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Dance with monstrosity

全体公開 第五 ハス探
2023-10-25 11:37:19

2023年版🎃ハス探

Posted by @hirop573



今年もこの季節がやってきた。
オーブンの奥、膨らんでいく生地を見つめてノートンはぽつりとそう呟く。去年や一昨年と違い芳ばしい香りがキッチンに充満する中、横で話し相手であるイライが口を開いた。
「今年は何の仮装をするんだい?」
「仮装?しないよ。疲れるだけだし」
「そうなのかい。去年随分着飾ってたから今年もするのかと思っていたよ」
詫びれもなくオーブンを見ながら揶揄うイライにノートンの眉間の皺が増えていく。負の感情を感じ取ったのか、しかしそれでもイライの態度は変わらなかった。
……分かってるだろ。全部あのひとの我儘だ」
「ははは、知ってるさ。言ってみただけだよ」
……………
この男は本当にしたたかだな、と目で語ってもなんのその。これ以上言葉を交わすと自分が墓穴を掘るだけだと思い、微笑んだままの彼を放って再びオーブンに目を戻したのだった。

………………………

またやるのか」
騒つく荘園のエントランスでノートンは一枚のビラを受け取りため息をついた。
ハッピーハロウィン!と書かれた文字はここ何年と見た謳い文句だ。やってられるか。くしゃりと紙を皺にして近くのゴミ箱に投げ捨てれば、どこからともなく現れた触手がそれを受け止めた。一瞬目を見張ったが犯人は一人しかおらず、背後からの笑い声と頬を滑る触手がはっきりと物語っていた。
『付き合うのも一興ぞ』
「その義理はない」
『悪戯とやらが許されるのだぞ。常日頃の恨み辛みを晴らすまたとない機会だが』
特にないから」
『頑なか。さて
思案するフリはまるで人間そのものだ。その仕草をしている時点で答えは出ているのだろう。心の内を理解しようとしても人間のノートンには図り知れる訳もない。
しかもこちらに不利な記憶も無尽蔵ときた。
ニヤリという表現が似合う程に目を細め見下ろされれば、紡がれる言葉は敗北の合図だ。
『以前の賭け事の負積がまだ残っておったな?』
「!……くそ」
揶揄うような、興味の対象を見る視線から逃れるようにヘルメットを被り直す。がその誤魔化しで免れる事は許されないようで、触手が吸い付き取っ払うと居心地の悪い表情の顔が露わになった。
「返して」
『すべき事を為せば』
……分かったよ」
ため息を合図に邪神は歩みを進めていく。人間が追いつけるほどの、ノートンが間に合う程度の速度で。
以前であればもうしばらく攻防を続けていた言葉の応酬も、今は互いに随分丸くなったものだとノートンは背中の主、ハスターを見て思う。
(話が早くて助かるけど)

そんな事を思っている間に時は過ぎ、夕刻もとうに越え深夜に近い時間となった。
連れられた先、着替えた二人が向かったのは人の気配のないホール。大階段の上から見下ろす空間は普段の人混みと比べて圧巻で、それでいて空虚。
着せられた服は宝石がふんだんに散りばめられており、腕に嵌められたバングルの宝石も光で反射して眩しい。煌びやかな服が窮屈で堪らなかったノートンはいたたまれなくなり、急かすように名を呼ぶ。
司祭を模したらしい白い衣装を見に纏ったハスターは名を呼ばれても振り返らない。
「ハスター、したい事って何。早く脱ぎたいんだけど」
『そう急くな。我の願いを聞き入れるのであろ』
「そうだけど。好きじゃないんだ、この服」
皮肉の籠った服だ。何時間も来ていられる訳がない。
ハスターはといえばその嫌がるノートンをしばらくの間興味深く観察している。無数の瞳に見られて舐めまわされている感覚に陥るが、負けた代償故に強く言う事はできず、ノートンはあちらこちらへと視線を泳がせていた。
『さて、ノートンよ』
………なに」
名を呼ばれ、ぞわりとした感覚が全身を巡る。
そんな時はいつもの事ながら碌なことがない。名が聞こえた途端に直感が働くが、状況が状況なだけに身を任せるしかなくノートンは天を仰ぎたい気持ちで一杯だった。
しかしハスターからの意外な提案により肩透かしを食らうことになる。
『一曲』
……へ?」
『一曲、宴と洒落込もうではないか』
「ダンスって事?」
『左様』
ダンス。およそ縁遠い言葉を聞きノートンは怪訝な顔を隠さずに向けた。乾いた笑いを答えとし、ハスターは数段先に降りてノートンに手を差し伸べる。しかしその手を見たノートンは首を横に振った。
何もかもが分からないからだ。
「無理だよ。金持ちがする事なんて僕が知ってる訳ないだろ」
『その衣であれば知れるであろうて』
「だからこの服選んだのか。仮にそうだとしてあなたのあし足はどうなるのさ。僕絶対に踏む自信あるよ」
『案ずるな。その様な心配は不要ぞ』
…………どうしてそこまでしたいの」
尤もな感想を投げかけずにはいられなかった。ここまで渋っても尚変わる気配のない邪神の行いに戸惑って仕方がない。段々と眉が下がっていく気にもなる。
『そうさな。そなた達の言葉で言うならば特に理由は無い』
「本気で言ってる?」
驚いた。まさかかの邪神ともあろう存在が理由もなくと口にするとは。
『強いて加えるならば興味がある』
………
『我を讃えて来た信者の一部は富豪も少なからずいた故な』
「そう。……でも、やっぱり僕は」
『ふむならば倣ってみるとしよう』
「?」
『どうか』
「!?なっ
人間のようにお辞儀をし、こちらを伺うように見上げてきた。見たことのない行動に動揺し体がどっと熱くなる。経験のない扱われ方に気を取られ、気づけばいつものように愉悦に染まった無数の瞳が顔をのぞかせるのだ。
また、してやられたのだと。
「あんた……!」
『フ……しかし宴は真実であるぞ。さぁ来い、ノートン』
名前を呼ぶ声が脳に響く。
差し伸ばされた手を下げる気は毛頭ないのだろう。弧に歪んだ瞳はそのままに静かにこちらを見つめている。邪神にこの脆弱な空間は関係ないのだ。
嫌だと頑なになれればどれだけよかったか。そうであればノートンはおそらくここにはいない。
小さくため息を吐いて差し出された手を取る。引き寄せられた先の瞳は愉悦を潜め、時折見える慈愛を感じていた堪れなくなっていく。
「それ、やめて
『そなたは自覚がない故な。理解させるまでよ』
むっとして抗うように握った手に力を込める。
「諦め悪いな、本当に」

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「わ、待ってハスター、踏んじゃう!」
『良い。下を見るな。我の瞳を見よ』
……っ、嫌だ!」
無人のホール、一体の怪物と人間が回っている。明かりはなく窓からの月明かりのみを頼りとし、触手が這いブーツの音が響く。始めこそ躊躇しぎこちなかったが、今ではかなり慣れたようで、くるくる、くるくると回る回数が増えハスターは上機嫌だ。為すがままのノートンは踏みそうになるという危機感で気が気ではないが。
「踏んじゃ、う……え!?」
気になりすぎて下を見れば人の足が見え、ばっと顔をあげればいつもの邪神の顔だった。もう一度下を見ればそれこそいつもの触手が蠢いている。混乱し交互に見ればまたも乾いた笑い声がホールに響く。
『フ……ハハ
「〜〜〜〜!!もう!馬鹿にしてるだろ!」
『何も言っておらぬがな。そら、ノートンよ、こちらを見ていろ』
「い、やだ!」
『良いのか?知らぬ男が相手になるやもなぁ』
?」
顔を伏せた拍子に床を見れば先ほど錯覚して見た見知らぬ革靴。ピタリと動きが止まったワルツにホールが再び静寂に包まれる。途端に恐怖に染まった体は心臓の動きを早め、僅かながらに手が震えてきた。
(だれ、このひと)
腰に添えられた手が誰なのかすら。
(どうしよう、本当に、知らない、ひとだったら、)

『ノートン』

…………っ!!?」
呼びかけられ見上げると何度も見ている瞳とかちあい絡め取られた。強張った体は縋るようにその瞳から逸せず深淵を覗き続け、しかしそれを以て五月蝿かった心臓は落ち着きを取り戻していく。
呑み込まれそうなほどに屈みこちらを伺う邪神はまたも愉快に声を弾ませている。
『そうだ、我を見よ。うつつをぬかすな』
その言葉を合図にワルツは再開され、トントン、ずるずると不似合いな音がホールに響き始める。時折足は浮き立ち、降ろされればよろけ睨めば笑い声が返ってくる。この邪神がそれだけ機嫌が良いのだと思い知らされ、ノートンは益々げんなりしていく。
……ほんっと、趣味悪い……
『ククどちらに言っておる?』
「ひとりしかいないでしょ!!」
悪態もいつも通りつけるのを忘れずに、時には無言でワルツは続く。
怪物と人、聞いただけならまるで童話の中のよう。けれど見た人間はきっと卒倒するだろう。などと思いながらノートンは彼と言葉を交わしまわり続ける。
「あなたのこれは悪戯なの」
『好きに捉えよ。それとも別を望むか?』
「結構。余計な事は言わないよ、おっと」
靴を踏む感触。
けれど見下ろす事はしない。確と彼の無数の青い瞳を見つめたまま、つま先をトントンと床に付けワルツの先を促す。そうすれば僅かながらに関心が生まれたのか、いくつかの瞳がギョロリと動いた。
……ほう』
今度はそれを見たノートンが気分良く言葉を投げかける。
「悪戯成功、ってね。トリックオアトリート。悪戯したけどお菓子も頂戴、ハスター?」
『ハハハハ。よかろう。後にたんと褒美としてやろう。それならば我とて菓子も貰わねば、のう?』
別の意味を含ませた言葉と共に、するりと腰を撫でる手は背を通り、首筋を撫でる。挑発したのはこちらだ。どうせ後で貪られるなら、今だけは気丈に振る舞ったっていいだろう。
何せ今日は悪戯が許される日なのだから。
「今年のは自信作さ。去年みたいにはいかないからね」
『それは僥倖』
さて、それではもう一曲。
距離を取って今度はお互いにお辞儀をし、また手を取り合いワルツを踊る。
脅かされるもなんだかんだと付き合ってしまうのは慣れか、枷か。
それは月のみぞ知るのだろう。


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