劇中劇ワンドロワンライ企画に参加して書いた掌編まとめ。単品でもアップしていましたが、こちらは大幅に加筆修正しています。
すべてナーヴ教会(+ユニティオーダー)というかエーテルネーアにまつわるエピソード。
それぞれの話に繋がりはありませんが、同一の世界線上の出来事として書いており、登場する人物は各話のエピソードを経たうえでの造形となっています。
彼らの行く末についての言及・匂わせが多々あります。
つらいと思われる方はご注意ください。
1. Turquoise Blue 祝祭の日の朝、鏡の前で。(アルム+エーテルネーア)
2. 綻びの糸 下界の拾い子を巡る思惑。(ミゼリコルド+エーテルネーア、ロイエ、シャオ)
3. 星に因る 星に願ったことはひとつだけ。(エーテルネーア+ミゼリコルド、ロイエ)
4. 全かれぬ世界 死の舞踏は続いていく。(クヴァル+ロイエ、クウラ)
タイトルは「まったかれぬせかい」と読ませます。捏造語です。
@natsuhaze_i7
1. Turquoise Blue
白い部屋、白い壁に掛けられた長鏡に向かって立ち、己の姿を確認する。
高貴を示す豪奢な長衣。身を飾る黄金の装身具。光輪から垂れる重たげなヴェールに囲まれた小さく青白い顔は、不安げに揺れる瞳ばかりが目立って見えた。背からはまだ仄暗い朝の光が射している。
四年に一度の祝祭の日がやってきた。天子としてアークの民たちにまみえるにあたり、彼らに眼からも恩寵を与えるべく、少しでも見目よく整えるように、とミゼリコルドには言われている。
恩寵、とは。見目よく、とは。
なにも、わからなかった。
日頃より顔を合わせるのは、ミゼリコルドとエーテルネーア、そしてクヴァル。あとは僅かに身辺を整える者のみ。見る者も見られる者も、これらの人々に限られている。
だのに、四年に一度、この日だけ、大群衆の前に姿をさらし、崇敬と歓喜の声を浴びる。
従順に勤勉に日々を過ごしながら、祝祭の時をなによりも楽しみにしているというアークの民に、自分が与えられるものは何なのか。
――本当にそれは、自分が与えているものなのか。
考えに打ち沈んでいると、小さくドアを叩く音がした。いらえを返すより早く、滑るようにして人影が入ってくる。
「天子よ。じきに祝祭の刻限となります。仕度は整いましたか?」
やわらかく耳朶に染み入る声。ふわりと流れる、白みにふちどられた夜闇色の髪。エーテルネーアだった。手に仮面を携え、いまは素顔で微笑んでいる。
「はい」
呟きを落とすように幽かに頷く。
エーテルネーアはつと立ちどまった。しげしげと、頭のてっぺんから爪先までを眺めている。瞳がゆったりと動いて、輪郭をなぞった。
暗紅色から「暗」を抜いたような色の瞳だ、と思った。けれど紅色ではない。暗きの気配は名に残り、香る。
そんな慨嘆を知る由もなく、エーテルネーアは自身の顎に指を当て、小さく首を傾げた。注視からのそれは不躾の一歩手前であり、彼の纏う邪気のない有り様があってのみ赦される仕草だった。
「あの……?」
なにか、おかしなところがあっただろうか。顔を伏せるようにして、己の姿を見下ろす。
黒を基調とし、いたるところに金の装飾が施された、荘厳で絢爛とした衣装。重ねた袷と耳を覆う布帛は、白に金の紋様。
白、黒、金。
それが、ナーヴ教会の象徴たる己に与えられた色だ。
真白い部屋で漆黒の衣服をまとい、光らぬ黄金で身を飾り立て、昨日までを過ごし、今日を過ごし、明日からも過ごしていく。
衣擦れの音がして、伏せていた顔を上げる。目の前で、エーテルネーアが身をかがめていた。
「何を……!?」
「少し、動かないでいて」
重いマントを持ち上げて、腰に手を回す。しゅるり、と優しい音がした。
「――はい。もう動いてもよろしいですよ。鏡を」
言われて、見てみる。
腰帯に結びつけて、薄衣のストールが巻かれていた。爽やかで美しい、青みがかった緑色の布。
意味もわからず、ただ、エーテルネーアを見つめる。と、彼は目もとを緩ませた。わずかに上がった口の端は、笑みを刷いている、のだろうか。
「さあ、外へ。民たちが待っています」
差し伸べられた手を取り、白い部屋から一歩足を踏み出す。
外の世界へと続く一歩を。
◆ ◆ ◆
たくさんの血と命を吸い込んで、世界は変わった。
人里から離れた地に日々を過ごし、痩せた大地に這うくすんだ緑を目にするたび、なぜだろう。思い出す。
運命の日の朝、あの人が、白と黒に差し込んでくれた色を。
二分から解き放たれ、すべてが渾然とした世界を、ひたひたと満たす生命の色。
「――私の声が、聴こえているだろうか?」
柔らかな布をふわり巻きつけるように。生きとし生けるものたちへと声を届ける。
大地すらも包み込めるように。願い、声をあげて、生きていく。
偶像ではなく、真の象徴として。
この世界をはぐくみ照らす光で有れかしと。
2. 綻びの糸
出逢った時は、ずいぶんとみっともない、貧相な子どもだ、と思った。
瘦せこけた手足。櫛を入れられてもまとまらぬ、艶のない髪。目ばかりが大きく、強く、こちらを見上げる。
「……これを、手もとに置きたいと?」
口調にねっとりと毒をまぶしたミゼリコルドの言葉に、ユニティオーダーの隊長ことロイエは深く頭を垂れた。動きがいくらかぎこちないのは、馴染まぬ左手の義手のためか。
「どうか、この子の養親として、育成を行う許可を。必ずや、アークに貢献する人材として育て上げることを誓います」
下界の孤児を連れ帰ったという報告は先んじて受けていた。が、もう少し見栄えのするものを想像していた。どんな気まぐれか、あるいは重傷を負って失ったのは腕だけではなく頭の中身もだったのか。そんなことを考えていると、横から声が響いた。
「――宜しいでしょう」
「エーテルネーア様?」
仮面の下、エーテルネーアは薄く微笑んで、子どもを見下ろし、ロイエを見つめ、それからミゼリコルドへと目を移して笑みを深め、ゆっくりと頷いた。
わかってくれるだろう、と信じている所作だ。踏みにじりたくなるほどに無邪気な。
いまいちど、子どもを見る。臆せず見返す目の力は強いが、特に反抗的な色はない。
次いで、ロイエを見る。此度の戦闘で失って戻らぬ腕のかわりに、無私な心で身の回りの世話をする者を得た、と解せば分からなくもない。
最後に、エーテルネーアを見た。微笑みはそのままだ。
子どもには恩義を、ロイエには褒美を。隷属を積みあげるのは佳いことだ。それをエーテルネーアからもたらすことにより、忠誠心はさらに固いものとなるだろう。
「……エーテルネーア様の思し召しだ。その願い、許可しよう」
重々しく告げる。ロイエが小さく息を漏らし、頬を緩めた。それにつられてか、子どもの表情も緩む。
ミゼリコルドの思惑は、知らぬままに。
次に逢った時は、すらり伸びた背と長い手足、風にさらりと流れる髪、そして己の幸福の地であるアークへの忠義を携えていた。
ユニティオーダーへの入隊が正式に許可され、アークとナーヴ教会への忠誠を誓う任命式でのこと。
叙任とともに、エーテルネーアから、直々の言葉が下賜される。
常ならば古くからの定型文を口にするのみだが、今日は違っていて、その後にごく低く――エーテルネーア本人と、対峙するシャオ、そしてすぐそばに控えるミゼリコルドにしか届かないほどの、小さな声が付け加えられた。
「父君とともに、どうか仲良く――末永く、アークの民を守って欲しい」
小鳥のような囁きが、淡く、優しく響き。仮面では隠し切れない白い頬は、柔らかな表情をかたちづくっていた。
足もとに跪いていたシャオの怜悧な相貌に、わずかに驚きが浮かぶ。それは微かな喜色となって、瞳を色づかせた。
一片の雲もないアークの空。ちらちらと瞬く美しい木漏れ日が、一幅の絵のように、彼らを浮き立たせ、輝かせていた。木々の葉から零れる、光と影の乱舞。
何故だろうか。ミゼリコルドには、それは不穏な影に他ならぬものと感じられた。
エーテルネーアは、シャオに、あの日のいとけない子どもを見ている。
ロイエとともに親子として睦み歩んできた日々を重ね見ている。
ナーヴ教会のトップたる者が、下界を出自とする者に過度の思い入れを抱くことは、綻びの最初の糸一本になる。
であれば、それを手繰られる前に、機を見て断ち切らねばならない。
◆ ◆ ◆
「――天子の生死は、問わない」
聡い彼は、言外の意味をあやまたず汲み取り、アークへの忠義のままに任務を果たすだろう。
さすれば、あの日の貧相な子どもは、呪いを一身に受ける。
天子の呪い。否、アークという名の呪いを。
――それは、綻びの最初の糸。
3. 星に因る
願ったことは、たったひとつだけだった。
それは、ナーヴの定めた階梯において幼年から少年となり、初めて教会の奥深くへの出入りを許された日の夜のこと。
エーテルネーアとミゼリコルドは、ふたりだけで、アークの街を眺めわたせるテラスに居た。
頭上には、漆黒の夜空を彩る数多の星々。
今宵は、流星の雨が降るという。
「星が流れて燃え尽きるまでに、祈りを三回唱えられたなら、願いごとが叶うのだって」
星に願いをかけるため、祈りの言葉をしっかりと覚えるように、という教訓のついた小さな物語。それを読んで以来、いつかナーヴ教会の高い高い場所で、流れる星に願いを込めた祈りを捧げたいと思っていた。
けれど、ミゼリコルドの視線は、ずっと下へと向けられている。眼下には、アークの街の灯かりが整然と輝いていた。
「街じゃなくて、空を見て。今日は七年にいちどの流星群の夜だそうだよ」
いくぶん焦れてそう言うと、ミゼリコルドはゆっくりと面を上げた。夜の湖のように凪いだ目が、エーテルネーアを映す。
目と目が合って、エーテルネーアはほっと笑い、手を差し伸べた。
「ねえ、ミゼリコルド。一緒に星を眺めて。流れる星を探して」
ふたりで探そう。ふたりで願いをかけよう。
ミゼリコルドが、この手を取ってくれたなら。
☆ ☆ ☆
「……ということがあってね。ちょうど、この場所で」
茶器を傾けながら、懐かしむようにエーテルネーアが語る。
ナーヴ教会のテラス。そこにはいま、エーテルネーアとミゼリコルド、そしてロイエが居て、茶会の席を囲んでいた。
「はあ。それで、首尾は如何なものでしたか」
星のかたちに固めた砂糖菓子を指でつまみあげ、カップに入れながら、ロイエが聞いた。
「流星は幾つか、見ることが出来たのだけれど」
エーテルネーアが、琥珀色の茶を注ぐ。星はほろほろと崩れ、砂のようにカップの底に降り積もった。
「燃え尽きるまでに祈りを唱え終わることが出来なくて。そのうち大人たちに見つかってしまって、残念ながら」
軽やかで、けれど耳ざわりな音が断続的に響く。ミゼリコルドが、手にしたカップの縁をスプーンで叩いていた。
「ロイエ隊長。私のカップが見えるかい? このカップの底が?」
「は、失礼いたしました」
立ち上がったロイエがエーテルネーアの手から茶器を受け取り、ミゼリコルドのカップに茶を注ぐ。
傍から見れば不思議な光景だった。三人のあいだを行きかう茶器。注ぎ注がれる茶。
三人、ではあるが、実際のところはひとりとふたりだ。エーテルネーア。ミゼリコルドとロイエ。幼い頃から、内なる因を結ばれたミゼリコルド。ささやかなきっかけから、外なる縁を結ばれつつあるロイエ。
因と縁のふたり。いずれが運命となるか。いまは誰も知らない。
「そうだ、ミゼリコルド。ずっと聞きたかったのだけれど」
ふとエーテルネーアが口を開く。ミゼリコルドが瞳を向けた。
「あのとき君は、星に何を願ったんだい?」
ミゼリコルドは、ふむ、と小さく頷いて、カップを額の上に掲げた。
「そのような昔のこと、忘れてしまいましたが。おそらくは」
ロイエに注がせた茶をほとんどひと息で飲み干して、唇を笑みの形にし、言った。
「エーテルネーア様とおなじ願いをかけたことでしょう」
☆ ☆ ☆
あれは、いつの日のことだったか。
ミゼリコルドとの因。ロイエとの縁。心を結び、ともに未来を綯っていけるのではないかと、淡く予感めいたものを抱いていた。
それは今にして思えば、予感ではなく、夢物語めいた願望に過ぎなかった。
彼のいとし子を呪いに落とし、贄として召し上げたいま。外なる縁は断たれ、道は決裂した。
ならば未来は、内なる因を結んだ相手とともに造るしかない。
もしもあの幼い日の願いが、叶うのなら。
星にかけたふたりの願いが、同じものなら。
深く息を吸い、言葉を唇に乗せる。
「――友人として、聞いて欲しい。ミゼリコルド」
ずっと、奥底に秘めていた決意だった。
ふたりの代で終わらせよう。ふたりにできる罪滅ぼしをしよう。
切々と、言葉を紡ぎゆくたび、彼の蒼い瞳は、あの夜のように凪いでいった。
ミゼリコルドが、この手を取ってくれたなら。
☆ ☆ ☆
願ったことは、たったひとつ。それだけだったのに。
4. 全かれぬ世界
私と、踊っていただけますか。
× × ×
「あれ、クヴァルくんじゃない。久しぶり」
「ご無沙汰しています、ロイエ隊長……ロイエ様」
リベリオンのアジトにて。待たされていた室へふらりと現れたかつての上官に、クヴァルは立ち上がり姿勢を正した。
「クウラくんに用事?」
クヴァルは頷き、手に抱えた無骨な機械を目の高さに掲げた。
「送信機の調子が良くなくて。声にノイズが入ってしまうので、点検と調整をお願いしたく」
「ふうん」
ロイエは気の無いふうに返事をして腰を下ろし、身振りで座るようにと促す。向かい合う位置に椅子を動かして、クヴァルも座った。ごつごつとした黒い装置は膝の上に置き、なんとはなしに撫でる。
「ここのところ、移動しながらの放送が多かったため、どこかで破損してしまったのかもしれません。注意はしていたのですが」
「なんか紀行番組みたいになってて面白いよね。自由で。でも、アークでも傍受しているだろうし、位置は特定されないようにね」
「そこはアルムも細心の注意を払っています」
地上のさまざまな場所で、空の色、風の音、土の匂いについて、アルムは感嘆を込めて語る。それを聞いて地上に住む者たちはひととき手を休め、ぐるりを見渡す。
そうして、思いがけず、自分たちの美しい世界を見つける。
クヴァルは指先で装置のつまみをいじりながら、さりげないように言った。
「傍受といえば、先日、ユニティオーダーに居た頃に使用したナーヴ教会の短波通信周波数を見つけました」
「地上から、ナーヴとの通信に使っていた回線ってこと? そんな任務は」
ロイエの目がはっと見開かれる。クヴァルは頷いた。
「……エーテルネーア様との通信に使用した専用回線です」
中間管理職であったロイエの頭を飛び越えて、天子奪還の勅命を拝受――というよりもねだり取った、その時のものだった。いくぶん緊張しながらダイヤルを合わせ、しばし耳を澄ませてみたが、何も聞き取ることは出来なかった。それはそうだろう。
あれは、エーテルネーアの個人用の秘匿回線だったのだから。
「やられたよね、あの時は。やっぱり宮仕えにコネは大事なんだなって思ったよ」
ロイエの声音は軽妙で、皮肉よりは懐かしさの方が色濃かった。なので、クヴァルも苦笑しつつ、世間話のまま続ける。
「コネというか、縁故でしょうね。お付きとしてナーヴ教会に上がって以来、幼い頃からなにくれとなく目をかけていただいていましたから」
「幼い頃から……ね」
声に少しの湿り気が混じったのを感じ、クヴァルはいくぶん姿勢を正した。
「思えば、エーテルネーアはクヴァルくんに甘かったよね」
「それを言うなら、アルムにでしょう。アルムが言葉にして伝えるより前から、解呪をするつもりだったと」
「そうかも。そうかな。……聖職者だし、子どもには甘かったのかも……いや、違うかな」
窓の外、中天を越えた陽が、僅かに雲を帯びて翳る。
「あの人は、誰にでも甘かった」
ロイエにも、ミゼリコルドにも。
おそらくは、彼が見守る、見守ろうとしていた、すべての者に対して。
ほどなくしてやってきたクウラは、ものの五分で装置の不調を直してしまった。感嘆するクヴァルに、彼は呆れたように言った。
「マイクの、ほら、このへんに塵芥が溜まってただけだ。こまめに払っておくのと、ときどきでいいから分解して掃除するといい」
「そうか。軽いメンテナンスは出来るようになっておきたい。やり方と、必要な道具を教えて貰えるか?」
「ああ、道具なら適当に見繕ってやる。待ってな」
クウラは、まずこれ、と言って刷毛を一本手渡してくれた。
「日々のメンテナンスはこれだな。息で飛ばしながら使うんだ」
受け取った刷毛で、そっと装置を撫でてみる。名も知れぬ動物の毛が植えこまれたそれは、使い込まれていながらなお、柔らかかった。
ゆっくりと塵を掃うクヴァルの手つきを見ながら、クウラはぼそりと言った。
「まあ、送信機は大事に使ってくれ。まだまだ先は長いだろうからさ。……悪いけど」
おそらくは忸怩たる気持ちの込められたその言葉に、クヴァルは微笑んで、強く頷いた。
「心得た。大事にしよう。――大事に、守ろう」
装置を幾重にも包み込んで荷造りし、帰りの途へと就いた。
世界に彼の声を届けるたび、塵芥に塗れるというのなら。何度でも掃おう。
生命の果てまで、踊れというならば踊ろう。ともに生きる友のために爪先で地の塵を踏み固め、去りし人のために指先で空の芥を弾き飛ばす。
いつか踊り尽くすまで。
× × ×
私と、踊っていただけますか。
生と死の、この舞踏を。