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ある警官の苦悩

全体公開 創作話 5292文字
2023-09-04 11:40:07

烏島のある警官の話/雪宗話

Posted by @lianmiso

【1回目】
 目が覚めた。
 ぐらつく頭を抑える。白い視界にとうとうどうにかなってしまったかと思ったが、単に眼鏡を掛けていないだけだった。体を起こして周りをペタペタと探り、ようやく慣れた固いものに手が触れる。
 体の一部を定位置に戻せば雪宗の目の前に腕を組んで仏頂面をした警官がいた。30代くらいで刈り上げた髪に浅黒く焼けた肌が特徴的。友人の話を思い出せばーーー
「どうも………スシさん?」
「ヒサシだ!あんたの名は?」
「冬月雪宗です。申し訳ない。みんなスシさんと呼んでいるものですから。」
 ヒサシは「捨て置けばよかった」と心底後悔した。神社の息子から広まった呼び名は否定しても島に浸透している。
「救急車呼んでも拒否されるし、何したんだオメーは。」
「割と有名ですよ。」
「へぇ、有名人気取りかい。冰叉目さんもしばらく休ませるだけでいいですよって言うし………怒っていたぞ。」
 切れ味の良い言葉は冷たいメスのようでヒサシの鼓膜まで電話越しに切り裂かれるかと思った。思い出すだけで耳が擽ったい。
「お客様に『ようこそ!冰叉目丸へ!』と言って、お茶を差し出したのが原因ですかね。」
「寿司屋か!?」
「あら汁は平日14:00まで無料ですよ。」
「どこぞの回転寿司か!?いや、なんのあらだよ!」
「さぁ?どこでしょうね。人間いらない部分もあるでしょう。病院なら材料に困らない。」
 意味ありげに笑う雪宗にどつきたくなった拳を堪え、怒りを握りつぶした。ここで手を出してしまったらまた本土に帰る日を逃してしまう。
「冰叉目さんも僕の体を解っていますからねぇ。手遅れで施しようもなく休むことでしか回復しないんですよ。」
 笑っているから冗談に違いない。ヒサシは苛立ちをベッドの足にぶつける。
「ほら、とっとと出ていけ。俺は忙しいんだよ。」
 ヒサシはベッド隣にあった肩掛けカバンを乱暴に投げつけた。雪宗はしっかりと受け止めて、出ていく寸前ににこやかに指を一本立てる。
「最後にひとつ。僕がここに運ばれて来た時、僕は生きていましたか?」
「もちろんーーー生きていたが。死体が動くわけねぇだろ。」
 不可解な顔をするヒサシを笑いながら雪宗は去っていった。

【2回目】
 また倒れていた雪宗をベッドに寝かす。細い見た目に反し、意外と雪宗の体は重い。ベージュ色のコートを捲ってみても、重さの原因になるものは見当たらずシャツとズボンのみだ。鞄の中も財布しか入っていない。
 前のように仮眠用のベッドに寝かす。
 巡回に行くので『勝手に帰れ』とメモを残した。この後、入れ違いですぐ帰ってくる後輩にも『行き倒れ、起きたら速やかに帰すように』と伝言を机の上に貼った。
 田舎の警察は緩くていい。

【3回目】
「性懲りもなく山の中で倒れやがって。しかも、同じ場所でだ!3回目だぞ!いい加減しろ!」
 ベッドから起きた雪宗を襲ったのは怒号だった。怒鳴り声の主は腕を組んだヒサシである。
「さぁ………僕にも検討がつきませんねぇ。」
「馬鹿いえ!何もなかったら何度もそんなとこ、行かねえだろ。犯罪でもしているんじゃねぇのか?」
「滅相もない。そんなことしませんよ。僕の顔に見覚えはありませんか?」
「ないな。」
 笑顔を深め、両人差し指を自分の頬にむける雪宗はヒサシにきっぱりと切り捨てられた。
「何か言いたそうだな?」
「テレビもラジオも新聞もないんですね。」
 キョロキョロと駐在所の中を見渡す。ありそうなものは何もない。パソコンも最低限しか使っていない。持ち込んだとしても見るのも聞くのもこんな所では得られる情報なんてローカルな物だろう。島なんてそんなもの。全国を視野に入れているヒサシにはスマホだけで十分だ。手軽に簡単に情報は集まる。
「それでいいんでしょうかね。」
 ぶつぶつと呟く雪宗の言葉はヒサシには聞き取れなかった。
「なんか文句あるか?」
 「いいえ、別に。」と雪宗は残念そうに微笑んだ。
「あんな禁足地ギリギリのところを歩くな!」
「ところでなんで僕が倒れていた所のあたり何故禁足地かご存じですか?」
「熊に食われるからだろう。」
 烏島の山は凶暴な熊が彷徨くという。ふざけて入っては行方不明になる者が多く、ヒサシが着任して5年ぐらい後に厳重な警備がされており、今では「入った」という人間をヒサシは知らない。建物の周りは今日も変わらず鬱蒼と木は葉を広げ、陰気な雰囲気を出している。付近には物々しい電気柵が建てられ、獣から建物を守っていると聞いていた。
 雪宗は首を横に振る。
「それもそうですが。烏島の泉質は様々です。中には体が溶けてしまうほどの酸性のものもあります。なので、資格がないと入れないんですよ。」
「知ったかぶりしやがって。」
「ところで言い忘れていたんですが、最初に助けていただいた時に鍵を落としましてね。探していたんですよ。」
「それをとっとと言え!」
 ヒサシが雪宗に遺失物届を叩きつけた。

【後輩と】
「なんか先輩、ぼんやりしていますね。」
 ころころと人懐っこく笑う後輩は更科仁八という。犬っころみたいにヒサシを追いかけて「先輩!先輩!」と慕うのでかわいくて仕方がなかった。
「ン、昔の上司を思い出してな。」
『好きにしろ嫌いにしろ大きい感情は捜査の妨げになる。』
 ヒサシの上司の過去の言葉だった。失態を侵し、今は警察を辞めて警備会社に勤めており、そんな奴の言葉など聞く必要もない。ぐいと水の入ったグラスを煽った。
 このど田舎何もないが、水だけは悔しいがうまい。
「アラキ、マサヨシさんでしたよね。前任の警察官。一般人に猟銃を突きつけて脅したんでしたっけ。」
「それでも辞める時に反対運動が起こったんだ。島の住民の気が知れねぇよ。」
 あの狂人よりかは自分の方が常識があり、よっぽど役に立っているというのに、不躾な島の民の一部からは「新木さんが良かった」等と口から出るのだからたまらない。アルコールが口を滑らす居酒屋では尚更聞こえるようだった。家で呑む柄ではなかったが、現在は缶ビールを駐在所で呑んでいる。非番だから問題ない。注意する人間もいない。
「警察より神社、企業を頼る始末でしょ?全部ヤーさんって訳じゃないですよねぇ。」
 自分も、と缶ビールに手を伸ばす更科の手の甲をばしりと叩く。それはいけない。
「そんなんだったらとっとと証拠掴んでとっとと本庁やマル暴に突き出してるわ。」
「マジでありえないッス。早くここから出たいなぁ。暇だもの。」
 事件でも起きないかなぁ、なんて言いながら後輩は手の中でペンを回す。
「俺としちゃ雪宗って奴には消えてほしいがな。」
「先輩、妙に絡まれていますよね。俺あの人怖くって怖くって。」
「何がそんな怖いんだよ。あんな細くて、生っちょろい男。」

【4回目】
「ごめんください。ヒサシさん。」
 巡回から帰って来て、ゆっくり羽を伸ばして来た所、雪宗がひょっこりと顔を覗かせる。
「前々から思っていたが、苗字で呼べ。」
 そこまで親しくもないのに馴れ馴れしい。ヒサシの乱暴な言葉に笑顔が萎む。
「ニホンゴムズカシクッテェ………ナカナカオボエラレナクッテェ………ツカレチャッテェ………
「嘘つけ!バチバチに日本人の名前だろ!」
 立ち上がってペンを突きつけた。先日雪宗が記入した遺失物届には冬月雪宗と記入されていた。すべて漢字であり古風な名前である。きめ細やかな銀髪やラムネ瓶の破片を磨いて嵌めたような目とはミスマッチだが、流暢な喋りやさらさらと書かれた綺麗な細い文字は海外の人間と言われても信じられない。
「露生まれですよ。養子になったのです。」
「知らんな。ペラペラと日本語を話してるじゃねーか。」
「日本にいる方が長いですし。」
「じゃあ、苗字で呼べよ。」
 答えずに雪宗はヒサシの前に紙袋を置いた。
「これは?」
「お土産です。」
「受け取れねぇよ。」
「じゃあ、落とし物です。賞味期限は今日。」
「落とし物ならしょうがねぇなぁ。」
 紙袋から箱を取り出す。乱暴に包装紙を破ると、今のヒサシには滅多にお目に掛かれない東響で瞬時に完売する人気の店のロールケーキだった。
「それよりもヒサシさん、鍵は?」
 落とし物を冷蔵庫に入れながら、半身を雪宗の方に向けて答える。
「まだ見つからねぇよ。最近空き巣が流行っているから、そいつが持ってったんじゃねーの?」
「こんな田舎でも空き巣なんてあるんですね。いつから?」
「今年に4月からだな。ま、鍵のことは諦めろや。」
「ところで、ヒサシさんは勤めて何年になります?」
「10年以上。」
「じゃあ、この山になぜ死体を埋めていけないかご存じですね?」
「ご存じもなにも。死体を遺棄したら犯罪だ。」
「それはそうですが。」と言いながら、雪宗は窓の外を見る。
「どうせ熊が人の味を覚えるからーとかだろ?」
「この山で死体を埋めると蘇る。昔からそう言われているんですよ。」
「俺はそんなもの、信じない。」
「そうですか。それにしたってあなたは何も知らない。空き巣があったって言うのに見回りから戻るのが早すぎる。後輩くんの方がよぉくみまわっているじゃないですかぁ。」
 にこやかに雪宗は言い放った。
「よっぽどこの島が嫌いなんですねぇ。」
「な、何がわかるってんだ!」
 席を立ち上がる。椅子がガタンと倒れて転がった。
「この島が嫌いなこと以外何もわかりませぇん。」
 そのふざけた眼鏡をかち割ってやる!と拳を振り上げたが、寸前で受け止められる。変わらぬ笑顔に影が刺す。
「情報媒体もない。土地勘もない。コミュニケーションも取ってないのなら好ましく思っていないのはわかりますし、顔に書いてありますよぉ?面倒ごとが来たって。警官がそれでいいのか。あぁ、だからこの島にいるんですねぇ。貴方、何で警察官になったんですか?」
「五月蝿い!」
 手元にあったノートを投げつける。ノートは雪宗まで届かない。
「あぁ、大丈夫。僕にお上の意思などわかりませんただの感想ですよぉ。それでは。これで。」
 「1人ぼっちは寂しいでしょう。島の人たちも案外悪い人じゃないですよ!」と言いながら出ていく雪宗に「2度と来るな!」と吐き捨てた。
ーーー大丈夫。まだ1人じゃない。俺にはまだ後輩の更科がーーー
「ああ"ッ!?」
 肩に何か触られそうになるが、強引に振り払う。
「そんな目一杯振り払わなくていいだろッ!」
「あぁ、カラシナロックんとこの工場長の小坊主か。どうした?」
 カラシナロックのお偉いさんの一族は全員緑髪で目立つ。姉も美人だから印象に残っていた。
「空き巣を捕まえたんだ。」
 顔面を殴られ、蔦でぐるぐる巻きにされている男は、後輩である更科であったーーー
 これで俺は1人に。
 ヒサシは膝から崩れ落ちた。

「俺が訓練も受けてねぇあんなガキに負けるなんてこんな世の中間違っている………
 横からぶつぶつ聞こえるが、耳から耳を通り過ぎていく。ヒサシも更科も抜け殻のようだった。
 戻ってきた雪宗がこちらに笑顔で手を振る。
 更科の呟きが止まる。
「なんでなんでなんでなんで生きている生きている生きている!俺が俺が俺が殺したはずなのに!!!何度も何度も何度も!寝ても覚めても常に視界の淵にいる。そんなに俺が恨めしいのか!?」
「更科?」
 更科が喚く。手錠で制限されながらもがりがりと顔を、肌を引っ掻き縦筋横筋細やかな傷を残していく。
「おい!やめろ!」
 雪宗は静かに笑い、踵を返して去っていった。
「さようなら。」
 後輩は空き巣に情報を提供し、自分も盗みに入る共犯関係だった。殺人もしたと言っていたが、1週間経った今でも死体は発見されていない。
 「殺しても生き返る。アレは化け物だ。」とガタガタと震えていた。
 ヒサシにはもうすべてどうでも良かった。

「お前なぁ。」
「ん?」
 書類から顔上げる。半眼の柳がじとりとした視線を雪宗に向けていた。圧が強い。
「なんですか。」
「余所者とはいえあまり虐めるな。」
 あれからヒサシはゆっくりじっくりと巡回をし、人の言うこともしっかり聞いているようだった。しかし、人間味はない。
「おや、君もヒサシさんを嫌っていたようでしたが。弟さんの誘拐の時、全然動かなかったんでしょう?」
「ヒサシのやつ抜け殻みたいで揶揄いがいもない。フォロー入れておくからな。………新木が。」
 それはトドメじゃ無いかなぁと思いながら雪宗は紙にペンを走らすのだった。柳の口の中に猟銃を捩じ込んだ悪徳警官だ。ヒサシはどのような目に合うのか。口元が釣り上がる。
「ほらよ。」
 机の上に差し出されたのは銀に輝く鍵だ。雪宗の探していたアンティーク調の鍵。
「あぁ、探してくれたんですか。鍵。」
「わざと落としたくせに。白々しい。」
 機嫌良く雪宗は鍵を掲げた。


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