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運命「とか」にも縋りたい

全体公開 4 49 3143文字
2023-09-05 19:43:54

恋は盲目で全部都合よく解釈している人の姿が好き

前回→ https://privatter.net/p/10367056

「なぁガブ、お前運命って信じるか?」
 いつも以上にぼんやりしている同僚の口から出てきた言葉に、ガブは「はぁ?」と反射で返していた。
(こいつとうとう仕事のしすぎでイカれちまったのか?)
 同僚が先月の残業時間について人事から上司経由で呼び出しをくらっていたことを思い出し、ガブは可哀想なものを見る目でクライヴを見る。
 袖で涙を拭うふりをしながら「クライヴ〜、お前そんな棍詰めてないで早く帰れよ。そうだ、今夜は飲みに行こうぜ、なあ」と肩を抱くが、ワーホリの自覚のない男は「なんの話だ?」と首を傾げるだけだった。
 クライヴはそっとガブの腕を外し、啜っていたコーヒーに再び口をつける。
「仕事が終わらないだけで、別に詰めているわけじゃない」
「嘘つけ。今日やらなくてもいいことをやってるって散々オットーが愚痴ってたぞ」
 そうだろうか、とクライヴが考え込んでしまうと、「で?」とガブが尋ねてくる。
「運命って、なんだよ突然」
「ああいや……、最近、そんなことを人に聞かれたのを思い出してな。俺はあまりそういうものは信じない方だが、一般的にはどうなのかと」
 どういう場面で「運命」なんて聞かれるんだよ、とつっこみたいのを堪えながら、ガブは「マジのスピリチュアルならまだいいけど、ナンパなら寒すぎるだろ」と肩をすくめながら答える。
 同僚が以前、珍しく深酒をして「恋人が欲しい」と愚痴っていたことを唐突に思い出しだからだった。平日働き詰めのこの男が休日、出会いを求めてどこかへ出掛けているとも思えず、「え、お前ってそーゆーの欲しがるタイプなんだ?」と驚いてしまい、記憶に強く残っていた。
 別に顔も性格も悪くねぇのに、とガブがクライヴをジロジロ見つめていると、なんだよ、と不機嫌そうにクライヴが低い声を出す。
 そうやって凄まれると普段とのギャップでこえーんだよ、とは言えず、「いや別に」と首を振った。
「よし、二杯までなら奢ってやるから、悩みがあるなら聞いてやる。いいな?」
 勝手に決めるな、とクライヴが眉を寄せたのを無視して、ガブはさっさと休憩室を出て行ってしまう。これは定時を過ぎたらパソコンの電源を落とせとうるさく言ってくるな、とクライヴは数時間後の未来を予測してため息をついた。

「お前が奢るって言ったんだろ……
 最初は楽しく談笑していたはずなのに、途中からガブの仕事の愚痴を聞いてやる羽目になっていた。別段クライヴには悩みもなかったので、それは別に構わなかったのだが、ガブはクライヴが止めるのも聞かずに散々酒を入れ続けて、とうとう潰れてしまったのだ。
 今日が金曜で良かった、と思いつつ、クライヴはガブの肩を担いで店を出て、通りでタクシーを捕まえる。
 頬を叩いてなんとか家の住所を吐かせると、水のペットボトルと一緒に彼をタクシーに押し込む。
「さて……
 それなりに飲んで多少はほろ酔い気分になっていたのだが、酒に強すぎるクライヴはすっかりガブの介抱で酔いが冷めていた。
 どこかで飲み直してから帰るか、とスマートフォンを立ち上げて、通知が入っていることに気がついた。
 マルガラス。画面に火の鳥のようなアイコンと共に彼の名前が表示されており、クライヴは思わず端末を落としそうになった。まるで見透かされているかのようなタイミングだったからだ。
 あの夜、マルガラスと名乗る彼と別れてから、クライヴは一度も男に連絡を取っていなかった。
 もう一度会いたい、というより有り体に言えばもう一度彼とセックスがしたいと思っていたが、今までセフレを作ったことがなかったので、それを理由に連絡をしてもいいのかどうかの判断がつかなかった。行きずりでセックスはするくせに、二回目を躊躇するなんて変な話だ、と自分でも思ってはいるのだが。
 連絡をするか悩んでしまったせいなのか、殆ど毎日のように彼と彼の言葉を思い出していた。
『あなたは運命って信じる?』
 ガブの言う通り、ナンパにしては寒すぎる誘いだったし、自分だってかなりぎょっとした筈だったのに、彼がそれを口にした瞬間の表情や声が何故か忘れられなかった。
 じっとクライヴの瞳を見つめている冬の湖のような薄い青色の瞳の奥に、炎のゆらめきを見た気がした。まるでずっと昔から知っていたとでも言うかのような真剣な瞳をした男は、瞳の冷たさとは裏腹に、ひどく優しい声だった。切れ長の瞳が吊り上がって、まるでクライヴに「信じる」と同意して欲しそうな表情をしていたのを覚えている。
 彼の表情や声を思い出しながら何度も自分を慰めて、果てるたびに虚しさを味わっていた。
 いつもは連絡先をそもそも交換しないし、もう一度セックスがしたいとも思わないのに、どうして彼に限ってそう感じたのかもわからなかった。
 連絡をしてしまえば「おしまい」のような気がしたから、本音を言えば、彼からの連絡を待っていた。
 クライヴは震える指で端末を操作し、メッセージを読む。
『今度会った時に教えるよ』
 別れた時の笑顔と声が脳裏に甦り、心拍数が上がる。もう一度会って欲しいと彼は言っていた。だから、きっと誘いの連絡のはずだ。
『こんばんは、元気にしてる? また会って欲しいなと思って連絡を待ってたけど、もしかして忙しい? 週末はよく飲みに出てるってこの間言ってたから、週末の予定はどうだろう』
 普段なら、友人でも同僚でも上司相手でも絶対にそんなことはしないのに、クライヴはメッセージを読み終えた瞬間、相手に通話をかけていた。出てくれ、と祈りながら、スピーカーに耳を傾けて深呼吸をする。
……驚いた。かけてきてくれるとは思わなかった』
 通話口の向こうにいる男の声を聞いた瞬間、何故だかよくわからないが、ひどく安堵していた。
 クライヴはどくどくとうるさく跳ねている胸を押さえながら、「連絡できなくてすまない」と、自分が思うよりもずっと細く掠れた声で呟いていた。
 もしかすると向こうには聞こえなかったかもしれない。慌てて「ああいや、その」とクライヴが声を上げると、「もしかして今夜、空いてる?」と嬉しそうな声が聞こえてくる。
「あ、ああ……そうなんだ。今夜も、週末も特に予定はなくて……
「『そうなんだ。それなら今から飲みに行こうよ』」
 背後と耳許のスピーカーから同じ声が聞こえた気がした。
 え? と思いながらクライヴが振り返ると、スマートフォンを操作し、通話を切った男が——マルガラス、と何故かクライヴには偽名だとわかる名を名乗った男が——笑顔で立っていた。
「こんばんは。たまたまあなたをそこで見かけたから連絡してしまったのだけれど、予定がなくてよかった」
 たまたまなんて、あるのか?
 冷静な自分が脳裏で疑問を呈していたが、クライヴは深く考えることをやめて、「特に希望がないならこの店に行こうよ」と男が見せてきた端末画面を、ろくに見もせずに頷いていた。
「ジョシュア」
——え?」
 店へ向かう道すがら、唐突に隣の男がそう口にした。
 クライヴは弾かれたように顔を上げ、男の顔を見る。
 名前に聞き覚えはない。顔も声も、体も。なのに、どれも何故か懐かしい気がしてならなかった。
「僕の本当の名前。次に会った時に教えるって言ったでしょう?」
 悪戯っぽく笑った意外と幼い表情に、何故か既視感を覚えていた。
 以前に会ったことはないはずで、記憶にも確かにない。それなのに、どうしてかずっと彼を探していたような気がした。

 この男が自分の運命の相手だと言うことだろうか?


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