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朝起きたら隣に全裸の男が寝ていた。

捺🍜−9.9kg
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2015-09-13 23:49:03

 眠るならひとりがいい。そう思いながら、僕は眠りについたはずだった。もちろん、いっしょに寝る相手どころか、いっしょに暮らす相手、いや、話す相手さえいない。とどのつまり、だれに宛てたわけでもない強がりだ。
 なのに、朝、起きたら、ひとりではなかった。隣に、全裸の男が寝ていたのだ。
 いったいどういうことなのか。さっぱりわからない。
 僕のような女と縁のないぶっちぎりの童貞だって、いっしょに寝るなら女の子がいい。そんなにかわいくなかったとしても、男よりは女の子のほうがいい。
 なのに、僕のかたわらですやすやと安らかな寝息を立てているのは、見も知らぬ若い男だ。なんとも気持ちよさそうに寝ている。起こすのが申し訳なくなってくるくらい、穏やかで満たされた顔をしているのだ。
 僕は腹に布団をかけたまま上半身を起こし、ぼーっと相手の顔を見下ろした。男の顔のつくりは悪くはない。というか、どちらかといったらいいほうだろう。
 色白で、肌がすべすべとしていて、まつげは長めで、やや中性的。でも、鼻筋や目元の彫りがシャープな感じで、男くさくはないけれどイケメンだ。そう、イケメン。めちゃくちゃかっこいいわけではないものの、女好きしそうな小ぎれさに満ち満ちている。
 男から見るとなよっちいけど、女から見ると、きっとかわいいのではなかろうか。僕は女ではないから、推測にしかすぎないけれど。さらにいうと、相手のことを「なよっちい」だなんて正々堂々とけなせるほど、僕の体型はたくましいわけではない。
 僕は口内にたまったつばを飲み込んだ。いつしかぎゅっと握りこんでいたシーツから手を放す。
 相手がだれなのかわからないけれど、起こして話を聞いてみよう。どうせ、酔っ払ったせいでまちがって僕の部屋に入り、そのまま服をぬいで寝てしまっただろうし。それ以外の可能性は考えづらい。というか、そうじゃなかったら怖い。
 でも、どうやって話しかければいいのだろうか。僕はここ二年くらい、母親以外と会話らしい会話をしていなかった。実家を出ているから、一ヶ月に一回弱、電話で話すくらいだったが。ほかは本当にしゃべらない。会話ができなさすぎて、ファミレスにもラーメン屋にも入れない。そう、つまり……引きこもりがちで孤独な大学二回生にとっては、初対面の相手に話しかけるだなんて、あまりにも難易度が高いのだ。
 いや、難しいからって、二の足を踏んでいる場合ではないのだけれど。僕の安息の地という名のこの四畳半のアパートに、見知らぬ男が侵入したのだ。しかも、ベッドにまでもぐりこまれていた。さらに言うと、全裸だ。
 男の目的がわからない。どうせ酔っぱらいだろうけど。そう願ってやまない。
 ちなみに、僕の着衣に乱れはなかった。布団をはねのけてみたけれど、ズボンもしっかりはいているし、その下には確かにパンツの存在が感じられる。つまり、なんの問題もないのだ。
 困ったなぁ、参ったなぁ、と思いながら、僕は狭苦しいベッドから床に降りた。
 ベッドが大きく軋む。背後で、見知らぬだれかさんが「うう……」とうめく声が聞こえてきた。
 僕は大きく垂直に跳ねた。それこそ、うさぎのように。気がついたときには、ベッドの反対側の壁に背中をくっつけていた。肉食動物をやりすごす小動物のように、息をひそめてベッドの上の男を見つめる。
 全裸の男はのっそりと起き上がり、大きく両腕を広げて伸びをした。そして、あくび。
 無防備な横顔は、なんだかとっても幼い。僕と同い年くらいかと思ったけど、もしかしたら、まだ高校生かもしれない。
 首筋や肩のあたりがまだ頼りなくて、色がもやしのように白いこともあって、青くさい感じがした。残念ながら、女にしては、肩の骨格がしっかりしていたけれど。当然、胸だってない。筋肉もついてなくて、僕と同じくらいぺったりしている。本能も相手が男だと認識しているらしく、僕自身はまったく反応しなかった。ちなみに、この状況下で興奮してしまっていたら、今すぐ窓から飛び降りて自殺するだろう。
 全裸の男……もとい少年は、目元をごしごしとこすってから、ようやく僕のほうを見た。悪意も害意も感じられない、のほほんとした視線。なのに、気づくと僕は萎縮して、一生懸命壁と同化しようとしたいた。見知らぬ他人の目が怖い。僕のように卑小でかわいそうな生きものを、そんなにまじまじと見ないでほしい。
 僕が冷や汗をだらだらと垂らしていると、不意に、少年がにっこりと笑った。顔立ちの鋭さがそげて、人好きのするいたずらっぽい面持ちになった。
「……おはよーございます」
 酒やけしたようなかすれた声で、少年は僕に朝の挨拶をしてきた。声の高さ自体は、そんなに低くはない。だから、しゃがれているわりに、ずいぶんと軽やかに聞こえた。なにも言えずに凍りつく僕に、少年は不思議そうに首を傾げた。
「ん? おにーさん、そんなにこわがらないでください」
 そんなこと言われたって、家に侵入してきた見知らぬ人間を怖がらずにいられるか。僕は抗議したくてたまらなかったのに、舌も手も足もなにもかもが動かなかった。
 少年は僕に目を向けたまま、もぞもぞと布団から這い出てきた。カーテン越しの鈍い日光を浴び、細い腰がつやつやと光っていた。尻も太もももそれなりに筋肉はついているようだけど、稜線はなめらかだった。細身だが、なぜか痩せている印象はない。でも、細い。男とは思えないくらい細い。成長期だからだろうか。いや、それにしても……。
 すっぽんぽんの少年は床に降り立つと、おもむろに自分の身体を見下ろした。そこでようやく、あちゃーと言いたげな顔をした。
「ああ、ハダカですね。わたし」
 少年は「わたし」と言った。確かに言った。その言葉につられるように、僕は少年の下半身――股間に目を向け、そして。
「あああああああああああ」と断末魔の声が、僕のこの喉からほとばしった。気がつくと、少年……いや少年ではない生きものから顔をそむけていた。なにがなんだかわからないまま、壁に額をがんがん打ちつける。朝っぱらから騒いでいたら隣人から苦情が来るかもしれない。頭の片隅で冷静な僕が忠告してきた。でも、よくよく考えたらここは角部屋で、隣の部屋はだれも住んでいない。つまり、騒ぎ放題だ。僕は安心して理性を手放し、何度も何度も頭を壁にぶつけ続けた。そうやって、今、自分が見たものを、すべて忘れようとした――。

 気づくと僕は、力なく床に座りこんでいた。焦点の合わない目で、フローリングをぼんやり眺めていた。おでこが痛い。死ぬほど痛い。なぜだろうか。
「おにーさん、死にますって。アタマ大事にしないと。死ぬにはまだ早いですって。死なないで、おにーさん」
 あまり耳になじみのない声が、頭上から降ってきた。少し早口で、なのに妙にのんきな調子だった。
 僕は「あうあうあうあうあうあうあ」と言葉にならない声を漏らしながら、両手で頭を抱えこんだ。そのまま小さくなり、身を震わせた。他人が怖いというよりも、会話をしなければならないという状況がおそろしくてしょうがなかった。どんな顔をして、どんなふうに、相手と言葉を交わせばいいのだろうか。しかも、相手は同性ではなく、たぶんだけれど女……なのか? いや、股間になにもついていないというのは僕の見間違いで、実は見たまんま男なのかもしれない? 相手の性別がなんであれ、僕は母親以外の人間に話しかけることができない。いや、父親とも話せることには話せるけれど、なんとなく苦手というか……。
「おにーさん、アタマぶつけすぎました? 気持ち悪いんですか? 救急車呼びますか? それとも病院、つきそいますか?」
 少年……いや女? は相変わらず危機感のない声で、僕に話しかけてくる。不法侵入したあげくベッドにもぐりこんできたくせに、善良さしか感じられない。全裸というとてつもなく無防備な格好をしている時点で、僕と敵対するつもりはないのだろうけれど。というか、今もまだ、全裸なのだろうか?
 僕は好奇心に負け、おそるおそる両手を頭から放した。慎重に、細心の注意を払いつつ、振り返って相手を見やる――。
 まず視界に飛び込んできたのは、乳白色の二本の脚だった。僕の目と鼻の先で息づく太もも。躍動感あふれる筋肉の盛りあがりと、乳くさい脂肪のコンビネーションが、暴力的だった。僕は本能的に視線を上げてしまう。そして飛び込んできたのは――ウルトラソウル。
「あ……ああ……あ……」
 僕は消え入りそうな声を漏らしながら、息絶えるように頭をたれた。間近で見てしまった。なにかを。いや、角度とかの問題で、よく見えなかったけれど。見えなくてよかった。
「なんで……なんでパンツはいてないんだよ……」
 それ以前の問題とはわかっていながらも、僕はつぶやかざるを得なかった。ほぼ涙声だった。せめて、相手がパンツをはいたままだったら。相手を男だと勘違いしたままでいられた。男相手だったら、僕だって会話してみようという気になれ……はしないな。男だろうと女だろうと、赤の他人と話すだなんて無理だ。絶望的に無理だ。隣に見知らぬ人間が寝ていた時点で、僕はすでに詰んでいたのだ。
「パンツ、はかないとだめですか?」
 僕の力ないつぶやきに対して、意味の分からない言葉が返ってきた。相手が日本語で話しているのはわかるが、本気で理解できない。どうやら、僕の日本語会話能力は、自分で思っていたよりも低下していたようだ。どう返事していいのか、さっぱりわからない。というか、会話が成立する気がしない。
「パンツをはかないやつは、人間じゃない……」
 僕はぐすぐすと鼻をすすりながら、力なくささやいた。ただのひとりごとで、泣き言だった。
「それもそうですね」
 でも、なぜか同意するような言葉が返ってきた。
 相手が僕から離れていく気配がした。ごそごそと物音がしたかと思うと、「できた」と短い言葉が聞こえてきた。
「パンツ、はきました。わたしは人間です。おにーさん、体調、大丈夫そうなら、顔をあげてください」
「大丈夫じゃない……」
 相手は鋼鉄の心臓をもっているようだったが、あいにく、僕はへたれだった。その場に体育座りをして、ひざとひざとのあいだに顔をうずめ、相手を拒絶した。……なんで、ここは僕の家なのに、こんなにも怯えなければいけないのだろうか。そう思ったけど、冷静に考えたら、小ぎれいとは言えども男みたいな容姿の全裸の女が侵入してきたら、すごく怖い。物理的に生命の危機を感じているわけではないけど、意味がわからなすぎて怖い。
 相手が近づいてきたのか、床が少しだけ軋んだ。ひんやりとした手で、腕をそっとつかまれる。
「ベッドに横になりますか?」
「ひいいいいいい」
 僕はひっくり返った悲鳴を上げ、相手の手を振り払った。すぐに罪悪感が胸で弾けた。相手の厚意を、無下にしてしまった。逆上した相手に、最悪殺されるかもしれない。
 僕はその場で正座して、激しく狂おしく額を床に打ちつけた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
「やめてください。おにーさん、死にますよ」
 僕が上も下もわからないまま土下座を繰り返していると、とつぜん、両肩を掴まれた。そのまま強引に顔をあげさせられる。眼前に、凛々しいんだかまろやかなのかよくわからない、相手の顔があった。間近でみると、たしかに、男にしては肌がきれいすぎる。
 相手はもう、笑っていなかった。しかめっ面ではないけど、真摯な面持ちをしていた。
「こわがらないでください、とは言えません」
 僕としばらく見つめ合ってから、相手がゆっくりと切り出してくる。
「だって、わたしはおにーさんを襲おうとしたんですから」
 相手はどこまでも真剣な様子だった。でも、語った内容はとんでもなかった。僕の気のせいだろうか。
「お、襲う……?」
 僕はもつれる舌で、なんとか一単語だけ繰り返した。襲うって、いったいどういう意味だろうか。
 相手は重々しくうなずく。
「はい。おにーさんを食べるつもりでした」
 とんでもない発言が飛び出してきて、僕はあやうく意識を失いそうになった。相手は僕から手を放し、つるっつるの胸をひとなでした。
「わたし、こんな見た目なんで、女のひとを食べさせられそうになったんです。でも、ほんとうは男のひとを食べたかったんです。ずっと」
 ……ほんとうに平らかな胸だ。相手が女だとわかっていても、まったく興奮しない。
「わたしの前でまな板の上のマグロみたいになっている女のひとを見たとき、そう強く思って、わたしはいても立ってもいられなくなって飛び出してきたんです」
 僕が失礼なことを考えていると気づいているのか否か、相手は淡々と話を進めていく。相手がとんでもないことを語っているのはわかっているけど、内容がぶっとびすぎていて、僕も驚きたくても驚けなくなっていた。でも、居心地が悪いことには変わりない。相手が僕を凝視しているのか、うなじのあたりがちりちりとした。……もしかして、いまだに僕は、相手にとっての食料とみなされているのだろうか。
「ひとり暮らしで、孤独そうな男のひとを、襲えばいい。そうすれば、わたしが男のひとを食べに行ったって、バレたりしないだろうって思いました。だから、大学のキャンパスで見たなかで一番孤独そうだったおにーさんを、襲おうと決めました」
 すごく失礼なことを言われているけれど、ぐうの音も出ない。というか会話したくない。関わりたくない。そう強く思った。しかし非力でへたれな僕は、だんまりを決め込むしかできなかった――。
「昨日の夜、このお家に、わたしは窓から侵入しました。そして、呆然とするおにーさんの前で、とりあえず服を脱いでみました。……覚えていますか?」
 マジかよマジかよマジかよマジかよ!
 僕の頭のなかで、ツッコミがけたたましく鳴り響いている。さっぱり記憶になくて、冷や汗がどっと溢れ出てきた。まったく記憶にございません、と声高に叫びたかったけど、やっぱり声がでない。首を横にふるだけで精一杯だった。
 相手が「あー」と残念そうに声を漏らした。
「やっぱり、記憶がないんですね。おにーさん、わたしがパンツを脱いだ瞬間、気絶してしまいましたから」
 相手の頭のおかしさよりも、自分のヘタレっぷりに涙が止まらなかった。
「わたしもこれ幸いと、気を失ったおにーさんを食べようとしたんです。でも、どうやって食べればいいのか、よくわからなかった」
 さらりと爆弾発言をするのはやめてほしい。
「だから、とりあえずおにーさんをベッドに寝かしました。そしたらなんか疲れちゃって、わたしもおにーさんの隣に横になっちゃいました」
 ……とりあえず、僕は命拾いをしたようだ。いや、童貞を捨てそこねたのか? もはやどっちでもいい。なにもされなかったのだから、もう、それだけで十分だ。
「……帰ってくれ」
 僕はうつむいたまま、蚊の泣くような声でささやいた。
 僕の要求は相手の耳に届いたのか、相手が「へっ?」と間の抜けた声を上げた。
「『かってくれ』……?」
 でも、僕の声は、あまりに小さすぎたらしい。
「つまり、わたしが、おにーさんを狩ればいいんですか? ライオンがウサギを襲うように?」
 僕はあわてて「違う!」と叫ぼうとした。が、普段大きな声を出していないせいで、舌を噛んでしまった。痛い。死ぬほど痛い。出血しているのか、口のなかが鉄くさい。
「わかりました」
 僕が口を両手で押さえてもだえていると、力強い言葉が返ってきた。
「わたし、おにーさんを振り回してしまいましたから。お詫びの意味もこめて、精一杯、狩らせていただきます」
 相手に両手首をがっとつかまれた。僕が目を白黒させながら、失神しないようになんとか気を張っていると、なんと手の甲に相手がキスを……キスをしてきた!? はじめて感じるくちびるの感触は、なんというか……やわらかすぎて、すこし気持ち悪かった。
「だから、おにーさん。わたしに男という生きものを教えてください」
 それ以前の問題が星の数ほどあるというのに、相手はうれしそうに僕に頼んできた。
 ――他者との意思疎通は、なんて難しいのだろうか。コミュニケーションがろくにできない僕には、相手の誤解を解くだなんて、とてもではないが不可能だ。
 僕はうなずくかわりに、ただ、意識を手放した。


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