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真夜中に祝福を

全体公開 神無三十一受け 18 35 6381文字
2023-10-31 00:00:05

神無さん誕生日記念小説 第一弾:アサギリ編
カルみと要素あり シナリオネタバレあり

 
10月31日 0:00


 今日も仕事を終えた神無はいつものように帰宅した後、風呂を済ませて自室に戻ってきた。

 「ふぅ

 小さく息を吐いてベッドに腰掛ければ、濡れた毛先からぱたりと雫が手の甲に落ちる。持っていたタオルで拭う神無の体は根が張ったように動かない。

 「つかれた……

 最近のドロ課はアンドロイド絡みの事件に追われており、神無は毎日激務に追われている。
 今日神無が帰宅できたのも、連日残業で警視庁に泊まり込んでいる彼を心配した青木が帰宅を命じたからだった。
 それを命じた青木も、随分家に帰れていない。それでも部下である神無を休ませようとする彼の優しさに今回は甘えたが、出勤したら彼にも休んでもらわなければ。
 そう考えた神無だが、髪を乾かす気力が全く起きない。ベッドに腰掛けたままぼんやりと端末を操作していた神無は、突然画面が着信に切り替わったことに小さく肩を振るわせた。

 「びっくりした……

 端末を取り落としそうになりながら慌てて画面を確かめれば、そこに表示されていたのはアサギリの名前だ。
 スパローのリーダーである縞斑の右腕として組織を支えている彼は、非常に生真面目なアンドロイドで、有事の際以外神無への連絡は一切ない。
 こんな時間に一体どうしたのだろうか、そう考えながら応答を選択すると、空中に投影されたモニターに映像が映し出される。カメラ通話らしいそのモニターを覗き込めば、そこには見慣れた白のアンドロイドが相変わらずの無表情で映っていた。

 『こんばんは、神無さん。』
 「アサギリ、こんばんは。」

 縞斑に代わった緊急の用事だろうかと身構えた神無だったが、スパローの休憩室のソファに腰掛けて静かに話すアサギリの様子を見て僅かに緊張を解く。
 
 「こんな時間にどうしたんだ?」
 『えぇ、実は神無さんにお伝えしたいことがありまして。』

 緊急の用事ではないのならば、尚更内容の見当がつかない。不思議に思って首を傾げた神無に対して、アサギリは丁寧に切り出した。
 彼が更に言葉を続けようとしたその時、唐突にモニターの両脇から小さな影が飛び出す。

 『みといー!!』
 『誕生日おめでとう!!』

 手に持ったクラッカーを鳴らして明るい声を上げたのは、スパローでアサギリたちと共に生活している双子のニトとリトだった。
 驚いて目を瞬く神無に向けて満面の笑みを浮かべたニトは、身を乗り出して口を開く。

 『なぁなぁみとい!びっくりした?!』
 「……めちゃくちゃびっくりした
 『やったやった!大成功!!』
 『ちょっとニト!もう寝てる子もいるんだから静かにしなさい!!』

 得意げに飛び跳ねるニトを叱ったリトは、両手で彼の口を押さえて声を遮った。そんな彼らのことを見下ろしていたアサギリがぽつりと呟く。
 
 『二人とも、打ち合わせと違いますよ。』
 『レオが話をしてからのはずだったのに、あんたが飛び込むから!』
 『ぷはっごめんごめん!だってその間に先越されたらだめじゃん!!』

 口々に話す賑やかな彼らを眺めていた神無は、ふと部屋のカレンダーに視線を向ける。
 今日は10月31日、神無の誕生日だ。
 そのまま視線を落として枕元の時計を見れば、日付が変わって僅か十数秒が経過したばかりだった。

 『ねぇみとい、僕たち一番乗り?!』
 「えあ、あぁ、今日お祝いしてくれたのは三人が初めてだよ。」
 『やったぁー!ミッションコンプリート!!』
 『もうニトったら
 『大丈夫ですよリト、周囲にアンドロイドや人間の気配はありませんから、ニトの声で目を覚ます者は居ないかと。』

 口々に話す子供たちの頭を撫でるアサギリは年の離れた兄のようで、神無は言いようのない懐かしさを覚える。
 彼らはどうやら、日付が変わった瞬間に神無を祝うべく連絡を寄越したらしい。順番を争って嬉しそうに自分を祝う子供たちの姿に、神無の頬も緩む。

 「ありがとな、めちゃくちゃ嬉しい。」
 『ほんと!?実は僕たちね、みといに誕生日プレゼントもあるんだぞ!!』
 「プレゼント?」

 祝いの言葉だけでも嬉しいのに、まだ贈るものがあるらしいニトとリトはぱたぱたとモニターの外へ走っていった。
 その背を目で追ったアサギリが、転ばないように気をつけてください、と注意する。彼の言葉に元気よく返事をした二人は、やがて慎重に大きな皿を持ってモニターの前へと戻ってきた。

 『じゃーん!誕生日パイ!!』
 「パイってもしかしてパンプキンパイか?」
 『そうよ。レオに教わってふたりで焼いたの。』

 皿の上に乗っていたのは、少しだけ不恰好な網目模様が並ぶパイだった。表面には塗られた卵黄がつやつやと黄金色に輝いていて、こちらまで甘い匂いが漂ってきそうである。
 彼らは今日のために、神無の大好物であるパンプキンパイをアサギリに教わって何度も練習したらしい。
 
 「ありがとう、すげぇ美味そう。」
 『だろー!』

 自信満々に拳を固めるニトの様子を見ていた神無は、それはそうと、と視線を彷徨わせた。
 前述の通り、現在ドロ課は事件の処理に追われて立て込んでいる最中だ。今のドロ課の状況では、スパローに顔を出すのは少し先になってしまうかもしれない。
 どう伝えればニトとリトを傷つけずに済むだろうかと思案する彼を見て、ふとアサギリが口を開いた。

 『神無さんが次にここに来る時までに、また練習しましょうね。』
 『う、たたしかに……ここちょっと焦がしちゃったんだよな
 『そうね三十一、スパローに来る日が決まったらリベンジするから絶対教えなさいよ!』

 アサギリに促されたふたりは、気まずそうに皿の反対側を向ける。焦げて割れてしまったパイの一部をそっと神無に見せた二人は、次こそはと意気込んだ。

 「あぁ、楽しみにしてる。絶対連絡するから。」
 『うん!また遊びに来て!』
 『みんな楽しみに待ってるからね。』

 今回焼いたパイはみんなで食べて、次に神無がスパローに行く時にはもっと立派なパイを焼き上げようと双子は顔を見合わせる。
 明るく笑って頷いた彼らを見守っていたアサギリが、その背中を軽く叩いて部屋の外へと促した。

 『さぁ、夜更かしは神無さんに挨拶するまでという約束でしたよね。』

 普段は子供たちの夜更かしを良しとしないアサギリだが、神無の誕生日を祝うために起きていたふたりを叱れなかったのだろう。
 挨拶をしたら眠るという約束をしていたらしい彼らは、素直に頷くとソファから立ち上がった。

 『はーい。』
 『おやすみレオ、神無も。』
 「ニト、リト、おやすみ。ありがとう。」

 手を振るふたりに神無も笑顔で手を振りかえす。モニターの外でしばらくはぱたぱたと廊下を歩く足音が聞こえていたが、やがて部屋に戻ったのか静けさが戻った。
 ふたりの足音を聞き届けるまで黙っていたアサギリが、改めて神無へと向き直る。その仕草を見て、通話の場所にいるのは二人だけだと察した神無はアサギリに小さく頭を下げた。

 「アサギリ、フォローありがと。」
 『いいえ。元々そのつもりで作ったものですので、お気になさらず。』

 ニトとリトにしばらくスパローに行くことができないことを伝えることを躊躇う神無に代わって、アサギリはふたりに話をしてくれた。
 申し訳なさそうに眉を下げる神無だったが、アサギリも現在のドロ課の目の回る忙しさはディーノから通信で聞かされていた。ニトとリトにも、すぐには来ることができないだろうから、神無がスパローに来た日にもう一度作ろうと話してあったのだ。
 相変わらず抜かりのない彼の様子に小さく笑えば、今度はアサギリが頭を下げる。

 『急なご連絡、すみませんでした。今日もお仕事でしょう。』
 「あぁでも今日は午後休の予定だから気にしないで。」
 『左様ですか。』
 
 貴重な睡眠時間を削ってしまうことを懸念していたらしいアサギリの様子に、神無は慌てて手を振って平気だと笑って見せた。
 一日休んでも良いと言う青木を説得して、どうにか半日に留めてもらったのだ。用事があるとはいえ、この忙しい時期に丸一日職場を抜けるのは気が引ける。
 帰って休めば良いから、と神無が伝えれば、アサギリは僅かにほっとした様子で息を吐いた。
 表情がほとんど変わらないアサギリだが、最近は彼の考えることが神無にも少しだけ分かるようになった。この一年でアサギリの感情表現が豊かになったのか、神無がアサギリのことをよく理解したのか、そのどちらもだったら嬉しいと神無は笑う。

 「あれそういえば、だらだら先輩は?一緒にいないの?」

 アサギリがいるのであれば、その主人である縞斑も側にいるのではないか。そう疑問に思いモニターの中を見回す神無を見て、アサギリはあぁと気がついた様子で口を開いた。

 『マスターは仕事が立て込んでいて、数日前から部屋に引きこもっています。』
 「そっか……まぁそっちも忙しいよな。」

 ドロ課がアンドロイド絡みの事件に追われて忙しいということは、スパローも同様だろう。彼の声を聞いたのは、事件の情報共有のための事務的なやり取りが最後だった。
 仕事よりも優先して欲しいとは言わないが、声が聞けないことは少しだけ寂しい。口にはできない小さな心の蟠りを持て余して神無が困ったように笑えば、アサギリはため息を吐いて言葉を続ける。

 『今話をしたら仕事を投げて会いに行きそうだから、部屋に閉じ込めてほしい、と。』
 「え?」
 『数日前、マスターが私に言いつけた事です。』
 「えぇなにそれ……

 リーダーとして仕事を疎かにするわけにはいかない縞斑はしかし、恋人である神無に誕生日を祝う言葉を真っ先に贈れないことを悔やんでいた。
 声を聞いたら我慢が効かなくなって、仕事を投げ出してでも彼に会いに行きかねない。自分に信用がない縞斑が取った苦肉の策は、仕事が終わるまで相棒に頼んで部屋の中から出られないようにすることだった。

 『メッセージは送るけれど、一番に目に入らなかったら悔しい。かと言って他の誰かに通話の一番を取られることも嫌だから、自分に代わって私に一番乗りを勝ち取れと。』
 「そんなわがまま言ったのかよあの人……

 言いながらメッセージ画面を表示した神無は、いくつかの祝いの言葉を古い順に並べ替える。先頭に表示されたのは、縞斑が私用に使っている端末からのメッセージだった。

 「わぁ、メッセージの一番乗り先輩だ。」
 『うちのマスターが、ご迷惑お掛けします。』
 「それはいいけど……俺からもごめんな、わがまま言ってアサギリのこと困らせて。」

 一番に拘って自分を想ってくれることは嬉しいしくすぐったいが、それに巻き込まれたアサギリの心中を思うと素直に喜べない。
 余裕のない恋人に代わって神無が謝れば、アサギリはもう一度ため息を吐いて頷いた。そうして彼は気を取り直したように橙の瞳を神無へと向ける。

 『とはいえ、マスターの指示を置いても、一番に神無さんのことを祝えることは私も嬉しいですので、どうかお気になさらないでください。』
 「ほんと?」
 『えぇ。こんな機会がなければ、私が貴方に誰より早く連絡を寄越すことはなかなかありませんから。』

 神無に真っ先に連絡を寄越すのは、相棒であるディーノか、スパローのリーダーであり恋人でもある縞斑だ。アサギリからの連絡があったとしても、伝達の速さを考えてディーノから神無へ伝えてもらうことが多い。
 そのため、アサギリが神無に誰よりも早く連絡を入れたのは、彼と知り合ってから初めてのことだった。

 『改めて誕生日おめでとうございます、神無さん。』
 「うん、ありがとうアサギリ。」
 『神無さんがいるから、マスターは今も生に執着できるのですよ。』

 あの事件で元相棒とその妹を失った縞斑は、生存意欲が欠落した時期があったように思う。
 スパローのリーダーとして席に就いてからも、ふっと煙のように姿を消して何処かで死んでしまうのではないかとアサギリは心配していたのだ。
 しかし彼は、やがて半分の呪いと約束を背負う神無に対して心を許すようになり、ある時アサギリに彼を想っていることを打ち明けた。
 犯罪組織のリーダーである自分が、刑事である神無を想うことは許されないことだ。そうアサギリに咎められることで自身の恋心に諦めをつけようとしていたらしい縞斑だったが、大切な主人の想い人が自分の良く知る友人と聞いたアサギリの口から、反対の言葉など出てくるはずがなかった。

 『彼の大切な人になってくださり、本当にありがとうございます。私からもお礼を言わせてください。』
 「お、おぉなんか照れるなぁ。」

 縞斑の信頼する相棒から深々と頭を下げられた神無は、言葉通りはにかんだ表情を浮かべる。
 熱い頬に手を当てる彼の姿を見ていたアサギリは、小さく笑って言葉を続けた。

 『もちろん、私自身も神無さんには感謝していますよ。』

 本拠地へ乗り込んだあの時、動揺を隠せなかったアサギリに代わって、自分の家族を破壊する汚れ役を引き受けたのは神無だった。
 アンドロイドが苦手だと泣いていた神無だが、アサギリを心配するその優しさは確かに彼の心を救ったのだ。

 『私をアサギリというひとつの存在として扱ってくださることを、本当に嬉しく思います。』
 「……そんなの当たり前だろ。」

 普通のことだと惚ける神無だが、それが如何に難しいことであるかをスパローに長く席を置くアサギリはよく知っている。
 縞斑が神無を愛する理由が、アサギリにはよく分かる気がした。

 『つい、感傷的になってしまいましたね。すみません。』
 「いいよ、アサギリは普段そういうの出さないんだからさ。だらだら先輩がいない時くらい思ってること好きに話しちゃえ。」
 『……そうですね。仕事をさぼって惚気話を一時間以上話すマスターには、そろそろ灸を据えるべきかと悩んでいます。』
 「せんぱーい、聞こえるー?あんまりわがまま言ってるとまじでアサギリに捨てられるぞー。」

 あれからアサギリが培ったユーモアに、神無はけらけらと楽しげに笑いながらそう声を上げる。ひとしきり笑った彼が小さく欠伸を噛み殺す様子を見て、アサギリはそろそろ通話を切ろうと口を開いた。

 『それでは神無さん、おやすみなさい。』
 「おう、おやすみ。」
 『今日が素敵な一日になることを、こころより願っています。』
 「うん、ありがと。」

 頷いて手を振る神無に、ぎこちなく手を振り返すアサギリの姿を最後に通話は終了する。
 端末を充電モードに切り替えた神無は小さく息を吐くと、掛け声と共にベッドから起き上がって手洗い場へと足を向けた。

 「へへ、」

 まだ誕生日は始まったばかりだ。
 今日が素敵な日になるように。そんなアサギリの願い通り、さっそく幸せで心がふわふわと躍る神無は足早に廊下を歩いた。
 髪を乾かしたら、明日に備えて眠らなければならない。けれど、少しだけ。
 そう言い聞かせて、神無は送られてきたメールの一覧を起動する。彼は手始めに、一番上で主張している恋人のメッセージを読むことにした。

 少しだけ、始まったばかりの今日という素敵な日を味わってから眠るのも悪くないかもしれない。





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