アオハル五→歌。距離感バグあり。糖度高め。
フォロワッサンと2期の歌が怖がりなの可愛い!とお話していたのを書きました。
@37kmgszn
「わぁ……。もう曇ってきた」
確かに今朝の天気予報で言っていた。夕方頃になると天気が崩れ、ところによっては落雷の可能性があると。歌姫の今日の予定は任務の報告書を纏めるだけ。纏めるだけと言っても四件分もある。ここ数日は任務続きで報告書を仕上げる暇もなかった。補助監督が運転する車の中で簡単なメモを作成するのが精一杯。しかし任務の数をこなすのも昇格要件のため頑張りどころだ。
歌姫は会議室の窓から視線を外すとノートのページを捲り、三つ目の報告書に取り掛かる。しかし一度崩れ始めた天気が鈍色の積乱雲を連れてくるのは早かった。少し遠いところで聞こえた雷音に歌姫は再び窓の外を見る。
「まだ雨は降ってないわね。自分の部屋に戻ろ」
歌姫は荷物を纏め始める。冥冥のように卒業後すぐにフリーランスになる呪術師もいるが、多くの呪術師は卒業後も高専に所属している。そんな彼らのために寮が用意されていて、歌姫はそこに住んでいる。
会議室をあとにした歌姫は廊下の床へ視線を落としたまま足早に進む。先程まで遠くに感じていた雷鳴が確実に近付いている。ちらりと窓の外へ視線を向ければ昼間見た青い空は帳を下ろしたかのような暗い雲に変わっていた。歌姫は荷物をぎゅっと抱え直す。
何を隠そう雷が苦手だ。空を割り、耳をつんざくような雷鳴に心臓がきゅっとなる。子供じゃあるまいし、と自分でも思うが苦手なものは苦手だ。しかし無情にも雷鳴が響き渡る。
「ひゃあああっ!!」
歌姫が反射的に声を上げる。ばくばくする心臓は響き終わった雷に落ち着きを取り戻すどころか次の落雷を勝手に想像して更に早鐘を打つ。
とにかく早く自分の部屋に戻って、布団を被ってやり過ごしたい。歌姫はなるべく窓から離れ、廊下の内側をほとんど走るように進む。
ずっと床に視線を落としたままだったこと。そして雷を思考から追い出そうと必死になり過ぎたばかりにその気配に気付かなかった。
「歌姫〜」
廊下の反対側から歩いてきた五条がそう声を掛けたのと一際大きな雷鳴と歌姫の悲鳴が響いたのはほぼ同時だった。
五条は突然悲鳴を上げた歌姫に対して一瞬だけ驚いたような顔をするが、すぐさまニヤリと笑った。
「歌姫、雷怖いんだ?ビビりだもんなー、弱姫は。もしかして泣いてる?」
楽しそうな口調でそう言いながら五条は腰を屈めて歌姫の顔を覗き込むと息を呑んだ。
そこには今にも涙が溢れそうな歌姫の姿。
歌姫にとって今は弱り目に祟り目。苦手な雷に生意気な五条。雷が怖くて涙目なんて知られたくなかった。次に降ってくる揶揄いの言葉を覚悟した歌姫だが意外にも五条は静かに口を開いた。
「こっち」
五条はそう言うと歌姫の手を掴んで近くの空き教室まで誘導し、教室の電灯を点けると扉を閉めた。
「五条……?」
「一人でいるより誰かと一緒にいたほうが怖くないだろ」
確かにその通りかもしれない。しかしこのクソ生意気な後輩に情けない姿を見せ続けるのも嫌だ。歌姫が迷っている間にも五条は窓の下に座り込むと手で自分の隣をトントンと叩く。
「窓側に背中向けときゃ雷光ってもあんまりわかんねえよ」
確かに五条の言う通りかもしれない。それに今更、教室から出ていっても雷が止むわけではない。
それなら誰かと一緒の方が……。例えそれが五条でも。
そう思った歌姫は五条から三十センチほど離れた場所に腰を下ろした。
不安そうに膝を抱えて座っている歌姫はいつもより小さく見え、五条は思わず喉を鳴らす。最初はいつも通り自分が歌姫を揶揄って、それに歌姫がキレる流れを想像していた。今までだって何度か「泣いてる?」と揶揄ったこともある。しかしいつもは「泣いてねえよ!」とすぐに返ってくるのに今日はその目に涙を浮かべて必死に耐えていた。いつもの怒った表情も好きだが歌姫の違う表情も見たいと常々思っていたのもあり、目の前にいる泣きそうな歌姫をめちゃくちゃ可愛いと思うと同時に他の誰にも見せたくない独占欲が湧き上がる。その結果が今なのだが沈黙したままの空気も少し重苦しい。五条は迷いつつも口を開いた。
「……今日、傑と一緒に午前中の任務だったんだけど」
ポツリと話始めた言葉に歌姫は耳を傾ける。
「現場の廃ビルに入ったら小太りで不細工な猫がいて。まぁそれが今回の跋除対象なんだけど。非術師なら隅で丸まってるその呪霊見たら絶対に普通の猫だと思うんだろうけど、呪力が完全に呪霊なんだよな」
「……擬態してたってこと?」
「そうそう。どんな攻撃仕掛けてくるかなー?と思ってとりあえず軽く赫ぶっ放してみたら本性出してきて。猫の面影全然ねえの。まぁ二級呪霊だから大したことないんだけど。でも傑が動物シリーズに加えるって言って取り込んでた」
「動物シリーズ?何それ」
歌姫が思わず怪訝な顔をする。
「傑の呪霊に虹龍とかいるだろ。今日の呪霊も大人しくしてる時は小太りで不細工な猫みたいな感じだから」
「待って。さっきから小太りで不細工って言ってるけど失礼よ。猫はちょっと目つき悪くて、ぽっちゃりしてても可愛いもの」
「えー。そしたらあとであの猫みたいな呪霊を傑に見せて貰えよ。普通に可愛くねーって。ちなみに硝子はニャーってなくタヌキって言ってた」
「タヌキ……あの子らしいわね」
くすくすと笑い出した歌姫はいつもの歌姫だ。雷雲も小康状態を保っていたおかげで調子を取り戻したようだ。
だから油断していた。
再び訪れた積乱雲がもたらした雷鳴は空を一瞬輝かせたかと思えば、空気を割るような雷鳴が響き、そして教室の電灯が二回ほど点滅するとそこは闇に包まれた。それと同時に五条の腕に衝撃があった。
驚き過ぎて声すら出なかった歌姫がぎゅっと抱きついてきたらしい。五条はとにかく冷静を保とうと静かに口を開く。
「……どっか近くに落ちたな。停電とかツイてねーな」
だが気になるのは隣にいる歌姫のことばかり。しがみついてくる彼女の身体が小さく震えている。
五条は堪らず歌姫を身体ごと引き寄せた。
歌姫の右耳を五条の大きな手が塞ぎ、ぎゅっと包み込まれた歌姫の身体は五条の胸元にすっぽりと収まった。
「ご、五条?!」
突然のことに驚いた歌姫が身動ぐが、背中に回っている五条のがっしりとした腕にぎゅっと力が籠る。
「これなら雷の光も音もわかんねーだろ」
ぶっきらぼうに答えることで五条は自分の心臓がドクドクと鳴るのを誤魔化そうとした。
◆
どれくらいの時間そうしていたのだろうか。五条の鼓動が落ち着いてきたのと同じ頃、歌姫も漸く落ち着いてきた。
最初は五条の行動に戸惑っていた歌姫だが鳴り響く雷のたびにあやすように背中を撫でられているうちにその戸惑いは消え、ホッとするような安心感を覚える。
歌姫の目の前に広がるのは見慣れた高専の制服の黒、そして今の歌姫の耳に届く音は五条のトクトクという心音だけ。しかし今度は急に恥ずかしさやら照れ臭さがむくむくと湧いてくる。歌姫はだんだんと顔が熱くなってくるのを感じた。
今、五条はどんな顔をしているのだろうか。
歌姫の心臓はさっきまでとは別のドキドキという音がうるさいというのに五条の心音は相変わらずトクトクと静かなまま。もちろんこれには五条の多大なる努力の結果なのだが、そんなこと歌姫は知る由もない。
「……か、雷まだ鳴ってる?」
この状況が気不味くて歌姫はそう尋ねたのだが、その声は思わず上擦ってしまった。
「んー……だいぶ収まったかな」
歌姫の耳を押さえていた五条の手が緩み、聞こえた返答。五条の言葉にほっとするが、やはり気不味さが勝つ。
「なんか……ごめん」
「……別に。弱姫が雷怖いのも暗闇が怖いのも想定内だし」
「うっ……」
歌姫も今日ばかりは言い返せない。歌姫は五条の腕の中で少し身動ぐと顔を上げた。もちろん暗闇なので五条の表情はよく見えないが。
「あの……」
雷が収まったならもう平気。そう言いたいが暗闇も苦手な歌姫はなかなか口に出せないでいる。それを察したのか五条は歌姫の頭をそっと撫でた。
「停電……早く復旧するといいな」
五条の落ち着いた声が心地良く感じ、歌姫はそのままこくりと頷いた。
「これ以上、歌姫がキーキー叫ぶとうるさいし」
きっとニヤニヤ笑いながら言っているのだろうと想像に容易く、瞬時に歌姫がイラっとする。しかしそれでも頭の中はむしろ疑問でいっぱいだった。
あれ?五条はこんなに優しかったっけ?さっきから言葉の端々にいつもの意地悪さを感じるけれどその声音も触れる手も優しい。この五条は本当にあの五条悟?歳上を敬わず、敬語も使えないクソ生意気な五条がこんな優しいなんてことある?
けれど歌姫は五条に対してどうしても言わなくてはならないことがあった。
「五条、あの……このことは……その、誰にも言わないで欲しいの」
大人なのに雷が怖い、術師なのに暗闇が苦手。そんなことを吹聴して回られたら堪ったものじゃない。冥冥には歌姫が暗闇を苦手とすることはバレているので今さらだが、まだそれを知らない補助監督や術師もいる。
「わかった」
「良かった……。ありがとう」
「でも今度また雷鳴ったらどうすんの?」
「えーっと……それは、自分の部屋で布団被って耐える……」
「布団被って耐えるとかウケる」
「他に方法ないでしょ」
「だったら次も俺が一緒にいてやるよ。どうせ俺にはバレてるんだし今さらだろ」
「えっ……いや、それは……」
その時、ふと歌姫は気付いた。先程までは五条の心音はトクトクと静かだったのに、今はドクドクと騒がしくなっていることに。
「五条、なんか凄いドキドキしてるわよ?」
歌姫は顔を上げて尋ねた。
「は?別にそんなことねーし!」
五条が慌てた様子で歌姫に向かって少し顔を下げてそう言った時だった。教室の電灯がパッと明るくなる。その時、五条と歌姫は初めて知った。二人の顔がお互いの息が掛かるほど至近距離にあることに。しばし見つめ合った二人が耳まで紅く染めて勢い良く離れるまであと少し。