X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

無敵の瞳

全体公開 神無三十一受け 20 58 6816文字
2023-08-23 16:53:47

カルみと 瞳の話
シナリオネタバレあり

 

 「モデル?」
 「そ、次の潜入先。だから今減量中なの。」

 料理を口に運んだまま言葉を反芻する縞斑の向かいの席で、神無はいつもより更に量の少ないサラダパスタを口に運ぶ。
 スパローの仕事がひと段落した縞斑が久しぶりに食事でも行かないかと誘ったところ、普段人目を気にして夜に会いたがる神無は珍しく、ランチがいい、とリクエストしたのだ。

 「なるほど、それでランチね。」
 「夜は炭水化物食べらんなくて付き合わせてごめん。」

 その時はそういう気分なのだろうと疑問にも思わず、縞斑はアンドロイドの居ない大通りを避けた喫茶店を探した。
 ご時世も相まって、昼営業をしているアンドロイドを起用しない飲食店を探すことは難しいことだ。加えて犯罪組織の人間である縞斑が出入りできるような監視の薄い店となれば、更に場所は限られてくる。
 結局探し回った縞斑だが、普段から神無との情報交換に使っている喫茶店を利用することにしたのだ。
 その負担を気にしているらしい神無が、申し訳無さそうに肩を落とす様子を見て、縞斑は慌てて首を横に振った。

 「あぁいや、それは全然。たまには太陽の光を浴びろってアサギリちゃんにも言われてたから。」
 「ほんと?」
 「こんなところで気を遣って嘘つくような男に見える?」
 「………………あんたは、俺が思ってるより俺に甘いからやりかねない。」

 じっと瞳の奥を探るように見上げる神無に、日頃の行いの成果が嬉しいやら悲しいやら、苦笑いを浮かべた縞斑は視線を合わせる。
 目を逸らさずに笑みを浮かべてみせれば、ひとまず縞斑を信じることにしたらしい神無は小さく頷くと物足りなさげにプチトマトを口に運んだ。

 「それにしてもモデル事務所に潜入とは何があったの?ファッションショーに出るとか?」
 「そうだよ。目的はまさにそのファッションショーで……いや、詳しい話は明日そっち行って話す。」

 ドロ課が駆り出されるということは、アンドロイドが絡んだ事件なのだろう。スパローと協力態勢を敷くことは前々から考えていた神無だが、デート中に仕事の話はしたくないというように不服げな視線を向けた。
 思わず質問攻めをしていた縞斑は神無の思いを汲み取ると、大人しく引き下がる。

 「ごめんごめん。まぁ理由はどうであれ、モデルとなれば神無ちゃんが適任か。」
 「俺は顔が良いからな。」
 「自分で言っちゃうところがねぇ

 自信満々に胸を張る神無の美貌は、恋人という色眼鏡を外しても警視庁内で勝る者はいないだろう。
 モデル事務所かファッションショーそのものが調査対象だとして、モデルとして潜入することができる刑事など限られているはずだ。
 それを多少の体重管理だけでこなすことができるのだから、この任務が成功すれば神無は更に警察組織で高く評価されることになるだろう。

 「だらだら先輩、」
 「ん、なぁに?」
 「俺の気のせいかもだけど怒ってる?」

 おずおずと尋ねる神無の言葉に、縞斑はそれまで自覚すらしていなかったどす黒い感情に気がついてぎくりと肩を揺らした。
 神無に宥められた以上事件の詳細を更に問い詰めるつもりはなかったが、恋人が潜入といえどモデルとしてショーに出ると聞いた内心は穏やかではない。
 ましてやこの任務が成功して、上層部が彼をハニートラップ要員として起用しようなんて言い出したらと気が気じゃなかった。

 「怒ってないよ。」
 「さすがにうそ。」
 「怒ってないのは本当。心配なだけ。」
 「心配ぃ?」

 まだ未熟な自分の一人潜入を心配されていると解釈したらしい神無は、眉間にしわを寄せて縞斑を見上げる。
 間違った方向に解釈されたと察した縞斑が訂正するより早く、ふたりの間にトレーを持った店員が歩み寄った。

 「お待たせしました。イチゴパフェと珈琲です。」
 「あパフェこっちです。」
 「ありがとう、珈琲はこっち。」

 慌てて他所行きの笑みを浮かべた神無は、自分の前にことりと置かれた大きなパフェに目を輝かせる。
 減量中と言っていたが、おそらくパフェを食べる前提でカロリー計算をして食事を選んでいたのだろう。なんとしても甘いものを食べるその執念に、縞斑は思わず苦笑いを溢す。
 ロングスプーンで丁寧にパフェのてっぺんに乗ったミントを皿に取った彼は、先ほどまでの不機嫌を忘れて真っ先にいちごを掬う。
 甘酸っぱい幸せな味に頬を押さえて悶える神無を、向かいの席の縞斑は珈琲を傾けながら見守った。

 「美味しい?」
 「おいしい!!だらだら先輩もたべ

 嬉々として幸せのお裾分けをしようとスプーンにいちごとクリームを盛って差し出した神無は、はたとそこで自分が先ほどまで不機嫌であったことを思い出す。
 咄嗟に手を引こうとした神無だったが、縞斑はそんな彼の手首を取って顔を寄せた。
 口に運んだいちごは旬であるため糖度が高く、そんないちごを際立たせるために甘さを控えめにしたクリームも上品だ。
 スイーツの美味しい店を調べる癖がついていた縞斑は、この店は当たりかもしれないと改めて頭の中で今後も来店する候補に加える。

 「確かに、美味しいね。」
 「ちょっ、」
 
 長い髪を耳に掛けて穏やかに微笑む恋人の姿を至近距離で目にした神無は、羞恥に顔が赤く染まり、掴まれた手を振り解こうともがいた。
 ここで勘違いしたまま逃げ出すことを許せば、間違いなく手に負えないほど拗れることを縞斑は経験済みだ。逃がさないようにしっかりと手首を握れば、うさぎのごとく身を震わせた神無が逃げ腰のまま口を開いた。

 「な、なな、なんだよっ!」
 「うーんこのまま誤解されるのは嫌だからちゃんと伝えておこうと思って。」

 言いながら縞斑はもう片一方の手を伸ばす。身構えて目を閉じた神無の目元に触れたその手のひらは、彼が掛けていたサングラス型コンピュータを丁寧に外す。

 「なに?」

 縞斑の意図が分からずおそるおそる開かれた菫色の瞳は、遮るものがなくなった今、宝石のように煌めいて縞斑の姿を映した。
 何度見ても見慣れない美しく、強い意志を宿した無敵の瞳に、縞斑は見惚れて浅く息を吐く。
 サングラスを丁寧に机に置いて、ふたりの席が店員たちに見えない隅の席であること確かめた縞斑は、慈しむように神無の頬を撫でた。

 「っわ、」
 「黒田先輩や赤星ちゃんから何度も聞かされただろうけど君の瞳に邪な価値を見出す人間は少なくない。」

 ぴくりと神無が肩を揺らしたのは、頬に触れた縞斑の手のひらがむず痒かったからか、それとも彼の口から家族の名前が出たからか。
 そうっと目を開いていた神無は、縞斑の心配の意味をようやく理解して小さく頷く。
 引き取られた当初から、黒田と赤星は口を酸っぱくして神無に身を守る手段を教え込んでいた。
 1000万分の1の確率と言われているこの瞳は、世界中を探しても見つけ出すことが困難らしく、瞳を目当てに連れ去られることも少なくない。非道な人身売買や、遺伝を期待した望まぬ子種の搾取によって若いうちに死んでしまう人間が殆どだと聞かされていたのだ。

 「潜入中はサングラスも外すんだろう?」
 「うん。事務所の人が、カラーコンタクトつけたらダメだって。」

 詳細を知らない縞斑にはまだ、モデル事務所の人間が純粋に瞳に魅了されてモデルの武器として使おうとしているのか、はたまた神無のことを利用価値のある存在として囲おうとしているのかは分からない。
 いずれにせよ、自分以外の人間が彼の魅力に当てられる姿は見ていて気持ちの良いものではなかった。

 「神無ちゃんは強いけど、それは恋人である俺が君を心配しない理由にはならないから。……お願い、十分に気を付けて。」
 「わわかった。」

 縞斑が自分の身を心の底から案じていると正しく汲み取った神無は、想像以上に自分を想ってくれている縞斑の存在を改めて自覚する。
 縞斑にとって神無は大切な人だ。もう二度と、縞斑から大切な人を奪わせるわけにはいかない。
 頬を撫でていた縞斑の手を取った神無は、大きな手のひらに擦り寄ってから、自らの指と絡めてしっかりと繋ぐ。

 「油断は絶対しないし、うまくやれば現場にはディーノや先輩たちのことも呼べると思う。」
 「なら安心。それに、君の晴れ姿はぜひ見たい。」
 「そっちは任せといて!最高に格好良い服だったから!!」

 自信満々に頷いて笑った神無は、機嫌を直してパフェを堪能する。
 神無に視線が集まることは、それはそれとして縞斑の心配の種だが、男の嫉妬は見苦しいと思い直して言葉を飲み込んだ。
 誤魔化すために啜った珈琲の苦味を舌で転がしながら、集めた情報から納得する答えを見つけ出した彼はひとつ頷く。

 「それじゃあ、店を出たら今日はどちらかの家で過ごそうか。」
 「えーせっかく昼間に会ってるのに

 クリームとバニラアイスに舌鼓を打っていた神無は、コンピュータに時間を表示しながら首を傾げた。
 時刻はまだ13時を過ぎたばかりだ。
 縞斑は目立った行動はできないとはいえ、ある程度の自由は許されている。仕事をサボって出歩く縞斑に対して、渋々アサギリが許可したのだった。

 「買い物とかしなくていいの?」
 「……その足で出歩いたら、あとから辛いのは神無ちゃんでしょ?」

 不満そうに唇を尖らせた神無と目を合わせて、縞斑はそう言いながらテーブルの下を指差した。
 途端、露骨に表情をこわばらせた神無を見つめて、相変わらず嘘が下手だなと苦笑いを浮かべる。

 「ななんのこと?」
 「ヒールの練習してるのかな、普通に歩くだけでも結構辛いんじゃない?」

 とぼける神無に構わず言葉を続ければ、彼は誤魔化せないと諦めた様子で息を吐いた。刑事として10年以上先輩であった彼を出し抜くには、まだまだ経験が足りないらしい。

 「そうだけど、なんで気づいたんだよ。」
 「歩き方がいつもと少しだけ違ったから。」

 出会った直後から、神無の足取りは普段と僅かに違って見えた。それは縞斑でなければ気付けないほどの微々たるものだったが、潜入先のために準備を整えているという事情を聞けば大体の察しはつく。
 モデルとして潜入するにあたって、成人男性の中では平均である神無の身長をより高く見せるためにヒールを履かなければならないのだろう。
 スタイルや振る舞いは神無の持って生まれたものや見聞きした情報でやり過ごせるだろうが、モデルウォーキングだけは練習が必要だった。
 慣れないヒールを履いて何往復も歩くうちに至る所が痛んで、ガーゼを当ててその上から靴を履いている足を見下ろした神無は、降参して両手をあげた。

 「正直めちゃくちゃ痛いから助かる。」
 「よろしい。それなら最初から家で良かったのに。」
 「だってこんな機会ないと昼間はデートしないじゃん。人目以前にあんた休日のこの時間じゃ起きてないだろ。」
 「そんなことない、とも言い切れない。」
 
 仕事がない日であれば、縞斑はこの時間まで惰眠を貪っている。アサギリも休みの日まで早起きを促さないため、彼が耐えかねて叩き起こされる夕方まで眠りこけて、夜に神無と会うことが多かった。
 素直に自身の日頃の行いに非があることを認めた縞斑に向けて神無は、やっぱり、と不服げにパフェをかき混ぜる。

 「昼間デート……
 「また万全の体調の時に誘うよ。約束。」

 神無のわがままには出来る限り付き合いたいが、このまま連れ回して傷が悪化してしまうことは見過ごせない。それによって仕事に支障が出れば、おそらく神無は自分を許せなくなるだろう。
 縞斑が自分を気遣って提案していることを理解しているらしい神無は、これ以上は駄々を捏ねられず渋々頷いた。
 まだ完全に納得しきっていない表情で、パフェの底のいちごジャムと生クリームを掬う神無を見守っていた縞斑は、僅かに身を乗り出して彼の耳元に唇を寄せる。

 「それに昼間から家で恋人らしいことするのも、たまには悪くないんじゃない?」
 「恋人らしいこと……?」
 
 怪訝な声を上げた神無は、縞斑が浮かべる含み笑いをたっぷり数秒見上げた。
 昼間から家でする恋人らしいこと。たまには、ということは普段は夜にしていること。なかなか時間を合わせられないふたりが逢瀬の夜にすることなど、ひとつしかない。
 僅か数秒で縞斑の指し示す行為に辿り着いた天才的頭脳は、次の瞬間耐えきれない羞恥によってショートした。

 「な、なんッなにいっ、て!?」
 
 顔を真っ赤に染めてがたりと椅子を鳴らし仰け反った神無は、熱を持つ縞斑に囁かれた耳を両手で押さえて狼狽える。
 そんな神無に何も言わずに笑みだけを返せば、縞斑の都合良く神無は誘いとして受け取ったようだ。

 「ういや、でも、」
 
 しどろもどろと呟いた神無は、眉を寄せて言葉を探す。潜入前に無理はしたくないのかもしれない、加えて減量中となれば体力もいつもより落ちているはずだ。
 そんな神無の様子を見て、元々ダメ元で誘っていた縞斑は冗談としてその場を流そうと口を開く。

 「なーんて」
 「………なら、……けど」

 そのとき、縞斑の言葉に神無の小さな声が重なった。咄嗟に口を噤んで先を譲れば、赤い顔で俯いていた彼はちらりと縞斑を見上げおずおずと再び口を開く。
 
 「あと、つけないならいいけど、」

 モデルとして潜入する以上、客に肌を見せる機会が必ずあるはずだ。本来ならばそう縞斑を宥めるべきところだが、久方ぶりの逢瀬と誘いは神無にとってあまりに魅力的なものだった。
 一方縞斑はというと、てっきり許可されるとは思っていなかったため、呆けた顔でそんな神無をまじまじと見つめる。
 視線に耐えかねた神無は、パフェの残りをかき込むとがたりと席を立ち上がった。

 「〜〜っなんでもない!!」
 「あ、まって神無ちゃん、ごめん、呆れてないから落ち着いて」
 「うそつけ!!どうせ我慢できない変態だと思ったんだろ!!!」
 「俺から誘っておいてそんなこと思うわけないでしょ。ちょっとだけ話を聞いて。」

 神無の手を取ってどうにか席に連れ戻した縞斑は、テーブルの上で居場所なさげに取り残されていたカップを手に取る。緩くなった中身を飲み干した彼は、目の覚めるような苦味によって幾分か取り戻した理性を確かめた。
 一度深呼吸をした縞斑は、慎重に口を開く。

 「ちょっと感動してただけ、嬉しかったんだよ。」
 「ほんとに?」
 「本当。早く帰りたくてたまらないくらい。」

 言いながら縞斑は片手を挙げると、店員に会計を頼んだ。神無が止める間もなく端末で二人分の会計を済ませた縞斑は、軽く礼を言って立ち上がる。

 「俺の家でいい?」
 「うん。」

 手を引かれて店を出た神無は、縞斑の正直な言葉にますます照れた様子で俯いた。
 今すぐにでも抱き寄せて唇を奪ってしまいたい衝動を抑えて、縞斑は路地の奥へと歩き出す。
 
 「……とはいえ、ちょっとだけ嫌だな。」
 「なにが?」
 「俺以外の人間に君の瞳を見せること。」

 この胸に湧き上がるどす黒い感情は、彼の瞳に邪な想いを抱く人間の醜さと大差ないものなのかもしれない。
 眩いスポットライトを浴びて、美しい衣装に包まれ、その無敵の瞳で観客を魅了する神無の姿を想像した縞斑は、思わずそう言葉を漏らした。
 耳が良く、おまけに察しの良い神無は、縞斑が自分の嫉妬という感情を嫌悪していることに気づいて唇を尖らせる。そうして彼は、縞斑の胸へと片手を伸ばした。

 「っわ」

 引き寄せられた縞斑が僅かに体制を崩せば、そんな彼の唇の端に手を伸ばした神無が口付ける。

 「……、」
 「他の奴らと一緒にすんな。」

 呆然と甘いクリームの味を辿る縞斑の視線の先で、神無はサングラスを押し上げて小悪魔のように舌を出し笑った。
 
 「こんな目見せるの、恋人のあんたにだけだからさ。安心してよ。」
 「………はい。」

 あまりの殺し文句に動揺して、僅かに頬を赤らめた縞斑は、どうにか震える声で返事をして頷く。
 そんな彼のことを楽しげに笑って、神無は道を歩き出した。

 「ほら、行こ。だらだら先輩。」

 とろりと蕩けた宝石の瞳が、愛おしげに細められて輪郭を曖昧にする。
 その美しさに縞斑は、思わず息を呑むのだった。



投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.