グエスレ現パロ転生シリーズ②-2 バスでスレッタと出会った日の夜、父やラウダと共に暮らす家に帰宅したグエル。スレッタから届いたメッセージ、グエルは何を思うのか――。葛藤と、欲望。ラウダ登場。グエルside。
@CChacoru

月明かりの夜。
春の雨の後の、わずかに湿り気を含んだ、夜の冷たい空気。
敷地に入ると、石畳の両脇でフットライトが音もなく付く。
エントランスガーデンが光に浮かび上がる。
毎日見慣れた光景だ。我が家だからな。
それなのに。
今朝会った彼女のせいで、遠い昔の、別世界での景色とそれが重なる。
――お父さんは、大事…ですよね。
――わかります。お父さん、好き…なんですよね。私もお母さん、好きです。
「……」
鞄を持っていない方の手をポケットに突っ込んで、奥へ歩いてゆく。
玄関口のセキュリティロックに生体認証を通して、中へ踏み入れた。
「…ただいま」
声は、誰もいない空間に吸い込まれていった。
ラグジュアリーモダンとでも言うらしい。男ばかりの家はホワイトとグレーでまとまった、ほとんど無機質な内装だ。家政婦を雇っているから、綺麗に保たれてはいる。
この世界では、父さんは生きている。
弟のラウダも。ラウダとは今少し拗れているが…。
奥へ進むと、リビングの方から明かりが漏れていた。
家政婦さん、今日はまだ帰っていなかったのか。
「すみません、夕飯の支度なら――あ」
「おかえり」
「ラウダ…帰ってたのか」
リビングに入ると弟の姿があった。
黒いシャツと制服姿。上着は脱いでいた。俺の姿を認めると、いつもの手癖で黒い前髪をいじり始めた。
普段は、この時間でさえラウダは家に居ないことが多い。夜の街で何処へ行っているのか。そうし始めた頃に問い詰めたこともあったが、結局弟を変えることは出来なかった。父さんは顔が合えば弟と言い合いになる。俺も、どう接していいのか正直なところわからなかった。
「…………」
「どうした、じっと見たりして」
「女?」
「っゲホッ、ゲホッ…」
なっ……なんだ……?
ラウダはじっと目を細めて俺の顔を観察している。
その時、スマホのバイブが短く鳴った。
ドキッとした。
「…見れば」
ラウダに促されて取り出してみれば、思った通りの名前がそこにあった。
《スレッタ・マーキュリー》
彼女からのメッセージを告げる通知だった。
躊躇した。
今朝は勢いに飲まれて連絡先を教えてしまったが、彼女と関わりを持っては駄目だという思いが拭えない。
…本当は嬉しいくせにな。
心の中で自分を嘲笑う。
彼女からのメッセージなら、どんな言葉でも大事にするに違いない。俺に関することでなくてもいい。ただ、お前の言葉一字一句を、拾いたい。
「コーヒー淹れるけど、いる?」
「あ、ああ。お前は食べたのか?」
「悪いけど」
「いや、いいんだ。俺は後で食べる。とりあえずコーヒー、貰う」
「わかった」
ラウダはキッチンの奥へと消えていった。
あいつと久々にこんなに話せた気がする。
「ラウダ、ありがとう」
俺はリビングのソファに腰掛けると、首のホックに手をかけて、白い学ランを脱いだ。シャツも首元のボタンをはずす。
もう一度画面を見る。
理性と、欲望に苛まれて、
俺は、
メッセージアプリを、
――開いた。
『今日の夕ご飯はなんですか』
思わず吹き出した。
脈絡のなさに、覚悟も何も吹っ飛んで。
「…ふっ」
何故そんな質問を送ってきたのかは分からないが、いや、だからこそ。
心がほぐされる気がした。
『いや、まだ食べていない』
気がつくと、そう打ち返していた。
既読がついて、すぐにメッセージが送られてきた。
『そうなんですか』
『遅いですぬ』
「くっ…ふふっ」
また笑ってしまう。
可愛らしい間違いを眺めていると、しばらく経って、彼女からの追撃が来た。
『遅いですね、です』
『生徒会の仕事があったからな』
本当は生徒会の仕事だけでなくて、父さんの仕事場にも寄っていたからこんな時間になったんだが。
そのことは伝えなくてもいいだろう。
『お疲れ様です』
彼女からのメッセージが返ってくる。
これは夢なんだろうか。
彼女と、こんな他愛ないやりとりを自分がしていることが、信じられない。こんな日が来るなんて、かつての俺は聞いて信じるだろうか。だが、この送り主は間違いなく彼女だ。
画面に映った文字に、封じ込めていた愛おしさが溢れてくる。
お前は何を食べたんだ?、と打ち込んで、送信ボタンを押す前にはじめの二文字を書き換える。
『君は何を食べたんだ?』
送った後で、フワッと豆の薫りが鼻をくすぐる。
ラウダがマグカップを二つ持ってやって来た。
ローテーブルにコースターを並べると、その上に優しくカップを置いて、俺の向かいに座る。
「彼女?」
「あのなあ…」
さっきから何なんだ。
「……違うな。気になる子でしょ」
「……」
昔からラウダには、誤魔化せない。元々隠すのは得意な方じゃないが。
だから精一杯の抵抗として、無言を貫く。
目の前は無視して、コーヒーだけいただく。
スマホを見ると返信が来ていた。
『今晩はカレーでした』
『いもうとと一緒に作ったんですよ』
この世界では、妹がいるのか。ふと、エリクトのことが頭をよぎる。
『料理得意なのか』
『はい』
『隠し味とか』
『今日はカレーにトマトを入れました』
「トマト…」
まさか。
前の世界での出来事を思い出す。
ミオリネの温室。
スレッタもあいつと同じように、あそこのトマトを大事にしていた。
『好きなのか?』
探りを入れようとそう送ったら、しばらく何も返って来なくなった。
ハッと気づく。
『トマトの話だ』
すると返信が来た。
『ふつうです』
遠慮のない表現にまた笑ってしまう。
普通、この会話の流れなら好きと答えるもんじゃないのか?
『グエルさんは』
名前を呼ばれてドキッとする。
『好きですか?』
………………。
ああ、トマトの話か。
『普通だな』
『同じですね』
『私たち』
『そうだな』
「同じ、か…」
送り先の向こうも、俺と同じように画面を見て微笑んでいる気がするのは、うぬぼれだろうか。
向かいのラウダがすくっと立ち上がった。飲みかけのコーヒーを片手に持ったまま。
キッチンカウンターまで歩いていくとマグカップを置いて、そのまま中庭に面した大開口窓を開けに行った。
月を切り取った黒い大きな四角から、フワッと夜の風が舞い込む。
「ラウダ…」
その背に向けて声をかける。
何を考えて、夜空に耽っているのだろうか。
すると、またスレッタからメッセージの通知が来た。
一度暗くなった画面のロックを解除して、メッセージを見た。
何故だか心臓をギュッと鷲掴みにされたような気がした。
『また、会ってもいいですか』
二年前の、あいつらと約束を交わした日のことが甦る。
***
「僕たちはクワイエット・ゼロ計画によって世界そのものを一から創り変える。この先の世界はある意味僕たち三人のエゴでしかない」
「それでも構わない」
俺はエリクトにそう答える。
クワイエット・ゼロの最深部、計画が発動する前。
エアリアルのコックピットの前に、俺とミオリネは漂っていた。
エリクトの声はエアリアルから出ていた。
「…もしかしたら、世界そのものが消えてしまうかもしれないわ」
ここに来て怖気づいたのか、ミオリネは両手を胸の前で組んでうつむいた。
「俺がなんとかする」
「グエル…」
もしそうなったとして、俺がなんとかできる根拠などないが、それでもそう声をかけた。ミオリネもそれはわかっているようだったが、なんとか笑顔を返してきた。
「悲惨なこの世界をこのままにしておくくらいなら、新しい世界で全てをやり直したい。僕たちはそう願ったからここにいる」
「そうね…エリクト」
ミオリネの表情から、陰りが消える。
エリクトは説明を続けた。
「新しい世界に着いたら、僕たちは今より二歳若くなる。二年前から再構成するからね。意識は今の僕たちのままだ。でも、あちらの世界で二年より前に生きてきた記憶も、持った状態でいると思う」
「つまり、二年を遡り、今の俺の記憶と、あちらで過ごした俺の記憶とが、混在するわけか」
「僕たち三人だけね。他の皆は、はじめから新しい世界で生活していた者として、生きる」
「…あの子は」
ミオリネが祈るように口を開いた。
「あの子には、新しい世界で何不自由なく生きてほしい。たとえ、そんな世界がなかったとしても。私たちの勝手だったとしても」
「ミオリネ…」
この計画の、俺たちの発端とも言える、スレッタ・マーキュリー。
彼女のために俺たちは集まったと言っても過言じゃなかった。
「僕たちは、スレッタには会わないようにしよう。…僕たちは、もうあの子に関わっちゃいけない」
俺もミオリネも、異論はなかった。
大切だからこそ、彼女を守るために、けじめのために、俺たち三人はそう決めた。
そして俺たち自身も交わらない。再び悲劇を繰り返すことのないように――。
***
忘れていたわけじゃない。
今朝だって。さっきだって。
いや、この二年間ずっと。
そう決めて、生きてきたのに。
「いいわけがない…」
「……兄さん?」
風に揺られて何処からか、一片の桜が舞い込んで、足元にそっと落ちた。
スレッタと、会っていいわけがないんだ。
――次話へ続く――