カルみと SS
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「彼、いつもアレを付けてるんですか?」
隣から聞こえた声に、黒田矢代は顔を上げる。その視線を受けた縞斑狩魔は、相変わらず底の見えない笑みを浮かべて見せた。
ドロ課では、刑事たちの賑やかな応酬が繰り広げられている。
あの火災事件の後、手掛かりが何も得られないまま一週間が経過して、彼らの心には焦る気持ちもあった。
しかし、根詰めて調査に乗り出して体を壊しては本末転倒だと、黒田の指示で現在は余程の仕事が無い限り終業時間には退勤する日々が続いているのだ。それに従って本日も何事もなく終業時間を目前に控えた彼らは、席に座って肩の力を抜き談笑をしている。
そんな若者たちの穏やかな様子を離れた席から見守っていた黒田は、笑みを浮かべる縞斑から再び視線を戻した。
そこでは、当初より少しだけこの場所に馴染んだらしい神無三十一が、笑顔で相棒や赤星たちと話をしている。
そんな彼の掛けている橙色の液晶が嵌め込まれたサングラス型コンピュータを眺めながら、縞斑は口を開いた。
「……何がだ?」
「むしろ彼の性格なら、己の武器だって言って晒しそうなものなのに…意外だなと思って。」
知らない振りをした黒田に向けて、縞斑はそう言葉を続ける。自身の疑問を晴らすため、追い討ちのように自身の目元を指差して笑う彼の姿をじっと見ていた黒田は、やがて小さくため息を吐いた。
「…それを何故、私に聞く?」
「やだなぁ、パパなら知ってるでしょ。」
黒田と神無は全く容姿が似ていないが、あれほど神無が懐いているということは、親子の関係にあることは間違いないのだろう。
「紫の瞳が自然に発生する確率は…確か、1000万分の1だ。稀少な上に、その色は息を呑むほど美しい、ですよね?」
神無の瞳の色は他の人間とは明らかに違っていた。
液晶越しに見えるその瞳は、奇跡と呼ばれるほどの存在だ。縞斑も遺伝の関係で稀に生まれると噂に聞いたことはあるが、実物を目にしたことはまだ無い。
しかし、そんな奇跡の瞳を持つ神無は、常にサングラスを手放さない。コンピュータを搭載しているから仕事に欠かせないのだと話す彼は、出勤から退勤まで必ずそのサングラスを掛けたままでいるのだ。
最初は疑問に思わなかった縞斑も、この数日で神無の性格を知るうちに違和感を抱くようになった。
自身の顔の造形に自信のある彼が、何故その美しさをより際立てるはずの瞳を晒そうとしないのだろうか、と。
「…ひょっとして、過去にそれが原因で狙われたことでも?」
縞斑の言葉に、黒田はちらりと視線を向ける。先輩刑事である彼の硬い表情からは、その真意を全て汲み取ることは叶わない。
しかしその沈黙が少なくとも肯定を意味することは、長年刑事を続ける縞斑にも理解ができた。
「あー…なるほど、そりゃ隠すわけだ。」
人身売買が横行するほど治安が悪い国ではないが、だからこそ隠れて法の隙間を掻い潜ろうとする輩は一定数存在する。
稀少な瞳を持ち、尚且つ恐ろしく顔の整った少年である当時の神無は、そんな輩に目をつけられて下校の途中に連れ去られかけたのだ。
「…………未遂で済んだが、怖い思いをさせてしまった。」
幸いなことに、別の事件の調査で偶然現場付近を歩いていた赤星が異変に気付き、神無は無傷のまま救助された。
しかし、まだ幼い神無の心に深い傷をつけたその一件をきっかけに、彼は開発途中だった眼鏡型のコンピュータをサングラスに作り替えたのだった。
「…彼がいつか、信頼して瞳を晒せるような人に出会ってくれると良いのだが……」
「まぁ…難しいでしょうねぇ、彼が刑事であるなら尚更。」
刑事である以上、危険な現場に足を運ぶ機会も、犯人と相対する機会も絶えないだろう。
犯人の記憶に特徴のある容姿を残すことは、逆恨みの被害を被りかねない。その観点から鑑みると、神無の瞳は致命的な弱点となるかもしれない。
「あぁ、そうだな。………でも、」
冷静に分析する縞斑に頷いた黒田は、視線を神無へと戻す。気配に気がついた神無はふと顔を上げると、花が咲いたような笑みを浮かべて黒田に手を振った。
そんな無邪気な彼に手を振り返した黒田は、穏やかな表情を縞斑へと向ける。
「私たちが独占するのは勿体無いほど、綺麗な色なんだ。」
初めて目にした黒田の崩れた表情に、縞斑は思わず言葉を失って目を瞬く。
彼が襲撃を受けたのは、それから数日後のことだった。
※
ぺたぺたと素足のまま廊下を歩いた縞斑は、寝室の扉をノックして中へ足を踏み入れる。
「神無ちゃん?風呂場にコレ、置いたままだったよ。」
言いながら手の中のサングラス型コンピュータを見せれば、ベッドの上で本を読んでいた神無が顔を上げた。
「あ……ごめん先輩、忘れてた。」
「いえいえ。はい、どうぞ。」
本をサイドテーブルに置いた神無の隣に腰を下ろして、縞斑は彼に忘れ物を手渡す。
礼を言って微笑んだ彼は、本の隣にそれを丁寧に置いた。そんな彼に向けて、縞斑は湧き上がる悪戯心のまま言葉を続ける。
「かけないの?」
「えっ、だってこれからすぐ…に……」
その言葉に目を丸くした神無は、そこまで言葉を紡いでふと意味深な笑みを浮かべる縞斑の様子に気がついた。
その発言が墓穴であることに気がついた彼は、ぼふりと音を立てる勢いで赤面して両手で口を塞ぐ。
時既に遅し。縞斑は更に笑みを深めて、こくりとわざとらしく首を傾げて見せた。
「すぐに、なに?」
「………ばか。」
不貞腐れたように唇を尖らせる神無の姿は子供のようで、縞斑は思わず声を上げて笑う。
ますます頬を膨らませる神無をこれ以上揶揄うと、今日はへそを曲げてお預けを喰らってしまうかもしれない。そう考え直した縞斑は慌てて謝ると、神無へ両手を広げて見せた。
「おいで、神無ちゃん。」
視線を逸らしていた神無は、様子を伺うように縞斑をちらりと見やる。
遊ばれたことは気に食わないが、久しぶりに互いの休みが重なった逢瀬をこのまま終わらせたくない。神無だって、今夜を楽しみにしていたのだから。
機嫌を直したていを装って、神無はおずおずと縞斑に向き直る。両手を広げた彼へせめて仕返しというように、神無は体重をかけて飛び込んだ。
「お、っと…」
「ふふん、隙あり。」
難なく神無を受け止めた縞斑は、ベッドに体を預けて倒れ込む。得意げにそんな彼の顔を見下ろした神無は、そっと縞斑の唇へ口付けた。
乾燥をものともしない柔らかい唇が、何度も可愛らしいリップ音を立てて縞斑を誘う。
その誘いに導かれるように、手を伸ばした縞斑は彼の後頭部を引き寄せて唇の隙間から舌を滑り込ませた。
「ん…っ、ぁ」
ぴくりと体を震わせた神無は、何度目とも知れないその貪るような口付けに対して、未だ慣れない様子で懸命に応えている。
上顎を擽り、歯列を辿る舌先に甘噛みをして、舌を擦り合わせて高め合うその行為に、ぎゅうと目を閉じた神無は生理的な涙を滲ませた。
「ん……んッ…ふぁ、ぁ…ん」
「…っは……大丈夫?」
「ぷは…っ、だいじょ…ぶ…」
眉を寄せて苦しげに胸を叩いた神無を合図に唇を離せば、肩で息をしていた彼は強がって頷く。
涙の絡んだまつ毛に唇を寄せる縞斑を見下ろす神無の蕩ける瞳は、息を呑むほど美しい菫色だった。
夜明け前の空や海の色によく似たその色を見上げていた縞斑は、無意識に彼の頬に手を這わせる。
「…なぁに?」
親指の腹で目尻を撫でて、食い入るように全てを魅了する瞳を見つめた。
擽ったそうに目を細めた神無は、くすくすと笑いながら首を傾げる。
あの日の穏やかな景色が、脳裏に蘇った。
「あぁ…確かに、とても綺麗だな。」
独占したくなると言ったら、彼の父は自分を追い払ってしまうだろうか。
そんな仄暗い本音を飲み込んで、彼はもう一度唇を奪った。
終