続いている人魚姫ドラヒナの続きです。この前の話(深き者の苦悩 https://privatter.net/p/10386227)で、ちらっと出たメンダコのぷにぷにとの思い出話。伊奈架町ネタとも。
動物バカなので、色んな動物を参加させるのは楽しかったですね。
カズサ王と騎士団長のハンダとの会話を追加しました。捏造だらけにご注意下さい。
2023/08/03に上げました。
@kw42431393
魔女の家を出て、今度は上へ上へと浮上する。手に持ったお土産のクッキーを握りしめると、思わず顔がにやけてしまう。
『明日のパトロール中にどうぞ』と言われているが一つぐらい摘まんでもいいかな、とも思う。兄さんにバレたら食べられてしまいそうだしな。
「えっと、どこだったっけ?」
水深が浅くなって、少しずつ月の光が差し込んでくる。少しづつ周りが明るくなる。
周辺の景色が岩や砂、上から沈んできた動植物や物体が朽ちた物から、やがて鮮やかなサンゴ礁にかわっていくのだ。
昼間だと、色とりどりの命で賑わっていて…
「ジョンとは時々来ているけど、ドラルクともサンゴ礁を泳ぎたいな。」
飲んでいる薬が効いている間は普通に動けるので、『お姫様がおっしゃるなら、散歩ぐらいくらでも』と言ってくれているが、やっぱりあまり来たがらない。
仕方ないよな。持病があって、用事がない限りあまり移動はしない様にしているらしいから。
「そう、ここだな。」
私は、沈没船の船首に腰かける。
どれだけ経ったのかフジツボに覆われ、魚やエビ達の住処となり、朽ちていくのを待っているのだ。
夢に出てきた『ぷにぷに』とは、ここで出会った。今は空っぽの手の平を見つめる。
「ぷにぷに…元気にしてるかな。」
上を確認したが、船や人間の気配はない。それなりに深さもあるしな。
誰かを巻き込んでしまう可能性がないのを確認すると、私は遠慮なく歌う。
あの時の小さなメンダコが目を細めて聞いていた、母に教えて貰った子守歌を。
「ヒナイチ姫、お待ち下さいませ。」
「だいじょうぶだ、ルリ!わたしもパトロールにいってくるぞ!」
侍女のルリが、困った声を上げる。あの頃、私は10歳だった。もうそんなにお転婆だったのか、だと?
まぁ、それを言ってくれるな。その頃には、既に騎士団の面々と渡り合えるぐらいには強かったんだ。
「おー、ヒナイチ。どうした?」
「あ、にいさん!わたしもパトロールにいってくるぞ!」
持ち出したトライデントを振りかざして見せると、兄ことカズサ王は何でもなく言った。
「行ってこい。国境があるからな。あんまり遠い所と深い所には行くなよ?あと、食事の時間には戻ってくる事と…そうさな。」
「カズサ様、そんな軽く言わないで下さいよ。」
頭を抱えるルリを尻目に、兄が軽く目を閉じる。パチンと指を鳴らすと、頭を撫でてくれた。
「…悪い奴はやっつけて来い。守れるな?」
「りょ~かい!」
私は、元気よく城を飛び出した…そして、いきなり一つ目を破ってしまった。
「こまったな。しかも、くらくなってきたぞ。」
食事の時間も守れそうにない。遠くて、少し深い所に来たのだ。
「なぁ、おまえ。イナかいこくが、どっちかしっているか?」
大きな目がキラキラ光るキンメダイに尋ねる。彼女は、体をフルフルと振った。
「すまない、じゃあな。」
次は、一面砂地の海底に来た。オオグソクムシ達が、たむろっている。
「こんばんは。イナかいこくが、どっちかしっているか?」
彼らは顔を見合わせる様にしていたが、今度は申し訳なさそうに俯いた。
「いいんだ、ほかのものにきいてみる。」
今度は岩だらけの場所に来た。どんどん、周辺が暗くなる。
なんだか、心細くなってきた…そんな時だった。
「あれ?シャコガイだ。」
藻と共生関係にあるシャコガイは、サンゴ礁など浅い所にいるはずだ。もしかしたら、知っているかもしれない。
「シャコガイなのに、ずいぶんとふかいところにいるんだな。」
ヌフフ、伊達に長生きしてないヌよ。ニュンの頃にある人と契約をして、その人と同じ時間を同じ場所で生きられる様にして貰ったんだヌ。人魚の坊ちゃんこそ、珍しいヌね。こんな深い所に何か用かヌ?
坊ちゃんか。当時は髪も短かったし、胸も小さかっ…おい、なんだその目は?
コホン。まぁ、よく男の子と間違われたんだ。話が通じそうなので、私は道に迷っている事を伝えた。
イナ海国は、ここを真っ直ぐ行くといいヌ。それより、坊ちゃんこそメンダコの男性を知らないヌ?
どうやら、ヨシキリザメに襲われてはぐれた主を探しているのだそうだ。
ヌンが生きているという事は、殺されてはいないと思うヌけど。あの人は体が弱いんだヌ。早く探さないといけないヌ。
そう言って、彼はもっと深い所に潜って行った。
逆に、私は彼に教えられた方向に真っ直ぐ泳ぐ。だんだん水深が浅くなる。少しずつ、月の光が差し込んで明るくなっていく。
ホッとした時、ゴボゴボと激しい音がした。そちらを見ると、朽ちた沈没船があった。そして、その周辺でヨシキリザメが何かを追いかけている。
「なんだ?あれは…?」
パタパタと小さなヒレを必死に動かして、逃げている紫色の…タコ、だろうか?
私が知っているタコとは随分違う姿だった。
「おい!おまえ、そのこをいじめるな!」
その小さなタコの前に行くと、私はトライデントを構える。私の肩にしがみついたタコは、震えていた。
グルグルと、ゆっくり旋回するサメに背を向けない様にしながら、今度は私の方からゆっくりサメに近づく。

「……ッ!」
「だいじょうぶだ、わたしはつよいんだから。」
サメの口がクパアっと開こうとした瞬間を狙って、私は鼻面を突いた。そして、怯んだ隙に背びれにしがみつく。
旋回しているのは、襲う前に相手を調べているからだ。だから、私達を襲うメリットがないと分かれば、逃げていくはずなんだ。
「ほらほら、どうした?もう、こうさんか!?」
サメが嫌がって暴れている。ちょっと味見するつもりが逆襲されて、背中に乗られているんだ。さらに、トライデントでエラを突いてやると、サメは急いで上へと逃げて行った。
「……。」
「だいじょうぶか?ぺしゃってなってるぞ。よわっているのかな?」
手の平に乗せたメンダコは、プルプル震えてあまり動かなかった。ただ、億劫そうにこちらを見つめている。
「なぁ、シャコガイがさがしていたメンダコっておまえか?」
「……。」
さっきのシャコガイは、その相手を「ヌンのご主人様」と言っていた。しかし、手の中にいるこの子は言葉も通じないし、とても小さい。
違うのかもしれない。
「ふるえているな。おっと、どこへいくんだ?」
急に逃げようとしたメンダコを鷲掴みにする…チクリと手の平に痛みが走った。
「イタタ…ごめんな。きゅうにつかんでビックリしたよな。」
「…!!……。」
手の平から血が出ていた、嘴で噛まれてしまったのだ。
たいした事はないけどな。大丈夫だぞ、と声をかけると、メンダコが触手で傷をペタペタ撫でる様にした。
「ごめん」と言ってる様に見えて、とても…
「よくみると、かわいいな。すっごくかわいいぞ。」
「…!!」
手で覆う様にして、ヒレをフニフニと摘まむ。気持ちがいいのかな。トロンと眠そうな目をしているので、自慢の歌を歌ってやった。
母から習った子守歌…王国でも「とてもお上手ですよ」と評判がいいんだぞ。
「♪~♫~♩」
「……♭♩♯」
すると、下から読経の様な調子っぱずれな音が混ざった。このタコが歌ったのだろうか、顔を覗き込むと目を細めてこちらを見ている。
「うん!きめた!ぷにぷに、おまえをおしろにつれて行くぞ!せきにんもって、ずっとめんどうをみてやるからな!」
「おい、ヒナイチ。こんな所で道草か?」
急に降って来た声に、私は我に返る。上から覗き込んでいるのは、兄のカズサ王だ。
「わっ!?兄さん、びっくりし…あ~!!」
「おっと、まだまだだな。これ美味いじゃないか、陸のお菓子か。どこで…グエ!!」
横に置いていたお菓子を摘まみ食いした兄に、チョップを繰り出したが避けられてしまった。だが、私だっていつまでも盗られてばかりではない。
すかさず、ヒレで思いっきり背中を引っ叩いてやったんだ。
「いったたた。王をどつくとは…全く。」
クッキーの袋を抱え込むと、私は背中を擦って蹲っている兄に背を向けた。
「全く、油断も隙もない。これは、私のお菓子なんだぞ。」
「ふぅん、道理で…」
そうだ、子供の時もそうだったんだ。ぷにぷにを連れて帰ろうとしたら、兄が迎えに来て…
『最近、甘い匂いとシンナー臭い…妙な匂いがすると思ってたんだ。』
兄が何か言っていた気もするが、私は無視してそのまま泳ぎ出した。
「やだやだ!ぷにぷには、わたしのだ!わたしがかうんだあ!!」
「ぷにぷに…な。酷いネーミングセンスだ。よく聞け、妹よ。」
私をサメから助けてくれた少年だと思っていた人魚の子供は、この国の王女だったらしい。私を抱いて、子守歌を歌ってくれて、連れて帰って面倒を見るという。
奇特な子供だ。でも…興味が湧いた。いや、興味で終わらなかったのだ。
「ぷにぷにはな、深海の生き物だ。間違って、ちょっと浅い所に来てしまったんだろう。俺達のいるサンゴ礁では暮らせないんだ。今も弱ってるじゃないか。」
「うぇえ~ん!じゃあ!わたしが、まいにちしんかいにいくぅ!」
お姫様がカズサ王に羽交い絞めにされて、嫌々をする。
何故だろう、私も彼女から離れたくない気持ちになっていた。健康な体であったら、そのままペットにされてもいいかな…そんな気を起こしたに違いない。
それは、おそらく彼女の歌声を近くで聞いたせいだろう。
人魚の歌声には魅惑の力がある。心を奪われて海に飛び込む人間もいれば、悪い人魚に喰い殺される者もいると聞く。
あの声をもっと聴きたい、欲しい、私の為だけに歌って欲しい、とそう思い始めていたのだ。
何より薬が切れて苦しかったはずの体が、今は楽になっている。思い当たるものは…驚いて嘴で噛んでしまった時に口に入った、彼女の血と肉の破片。
それからだった。私の体を治すキーは、彼女達人魚にあるのでは…と考える様になったのは。そして、それは『中らずと雖も遠からず』の代物だった。
実際、私の元にやって来て『人間になりたい』と言って捨てて行った、彼らの下半身の骨肉や血は、今や私の常備薬になっている。
これが効いている間は時間制限や負担があるが、実は浅瀬や陸の世界にも行く事が出来る。
王族の濃い血を持つヒナイチ姫の骨肉と血ならば…完全に私を治す事が出来るのではないだろうか?
二重の意味で、私の中で彼女への執着が芽生えたのはこの時だった。
「諦めろ。お前は鍛えているから、多少は耐えられるがな。それでも、深海の水圧や水温の負担は半端じゃないんだよ。俺達とは、一緒には暮らせないんだ。分かったな?」
「ぐすっぐすっ…。」
侍女と思しき女性に宥められながら、彼女は元いた世界に帰っていく。名残惜しくて見つめていると、カズサ王の低い声が降って来た。
私の事を知っていたのだろうね、妙にドスのきいた声だった。
「お前も気をつけて帰れよ、ぷにぷに…いや」
魔女殿…と。
あの男は、やり手で喰えない王だと聞く。その当時の私はおとなしく、お姫様へ向けるこの心を諦めた。
9年の時間が経って、また再会するとは思わなかったがね。
「ジョン。あの時、君の故郷が見たいと思わなければ、あの事件に巻き込まれる事もなかったのにね。」
そして、その時の男の子だと思っていた子供が、ここに毎日来る様になったヌ。奇妙なものヌね。
何故、その時私達があの辺にいたかって?私だってね、好奇心ぐらいあるよ。体が健康なら、違う世界を見たいと思う事ぐらいある。
そんな折の事だと思ってくれればいい。
その時に作った薬は、かなり成功に近いと思っていたものでね。ジョンに案内してもらって、今まで見てみたかったサンゴ礁へと向かったのだ。
結論から言うと、その薬は失敗だったんだよ。あの事件で、人魚達の肉を使うという発想に至ったのは、さっき言った通りだ。
お姫様の前で、いつもの姿でなくて小さなメンダコの姿だったのはね。まぁ、私も伊達に魔女を名乗っていない。このぐらいの変身は出来るよ。
ところが私とジョンは、途中でヨシキリザメに見つかってしまったんだ。先にジョンを逃がした私は、変身して沈没船の隙間に隠れたのさ。
でも、やがて薬が切れて胸が苦しくなってきた。治っている訳ではなかったし、浅い所に来ていたのが余計に拍車をかけたのだろう。
対処療法として常備していた薬は、逃げる時に落としてしまった。このままでは、どちらにしても死ぬしかない…そう思った私は、沈没船から逃げ出そうとした。
そして、サメに見つかって食べられそうになっていた私を助けてくれたのがヒナイチ姫…どういう巡り合わせか毎日、契約によって私の家にお茶会にくる人魚姫という訳だ。
「どういう了見かね。美青年のロナルド王子でなく、私に関心を持ってくれて。」
『じゃあな、ドラルク。明日も来るぞ!』
あの時聞いた歌のせいで、魅惑の効果が続いているのか。
それとも、病気を治すキーが彼女にあると思いつめたからなのか。
美しく成長した彼女に独占欲を抱いているからなのか。
「私が彼女に執着する理由は、そのどれもだろうね。あの時は、カズサ王が凄んだから引いたのだ。いっそ、目の届かない陸に行って王子と結ばれてくれたら、あるいは泡となって消えてくれたら、今度こそ諦めもつくと思っていたのに。」
最低でも、彼女の肉と歌声は手に入る。それで、諦めるつもりだった。
ところが、彼女が毎日来る様になってしまって…すっかり情が移ってしまっていた。
だから、彼女を喰らう事もなく、彼女をここから逃がさない方法を探さなければならない。
あるいは、彼女を連れて誰もいない場所へ逃げ出すか。
何れにしても、いつ死んでしまうか分からないこの体では、それは難しい事だ。
私は彼女を繋ぎとめるこのお茶会を続けつつ、彼女が成人して他の人魚の国王と婚姻してしまう前に、この体を治す方法を探さなければならないのだ。
「おや、カズサ王。どうかされましたか?」
「うむ、ハンダ。パトロールご苦労。何、ちょっと…な。」
外から戻って執務室に向かう途中、俺は妹の部屋をチラリと見る。俺より先に戻ったはずだから、今頃ぐっすり眠っているかもしれない。
ヒナイチが持っていた陸のお菓子と同じ香り、ツンとした刺激臭…近頃のあいつから漂う匂いに、俺はなんとなく『だれかさん』の影に気づいていた。そして、その正体に…執念という奴か。あいつも厄介な相手を選んだと思う。
「まぁ、奴さんだけが悪いのではない。分別がなかったとはいえ、歌声を聞かせたヒナイチにも責任がある。」
「…カズサ王?」
「独り言だ。それより、ハンダ。」
目の前の騎士団長である彼を見る。
厳密には、彼の金色に光る瞳とまばらな鱗に覆われた水かきのついた手足を見る。
俺がこれから考えている計画を実行すれば、彼と同じ姿をした者達が増える事だろう。それを彼はどう思うだろうか。
「お前の母親は、陸の女性だったな。」
「お母さん…失礼、母ですか。そうです。海に泳ぎに来ていた女性で、父と出会って俺を妊娠してから、人魚になったのです。」
ハンダの父親、アキラは人格者なのだが…そのなんだ。強面というか、纏うオーラがというかが尋常でなくてな。
本人は諦めていたが、友人がいなかったのだ。いつも一人で職務をこなしていた…そんな折に、人間のアケミと知り合ったのだ。
『はじめまして、人魚さんですか?本当にいたんですね。私、アケミといいます。』
怯えた気配もなく声をかけてくれた女性に安心感を感じたアキラと、彼の持つ特殊な雰囲気を面白いと感じたアケミは交際を重ね、息子の彼…トウが生まれたのだ。
人魚と人間の混血児はまだ珍しく、双方どちらとも違う姿の彼は、当初いい目で見られなかったと聞く。
「深海の魔女の力を借りて、母は人魚となったのです。」
「故郷を懐かしがってはいないか?」
一瞬、ハンダの顔が曇る。それでも、彼ははっきり言った。
「覚悟して来たのです。父と俺といるのが幸せだと…全てを望むのは、贅沢だと言っていました。」
それは結構。しかし、全員ではないのだ。彼と契約した者全てが、後悔していない訳ではない。
「お前の家族と魔女ドラルクとは、その後もつき合いがあるらしいな?」
「今でも、お土産や出張先で採れる珍しいサンプルを渡しに行ってますよ。今も、両親は彼に感謝しているんです。」
魔女ドラルクは、「純愛で結ばれた二人を祝福したい」等と真っ当な理由で依頼を引き受ける様な男ではない。確かに真っ当な依頼も引き受けているが、何かの折に協力する様に、約束を取り付けている事もあるのだ。
しかし、彼らの場合はそれだけだろうか。
「ところで、お前の母親がこちらの世界に来るに当たって、奴はどんな条件を要求したのだ?」
「確か…父の血液と鱗に、母の人間の足、人魚となってからの血液と鱗。あと、生まれた俺の髪の毛と抜けた乳歯を要求したと聞いています。」
「ふん…?」
なるほどな…人魚の血液はともかく。
人間から人魚になった場合の骨肉にも効果があるのか、混血の息子はどうなのか、サンプルを採ったという事か。本当は肉を要求したかったのだろうが、それでは魂胆が丸見えだ。
その後、奴が人間を襲う気配がなく、母子から何も要求しない所を見ると…人肉と人間から人魚になった者、混血児の彼から採ったサンプルには、奴が望む効果がなかったらしい。
「魔女ドラルクが何か?彼から、今サンゴ礁で起こっている疫病の治療薬を依頼しているのでしょう?」
そこそこ良好な関係を築いている彼らに、真実を知らせるのは、酷だ。
それに、ハンダの言っている内容が一番の急務だが、祖国を繁栄させる為、そして、かつての判断を後悔している国民だった者達の為に考えている計画には、彼の力は不可欠なのだ。
「それもある。そして、彼をこちらに引き込む必要があるのだ。いかに自分に有利な『契約』に持ち込むかで、色々状況は変わるだろう。」
「…一体、何を言って…?」
「有利なカードは俺が持ってる…まぁ、心配ないだろうが。俺に何かあれば、王位を継ぐのはヒナイチだ。お前もあいつをガキ扱いせずに、その時は手を貸してやってくれ。」
キョトンしている彼を置いて、執務室に入る。俺は、懐からサギョウが回収したボトルレターを取り出した。人間達が使う文字ではなく、我々の文字でそれにはこう書かれている。
『父さん 母さんへ
何も言わずに家を飛び出してごめんなさい。僕は、陸のシンヨコ王国で暮らしていました。
陸は楽しい場所だと、人間の足が欲しくないかと彼に勧められて、憧れて…近々病気で死んでしまう運命なので、名前を表記してもいいですね。
深海の魔女ドラルクと契約して、人間となって、この国で楽しく暮らしていたのです。
ただ、故郷を二度と見れない事が心残りです。父さん達に、一言謝れないのが心残りです。
契約書には彼の名前を出してはいけない、破った際は命を失うとあったので、もう僕はこの世にはいないはずです。家族に頼んで、この手紙を海に流して貰います。
無事にこの手紙が、イナ海国のあなた達の元に届きます様に。 コウジ』
違う世界を生きる我々は、ずっと関わる事なく住み分けを図ってきた。だが、それには限度があると思う。
その垣根を取っ払って、双方の国民が自由に行き来できる様になったなら、それはどのような変化を見せてくれるだろうか。
他の海国の王族達からは正気ではないと言われている…じゃあ、我々が証明してやればいい。
そう考えていた矢先に届いたのが、このボトルレターだ。この青年の様な者は、他にもいるだろう。
この近年、行方不明になった人魚達は、何人もいるのだ。そして、彼らは揃って最後に深海に向かったという証言がある。魔女が関わっている事は間違いない。
ヒナイチをどこかの海国へ嫁にやって同盟を結ぶ事も考えたが、おそらく意中の相手がいて乗り気ではない。考えようによっては、他所に嫁がせなくてよかったかもしれんとも思う。
あいつがロナルド王子を助けた事で、人ならざる者達にも開放的なシンヨコ王国とのパイプラインに、そして、深海の魔女との取引材料にする事が出来たからだ。
「まあ、今度の会合で魔女殿の本性をじっくりと見せて貰おう。全てはそれからだ。」
全ては、あの魔女次第。
ドラルクがヒナイチを『ただの餌』として見ているのか、『命をかけてでも欲しいモノ』として見ているのかが、これから危険に赴く俺の命運を決めるのだ。俺の計画の成功を決めるのだ。