることで、傲慢になることを防ぐことが出来ると。
つまり狂言を観るということは、世界平和に繋がることなのだと仰ってました。深い😌
柿山伏の滑稽な動物のモノマネも、政治家が「記憶にございません」と言ってるのと同じで、自分に非があるのを分かってるからこそ、それでやり過ごせるのならやり過ごしたいという気持ちの表れなんだと。
落っこちた後も、素直に謝れば良いのに謝らないでしょ。だから二度も痛い目にあったでしょ、と😂
あと暴力シーンもリアルに描かないのは、狂言は美しくなくてはいけないため。簡易的な型にすることで、観客の想像力に委ねてるのだと。
刺激というのは、何度も見てるうちに慣れてしまうものなので、画的なカッコ良さというのは狂言には必要無いんですね。
事件を描かないのも狂言の特徴だと言ってましたね。
事件を描くと、観客は野次馬感情=他人事で観てしまうので。
解説が終わった後は、東次郎先生が恒例の小舞を披露。
今回は「名取川」でした。
和やかな雰囲気でトークしてたのに、小舞に入るとピシッとした雰囲気になるのは流石。
名取川は、この横浜能楽堂で初めて萬斎さんの狂言を観た時の演目なので、思い入れがあります。
ンで、ホントは小舞の前に質問コーナーを設けるはずだったのに、忘れちゃったので(笑)小舞の後に質問コーナーへ。
東次郎先生が子供たちの質問に答えていくのですが…
Q「舞を舞ってる時は、どんな事を考えてるんですか?」
A「考えてません!」
🤣🤣🤣
…というのも、先程の解説にあったように役者の感情は不要だから。だから舞ってる時は、どれくらいのスピードで、とか、どんな強弱で、とか様式について考えてるそうです。
ちなみに先生の初舞台は5歳のときで、芸歴81年だそうで、昔から舞台に立つ時は自分を出しちゃいけないと教え込まれたので、今でも、そのようになってしまうのだとか。
これに似たことは萬斎さんも言ってた気がするな。
事務所の社長に地声のままで良いのよ(素敵だからね☺️)って言われたけど、舞台に立つ時は、自分を出しちゃいけないと言われてきたから、舞台に立ってる時の声は、自然と普段と違う声になってしまうのだと。
Q「舞の時、扇で何をすくってたの?」
名取川では、物覚えの悪いお坊さんが、貰った名前を忘れないように、着物の袖に名前を書いて貰うんだけど、川を渡る途中で溺れて着物に書いてあった名前が消えちゃうんだよね。
だけど、そのお坊さんは川に名前が流れてしまったと考え、一生懸命、その名前をすくおうとする。
あらすじだけ聞いてると、なんでやねん!ってツッコみたくなる話だけど、東次郎先生の解釈では、現代風に言うと、貰ったサインが無くなってしまった→勿体ない!😫
失ってしまったものは、どうしようもないのに、一生懸命すくおうする姿は、過ぎ去った時間に囚われてる事を表してるのだと。
パッと見、不思議な話だなと思う狂言も、こうして深堀りしていくと、凄い腑に落ちるし、改めて人間の滑稽さに気付かされて、深いなァと。
こういったお話を聴けて、今回は子供向けの公演だったけど、東次郎先生のペースは何も変わってなかったので、観に来てよかったなと思いました。