ワンドロ 『飲み過ぎた』
カルみと シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
ぽすりと背中に降ってきた衝撃に、縞斑は端末に落としていた視線を上げて背後を振り返った。
「にゃは〜!だらだらせんぱぁい」
聞こえた甘ったるい声に、縞斑は思わず苦笑いを浮かべる。目の前に居たのは可愛い年下の恋人に他ならないが、それは随分と酒に呑まれた姿であった。
「神無ちゃん…飲み過ぎでしょ…」
「のんでないよぉ、ちょっとだけしか」
けらけらと笑いながら縞斑の膝の上に仰向けに寝転がる神無は、普段は真っ白な肌を赤く染めて幸せそうな笑みを浮かべている。
明らかに酒の入れ過ぎだ。困ったように眉を寄せた縞斑は、そのまま視線を神無のそばを陣取っていた神無の相棒へと向けた。
視線に気付いたディーノは、申し訳なさそうに肩を落とす。
「…すみません。止めきれませんでした。」
本人に彼を潰す気は毛頭なかったらしく、水入りのグラスを差し出す彼には相棒の上がったピッチを止め損ねた反省の色が見て取れた。
大方止めるディーノに構わずに神無が飲み進めたのだろうと思えば、縞斑にも同情の念が湧く。
「いいよ、今日はこの子が飲みたがったんでしょ。」
言いながら縞斑は、神無の手にしっかりと握られていた酒のグラスを取り上げる。途端、神無は不満げにそれを取り返そうともがいた。
「やだやだ、せんぱいおさけぇ〜」
「やだじゃない。神無ちゃん飲み過ぎ。」
言いながら代わりに水のグラスを握らせてやれば、最早酒との違いにすら気がつかないのか、彼は笑顔のまま数口中身を含む。
そんな緩みきった恋人の姿に、縞斑は思わず溜息をこぼした。
例え今回の酒の席が、協力で事件を解決した慰労に開催した見知った顔だけの集まりだとしても、恋人の無防備な姿は晒したくないものだ。
「すみません縞斑さん、せっかくだから神無さんも飲めるようにと思ったんですけど…。」
今回の席を設けたのは青木だった。彼はいつも、アルコールの匂いが強い酒が上手く飲めないと寂しそうにしている神無のことを気にしていたらしく、今回はそんな神無のためにカクテルなどの甘い酒を扱う店を選んだ。
そんな青木の計らいを大いに喜んだ神無は、気になった甘い酒を次々に傾けるうちに、すっかり酔いが回ってしまったのだ。
「青木ちゃんは悪くないって、大丈夫。」
申し訳なさそうに眉を寄せる青木に手を振って笑った縞斑が神無を見下ろせば、とろんとした瞳で縞斑を見上げて両手を広げてみせる。
「だらだぁせんぱい、かまえ」
「舌回らない上に命令と来たもんよ。」
「きすしろ、かわいいおれに」
「もはや暴君だもんねこれ。」
唇を突き出す神無を指差して笑う縞斑だが、自他共に認める可愛い恋人のおねだりを彼が跳ね除ける筈もなく、縞斑は身を屈めると神無の唇に自らの唇を重ねた。
そんな彼らの様子に、カルピスで気分酔いして撃沈したニトとリトを寝かしつけていたレミがあらあらと歓声を上げる。
「アサギリさん、縞斑さん甘々ですねぇ。」
「……塩でも掛けましょうか。」
「かわいいじゃないですか〜らぶらぶで〜」
「…まさか、レミさんも酔ってます?」
恋愛に興味を示す女性は、アンドロイドだろうと人間だろうと変わらないのかもしれない。
きゃっきゃとはしゃぐ彼女を呆れながら嗜めるアサギリは、眠ってしまった子供たちを部屋の隅に移動させて毛布をかけながら、縞斑に声を掛けた。
「マスター、そろそろ神無さんをお部屋に送り届けた方がよいかと。」
神無は酒に弱いが、悲しいことに酔っていた間の記憶が一切消えない人間なのだ。翌朝二日酔いと羞恥に苛まれて泣きべそをかく神無のことを哀れに思ったらしいアサギリは、やんわりと主人を宥めて部屋に戻ることを促す。
「…そうだね、連れて行くよ。」
相棒の助け舟に頷いた縞斑は、神無を抱えようと手を伸ばす。普段なら決して甘えようとしない彼だったが、酒のせいで判断が鈍っているらしく、ふにゃりと笑みを浮かべた彼はそのまま縞斑に抱きついた。
神無が酔うことを予想してあらかじめ隣接するホテルの部屋を取っていた縞斑は、彼を抱えて立ち上がる。
「…だらだら先輩、この状態の神無に何かするのは大人としていかがなものかと。」
「やだな、そこまでだらしない下半身してないし、人手無しな大人じゃないよ。」
「でぃーのおやすみぃ」
何を言われているのかすら分かっていないらしい神無は、疑わしげな視線を向けるディーノに笑顔で手を振る。恋人が関わった途端その相棒に信用されなくなる縞斑は、苦笑いを浮かべてそう宥めた。
笑顔で他の仲間たちへ手を振る神無を抱えて、縞斑はあらかじめ確認していた人通りの少ない通路を通って部屋を目指す。
「せんぱい、たのしーね〜」
「そうねー…神無ちゃんそろそろお酒弱い自覚持って欲しいなー」
「のんでないし、よってねぇし」
「わぁ酔っ払いの常套句ー」
人のいない廊下を歩く間も、神無は楽しげに笑いながら縞斑に声をかける。数杯の甘いカクテルに倒れた彼を抱え直して、縞斑はますます苦笑いを浮かべた。
ホテルに移動した縞斑は、エレベーターを昇るとポケットからルームキーを取り出して解錠する。中に入った彼は、柔らかいベッドの上に神無の体をゆっくりと下ろした。
「……おさけ、」
「飲みすぎだって。二日酔いで泣くことになるのは神無ちゃんだよ?」
「…ならない。」
舌ったらずに言いながら神無が取り出したのは、酒のつまみとして出ていたチョコスナック菓子だった。普段から神無が好んで食べているチョコレートに浸した細長い形状のそれを、彼は不満げな顔のまま食べ進めていく。
往生際の悪いその姿に、縞斑はベッドの縁に腰をかけて思わず声を上げて笑った。
「って…何食べてんの?」
「…ぽっきー」
「それは見たら分かる。いつのまに?」
「……でぃーのが、さっきくれた。」
なぜか不貞腐れたように眉間に皺を寄せる神無だが、縞斑はそんな彼に水を飲んで早めに寝るよう言いつける。
もちろんこんな泥酔状態の恋人を置いて店に帰るつもりはなかった縞斑だが、神無は彼に置いて行かれると勘違いしたらしい。歩いて行こうとした縞斑の袖を、起き上がった神無が手でくいと引く。
「せんぱい、ん。」
「……は…」
またしても可愛らしい注意の引き方だと考えながら背後を振り返った縞斑は、思わずぎしりと動きを止めた。
そこでは件の菓子を咥えた神無が、そのままの体勢で縞斑の方を向いていたのだ。
「何してんの?」
「このまえ、せんぱいのいえでみたやつ、」
「……ポッキーゲーム?」
「む、はやく。」
「早くって君ね……」
それは先日、縞斑が自宅の奥底から掘り出した古いドラマの録画を見た時に、コマーシャルで目にしたものだった。
チョコスナック菓子の両端を咥えて食べ進めるという下心満載のゲームを目にした当時の神無は動揺していたが、本心では試してみたかったらしい。
たじろぐ縞斑の姿を拒絶だと受け取った神無は、更にむくれた表情のまま唇で菓子をくいくいと弄ぶ。
「や?」
「…嫌じゃ、ないけど……」
恋人に可愛らしいおねだりを受けて嫌だと思う人間はいないだろう。
しかし今回着目すべき点は、その恋人が目も当てられないほど酔っ払っているところにあった。加えて、少なからず縞斑も酒が入って思考が鈍っている。
そんな状態で無防備な恋人からの誘惑を受けたらどうなるか、結果は火を見るよりも明らかだ。彼の相棒に念を押された手前、送り狼にはなれない。
「じゃあ、しよ?」
こてんと首を傾げる神無に縞斑は、膨らむ欲望と煩悩を理性で必死に抑えつけると、平常心を意識して神無の頰に触れた。
菓子を咥えた先、数センチ向こうで神無が無邪気な笑みを浮かべる。睫毛に絡む涙がベッドのライトに反射して、艶のある表情に錯覚させた。
「ん、んむむ、む」
「ちょ…まッ!?」
自身に『寸止め』を強く言い聞かせる縞斑に構わず、唐突に神無はポッキーを食べ進めていく。思わず唇を離しそうになった縞斑は、気合いで目の前の恋人へ視線を向けた。
瞬間、縞斑は目の前の神無の瞳が完全に座っていることに気付く。
間違い無く、彼には止める気が無い。縞斑がそれを察したのと、神無の唇が自らの唇を掠めたのは、ほぼ同時のことだった。
「ーーっ!!」
慌てて菓子を噛み切った縞斑は、神無と距離を置いて呼吸を整える。
一方神無は口の中のチョコレートとスナックを咀嚼しながら、くふくふと笑った。
「ふふ…せんぱい、かーわい…い……」
呟いた神無の体がゆらゆらと揺れ始める。
後ろに倒れそうになった神無の体を縞斑が慌てて支えて覗き込めば、彼は既に深い眠りに落ちていた。
「…はぁー…」
生殺し状態で放置された縞斑は、思わず深いため息を零す。
腕の中ですやすやと眠る恋人を改めてベッドに沈めると、立ち上がった縞斑は自らの下半身を見下ろして項垂れた。
「もー…この子にお酒飲ませるのやめようかな……」
明日は目を覚ましたら、問答無用で反省会を開催しなければ気が済まない。年上の恋人を振り回して弄んだことについて、灸を据えておかなければ。
そんな恨みがましい縞斑の視線を物ともせず、赤い顔の神無は幸せそうな笑顔で寝息を立てる。
仕方なく諦めた縞斑はそんな彼に毛布を掛けると、隣接する手洗い場へと早足で向かうのだった。
終