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深き者の苦悩

全体公開 人魚姫ドラヒナ 4 6284文字
2023-09-11 20:34:09

不穏な展開が続いております、人魚姫ドラヒナのお話の続きです。ここから(とっくに手の内にあるのだけれど。 https://privatter.net/p/10253792)、直接続いています。
 人魚の骨肉は不老不死の薬と有名ですが、欧米でも止血や解毒剤として使われていたらしいですね。なので、こちらの話でもそのネタを使わせて貰おうと思います。
 みっぴき合流に向けて、人魚姫が陸へじわじわ向かいます。彼らと合流する前の、ロナルド王子夫妻の会話を追加しました。
2023/07/20に上げました。

Posted by @kw42431393

 「すぅすぅ。」

 腕の中で眠る私の可愛いお姫様。
 ずっとこうしていたいけど、体の弱い私がこの状態を保つには、限界があってねないものねだりとは分かっているが、そこそこ体力が欲しい所だよ。
 「ジョン、寝床を用意してあげておくれ。」   

 ヌン、分かったヌよ。

 シャコガイのジョンが、私の寝室へ泳いでいく。彼女を触手で抱え込んだまま、浮力を利用して私も後を追う。
 この時ばかりは陸上でなくてよかったと思う。おそらく、重力に支配された世界では、私は彼女を抱える事も出来ずに、潰れてしまうだろう。
 それにしても、ここまでヒナイチ姫が魔法に耐性がないと思っていなかった。だから、気にしていなかったが、そろそろ彼女を眠らせた時の寝室を拵えようか。
 「大きなアコヤ貝作ったフカフカのベッドに、キラキラ輝く真珠で飾ったシャンデリアもつけてあげて。」
 さぞかし、このお姫様に似合うに違いない。この真っ暗な、閉塞された私の部屋よりずっと

 ドラルク様、できたヌよ。

 ジョンがベッドメイキングしてくれた寝所に彼女を寝かせる。相変わらず、無邪気な寝顔だ。
 壺の様に閉塞された空間に寝かされたヒナイチ姫を見ていると、出口を塗りこめて永遠に閉じ込めてしまおうかという仄暗い感情が沸き上がって来る。
 ジョンがいなければ、とっくに実行していたかもしれない。

 ヌフフ。ヒナイチ姫は、何年経っても変わらないヌね。無邪気な寝顔ヌ。

 「あの時の事かヤンチャなお子様だったね。トライデントを持ってサメを追いかけ回していた男の子だと思ってたっけ。」
 名残惜しそうにローブを掴む彼女の手を離させると、私はジョンと調剤室に向かった。

 『魔女殿、おらぬのか?』

 くぐもった様な低い声が玄関から聞こえる。そういえば、忘れるところだった。

 あれ?ドラルク様。お客さんかヌ?

 「あぁ、通しておいておくれ。そういえば、今日だったね。最高に強い毒針が欲しいとか、ぬかしているアカエイだったか。」

 薬を手にして、彼の元に向かう。
 ピリピリした気配を纏った彼に薬と契約書を見せる。机の上のそれらを見た時、黄色の瞳が不穏に光った。
 「さぁ、ここにサインを。よろしい、これでそれは貴方のものだ。」
 「分かった。これでこれで、やっと。」
 サインが走り書きされた契約書を懐にしまう。
 「これで、どんなに獰猛なシャチもサメも貴方を喰らう事も触れる事も近寄る事さえ出来ない。貴方に逆える者はおそらくいなくなる。ただし
 しかし、注意をする前に、彼は薬瓶をひったくって飛び出して行った。
 「おやおや、せっかちだね。」

 ねぇ、ドラルク様。ただしって

 「ただしの後?副作用はないのかって?最初に依頼された際に、ちゃんと話してあるとも。」
 チラリと、寝所を窺う。ヒナイチ姫が起きてきた気配はない。
 「強い毒針を持って、仲間達を喰い殺したシュモクザメ達に復讐をしたいのだそうだ。ただし、目的を終えたら孤独に死ぬしかないよ。飲んでから一定時間、強毒化した針から恐ろしい毒素が流れ続けて、近くにいる者を全て殺してしまうのさ。最後には自分自身をも、ね。」

 契約の見返り?純然たるボランティアだよそんな訳がない?バレたか。
 そのシュモクザメの群れがね、私の住んでいるこの近辺まで近づいてきているのは、知っているのさ。
 危ないだろう?うちに通ってきているお姫様がね。
 利害が一致したというかだから見返りは記載していないよ。どうせ、死んでしまうのだし。

 『契約した相手から魂を奪うとか、肉を喰らうとか、色々言われているが。お前はいい奴だ。明日もまた来るからな!』

 輝く様な笑顔で、太陽の当たる世界に帰っていく彼女の顔を思い出す。
 私を信じてくれているあのお姫様に、とてもさっきの顔は見せられない。この会話は聞かせられない。
 「はぁ。」

 ドラルク様?そろそろ、お薬の時間ヌね。持ってくるヌよ。

 もう本来の目的で、私は君を喰らう事も出来ない。
 椅子に凭れて真っ暗な天井を仰ぐ。薬が切れて、胸苦しくなってきた。

 あぁ、ヒナイチ姫。
 貴女があの時、『人間の王子ともう一度会いたい』『陸上を歩く足が欲しい、人間になりたい』と言ってくれたら、この苦しみから解放されていたかもしれないのに。



 お祖父様も、両親も深海で強大な力を持つ一族なのに、私は生まれつき体が弱かった。少しの水温差や水圧、光の影響を受けて、幼い私はよく生死の境を彷徨った。
 それと引き換えか、頭脳はよかった。
 だから、片っ端から書籍を読んで、魔術の習得に励んだ。子煩悩な両親に頼んで、陸海問わず様々な植物や動物の肉、鉱石の類も手に入れて貰っては研究していた。
 私と契約した者は、作った薬の実験台になって、ある者は望みを叶え、ある者は滅んでいった。
 何の事もない。自分の体を治したい、その為だけに。
 ヒナイチ姫は、私の事を『魔女、お前は何でも知っていて、何でも作れる。本当にすごいな!』と言ってくれる。
 その料理も元々薬膳として試している内に、純然たる趣味に昇華された結果なのだ。
 私利私欲の為に契約に来た客へのお茶菓子と、ジョンを喜ばせる為にしか使って来なかったこのスキルが、お姫様のお口に合い、毎日充実しているのは奇妙なものだと思う。

 「ふわぁ。ドラルク、お前のベッドをまた使って、すまなかったな。」
 「お姫様。お目覚めかね?」
 いつの間にかいい時間になっていたらしい。
 目が覚めたヒナイチ姫が、椅子に凭れている私を覗き込んでいる。
 「また、具合が悪いのか?私が運んでやろう。」
 「い、いいよ。ジョンが持って来てくれる薬を飲んだら、落ち着。」
 「じっとしてろ軽いな。」
 よいしょっと、と鈴が鳴る様な声と共に、体がふわりと浮く。意中の少女に、お姫様抱っこされるのはしまらないが、こればかりは仕方がない。
 「今夜も、ぐっすり眠っていたみたいだね?」
 「アハハ、お前のベッドもいい匂いがするからな。つい、眠り込んでしまったらしい。」
 ちなみに、このお姫様は私の匂いを『いい匂い』だと表現する。メンダコの匂いは、所謂シンナーに近いので嫌う者が多いのだがまぁ、いいだろう。
 想い人にそう言われて、悪い気はしないものだ。
 「ここでいいか?」
 浮力が働いて、ふわりとベッドに寝かされる。 
 礼を言おうと思ったら、ヒナイチ姫がクスクス笑っていた。
 「私に何かついてるかね?」
 「ウフフ。さっきここで寝ていた時にな、懐かしい夢を見たんだ。何故かな、お前に似ている気がする。」
 このぐらいの大きさでと両手で丸を作って見せる。
 「幼い頃に、サメに食べられそうになってた所を助けたメンダコだ。ぷにぷにって勝手に名前を付けて、お城に連れて帰って飼おうとしていたんだ。どうしているかな?」
 「さ、さぁ。」
 この寝室は暗い。彼女はさほど夜目が効かないのをいい事に顔を背ける。
 「歌ってやると、目を細めて。嬉しかったのかな。調子の外れた読経みたいな歌で、返してくれたんだ。」
 「そうだろうね。お姫様の歌は、何時間でも聴いていたいと思うもの。」
 実際、彼女の歌声は素晴らしい。私のどす黒い心が、消えていく気さえするのだから。
 「お前達ぐらいなものだ。誰にでも聞かせていいものではないからな。」

 だから、最初の契約を持ちかけた時、『人間の足と引き換えに声を貰う』と言ったのさ。
 それに、どうせ手に入らないならいっそ完全に手の届かない陸の世界の者と結ばれた方が、目の届かない場所で泡になってくれた方が、諦めもつくと思っていたのだ。
 今となっては、もう

 ドラルク様?お薬持ってきたヌよ。

 「あ、ジョンが来た。お前が元気になったのを見てから帰るぞ。」
 「そ、そんな事気にしなくても。持病だから、慣れたものだ。」
 ジョンに渡された薬を口にする。ヒナイチ姫がベッドに頬杖をついて、マジマジと見ている。
 あまり見られていいものじゃないんだよ、君にとっては。
 「なぁ、その薬。何で出来てるんだ?」
 「。」

 ヒナイチ姫、どうぞヌ。ドラルク様が、明日のパトロールの休憩に食べてヌって。

 気を利かせたジョンが、彼女に余分に包んでいたクッキーを差し出した。ヒナイチ姫がよそ見をした隙に、私は薬を飲み下す。
 見ても分かるはずがないと、理解しているのだが。

 「わあ、魔女。ありがとう。これで、もっと仕事がはかどるな。」
 ジョンからクッキーを受けとると、「じゃあな!」と言って、彼女は玄関から飛び出して行った。
 元気な後ろ姿を見送ると、寂寥感と罪悪感が胸に湧く。

 ドラルク様

 「ありがとう、ジョン。言える訳ないよね。これは。」

 君より前にここに来た、人魚達の肉と骨から出来ているんだよ。人間になりたいと言って、捨てて行った下半身の骨肉から。
 一般の人魚の肉で出来た薬でさえ、効いている間は健康な体でいられる。ならば、王族の貴女の肉だったらそう考えていた事もあったのだけど。

 「そういえば、もうすぐ卵と小麦粉がなくなるよね?」

 ヌン。ヒナイチ姫が来てから、毎日焼いてるヌからね。また、陸に買い出しに行くヌ?

 「そのつもりだったのだけどね。頼まれた薬の調合があるのだよ。なんでも、サンゴ礁で妙な病気が流行ってるらしい。送られてきたサンプルで、原因も分かっているのだけれど急かされてもいるからね。」
 
 今度は、真っ当な仕事ヌね。

 「この体だからね。たまには恩を売っておかないと、いつかは詰みになるもの。」
 ジョンに苦笑いする。元々、医学的な知識だけは豊富なのだ。それに

 今回の依頼は、どちらからヌ?

 「カズサ王。自ら受け取りに来ると、言っているのさ。」
 ジョンが緊張した顔になる。
 ヒナイチ姫の兄で、イナ海国の現国王。なかなか、食わせ者でやり手だと評判だ。
「だから、今度はヒナイチ姫におつかいを頼もうかな。ジョン、ついて行ってあげてくれるかね?」

 ヌン。鉢合わせると、大変ヌからね。

 自分の体の事、ヒナイチ姫への想いと今後やらなければならない事は、山積みになっている。
 でも、それはまた今度考えるとしよう。とりあえずは、材料が必要だ。
 今の私にとって、このお茶会を続ける事が先決だもの。



 「ロナルド王子、これで全部ですか?」
 ドラルクの奴から頼まれたサンプルの目録を確認しながら、サンズ姫が木箱に最後の瓶を入れてくれた。こういう所は、やっぱり女性だよな。ソツなくしてくれるから、本当に助かるぜ。
 「すみませんね。お陰さまで、余裕を持ってあいつに渡せますよ。」
 「に、にゃあ!あ、当たり前ですサンズちゃん達は、そ、その。ふ、夫婦ですから。」
 恥ずかし気に目を伏せながら、サンズ姫が縮こまってしまった。こういう所、ほんと、猫みたいで可愛いな。急にテンション高くなったり、落ち込んだり忙しないお姫様だけど。
 「俺って、いつもギリギリじゃないと行動できない奴なんで。あいつに確認して貰ったら、入れ忘れも多いんんスよ。」
 だから、あいつに嫌味も言われるしさ。つい殴っちまうんだけど、ジョンが泣いちゃうし。ドラルク自身、体も弱いから、そうそう殴っていいもんじゃねえんだよな。

 『ロナルド。お前も所帯を持ったんじゃ。いつまでも、ここで燻っている必要もにゃあ?』
 
 ふいに、兄貴のヒヨシ王の言葉を思い出す。両親の先代国王、王妃が亡くなった時、俺はまだ小さなガキで、妹のヒマリに関しては、まだ赤ん坊だったんだ。当時王太子だった兄貴は、まだ自由であってしかるべき年齢だった。
 このシンヨコ王国は過ごしやすいけど、豊かな国ではない。兄貴の苦労は、並大抵ではなかった。
 考える事は苦手だけど、腕っぷしに自信があった俺は、兄貴の為に役立ちたかった。それで、国内外で要請があれば、すっ飛んで行って、人間と人外達のトラブル解決に尽力してきて、今や有名人になっている。
 
 『新婚さんでもあるしの。国境付近の領地をお前に預けようと思う。ずっと一緒じゃった、サテツやショットも連れて行け。丁度、サンガ王国にも隣接しておるから、サンズ姫も里帰りしやすいしの。協力して、この国を守って欲しい。』

 うん、そうなんだけど。
 自信ないんだよ、人の上に立たなくちゃいけないんだろ?責任だって持たなくちゃいけない、自分の周り以外の人も守る為にただのロナルドだったらどんなによかったか。

 「う~ん、ロナルド王子。そのドラルクっていうヤローは、このサンプルをどう使うんでしょうね?」
 「どうって?」
 
 サンズ姫が目録と木箱の中身を見比べる様にしている。なんか変な物でもあったかなまぁ、依頼があって退治してきたり、見つけた魔獣とか妖怪とか吸血鬼に、悪魔。
 そういう奴らの毛や肉、その土地に自生している薬草や毒草だ。普通ではないよな。
 「全部じゃないですが、一部の目録が似てるんですよね。母国付近の孤島に住む、神とか仙人とか名乗ってる、変なヤローが作る薬の材料に。」
 薬ねえ。あいつは体も弱いし、医者を兼ねてる様な話だからそうかもしんねえ。
 「どんな奴なんです?」
 「見た目は『ワシはすごいんだ!畏怖して!鷲掴みの事を尊敬しろ!』とかぬかす、ふざけたおじいさんですが、実力はたいしたものです。」
 雨乞いとかも出来るらしい。あと、以前サンガ国に疫病が流行った時に、供物を捧げて、チヤホヤ煽て上げて、やっとご足労願った時もあったとか。
 「その時揃えた材料に、近い物が含まれてるんですよ。本物の材料は簡単手に入る物ではありませんし、配合がちょっと違うだけで、ただの毒物になりやがるです。サンズちゃん達はくノ一でして、また流行った時の為に研究してたんですが、さすがに諦めましたよ。」

 その時、窓でコンコンと音がした。そこにいるのは、あいつが連絡に使うウミガラスだ。足には、手紙がくくりつけられている。
 「何でしょう?この鳥さんは?」
 「んー、ドラルクが連絡に使う鳥なんですよ。何かあったのかな。」
 俺はカラスにエサと水をあげると、手紙を開く。そこには、几帳面な文字が走り書きされていた。

 『親愛なるロナルド王子へ 
 急遽、私はそちらへ向かえなくなった。代わりに、姪のヒナイチをジョンとそちらへ向かわせる。
 折角なので、シンヨコ王国の観光案内もしてやって欲しい。
 頼んでいたサンプルと当日買い付けた食材は、その翌日にいつもの海域で、海中に投下する事。』

 ドラルクの眉間に皺の寄った極悪面を思い出す。
 それにしても、あいつに姪なんていたのか。折角、この前事故に遭った事の文句を言ってやろうと思ったのに残念だ。

 その時の俺達夫婦は、その『ヒナイチ』が俺達を引き合わせてくれた切っ掛けの人魚姫だった事。そして、俺達の人生に新しい転機をもたらす一生を通じた友人になるとは、思ってもいなかったんだ。

 
  
 
 
 





 


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