9月始まりの話
@lianmiso
どぉん。
腹の底を低音が打つ。夜空に閃光が弾ける。
―――あれ、今日はお祭りだったっけ?
等間隔に赤の提灯が並び、秋風混じる風に吹かれて、影も揺れる。肌寒い。昼間は脳も胃も心臓も茹だるほど暑かったのに鳥肌が立つ。
この辺りの夏祭りはとうに終わっている。
9月に入ったばかりだから、秋祭りにはまだ早いはず。
ここは空き地だったはずだ。鉄条網に囲われて夏草がぼうぼう生える土地は虫取りには絶好の場所だった。かろうじて反対側の住宅街も見えるはずだったのだけど、今は見えない。夜だからだろうか。
まだ遅くない。コンビニに寄ったと言えばいい。ちょっとだけ覗いていこう。ちょっとだけだから。
灯りに誘われ、足を進めた。
どのくらいまで歩いただろう。引き返そうかなと言う気もあったけど、暗闇に負けた気がして嫌だった。
細い道を抜けた先にはずらりと屋台や出店が並ぶ。
綿飴、りんご飴、焼きもろこしに籤引き、水ヨーヨー釣り。そう言ったものは一切なく、屋台には読めない文字でよくわからない草や巻物が並べてあった。カッコいい剣や何かの目玉まで。
ある屋台では並べてあるフラスコの中では薄紫の泡が弾ける。
「これ、いくら?」
木彫りの鳥のブローチを指差す。
店主は口中でもごもご喋り、結局値段はわからなかった。
子どもだから売ってくれなかったの?これでもクラスの中でトップの成績。お小遣いだって十分貰っている。屋台くらいのものなら買えるはずだった。
ぷんすかと怒りながら歩くが、すぐに怒りは好奇心に上塗りされる。
どの屋台に置いてあるものも今まで見たことがない。
金魚掬い?いいや、代わりに透き通った魚が泳ぐ。中に電気を仕組まれているのか赤、緑、青、ピカピカ光る。
ある屋台では籠には人や獣の手足が無造作に突っ込まれている。
吊り下げられたランタンの中には炎だけではない。大きな氷の結果が閉じ込められていた。
袋を被った人が踊り狂う小舞台もある。脇には見たことのない楽器を弾く人たちもいた。
けむくじゃらな大柄な人や一つ目の人ともすれ違う。
普通の祭りと違う?撮影?ドッキリ?仮装祭り?
自分が仮装していないせいか視線が集まり、居心地が悪い。
「なんで、ここに、いるの?」
乳白色の傘を被った奴に話しかけられた。顔は見えない。動きに合わせて縁から垂れ下がる紐が揺れる。うちの水槽の中で揺らぐ飾りを思い出す。
「………だれ?」
「あっ………うーん」
問いかけられると、首を傾げ、傾げ続ける。しゃらしゃらと飾りが涼やかに揺れ、七色に煌めいた。
「とりあえず、はい」
ペシ、と顔に何か貼られた。指でぴらぴらと動く紙を掴む。
「お札?」
書いてある漢字が読めない。なんでこんなものを貼られたんだろうか。初対面なのに失礼な奴だ。剥がそうとしたが、取れない。
「××さん。この子」
札と格闘していると今度は黒い狐面を被った男がやって来た。すらりとした体型で自分の何倍もある。街灯のような杖を持っていた。怪しい。
「あちゃー、今年も入ってきた子がいたか。うん、よく知らせてくれたね。大丈夫、怖くないよ」
葉っぱの面を被った男が体をペタペタ触る。くすぐったい。
「怪我も―――もなんもねぇな。何か食ったり買ったりとかしてねーよな?」
「お店の人、話通じなかったから」
言った途端、ぐうと大きく腹の音が鳴る。
「帰ったらきちんと食えよ。腹一杯な。育ち盛り!」
葉っぱの人が背中を軽く叩く。
「まったく運営は何をしているんだが………きちんと招待制にして古い風習はやめにしましょうと話をつけたんですがねぇ。やはり無意味ですかぁ」
派手な仮面をつけた人が何かぶつぶつ言いながら、自分の荷物につけられていたキーホルダーを外す。
「気に入ってたキーホルダーなのに勝手に!」
「そうだぞ×××!一言くらい話してから!」
「うるさいですねぇ。帰りたいんでしょ。黙っていなさい」
派手な仮面の男は代わりにお金を鞄の中に捩じ込んだ。
「ご覧になりましたか!これで取引は完了です!それでは××さん、送ってあげてください」
「了解だよ。じゃあ、行こうか。あぁ、あれは見ちゃいけないよ」
櫓の周りで盆踊りが始まるのに気を取られ、視線をそっちに向けていたら、柔らかな手にそっと目を塞がれた。
朝。
「手提げにつけていたキーホルダー、どうしたの?気に入っていたでしょう」
「………どうしたっけ?」
納豆を白米に掛け、ご飯を掻き込んでいた途中母から問われた。答える事ができない。
「ほら、いつまで夏休み気分なの?早く支度しなさい。それにしても今日はよく食べるわねぇ。いつもこのくらい食べなさい」
ふわふわと地面を踏んでいる感覚などないまま、通学路を歩く。
下駄箱に靴を入れる。
鞄をしまう。
きりつ、れい。
「出席を取ります!藍沢留井くん、雨辻湊くん………は今日も欠席ね」
「ねぇ、誰だっけ?」
「滅多に来ない子だよ。仕事しているとかなんとか………」
雨辻?どんな奴だったっけか。どうでもいい。
昨日はいつも通り塾へ行って真っ直ぐ家に帰ったのに。体がだるい。夜更かししたみたいだ。
時計の音が嫌に耳に付いてアタマがちっとも働かない。
クラスメイトのざわめきも耳を滑り、机に突っ伏す。
空に渦巻く雲、目に鮮やかな空の青が今は憎たらしい。空白を残したまま、時間が進んでいく。
夢の中。
柔らかい手に目隠しをされた合間から誰かがこちらを見ていた。櫓の周りで踊る人の輪からこちらを見ているのは紛れもなく自分だった。