X以外のSNSでの投稿にはPrivatter+がおすすめです
Xフォロワー限定公開・リスト限定公開の停止について

天性の才能

全体公開 神無三十一受け 35 52 5379文字
2023-08-24 16:54:41

🐸🎃(+☕️) リクエストより
ぼいどシナリオネタバレあり
嘔吐描写微

 

 喧騒が遠くに聞こえる居酒屋のトイレにて、便器の前に蹲った神無はぐるぐると眩暈を覚えるような苦しみに唸った。

 「う"ー

 額に脂汗が滲み、口の中には唾液が溢れているのに、何度口を開けてみても胃の中を宣う毒は出てこない。
 そんな神無の背後に身を屈めた帰代は、彼の背を撫でながら小さく息を吐いた。

 「吐き方知らないのか?」
 「んん

 こくこくと何度も頷く神無の顔は青白く、便器に置いた手は震えている。できる限り床や便器に触れないようにしているその様子は、僅かな抵抗を示していた。
 汚くてとてもじゃないけれど吐けないと訴えているらしい神無だが、店から宿舎までは距離があるため、体調の悪い彼を運ぶ暇はない。
 
 「弱そうだとは思ってたがまさかここまでとはな

 避けられない酒の席に参列することになった帰代たちは、数時間前からこの居酒屋で酒を飲まされている。
 数人の不真面目な刑事たちは、彼らの活躍を面白く思っていない上司たちの考えた嫌がらせに近い誘いだと気付くなり、さっさと逃げ出してしまった。
 一方根が真面目な神無は断りきれず、案の定酔いつぶされて乱雑にトイレに追いやられたのだ。そんな神無の姿を放っておけず、帰代は別件で席を立つふりをして神無の元へやって来たのである。

 「のんだこと、あんまなくて、」
 「それなら、なんであんなに飲んだんだ。」

 同じように酒を勧められた帰代は、相手の神経を逆撫でしない程度に飲みながら躱していたが、神無は勧められた酒のほとんどを飲んでいた。
 神無も大人ならば、自身の飲める量や上手に勧められた酒を躱す処世術を知っているだろう。そう尋ねる帰代だが、神無は唇を噛んで首を横に振った。

 「のめばかなしいこと、わすれられるって、いわれて、」

 数杯飲まされて程良く酔った神無は、その先を上手く躱すつもりでいたのだ。
 しかし、そんな彼を囲んだ刑事たちは表向きは穏やかに酒を勧めながら、躊躇う神無にそう囁いたのである。
 思考が鈍りはじめていた神無は、その言葉に惑わされて酒に手を伸ばしてしまった。

 「こんなもんで忘れられたら苦労しないだろ。」
 「うん……っ、う

 呆れる帰代だが、神無はまだ二十二歳だ。酒の席の経験もほとんどなく、自身がどれほど飲めるかも把握できていなかったのかもしれない。
 そんな若い神無を守ることは、一時的とはいえ彼の面倒を見ている先輩である帰代たちの仕事だった。断りきれない神無を目にした時点で助け舟を出すべきだったと、帰代は額を押さえる。

 「仕方ないな……。」

 深くため息を吐いた帰代は神無の髪を耳に掛ける。汗で張り付く前髪を分けて顔に掛からないように避けた彼は、身を乗り出して神無の顎を後ろから掴んだ。
 支えて強引に開けさせた神無の口に、帰代は手袋を外した指を押し込む。

 「ん、ぐっ」
 「指噛むなよ。」

 まともな意識が残っているとは思えないが、念のため注意を促した帰代は、そのまま神無の舌の付け根を強く押した。
 ぐぅと喉の奥を鳴らした神無は、耐えきれずにその場で大きく咳き込みながら吐き戻す。

 「げほっ、げほ!」
 「上手だ。そのまま吐いちまえ。」

 指を引き抜いて背中を摩りながらそう促せば、込み上げる吐き気に抗えない神無は飲まされていた酒のほとんどを吐き出した。
 まともに食事も取らず、空きっ腹に酒を流し込まれたのだろう。固形物がほとんどないことを確かめて顔を顰めた帰代は、神無を標的にしていた刑事たちの顔を記憶に焼き付けた。
 この集まりが終わったら、必ず全員に礼をしなければ。若者を僻んだ挙句一歩間違えれば命に関わる無理を強いた彼らに、帰代はふつふつとした怒りを覚えていた。

 「うっ、う"ー

 吐くものがなくなったらしい神無は、ぐったりと疲弊した体を帰代に預ける。
 ただでさえ酒に潰れて迷惑をかけた上に、吐くことを手伝われ情けない姿を晒してしまった神無は、ついに泣き出してしまった。
 ぐずぐずと鼻を啜る神無に手を伸ばした帰代は、近くのペーパーを取って彼の口元を拭う。

 「ん、むごめんっごめんなさい、おれ」
 「もう大丈夫だから、泣くな。」
 「ごめんなさいごめんなさいぃ……

 慰める帰代だが、神無は泣き止む気配がなくぽたぽたと大粒の涙を流して帰代の胸に顔を埋めた。
 両手でしがみついて小さく啜り泣く神無を見下ろす帰代は、ここまで酔って感情の抑制が効かなくなっても尚、大声で泣くことができない彼の背を撫で続ける。

 「連れて帰ってやるから、もう寝ろ。」
 「ごめんっごめん、ごめんなさい、」
 「最初から怒ってないって。」

 努めて静かな声で呟きながら神無の背を叩けば、啜り泣いていた彼の声が徐々に小さくなっていく。
 酒に焼かれて子供のように温かい体を持て余していた神無は、やがて頬や目元を赤く腫らしたまま意識を手放した。
 青白い顔で浅い寝息を立てる神無の背中と膝裏に腕を差し入れた帰代は、軽々と彼の体を持ち上げて個室を出る。ふと視線を上げると、手洗い場の前には見知った男が立っていた。

 「お疲れ、変ちゃん。」

 ひらりと手を振って笑った聖心は、帰代の元に歩み寄って抱えられた神無の顔を覗き込む。

 「神無ちゃんは?」
 「さっき力尽きた。」
 「うーん顔色悪いなぁ。脱水防止に帰ったら点滴しようか。」
 
 神無の頬に触れた聖は、涙の跡を撫でながら帰代へと言葉を続けた。

 「写真撮ってた奴らは全員見つけて消させたよ。バックアップ取らせる暇は与えてないから、多分大丈夫。」
 「よし。」

 駆けつけるのが遅れた聖は座敷に残って、弱みを見つけたと言わんばかりに潰れた神無を撮影していた連中を片っ端から問い詰めて目の前で削除させて回ったのだ。
 幸い外部に漏れる前に留めることができたらしく、帰代は小さく息を吐く。

 「未来から来たこいつの写真が、この時代に残るのはまずいだろうからな。」
 「またまたぁ、変ちゃんたらそんなこと言っちゃってぇ」

 淡々とした帰代の言葉を聞いた変は、楽しげに喉を鳴らして笑った。そんな彼をじろりと睨む帰代だが、相手は怯む様子もなく笑顔で言葉を続ける。

 「やけに神無ちゃんに甘いじゃない。」
 「なんのことだ?」
 「吐かせるまではともかく、そこからは変ちゃんのサービスでしょ?」

 あのまま放っておけば神無は急性アルコール中毒に陥る可能性があったため、連れ出してトイレで吐かせることまでは人命救助の一環だ。
 しかし、その後泣き出した神無を宥めて、今も彼を抱えて家に連れて帰ろうとする帰代は、面倒見が良いとはいえ普段からは考えられないほどの甘さだった。

 「変ちゃんがそこまで神無ちゃんを甘やかしたくなった理由は、ずばりなに?」
 「うるせぇな……ただの気まぐれだよ。」

 こぶしをマイクに見立ててずいと帰代の口元へ寄せる聖を、帰代は煩わしそうに眉を顰めてあしらう。
 帰代自身も、普段の自分なら最低限の介抱をして、あとは自己責任だと干渉しないはずの自分の行動に内心驚いていたのだ。
 眠る神無を見下ろした帰代は、その穏やかとはいえない表情を眺める。放っておけないと感じてしまう危うさと、甘え上手な仕草は、きっと彼の天性の才能なのだろう。
 
 「神無ちゃんは、何を忘れたかったんだろうね。」

 同じように顔を覗き込んだ聖は、手を伸ばして神無の目尻に滲んでいた涙を掬った。
 どうやら聖は、少し前から扉の外で会話を聞いていたらしい。いたのならば介抱に参加すれば良いものを、と露骨に顔を顰めた帰代は、塞がった両手の代わりに聖の膝裏を軽く蹴飛ばす。

 「あいたっ」
 「詮索してやるなよ。」
 「はいはい、ごめんって。」
 
 この若さで公安刑事として働く彼には、きっと話したくないような悲しい過去や記憶がすでにいくつもあるのだろう。
 帰代が神無を放っておけないのは、彼がその背に有り余るほどの何かを背負っていると感じたからだった。
 戦い方、考え方、立ち振る舞い、普段の態度。それらのひとつひとつに、彼が潜り抜けてきた修羅場の数を垣間見る。一体何が彼をここまで強くさせて、挫けない芯となっているのか、帰代には見当がつかなかったのだ。
 神無のことを気にかける帰代の姿を見守っていた聖は、ふとポケットの中のスマートフォンが振動していることに気がつく。取り出して画面を確認した彼は、帰代へと声をかけた。

 「車外に着いたって。はやく出てこないと流石ちゃんが乗り込んで暴れかねないってさ。」
 「なんであいつまで連れてきたんだ。」
 「自分の可愛い弟分が逃げ損ねた挙句ぼろぼろにされたら、そりゃあ腹も立つでしょー。」

 あらかじめ飲み会を逃れて宿舎に帰った啓仕に連絡をしていた聖は、助手席で苛立った表情を浮かべている流石と啓仕の自撮りを帰代にも見せる。
 心配だったのならば参加して神無を守れば良かったものを、という言葉が出かかった帰代だが、彼まで巻き込まれる未来が容易に想像できてしまい首を横に振った。

 「まぁいい、早く出るぞ。」
 「了解。荷物回収してきたから、とっとと裏から帰ろうか。」

 用意周到に三人分の鞄を抱えて笑った聖の誘導で、帰代は刑事たちに誰一人遭遇することなく店をあとにする。
 車内へ神無を運ぶ帰代の視界の端で、聖が店員に刑事たちのテーブルに高級な酒を何本も注文する姿が見えた。
 普段ならば呆れて彼を止める帰代だが、生憎その時は、少しは痛い目を見てしまえと願う程度には気が立っていたのだ。

 


 

 翌朝、起きてこない神無を心配して部屋を訪れた帰代は、ベッドの上でシーツを頭から被って蹲るイモムシを目にした。

 「神無?」
 「…………、」

 帰代の声にびくりと震えたイモムシは、おずおずとシーツの隙間から瞳だけを覗かせる。申し訳なさそうに潤んだ紫の瞳からは、今日も涙が溢れ落ちそうだ。

 「昨日はごめん……

 幼いとはいえ立派な刑事というべきか、難儀というべきか、神無は昨晩の出来事を全て覚えているらしい。
 籠城を決め込んだ神無がしょんぼりと肩を落とす様子に、思わず苦笑いを浮かべた帰代はベッドの縁へと腰掛けた。

 「酒の失敗の一度や二度は、若いうちなら誰にでもあるだろ。」
 「……帰代先輩にも?」

 シーツの上から撫でながらそう諭せば、顔まで出した神無が意外そうな声色でそう尋ねる。
 聞かれた帰代は頷こうとして、はたと思い当たる記憶が一切ないことに気づき口元に手をあてた。

 「言われてみれば無いな。」
 「えっ!?フォローにならないじゃん!?」
 「いや悪い、酒には結構強いから
 「そこは嘘でもあるって言えよ!!」

 思わずシーツから飛び起きた神無は、涙目で帰代に向かってぎゃんぎゃんと吠える。
 ところがその直後、神無は小さく唸るとシーツを抱えるように蹲った。昨晩ほどではないが青い顔で額を押さえる彼は、初めて体験する二日酔いに困惑している様子だ。

 「あたまいたい……
 「助けが遅れたのは悪かったが今後は飲める量を覚えて自衛することも覚えないとな。」

 今後も刑事として生きていくのであれば、自身の酒の許容量の把握と自衛は必要なことだろう。若くして優秀な神無はきっと、今後も僻まれて標的となることが多々あるはずだ。
 縦社会の警察組織で上手く立ち回るには、ある程度相手を言いくるめてその場を逃れる話術が必要だった。
 俯いていた神無は、帰代の最もな教えに何度も頷く。彼が十二分に後悔と反省をしていることを確かめた帰代は言葉を続けた。

 「味噌汁飲むか?」
 「………のむ。」

 こくりと小さく頷いた神無のあどけない仕草は、何処までも庇護欲を煽るものだ。
 まさかこの自分が絆されるなんて。とはいえ、不快ではないと思ってしまうのだから、彼の愛され具合は相当なのかもしれない。

 「準備するから、顔洗ってきなさい。」

 労うように背中を一度ぽんと叩いて、帰代はベッドから立ち上がる。その背を目で追っていた神無は、咄嗟に彼を呼び止めようとして声を上げた。

 「とお……帰代先輩、」
 「どうした?」

 足を止めた帰代が振り返る。紡ぎかけた言葉を飲み込む神無の姿に、帰代は何も尋ねずに首を傾げた。
 その優しさに心の底から感謝をして、神無はおずおずと口を開く。

 「ありがとう。」
 
 僅かに目を丸くしていた帰代は、やがて小さく口元を緩めて頷いた。

 「どういたしまして。」

 彼が出て行った扉の外から、賑やかな同僚たちの声が聞こえる。神無を口々に心配する声を聞きながら、神無はベッドから立ち上がって大きく伸びをした。
 開いたカーテンから差し込む朝日を浴びて、神無は帰代の料理に舌鼓を打つためにリビングへ急ぐのだった。



投稿にいいねする


© 2026 Privatter All Rights Reserved.