☕️🐸+🎃 ポケモンパロ
シナリオネタバレなし
🐸さんが諸事情でいつもと違う
@popo_trpg_ss
ばたばたと慌ただしく廊下を駆けた神無は、目的の部屋の前へ辿り着くとノックも忘れて勢い良く扉を開いた。
「帰代先輩!!大丈夫!?」
部屋に転がり込んだ神無が肩で息をしながらそう叫べば、その声に驚いたパルスワンがボールから飛び出す。
くるくると心配するように周りを走り回る彼を宥めながら、神無は部屋の奥へ歩みを進めた。
「さっきそこで聞いたんだけど、試合中に帰代先輩にポケモンの技が当たったって…!!」
チャンピオンとしての仕事で帰代たちの勤める警察署を訪れた神無は、廊下を歩く途中ですれ違った刑事から、帰代が模擬戦の途中で相手のポケモンの技が当たってしまったという話を聞いたのである。
聖が抱えて医務室に連れて行ったらしいと聞かされた神無は、慌ててそのままの足で医務室へと向かったのだ。
「…その声、神無ちゃん?」
聞こえた声に顔を上げれば、一番奥のカーテンに仕切られた部屋から聞き慣れた聖の声が届く。
焦った様子の彼の声に、より一層不安が募った神無は慌てて駆け寄った。
「聖先輩…!帰代先輩は!?」
「あー…うん、大丈夫だよ。ここにいる。」
聖の言葉は珍しく歯切れが悪い。
ポケモンの技がトレーナーに被弾することは稀にあるが、そのほとんどが死亡事故に繋がるのだ。
聖が言い淀むほど怪我が深刻なのだろうか、そう心配した神無は閉められたカーテンに手を掛ける。
「聖先輩、ここ開けるよ?」
「えっ…あ、ちょっと待っ」
聖の制止の声より先に神無は大きくカーテンを開けた。ベッドの縁に腰を掛けていた聖が、そんな神無を気まずそうに見上げて笑う。
その意味深な笑みにますます不安を覚えた神無がベッドの上へと視線を向けたとき、ようやく彼はその違和感に気がついたのだ。
「……き、帰代先輩?」
ベッドの上ではなく、聖の隣に帰代は座っている。神無が思わず言葉に詰まった理由は、彼らが隣り合って座っていたことももちろんだが、なにより帰代が自ら聖に寄り添っていたからだった。
「…いや、帰代先輩は聖先輩にそんなことしない。その子メタモンだろ。」
「それは俺に失礼じゃなーい?」
ねぇ、と帰代に同意を求めた聖は、彼の喉を猫を愛でるように爪先で引っ掻く。
神無のこれまでの経験上、聖のセクハラ紛いのスキンシップに対する帰代の返事は、手厳しい体術であるとよく知っていた。
今回もきっと、次の瞬間には帰代が聖を床に沈めることだろう。そう考えて咄嗟に目を閉じる神無だったが、いつまで経っても打撃音は聞こえない。
「え、」
訝しんでそろりと薄目を開けた神無は、聖に首をくすぐられて嬉しそうに擦り寄る帰代の姿を視界に収めて目を瞬いた。
「えぇええ!?!」
誰だこの人。少なくとも昨日まで知ってた人とは違うはずだ。
だって昨晩の彼は、自らの尻を撫でようとする聖に対してモココの静電気を浴びせていたのだから。
相変わらずボールに入らないまま帰代に懐いている彼が、聖が悲鳴を上げる電力で帰代を守る現場を目撃していた神無は、目の前の光景が信じられずに立ち尽くす。
「えと…なに、これ……?」
神無の大声に驚いたらしい帰代は、聖の腕を掴んで警戒の眼差しを向けた。そんな彼に神無がたじろいでいると、聖が苦笑いを浮かべて口を開く。
「まぁ結論から言うと、当たった技がメロメロだったんだよねー」
「メロメロぉ?」
「技を受けてすぐに医療班の俺が駆け寄ったから、最初に見た俺が対象になっちゃったみたい。」
聖の説明を聞いた神無は、少しだけ納得した様子で頷いた。
技の効果は対象が人間かポケモンかで多少異なるが、幻覚技の類は特別に種族の間で効果が変わらないということを神無は知っている。
「大丈夫なの?帰代先輩…」
「命に別状はないよ。たぶん、しばらくしたら元に戻ると思う。」
技の効果が共通であれば、一定の時間が経過すれば帰代の聖に向けた感情も冷めるはずだ。その間口が利けないことや精神年齢が幼くなることは多少不便だが、医務室にこもっている分には支障はない。
聖の診察を聞いて胸を撫で下ろした神無はふと、帰代が先ほどからじっと神無を見ていることに気づく。首を傾げた神無は、試しに聖に一歩近づいた。
その瞬間聖の腕をぎゅっと抱きしめた帰代は、威嚇するように神無を睨む。
「………。」
沈黙したまま見守る聖の前で、神無は更に手を伸ばすと彼の空いていた手のひらに触れる。
びくりと大きく肩を震わせた帰代は、眉間に皺を寄せてすぐさま神無の腕を払い落とした。今の彼に尻尾が生えていたならきっと、モップのように毛を膨らませているに違いない。
「……えい。」
更に神無は好奇心に突き動かされ、両手を広げて聖に抱きついてみる。煙草と珈琲の匂いがする胸の中からちらりと帰代の様子を伺えば、彼は気の毒なほど目に涙を溜めた真っ赤な顔で、口をぱくぱくとさせて神無の服を力なく引っ張っていた。
「…………。」
引かれるままに神無が聖から体を離すと、帰代はそれを塗り替えるように彼の胸に顔を埋めてすりすりと頬を寄せる。
そんな一連の流れを見守った神無は、呆然と口を開いた。
「…帰代先輩めちゃくちゃかわいい……」
「わかる…」
思わず漏れた神無の感想に、にやける口元を片手で覆って肩を震わせていた聖も同意する。
普段の帰代は誰かに甘えることは愚か、こうして触れ合うことすらほとんどない。
長い付き合いである聖に対しては特に雑な対応を行っていることを知っている神無は、珍しさと可愛さに耐えきれず帰代の頭を撫でた。
尚も神無のことを聖に言いよる悪い虫だと思っているらしい帰代は、その手を避けて神無を威嚇する。懐かない子猫のようなその仕草に、神無の頬も思わず緩んだ。
「帰代先輩かわいー…」
「ずっとこんな感じだから、変ちゃんの尊厳のためにも外に出せなくてね。」
帰代のためにもこのことは内密にしようと医務室の中で元に過ごしていた聖の言葉に、神無は同意して大きく頷いた。
聖や神無はともかく、署の他の人間に今の姿を見られたら、元に戻った帰代は辞職して逃げ出してしまうかもしれない。
そんな心配を覚える神無の一方で、帰代は聖が治療の補佐に連れているハピナスに対してまで警戒を向けていた。
普段ならば優しく頭を撫でてくれる帰代の様子がいつもと違うことに気付いたらしい彼女は、おろおろと聖を見上げる。そんな彼女の頭を代わりに撫でてやりながら、聖はふと首を傾げた。
「そういえば神無ちゃん、ここに来たってことは何か用事があったんじゃなの?」
「あ、あぁ…次のトーナメントの医療班長は聖先輩だろ?それについて相談がしたくて来たんだけど…」
チャンピオンである神無が聖の元に直接赴いた理由は、間も無く行われるトーナメントに向けての打ち合わせだった。
内容を予想していたらしい聖は、あぁと納得した様子で声を上げるとサイドテーブルの上のタブレットを手に取る。
「テントの位置はこの前送ってもらった地点で問題ないと思うよ。」
「わかった。こっちからも医療スタッフとポケモン出せそうだけど、聖先輩が手配した方が都合良いかな。」
「うーん…ハピナスちゃんが補佐につくし、りっちゃんも手伝ってくれるって言うから……念のためにあと2、3人トレーナーこっちで見繕うか。」
「一応こっちでも何人かリスト入れてあるんだけど…えーっと……この人たちね。」
真剣に話をする聖を見上げた帰代は、仕事に頭を切り替えたらしい彼が神無の方しか見ていないことに気付き唇を尖らせた。
神無も仕事に集中しているらしく、聖に距離を詰めてタブレットを操作して見せている。
そんな二人のことを交互に見ていた帰代は、しばらくはおとなしく聖の服の裾で手遊びをしていたが、やがて痺れを切らした様子で立ち上がった。
「お?変ちゃんどうし、」
ようやく自分に視線を寄越した聖に満足した帰代は、彼の襟を両手で掴むとぐいと引き寄せる。
油断していた聖が大人しく腰を浮かせれば、帰代は近づいた彼の唇に可愛らしいリップ音を立てて口付けた。
「………、」
「…わー……」
勝ち誇った顔で聖を見下ろす帰代の姿に、思わず神無は赤い顔で小さく拍手する。
帰代のためにも聖のためにも日を改めた方が良いだろうか、そう考えた気遣いのできるチャンピオンはふと沈黙したままの聖へと視線を向けた。
「…ひ、聖先輩……?」
そこにいたのは、中腰のまま半開きの唇に指を当てる聖の姿だった。その瞳が明らかに劣情を移していることに気がついた神無は、ぎくりと身を強ばらせる。
嬉しそうに笑っている帰代の腕を唐突に掴んだ聖は、改めて席を立って医務室の奥にある私室へと彼を連れて向かおうとした。
まずい、そう冷や汗をかいた神無は、慌てて聖の服を掴んでその場に踏ん張る。
「ダメだ聖先輩!それ犯罪だから!!」
「いや大丈夫、今ので合意になったから。」
「相手は怪我人だぞ!?戻った時点で殺されるって!!」
分かっていない様子で大人しく聖の後に続こうとする帰代だが、このまま彼を聖の好きにさせるわけにはいかないと必死で神無は引き留めた。
一方据え膳を置かれた聖は、目の前の不気味なほど素直な帰代をせっかくだから堪能してしまおうという煩悩が心配を追い越している。
口の上手い聖を相手に説得だけでは埒が開かないと考えた神無は、純粋な力勝負で抑えてしまおうと諦めてボールホルダーを叩くのだった。
「みんな手伝って!聖先輩のこと止めて!!」
※
音を立てて聖の机の上に何かが置かれる。
視線を落としていたタブレットから顔を上げれば、そこには露骨に不機嫌な表情を浮かべる帰代の姿があった。
「やぁ変ちゃん、体の調子はど」
「忘れろ。」
騒動から数日後の昼のこと、帰代は医務室から解放されるや否や、神無から医務室への出入り禁止を命じられていた聖の元へ向かった。
机の上に置かれた煙草の箱を一瞥した聖は、頬杖をついて僅かに赤い帰代の顔を見上げる。
「やだって言ったら?」
「…俺が忘れさせてやるよ。」
「わぁ変ちゃんたら、言葉はえろいのに仕草がこわーい。」
想定内の返事に対して帰代は、拳を握りしめて聖に向けて振り被った。物理的に記憶を飛ばすつもりでいる帰代の攻撃をひらりと避けた聖は、その手を掴んで帰代へ笑みを浮かべる。
「誰にも言わないよ。」
記憶が残っているらしい帰代にとって、あの期間の自身の姿は屈辱でしかないものだろう。今すぐにでも舌を噛み切って死んでしまいたい羞恥に唇を噛む帰代を、聖は微笑ましく見守る。
「誰にも言わないし、弱みに使うつもりもないけど、せっかくだから覚えてたいんだよね。」
「…物好きな。」
「男はギャップ萌えに弱い生き物だから。」
「意味分かんねぇ。」
諦めた様子でため息を吐く帰代は、数日分の業務に戻るべく席に着く。
聖があらかじめ殆どの仕事を引き継いで進めていたため、思ったよりも少ない業務に素直に礼を言うか悩む帰代を眺める。
心地良く慣れた温度に目を細めて、戻ってきた日常に内心安堵した聖は、渡された口止めの煙草を大切ポケットにしまうのだった。
「まぁでも、神無ちゃんには謝らなきゃね。」
「先に謝りにいった。」
「へぇー…何買ってあげたの?」
「アフタヌーンティーペアチケット。」
「え、俺煙草一箱なのに?差がひどくない?」
「黙って仕事しろカス。」
終