グエスレ現パロ転生シリーズ②-1 バスでグエルとの出会いがあった夕方、興奮気味に学校から帰宅したスレッタ。彼への興味が尽きない気持ちを、同じ屋根の下で暮らす義妹[いもうと]に打ち明ける。ソフィ登場。スレッタside。
@CChacoru

「ただいま!」
ガラガラガラッ、と引戸を開ける。
玄関土間に転がり込む。
雨上がりの夕刻。
霧粒のような雨で湿気たビニル傘を、もう一つの傘の隣に立てかける。
もどっかしくて、おろしたての黒いローファーを足癖で脱ぎ捨てる。
鞄と食材の入った袋を両肩に抱えたまま、軋む木造のフローリングをドタドタと音を立てながら進んだ。
「ソフィ!」
義妹の名前を呼ぶけど、応答はない。
奥からテレビの笑い声が聞こえる。スナック菓子の油っ気のある匂いも。
リビングに向かうと思った通り、ソファーの背もたれからオレンジ色の頭が見えた。義妹は菓子袋を片手にあぐらをかいてバラエティ番組を観ていた。
こっちを見ないまま、声をかけてくる。
「ほふぁえふぃー。…おねえちゃん。学校、どう――」
「ねえソフィ、運命の人、かも!!!」
私は荷物をドサッと置いて、ソフィが見ているテレビを遮り、ローテーブルにドンッ、と手をつく。
「なに言ってんの」
「だから、運命の人」
「てゆーかおねえちゃん、テレビ見えない」
「に会っちゃった」
「ふうん」
私はローテーブルを回り込んでソフィの隣まで来ると、置いてある丸いぬいぐるみクッションを胸に抱えて、ボブンとソファーに勢いよく沈み込んだ。
リビングから裏庭へ続く掃き出し窓の向こう側には、今朝見たピンクと同じ色の桜がかすか遠くに見える。
座ったまま、足をブラブラさせた。
「誰か素敵な人でもいたってこと?」
ソフィはテレビを観ながら、菓子袋に手を突っ込んでゴソゴソした後、私の方へ差し出してくる。それをひとついただく。
私はその問いに少しだけ考えた。
朝のバスでの出来事を思い出す。
――グエルさん。
隣の席で見た、彼の思いつめたような横顔。私に吸い寄せられたかのようにじっと見つめてきた、あの空色の瞳。
「それはまだわからない…けど」
「わからないのに運命の人なの?」
至極真っ当な返し。
「でも、すごく気になって」
一瞬だけ躊躇って、口を開いた。
「夢で、見たの。今朝。…同じ人だったんだよ。それに」
「それに?」
ソフィはテレビの方からまっすぐこっちを向いて、私の言葉を待った。
今朝の夢が頭に浮かぶ。頬が熱くなるのを感じる。
「告白、された。夢の中で」
ソフィは答えず、片手一杯のお菓子を一掴みして、口に放り込んだ。ボリボリと頬張りながら考え込んでいる。
その間、バラエティの会話が聞こえてくる。
色々な家庭を訪問して今晩の献立は何かを聞く番組だった。
ソフィはごくりと喉をならして、お菓子を呑み込む。
「おねえちゃんがおかしくなったか――」
「私はおかしくなってないよ!」
「昔会ったことがあるとか」
「それも考えた。…けど、告白されたことなんて、全然覚えてない」
グエルさんは、生徒会長だから、私が転校生だから、たまたま名前を覚えていたって言ってたけど。
やっぱり、そうじゃなくて、グエルさんは私のことをもっと前から知ってる気がする。
私とはじめに目があった時、すごく、動揺して見えたから。
でも、告白された記憶がないのも本当で。一体、どういうことなんだろう…。
それに。
クッションを引き寄せて強く抱え込む。
バスの中、何かを堪えるように泣きそうな、辛そうな彼の表情が、私の胸の奥をギュッと掴んでくる。
「…メッセージ、送ってもいいかな」
「っ、ッか、…ふはっ……!!連絡先もうゲットしたの!?早くない!?」
「今朝の占い。『絶対にチャンスを逃さないで』って」
「はー。…よくもらえたね」
私はスマホを取り出して、グエルさんのIDを画面に表示した。まだ何もない空白のチャット欄を眺めて、胸に当てた。
「この出会いには意味がある気がする。だから進んでみたいんだ」
「アシナガの言葉、だっけ?おねえちゃんの座右の銘。逃げたら――えっと」
「逃げたら一つ。進めば二つ。…グエルさんも、いい言葉だなって」
その時のやりとりを思い出して、頭がふわふわ、胸の真ん中がじんわりと温かくなった。
「へー。ぐえる、って言うんだその人」
ソフィはニマニマとこちらを見上げてくる。
「ヒュー。転校初日から青春してるねぇ、おねえちゃん」
「そうかな」
そうは言ってみたけど、実際、そんな気がしてる。
「――だ・か・ら」
私はスマホを鞄の上に置いて、ひょいとソフィの菓子袋を取り上げた。残っているのはわずかだった。
「あ」
「おやつはもうおしまい。また夕ご飯食べられなくなるよ」
「えー。それ関係ないじゃん」
「いいから。作るの手伝って。今晩はカレーだよ」
「また!?この間も食べたばっかじゃん!」
「うるさい。だったらソフィ買い出し行ってくる?学生しながら献立考えるの、大変なんだよ」
「しながらって、一日目だけど」
私は菓子袋の口をクルクルと折りたたんでクリップで止めると、食材の入った袋に一緒に突っ込んで、それを持って立ち上がる。
「お義母さん、ここにはいないんだから、私たち二人でやっていかないと」
袋を持っていない方の手を、ソフィに差し出す。
その手をしぶしぶ掴んで彼女も立ち上がった。
「私たち義姉妹で」
***
部屋の窓。黒い四角い入口から、薄桃色のカーテンを小さく揺らして、ひんやりとした空気がふわりとなだれ込んでくる。
わずかに湿り気を含んだ風が、お風呂上がりの頬を撫でていく。
夜。スマホのロックをはずすと八時過ぎだった。
シャワーを終えた私は、自室のベッドで仰向けになっていた。
両手でスマホを握ったまま。
もう一度スワイプして、チャット欄を開く。
まだ、何も書かれていなかった。
寝転がったまま天井にスマホをかざして呟く。
「何て送ればいいんだろう…」
全然考えてなかった。
前の学校でも友達はいたけど、女の子の友達が多くて、男の人とやりとりしたことはほとんどなかった。
夕ご飯前、リビングでソフィが言ってたことを思い出す。
『連絡先もうゲットしたの!?早くない!?』
不安がよぎる。
確かに、そうなのかも…。朝は必死で、勢いで聞いてしまったけど。
「やっぱり、初対面の人と……きっと迷惑だよね」
運命の人とか。本当は前に会ったことがあるんじゃないかとか。私が一人盛り上がってるだけで。全部、ただの勘違いかもしれない。ううん、そっちの方が普通だよ。
そう考えると、だんだんと勇気がしぼんできた。
「やっぱり、やめておくべきだよ」
かざした腕を下ろした。
「………」
でも。
「逃げたら、一つ…進めば…」
『進めば二つ…、』
「!」
自分を奮い立たせようと独りごちたとき、バスで彼が認めてくれた言葉を思い出した。
『進めば二つ…、…いい言葉だな』
勢いよくベッドから飛び上がる。
カーテンを開けて、月明かりの窓の向こう、薄っすらと吹雪き揺れる遠くの桜へ向けて、スマホをかざす。
ほとんど何も考えずにそのメッセージを打ち込んで、指を重ねて、送信ボタンを押した。
――グエルsideへ続く――