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【DS1】陽炎たちの誓い【ラレンティウス夢】【篝火3】

全体公開 ダクソ短編 1 5 6854文字
2023-10-27 10:43:32

不死視点の不死ラレ夢
悪夢を見た不死がラレと伴侶の誓いを結ぶ話。甘め(当社比)
時間軸的には『くすぶる微熱』のしばらく後の話。

※盗賊♀うち不死注意
※大沼の架空の風習捏造あり
※連載中長編『盗賊の左手、呪術師の右手』のパラレル時空
※長編を読まなくても一応読めます

夢を見た。とても寝覚めの悪い夢。起きて真っ先に思ったのは「夢で良かった」だった。それを裏付けるように、布のマスクは冷や汗でしっとり湿っている。革の手袋も汗で肌に張り付き、握る手に合わせてぎしりと軋む音を立てた。未だに鼓動が早鐘を打っている。乱れた呼吸を整えながら起き上がると、青い瞳が心配そうにこちらを覗き込んだ。
大丈夫か?」
どうやら私は、彼の膝を枕にして眠っていたらしい。いつ眠ったのかはっきり覚えていないが、恐らく彼が斧の手入れをする横でそのまま眠ってしまったのだろう。最近はやけに眠たいことが多い。戦闘続きで体力を消耗しているだけではない。繰り返す死の中で私の体は確実にダメージを負っている。蓄積された疲労や怪我はエストを飲むだけでは癒せず、眠気という形で私を蝕み始めていた。この分では、亡者になる日もそう遠くないだろう。
「うなされていたから、起こそうとしたんだが
なかなか起きなくてな、と小声で付け加え、ラレンティウスは困ったように眉を下げた。まだ少し震える体を両腕で抱く。ただの悪夢だと分かっていても、今しがた見たその光景は瞳に鮮明に焼き付いていた。
——足場の悪い毒沼に立つ影が、私目掛けて迷いなく火球を投げつける。火花を迸らせ熱く燃え上がる火の玉が辺りを焼き尽くし、その人物のフードの内を照らし出す。その瞳は見知った青色だがそれと同時にまだ私の知らぬ色を宿して。
猛攻の末、膝から崩れ落ちた亡者は声を上げて笑う。《呪術の祖なんていないじゃないか》とでも言うような、悲痛な笑いだった。その右手の炎はやがてその身を焼くように火柱を上げ、後には何も残らない。そんな悪夢。
悪い夢を見たみたい」
未だ震える私を気遣うように、ラレンティウスは肩に手を置いて小首を傾げた。
「どんな夢だ? 悪夢は人に話すと現実にならないらしいからな」
向けられた温かい眼差しがいつもと変わらないことに安堵する。良かった、亡者になっていなくて。所詮は悪夢。ありもしない与太話に付き合わせるのは気が引けるがここまで心配させておいて、何も話さないわけにもいかない。なんて事のない世間話でもするように続ける。
あなたが亡者になって、私に襲いかかる夢」
気を遣わせないよう冗談めかして笑うつもりでいたのに、口がぎこちなく引き攣ったのを感じた。思い出したくもないあの光景の断片が不意に蘇る。夢の内容を聞き終えたラレンティウスは何も言わず、私を落ち着かせるように肩に手を置いた。
「大丈夫だ。俺は亡者になんてならない」
乗せられた彼の手はとても温かい。篝火にあたる時のような安心感と心地よい温もりがあった。生きた人間の体温。彼も呪われた不死のはずなのに、いつも熱を帯びている。彼の持つ呪術の火のせいだろうか。側にいると、自分はまだ呪われていない生身の人間だったような気さえする。
ありがとう」
顔を上げると、真昼の陽だまりのような穏やかな眼差しがこちらを向いた。
「あんたを置いて、どこにも行かないさ」
彼の声音はとても落ち着いていて柔らかかったが、私はそれが優しい嘘だということを知っている。
彼の知る呪術は一通り全て教わった。つまり、私との約束はとうに果たし終えているということだ。大沼の呪術師であるラレンティウスが何を求めてこの地を訪れたのかは、彼の口から繰り返し聞かされたから知っている。彼は呪術の祖、イザリスの魔女の痕跡を求めてこのロードランを訪れた。誰もが忌々しいと思うこの不死の呪いすら、自分は選ばれたのだと祝福したと話していた。
呪術を教える約束を果たし終えたとなると、彼が今なおここに留まる理由は、不死人が多く集まる場で呪術の祖の情報を集めることくらいだ。あるいは、恐ろしい人食いのいる病み村に再び訪れる時を先延ばしにしているのかもしれないがそうだとしても、旅立つのは時間の問題だった。彼はいつか必ずここを離れる。そんなことは、呪術に焦がれる彼の表情を間近で見ていれば分かりきったことだった。
「師匠は嘘が上手くなったね」
人差し指を彼の唇に沿わせ、そのまま唇の輪郭をなぞる。彼は「嘘、か」と小さく呟いたあと、困ったように眉を下げた。
「嘘のつもりはないんだがな。イザリスを目指したとしても、必ずここに戻るよ。そこで見つけた新しい呪術を土産にな」
「そうなって欲しい。でも、必ずそうなるなんて約束はできないでしょう」
口をついて出たのは、甚く子供じみた言葉だった。これまでの人生で、約束なんて交わしたことがない。守られるわけないことを、わざわざ確約する意味なんてない。言葉じゃ腹は満たされないからそんなもの私の人生には要らなかった。それなのに、どうして今更こんなものに縋ろうとしているのだろう。約束なんかしたところで、一人取り残される虚しさや恐怖から逃れられるわけでもないのに。馬鹿なことを言ってしまったと内心自嘲する。
彼は少しだけ目を丸くして、それから薄く生えた無精髭を撫でる。
「約束か。はは、あんたからそんな言葉を聞く日が来るなんて思わなかった! 信じられなくてもいい。でも、約束するよ。呪術の火に誓ったっていい」
彼から呪術を習う中で、色んな表情を側で見てきた。楽しげに呪術について語る口元、大沼での暮らしを懐かしむ瞳、私の身を案じて送り出す時の微笑。でも今の彼はそのどれでもない複雑な表情をしていた。
私はというと、少しずつ視界が歪んでいくのを感じた。目が熱い。雨で濡れたみたいに滲んでいく視界の中で、彼の青い瞳だけがはっきりした色彩を保っている。頬に冷たいものが流れて、口元を覆うマスクまでたどり着くと、それは瞬く間に布を濡らした。彼はそれに気付くと、温かい指先をそっと伸ばして液体を拭った。
あんたを泣かせちまった」
「泣いてない。葉露が落ちてきただけ」
「それはどうだろうな。あんたはちょっとばかり嘘が下手になったんじゃないか?」
誰の影響を受けたんだろうな?と彼はこちらを覗き込み目を細めた。むしゃくしゃしてその手を掴むと、彼は空気が抜けたみたいに声を出さずくすくすと笑った。
「約束なんか、したことない。約束ってどうやってするの」
少し濡れたマスクが気になって外している間に、ラレンティウスは右手に火を灯していた。炎はとても穏やかに波打っている。
「大沼では、呪術の火に誓いを立てる儀式がある。あんたが望むなら、それに則って誓おう」
儀式?」
「ああ。呪術師同士で約束を交わす時に使われる、古い儀式だ。今はあんたも呪術師だから丁度いいだろう?」
そう言って自らの火を見下ろす彼の目は、とても愛おしいものを見ているようだった。彼が日頃からどれだけ真摯に呪術と向き合っているのかは知っている。その呪術の火に誓うというのなら気持ちに偽りはないのだろう。頷くと、ラレンティウスは説明を続けた。
「この儀式は、互いの身体に火傷を残すんだ。揃いの火傷を残すことで誓いを忘れず、反故にしないようにってな。ということは、あんたの身体にも火傷痕ができるってことだ。よく考えて決めてくれ」
そう言ってラレンティウスは火から私の方へ視線を向ける。
火傷の痕くらい、私にとっては今更のことだ。傷跡なら沢山ある。それより気に留まったのは、この約束を持ちかけたということは彼も火傷を負う覚悟を持っているということだ。私にはそちらの方が躊躇われた。約束のためだけにこの男は火傷まで背負うのか。つくづくお人好しにも程がある。
「あなたはいいの?」
「あんたが泣き止んでくれるなら、火傷の一つや二つ朝飯前だ」
「泣いてない」
「わかったわかった」
彼は掌に火を灯した肩をすくめた。
「それで、どうする?辞めるなら今のうちだ」
「約束できるなら、それでいい」
彼に倣い私も左手に火を灯す。掌の上で激しく踊る炎はパチパチと火の粉を巻き上げた。
「分かった、誓いを立てる準備をしよう」
そう言ってラレンティウスは荷物袋から動物の骨や琥珀色の石などを取り出して、てきぱきと並べていった。何らかの呪術的意味があるであろう形にならんだそれを興味深く眺めていると、ラレンティウスは何かを思い出したように動きを止め、気まずそうにこちらを見た。
「いや、ちょっと待ってくれ。一つ思い出したことがあるんだが
言いづらそうに眉を顰めた彼に、頷きを返して続きを促す。
この儀式は、古くは婚姻の儀式として用いられていたんだ。火傷痕を残すと伴侶がいるってひと目で分かるだろう? だから、呪術師が結ばれるときにもこの儀式が行われる。俺と誓いを残せば、あんたにそのつもりがなかったとしても呪術師から見た時に俺たちは伴侶ってことになるが
ラレンティウスは不安げな笑みを浮かべながらこちらの顔色を伺う。優しさからそう言っているのは分かっているが、それではまるで《あの口付け》のことなどなかったみたいだ。互いの気持ちを確かめ合ったのだと思っていたのに、どうやら彼は違ったらしい。
盗人相手じゃ嫌?」
悪戯心五分、本音五分で皮肉ると、ラレンティウスは血相を変えて大きく首を振った。
「いや、違う! そんなことはない。それどころかむしろ、約束のついでみたいになったが
そこまで言いかけたところで彼は口を噤み、言うべき言葉を取り上げられてしまったみたいに不安げな表情になった。一番近い木の葉擦れが急かすようにサラサラと音を立て、彼の掌の炎は絶え間なくゆらめき不安定に形を変えた。それから少しして、彼は躊躇いがちに震える手を伸ばして、火を宿した私の手を握る。触れた指先の温かさが心地良くて握り返すと、彼の掌の炎は輝きを増し、大きく燃え上がった。
そして彼は何かを決意したように顔を上げる。
俺の伴侶に、なってくれるか?」
その言葉をきっかけに、時間が止まってしまったみたいに私たちはただ見つめあった。
後ろ暗い過去ばかりの私には全く相応しくない言葉。この人生で一度だって、誰かの伴侶になることなんか考えたことはなかった。路地裏で育った女はやがて盗賊か娼婦か物乞いのどれかを選ぶことになる。ボロ切れみたいに扱われる娼婦を間近に見て育った私は、その中から一番マシなものを生業にした。男の道具に成り果てるくらいなら、この両手をどれだけ汚しても構わないと誓って。だから、伴侶と言われても全く想像がつかなかった。
言葉を失ったまま、彼の瞳の色を縁にかけて濁っていく、澄んだ川底の緑青の瞳を見ていた。こんな時でさえ彼の瞳は綺麗だ。しかし、瞳はとても不安そうに泳いでいた。
「伴侶になったらあなたを私だけのものにできる?」
緊張して張り詰めた空気がふっと緩んだのと同時に、彼はこわばった表情を緩めた。
「全く、あんたらしい言い方だな。ああ、そうだ」
「なら、喜んで。ずっとあなたが欲しかった。他の誰にも盗られたくない」
伴侶になることの意味は分からなくとも、このお人好しで、触れるといつも温かくて離れがたく、どんな宝石より美しい緑青の瞳を独り占めできるというなら、悪い話ではない。
ロードランに来てからというもの、どんな時も彼の言葉に救われていた。血と罪に塗れたこの手を躊躇なく握ってくれたのは彼だけだった。その手の温もりに導かれて、私は今、ただの盗人の娘ではなく選ばれた不死として使命に向き合っている。いつだって彼の与えた火が私を守ってくれている。その手を取るのに、何も思い悩むことがあるだろう。
私の返事を聞いてラレンティウスは、呪術を気色悪いと思うか?という問いに「いいえ」と答えた時くらい大袈裟に喜んだ。
「俺もだ!」
それと同時に掌の炎も跳ねるように上方へ燃え広がり、周囲を暖かく照らした。
「あの日、口付けした時からずっと考えてたんだ。あんたはきっと縛られるのは嫌なんじゃないかってな。俺は異端であんたには使命もある。火を渡して、仮にも師なんて呼ばるようになっただろう? もし口にしたらこの繋がりが壊れちまうんじゃないかってずっと怖かったんだ」
全然相手にされていないのかと思ってた」
「まさか! 案外、伝わらないもんだな。俺からもちゃんと言わせてくれ。俺は、あんたの手を放したくない。あんたが好きだ」

彼のまっすぐな言葉が気恥ずかしくて、掌の上で力強く燃える火に目をやった。彼の言葉のせいか、それとも火の熱のせいか分からないが、頬は確かに火照っていた。慣れない感情をごまかそうとして俯くと、ラレンティウスは火が付いたように勢いよく私を抱きしめた。
「っ
啄むような優しい口付けが額に落ちる。何度も、何度も。顎を持ち上げられ、彼の顔が間近に迫る。その瞳が呪術の火を見る時のようにうっとりしているのを見て、満更でもない心持になった。唇が重なった時、彼にならこの身体全てを預けてもいいような気がした。
約束、するんだったな」
「どうしたらいい?」
「誓いの痕はどこに残したい?」
少し考えてから、胸に手を当てる。
「ここがいい」
心臓の一番近く。不死の呪い、ダークリングの上。いつか亡者になって全て忘れたとしても、誓いの火傷は残り続ける。ここに誓いを残せばきっと一番近くに居られるだろう。
「いい場所だな。俺も同じ場所にするよ」
ラレンティウスは私の頬にもう一度口付けてから、自分の胸元が見えるように上衣を持ち上げた。それに倣って、私もコルセットを緩めて上着をたくし上げた。外気に晒された箇所から鳥肌が立つ。彼は着ていた外套をふわりと私の肩に掛けた。
「準備はいいか」
火を灯していない手で私の左手を掴み、そのまま自分の胸に宛てがう。彼の肌を勢いよく焼いてしまうのではないかと思い、手を引こうとする。ラレンティウスは大丈夫だと笑いながら首を横に振った。呪術の火はまるで彼も体の一部だと認めたかのように、肌を焼くことなく燃え続けている。
目を見張る私をよそに、彼は「触れるぞ」と小さく呟いて右手をこちらへ伸ばす。胸元に触れた手は、鼓動を確かめるように肌の上をゆっくり滑っていく。その感触があまりにくすぐったくて思わず声が漏れそうになるのを飲み込む。鼓動も呼吸も全て聴かれていると思うと、息の仕方が分からなくなりそうだった。
ラレンティウスは聞いたことのない言葉で誓いの呪文を唱えた。
私の左手と彼の右手の炎が、その誓いの呪文に応えるかのように勢いを増す。火傷の痕というからには熱いものかと思っていたが、案外熱くはない。呪術の火をこの手に宿した時の方がよほど熱かった。代わりに、肌の表面にちくちくと針を刺すような痛みが断続的に与えられる。そこに何かを縫い付けるように、何度も繰り返し小さな刺激が往復する。あまり心地のよい感覚ではないが、触れている彼の手から伝わる体温に集中していれば気にならない程度だった。
「っ
ぴり、と一際鋭い稲妻のような刺激が走り顔を顰めると、彼はゆっくりと息を吐き私の胸から手を下ろした。
恐る恐る彼の胸から手を離すと、そこには赤く生々しい痕が浮かび上がっている。何もない皮膚と比べて少し盛り上がり鮮やかな肉の色をしたその痕は、めらめらと燃え上がる炎をそのまま焼き付けたような形をしていた。
自分の胸を見下ろすと、彼の胸にあるのと同じものがそっくりそのまま残されている。
外から見ても決して分からない、私達だけの秘密の誓いがこの身に刻まれている。
「伴侶になった気分はどうだ?」
あまり実感がない、かも」
「ははっ。まあ、皆そんなもんだろうな」
「盗人の私がまさか誓いを立てるなんてね。誰かの影響を受けたみたい」
私の軽口にラレンティウスはただ微笑んで、体を引き寄せた。
「ほら、このままじゃ冷えちまう」
力強い腕に外套ごと抱きしめられる。露出した素肌に触れた彼の胸元から、心地よい温もりが伝わってくる。このままもっと触れていたくて、彼の首に腕を回す。
「温めて」
それを合図に、吸い寄せられるように唇を重ねた。最初は遠慮がちに唇を食んで、それから探り合うように舌を絡める。呪術の火よりもずっと熱い舌に溶かされながら、その求めに応じるように舌をなぞっていく。
夢中で貪り合ううち、どちらからともなく互いの誓いの痕に触れた。まだ少しひりつく肌をなぞる度に、葛藤が胸を焦がす。もっと深くまで知りたい気持ちと、秘密を取っておきたい気持ちで揺れている。彼はどう考えているのだろうかと、瞼をうっすら持ち上げる。そこには、同じ問いの答えを探している青い瞳があった。
この先のことは、彼にも、私にも分からない。
だが胸に刻まれた炎は、陽炎のようにおぼろげで不確かな私たちの行く末を、きっと最期まで見届けてくれるのだろう。


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