理央、雪宗、理央中心の話です。
丑の刻参りの話。行為匂わせ注意
@lianmiso
よくある恋のおまじないのうちの一つでした。
そのおまじないは意中の彼と相思相愛になるまで毎晩自分の髪の毛を数本使うのです。
片思いする女の子、そのおまじないを知ると早速やってみます。願いを込めて、届け!愛しい彼へ!
数日後。彼女は知りました。
おまじないをしなくとも、もうすでに彼と相思相愛だったのです。2人は幸せな日々を過ごしたのでした。
―――事故に遭うまでは。
デートの最中、突如車に轢かれた2人。
髪の毛を使う。言い換えれば捧げるということです。
彼女が何かに気に入られたのか、まじないを行う中でたまたま目についたのか、それとも止め方があったのか。誰にもわかりません。
彼らを轢いた車のタイヤには少女の髪の毛がびっちりと絡みついていたそうです。
柳の話が終わる。
きっかけは湊が「呪いって何?」と柳に尋ねたことだ。周囲の人間も呪いに思うところあり。その場で仕事していた霧凍を除き、柳の周りに集まってきた。話が話なので空気が重い。
いの一番に口を開いたのは霧凍。
「くだらない。恋愛にうつつを抜かすからそのようなことになるのですよぉ」
「霧凍くんには恋愛はまだ早いか。ま、そりゃ別にいいんだが、とにかく人を呪えば穴二つっつーことだな」
「呪いって言葉、一回も出てきてないんだけど」
後味の悪い話にげんなりする。多喜は怖い話が元々不得意なのだ。タイヤに絡みつく髪の毛など想像するだけで身震いする。
「のろい?まじない?」
湊は必死にさっきの話を自分なりに飲み込もうとしていた。
「何かを捧げて人を思い通りに動かすんだ。根本的にゃおんなじなんだよ。呪いは敵意、恋愛は好意。気持ちのベクトルは逆だが霊的に精神に干渉すんだ。変わりねぇ」
「恋愛には自分の力で立ち向かえっつーことだな」
明朗快活。壱樹の言葉が部屋の中の重く沈む空気を吹き飛ばした。
「そーいう話じゃねぇからァ!恋愛だけじゃねぇ。呪いやってなくても特定の場所や時間帯で願を掛ければ不完全な形で発動しちまうこともあるしな。専門用語で霊場という。一般人に影響与える強力な霊場は片手で数えるくらいしかねぇよ」
そういってちらりと湊を見やる。
「どうしたの?………もしかしてさっき食べたおにぎりのご飯粒がついてる?」
「ちげぇよ。ばーか」
「歓談中の所、悪いんだけどね?」
スッと六花が部屋に入る。気配など感じず霧凍以外が椅子からずり落ちそうになる。
「うわぁ!いつのまに!」
「いきなり現れないでくれるかな」
「能力をくだらんことに使うな、馬鹿野郎」
「………びっくりしました」
ごめんごめん!と六花が湊に手を合わす。
謝るのには湊にだけかいこの野郎。
ぐりんと柳の方に顔を向け、心を読まれたかと思ったが、真っ赤な唇から発せられたのは待ち遠しかった連絡。
「仕事が入ったよ」
部屋の中央ソファに座るのは、セーラー服の女性。
透き通るような白い肌。涙に潤む瞳。肩に揺れる艶やかな黒髪。地味ではあるが、磨けば光る原石といったところか。
おどおどした17歳の女は真平と言った。呪術を扱う一族の遠い親戚だと六花が言っていた。出来る限り能力や魔法、術を見せないでほしいとも言われている。一般人と言っても変わりないだろう。
「最近胸が苦しいんです。パパにここに来る様に言われて」
「お守り持ってるか」
「持っています」
「じゃあお守り、早く出せ」
柳の言葉に怯えた様子でお守りを出す。
じ、と柳はお守りを見つめ、耳に当てる。しばらくして理央にアイコンタクトを送った。受け取った側は周囲に見えぬ様親指を立てる。
理央は徐に立ち上がると、彼女にゆっくりと近づき、セーラー服を捲り上げた。
「きゃああああ!」
「理央さん!」
しまった!
この部屋にいるのは理央、霧凍に多喜の隣に柳。誰かが奇行に走った際に止めるのは自分と気負っていたが止めそびれた。
多喜が目を逸らそうとしてあまりの異様さに視線を彼女に戻す。
真平の名前とは逆に豊満な胸や眩しい白に散る赤い斑点。皮膚病?いや、まごう事なきキスマークだ。そのキスマーク、形からして複数人。
「お盛んだな!若くて結構!」
理央が感心して頷く。今日は依頼人が女性なので同性に見える格好をしている。
「やめなって。だからトラブルになるんだよ。この事件が終わったらきちんと関係を整理しなよ。また別の事件が起こる」
真平に向けて多喜はついお節介な言葉を掛け、霧凍は汚らしいものを見る視線を一瞬彼女に向け、すぐにノートパソコンに視線を戻す。
「だが、これだけは違うな」
理央が胸の中心を刺す。テニスボール程の赤い痣だ。
「情熱的な彼氏のキスじゃない。冷たい死神のキスマークだ」
「釘を打つ音。白装束。蝋燭。藁人形」
柳が指折り数える。目に見えて目の前の人物の顔色が変わった。
「夢にでも見たかァ?なら話は早い。典型的で最もシンプルな呪い。丑の刻参り。対象者の死を願う呪いだ」
「そんな!みんな………特に男の子と仲良くしているのに私、恨まれることをしてなんか!」
「仲良くしすぎなんだよ。その中に誰かの大事な人だっていたかもしれないじゃないか」
立ち上がった真平に多喜が疲れ果てた声で諭す。壱樹も湊も連れてこなくてよかった。未成年には毒すぎる。本当は霧凍も連れてきたくなかったのだが自分より上の立場なので止めきれなかった。
「女の恨みが1番怖い。真平さんもよーくわかっているだろう?」
理央も多喜に続く。真平は着席してしょげる。その一動も同年代の男にとってかわいいと思うものだろう。
近くにいる男も気の毒に。これは魔性の女だ。
「聞こえた音からして今日がタイムアップ。7日目だ。半年で何人と付き合った?」
「そんなの両手で数えきれな………」
柳が彼女に平手をかます。
「柳くん!」
柳の暴挙に多喜が焦る。理央が静かに首を横に振った。あれは仕方ない。
「駄目、無理、諦めて死ね」
柳がとうとう匙を投げた。
「そんな………お父様からもうお金もらってるんでしょ?お金だけ取って酷い」
左頬をぷっくり腫らし、目を潤ませて上目遣いする彼女。幾度なく男を落としてきたのだろう。だが、ここにいるのは歴戦の猛者だ。落ちる者など誰もいない。
「ここまでは相談ですものぉ。これ以上先は追加料金と同意書書いてもらいますねぇ?治療費と手術費とお考えください。ここまでの技術を持つ人は珍しいんですよぉ?」
黙って真平は書類にサインした。書類を見れば7桁。随分と吹っ掛けたものだ。意外にもお嬢様なのかもしれない。今までのトラブルも美貌とお金と体で解決してきたのだろう。
「でもこれ、お手上げじゃない?」と多喜は柳に耳打ちをする。
「んなわけ無い。第三者に呪いを目撃されると、破綻するのを利用する。人気がなく、釘を打っても折れないほどの幹。釘を打つ音を隠すため、夜でもそこそこの交通量があるところ。物理的に釘を打った痕も残るだろう。傘鷺町は狭いから絞りやすい。霧凍!」
「待機している社員には連絡済みです」
傘鷺町は狭い。神社の数も少ない。7日間の儀式は幹に新しい傷を作るはずだが全くなかった。絞ったポイント以外の神社の御神木も調べたが全然痕跡はない。何処を探しても無常に時が過ぎる。
「ありえねぇ!丑の刻参りといやあ神社の御神木だろ!!」
深夜の神社で柳が喚く。多喜と霧凍は頭を突き合わせ、今後を話し合っていた。
「猫に聞けないのかい?柳くん、猫と会話できたろ」
「何年か前にこの街に来た時、ボス猫と揉めたらしいです」
「何をしたのかな?」
当てが外れた。これからどうする?
不安そうに話し合いを見守る壱樹のズボンを湊が引く。
「壱樹さん、ちょっとほっとしてます?」
「ん?………ん、少しだけな。呪いのために植物を傷つけるなんて人の勝手すぎねぇか?それに陰湿だ。男なら拳で勝負つけろってんだ」
「呪っている人の性別はわからないけど………」
呪いを掛けられた本人は事の重大さがわかっていないのか多喜にしなだれかかったり、男装に戻った理央にべったりくっついたりで日頃の行いを全く反省していない。
「壱樹くん、彼女とかいるの?立派な体、太い腕。筋肉すごーい!」
つつつと真平が壱樹の腕なぞる。
「おう!野球や弓引くためもそうだけど姉貴を守るために鍛えていたからな!今だってトレーニングを欠かさずやってんだ。そう!俺の姉貴といえば美人でか弱いだけじゃなく力もあってしっかりとしてんだ!姉貴に彼氏ができるまで俺だって彼女を作る訳にはいかねぇよ。姉貴の作る料理も絶品でな」
「うん、もうわかったわ。ありがとう」
姉姉姉。姉の雨からさささと離れると真平は次に雪宗をロックオン。雪宗の横につく。
「ベタベタしてごめんなさいね、寒いし怖いの」
「不安ですか?大丈夫ですよ。ここにいるのは腕利きです。なんとかなりますよ。きっと助かります」
右腕に触れる手を取り、両手で温める。身を屈め、真平に目線を合わせてにっこりと微笑んだ。まるでお姫様を相手にしている様な動作に真平は真っ赤になる。
それもそのはず。
活動は縮小したが顔が売りの看板役者。月明かりの銀を髪にし、青いサファイアを嵌めた王子様が売り文句の男。軽い彼女が落ちないわけがない。適当に居酒屋のメニューを頼むだけで店員が電話番号を聞いてくるのだ。
「悪い巡りは今日でおしまい。明日からは新たな貴方に生まれ変わり、まっさらな未来を生きるのです」
歯の浮く様な台詞に多喜の頭から足先まで鳥肌が立つ。本性を理解していれば怖くて仕方がない。舌打ちが2重奏。柳と霧凍だ。
「その時、貴方が隣にいてくれたら………私も」
「僕は遠い所で貴方に降りかかるかもしれない火の粉を払わねばならないのです。一緒にいることはできません。名残惜しいのですが今日でお別れです」
あぁ、と真平が雪宗に体を預ける。熱っぽい瞳を向けた。
「じゃあ、今晩だけでも2人きりで一緒にいてくれる?」
「いいですけどそうすると貴方の命が危ない。どうか僕の手で守らせてください。貴方になにかあると僕の心は張り裂けそうです」
話し合う人の周りをうろちょろされるよりは雪宗が引き付けてくれた方がよっぽどいい。
いいのだが。
「理央さん………?」
雪宗を剣呑な目で見つめていた理央に湊が声掛ける。
「湊くん。あんな大人になるなよ」
「ハイッ!」
湊は力強く返事をした。湊にもわかる。雪宗は悪い見本市。心に刻む文字を改めて掘り直す。
「寒くはないか?眠くはないか?」
「大丈夫ですよ。慣れています」
バサリと理央が湊にケープを掛けた。
「慣れと平気は違うからな。ないよりマシだろ」
「でも理央さんは?」
「私は火を操るからこのくらい」
「ぶぇくしょい!!!」
壱樹が大きなくしゃみをする。壱樹さんも火を操るはずですよ?と湊が目で訴え、理央が「あいつは木を燃やす感じで私は内部で燃やしている感じだから」と弁明する。それでも少年の疑念は消えない。
この依頼を終えたら、壱樹と少々お話をしなければならない。湊に掛けてあげたケープの紐を結んでやる。
「さて、行くか。話し合いの決着はつかないがもうすぐ2時だ」
◇
「もう2時に………痛ッ!」
真平が胸押さえ、時間を確認したスマホを取り落とす。
崩れ落ちる真平を雪宗が支えた。
呪いの痕跡がない。薄い。辿れなかった。
がしがしと柳は頭を掻きむしる。
素人が藁人形という媒体を通さずでたらめで偶然呪いを完成させた?
おそらく迷宮が霊場の効果を併せ持っている。
その可能性は高い。
傘鷺町に来たのはこの依頼を受けるためではない。傘鷺町地下にあるとされる迷宮の入り口を探すために呼ばれたのだ。ならば―――
「―――自覚のない呪い。偶然が折り重なり単なる気晴らしが呪いになってんだ!チクショウ!気づくのが遅かった!」
柳の叫びに霧凍がギリと奥歯を噛み締める。
「人物特定のため調べていましたが、真平さんなら悪い子だから何してもいいって人もいるみたいですよぉ?彼女が通っている学校の裏掲示板に真平さんの写真貼り付けて連打するアプリの回数を競っているところもありますもの。ご丁寧にアプリは丑の刻参り型です」
「柳くん、お守りとかはないのかい?このお札みたいな………っていうか、これ使えないかい?」
多喜が前にもらった札は能力を込めて、相手に渡すことができる。柳の祓う力を札に込めて渡せばと多喜は期待を込めて柳を見た。
「その札じゃ無理だ。後は原価高いから使いたくねぇ」
「人の命が掛かっているんだよ!?」
「いい感じで呪いが分割されればいいんだが、下手すりゃ相手の方が死ぬんだよ。原因は真平にもあるだろ。趣味は悪いが、気晴らしで死んじまったらかわいそうだ。だから―――」
柳は目を閉じる。すぐに開くと多喜の手から札を抜く。
「雪宗」
「任されました」
柳が雪宗に札を渡した。雪宗がウィンクする。
刃物を胸に突き刺されているような痛みに喘ぎながら真平が見上げる。安心させるような笑顔を崩さない雪宗は真平の手に札を握らせた。
「僕を信じてください」
離れたところで傍観していた湊が走る。
これは任せちゃいけない奴だ!
「壱樹さん!多喜さん!止めて!」
「お、おう!?」
「―――理央さんを止めて!」
雪宗に立たされた真平。刀片手に真平に駆け寄る理央。
腰に捻りをつけ、水平に振られた刀は真平の顔面に直撃。野球であればホームラン級のスイングだ。
真平の意識が途切れ、砂利の上を滑る。
「何てことを!!!」
「おい!大丈夫なのか!?これ!?」
多喜が真平の元に駆け寄る。仰向けでひっくり返り、ぴくぴくと痙攣する真平の腕を取る。
脈がない。
「あっ、駄目だ。これ」
「ぎゃああああ!理央!なにやってんだよ!!!!」
悲鳴を上げた壱樹に理央は得意げに鼻を擦る。いい仕事をしたと上機嫌だった。
「安心しろ!峰打ちだ!」
「峰打ちだからなんだ!人が死んでるんだぞ!」
人を殺しておいてその態度!壱樹の拳が握られた。
「死ぬ………!そうか!そういうことなんだな、やな………」
今自分の考えていることが正しいか。柳に確認しようと多喜が身を捩る。柳の体を湊が体を支えていた。
「なんだ?どういうことだ?多喜」
多喜が壱樹に説明する。
「丑の刻参りは7日間の儀式を経て人の命を奪う儀式。奪うはずの命が先になかったら、儀式は破綻するんだ!」
「力技ァ!でもこっからどうするよ。救急車呼ぶ?」
「それはもうちょっと待ってください。死体なら物ですからねぇ」
倫理も何も無いことを雪宗が言う。飛び出しそうな壱樹の体を多喜が止めた。雪宗が指を鳴らす。
真平の右手の中に握られていた札が消え、真平が咳き込む。
「え、何。………何これ」
真平がどくどくと流れる血を手で拭う。状況を理解していないが、ひとまず山場は乗り越えた。
「うまくいったか」
なんとか舌が動く様になる。最近は呪いの余波も自分に返ってくるので忌々しい。
「柳くんは、平気?影響受けてない?」
「大丈夫だよ。とりあえず呪いは返せた」
湊から離れようとするが、ぐいと止められる。
「じゃあなんでふらふらなの。力入らないんでしょ。離れないでよ。………掛けた相手は、しんじゃうの?」
「いや、痛み分けだ」
よかった、と安堵するまごうことなき柳の親友。人の良いこの男はなぜ自分をここまで慕うのかと。変に願が掛かっていやしないかと。
―――烏島は霊場だ。
『ぼくと友だちとなってくれないかな?』
そう話しかけてきたのは湊。自分だって無意識に友人が欲しかったかもしれない。
願い事が成就した呪いに対して何が対価になったのか。それともこれから払うのか。
「何?何処か痛む?」
「いや、なんでもねぇよ」
「そう。帰ったらさこの間レア音源を手に入れてさ、一緒に聞こうよ。19××年のラジオの音源なんだけどさ、ルイスマリーの貴重な音源!」
いや、音楽が好きな限り呪い関係なくどっかで出会っていたなこりゃ。考えすぎか、と言う結論に至り、安心したら眠気がやってきた。
「わかった、わかったから。ちょっと寝かせてくれ。ゆっくり聞くから」
周囲の怒号を子守唄に柳の意識は落ちた。