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ユーフォリアのこちら側2-1

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2023-08-23 22:27:10

15歳のクライヴが「今日は狩りじゃないんだ」とアンブロシアに言っていたので狩りが得意なんじゃないかなと勝手に思っている。

前回→https://privatter.net/p/10303884

「今回の《キング》もクライヴ様が取ることになりそうです」
 天幕の下で両親とお茶を飲んでいたジョシュアは、「戦況」を伝えにきたマードック将軍が嬉しそうに口にするのを聞いた。それを聞いたエルウィンが「そうか」と満足そうに頷くのを眺め、ジョシュアも「さすが兄さんだ」と声を上げようとしたが、隣に座る母のこぶしがスカートの上できつく握りしめられたのを見て、あからさまに賞賛の声を上げるのに臆してしまった。
 後で兄さんに直接言えばいいや、と思いながら、ジョシュアは再び現場へ見守りに行ったマードック将軍の背を見送る。
 今日は年に数度行われる狩猟大会の日た。捕えた獣の数、および凶暴さによって細かく点数が設定されており、最終的に多くの点数を獲得した者が「キング」と呼ばれることになっている。
 狩猟の上手さは騎馬技術と戦闘能力わかりやすい指標でもあるため、ロザリア公国の兵士、特に騎士を目指す者にとってこの大会は自身の武勇を周囲に見せつけるためのものでもあった。ただし、ここ数回は第一王子のクライヴがキングを欲しいままとしていたのだが。
「そこまで!」
 太鼓とラッパが鳴り響き、森へ散っていた兵士たちがぞろぞろと戻ってくるのを確認すると、ジョシュアは父に導かれて席を立つ。
 一際目立つ白馬の姿を認めると、ジョシュアはパッと顔を輝かせながら視線を向けた。兄の愛馬、気位の高いアンブロシアの凛々しい表情のその後ろに、弓を背負い、剣を携え、やり切った顔の兄の姿がある。
 兄さん。声には出さずジョシュアがきらきらした目で見つめると、馬上の兄と視線が合う。クライヴは目許と口許を緩めてそっと微笑み、やったぞ、とでも言うようにジョシュアはウィンクをした。
 兄はアンブロシアから降りると、彼女の首筋やたてがみを優しく撫でて労い、馬を回収しにきた兵士へ手綱を渡した。
 父に促され、ジョシュアは狩猟大会へ参加した兵士たちの前へ出た。父が彼らを労い、仕留められた獲物の山に視線を向ける。これらの獣たちは残らず解体され、肉は加工処理ののち一部が民へ配給され、皮や牙は兵士たちの装備や武具など様々な形で利用される手筈となっている。
 父とジョシュアの前に、白銀の毛皮を持つ立派なクァールが運ばれてくる。
「此度の《キング》のクライヴ様より、フェニックスのジョシュア様へ献上とのことです」
 父とジョシュアの前で跪いた兄にジョシュアは視線を向けた。こうして兄に贈られるのはもう何度目かのことで、ジョシュアにはそれが誇らしかった。
「ありがとう兄さん」

   *

 いつまでも浜辺で座っているわけにもいかず、僕と兄さんは海から離れてあてもなく歩き始めていた。けれども兄さんの足取りは以前と違って重く、反対に僕の足取りは「生前」感じたこともないほど妙に軽かった。
 兄さんの歩調に合わせて、ゆっくりと見慣れない土地を進む。肌に当たる風すら知らないにおいがするような気がして、「もしかして風の大陸でも灰の大陸でもないのかな」と会話するが、月が出るまでは確信は持てなそうだった。
 日が暮れるまで散々歩き回るが、まだ人の姿は見えなかった。道がないわけではなかったので、今日は見つけられなかっただけだろうとお互い、希望のように口にした。
「シドの火打石を携帯しておくべきだったな」
 夜が更けての移動は、灯りを持たない今するべきことではなかった。海から離れ、延々と続く草原を歩いていたが、小屋や見張り塔のひとつも見えず、諦めて大岩のそばで互いに身を寄せ合いながらぼんやりしていると、兄さんが懐かしむような声で言う。
 昨日まで、火であれば息をするよりも簡単に操ることができたのに、今ではどうやって魔法を使っていたのか思い出せなかった。
「魔法が使えなくなるって、わかってはいたけれど不便だね」
「そうだな……、だが、これからはそれが当たり前になるんだ。慣れていかなくちゃいけない」
 自分に言い聞かせるような兄さんの言葉はどこか満足そうで、その声が心地よかった。
 とは言え、たかが焚き火を作ることすらできないのは不便だったし、危険でもあった。道具をなにも持っていないのでどうしようもないが、獣が出ないことを願いながら、交代で起きていることにする。
 俺が先に寝ずの番をする、と言い張る兄さんを「僕より疲れているように見えるから先に寝て欲しい」と説き伏せるのはやや骨の折れる仕事だったが、僕の見立ての通り、兄さんは横になるとすぐに眠りについたようだった。
 星明かりの下、風が草を揺らす音が耳に響いている。雲に隠れ、薄ぼんやりとした月は予想通り、記憶にない角度から昇っていた。
 ここからどうやって皆のところへ帰れるのだろうか。どこかで地図が手に入ればいいが……、と考えながら、傍で眠る兄さんの輪郭へ視線を下ろし、そっと、籠手をはめられなくなった、、、、、、、、、左手に触れた。
 手袋を外さなくてもわかる硬い石の感触に、自分の眉が寄るのがわかる。これがどう言う結果なのかなんて、僕が一番よくわかっていた。


 浜辺でひとしきり混乱した後、僕はようやく、兄さんの異変に気がついた。剥き出しの左手が石化している。それに絶句していると、兄さんは「この程度で済んだのか」となんだか皮肉そうに言った。
 その言葉はおそらく「器」としての特殊性についての自虐だろうと思ったが、言及する余裕はなかった。自分の体に傷が一つもないことも不思議だったが、左手を見て瞬時に理解した。
「兄さん……、もしかしてアルテマの力も取り込んだ?」
 問いかけに、兄さんは少しの躊躇もなく首肯した。
「ああ。——だが、力はもうないよ。俺一人の身には余るから、その力で理を破壊した。だからもう魔法は使えないし、この石化は理を破壊した代償だろう。この程度で済むとは思えなかったが、嬉しい誤算だな」
 穏やかな声だったが、最後に向かうにつれ少しずつ言葉は掠れていた。これで本当によかったのだろうかとでも言うような、けれども、そうは言ってもこの道以外に何が選べたって言うんだ? とも言うような、複雑な感情が浮かんでいた。
……兄さん、僕に何をしたの?」
 胸に手を当て、恐る恐る尋ねた。
 確かに死んだ筈だったのに、心臓はむしろ以前より力強く打っていたし、体の痛みも全身の石化もなくなっていた。
 兄さんはゆっくりと僕に青い視線を向けると、右手で僕の頬を撫で、首筋へと手を滑らせ、肩を撫で、胸の置いた僕の手の上に手を重ねた。兄さんが目を伏せ、祈るように、あるいは確かめるように息を吐く。
 優しく慈しむような触れ方に、鼓動と一緒に体が跳ねそうになる。それを必死に押さえつけながら、どくどくと体の内側で湧き上がる熱に、僕は生きているのか、と改めて強く感じた。
「お前と世界を守った。……それだけだ。そう俺に命じただろう?」
 顔を上げた兄さんの瞳に縋るようなものを感じ、「そうだね」と答えるしかなかった。
 きっと兄さんは、かつて古い書物で読んだ古代魔法を使ったのだろう。
 どうしてそこまで、と尋ねるべきではない言葉が舌先まで上っていたが、なんとか喉の奥へと押し戻した。
 兄さんは僕に生きていて欲しいと願った。僕はただ、それを疑問にも思わず、ただただ事実を受け取ればいいだけの筈だった。兄弟なのだから生きていて欲しいと思うのは普通の感情で、それ以上の何かなんて期待するべきではなかった。


 数時間が経ち、傍の兄さんが声もなく身を起こした。
「まだ寝ていたら? 僕は大丈夫だから」
 岩に背をつけて深い溜め息をついた兄さんに声をかけるが、いや、と首を振られる。
「そう言うわけにはいかないだろう。お前だって休んだ方がいい」
「でも多分、兄さんより僕の方が今は丈夫になった気がするよ」
 勘だけどね、と溢した僕に、「そうか」と兄さんが優しい声で小さく呟いた。
 よかった、と笑う声に、言い表しようのない痛みが胸を刺す。
 胸を押さえて俯くと、「ジョシュア?」と兄さんが不安そうに背中に手をあてて、咳が止まらない夜にそうしてくれたように優しくさすってくれる。そうやって触れてくれるのが嬉しいのに、同時に、ひどく辛い現実を思い出してしまう。
 どんなに優しくされても僕はこの人の手を自分だけのものにはできないし、してはいけない。
 ただ兄さんの中にはいい弟としての僕だけが残っていればいいと思っていた筈なのに、もしかすると明日も明後日もこうして兄さんの隣に居られるのかと思うと、死と共に永遠に失われたはずの想いにもう一度火が点くのを感じていた。


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