神無さん誕生日記念小説
第三弾:NPC編
NPC×🎃要素あり
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
10月31日 15:00
「…ただいま。」
玄関の扉を開けた神無は、挨拶を呟いて自宅へと足を踏み入れた。
当然部屋の中から声は返ってこない。それに対して寂しさを覚えるたびに、挨拶を口にすることを止めようと思う神無だが、長年染みついた癖は簡単には無くすことができなかった。
仕事が立て込む以前に、神無は今日の午後から半休を取っていた。黒田の入院する病院から、時間のある時に診断を聞きにくるよう言われていたのだ。
それならば誕生日に顔を出そうと考えていた神無だったが、事件に追われ慌ただしいドロ課を前に予定を立て直して半休を中止しようとも考えた。
しかし、そんな神無に行ってくるよう青木たちが背を押したのだ。黒田もきっと神無の誕生日を祝いたいはずだからと言われて、彼は好意に甘えることにしたのである。
「コーヒー…まだあったっけ。」
鞄を置いた神無はぽつりと呟くと、早々に部屋着に袖を通してキッチンへ足を向けた。
最後のひとつらしいコーヒーのドリップパックを手に取ると、あとで買い足しておかなければと記憶しながらマグカップを取り出す。
湯を掛けるたびにもこもこと膨れるコーヒー粉をぼんやりと見つめながら、神無はつい先ほど病院で医者から聞かされた言葉を呟いた。
「…覚悟、か。」
黒田の診断について、呼び出されている時点で良い知らせではないのだろうと大体の予想はしていたつもりだった。
外傷は回復したものの、植物状態の人間の生存率は2〜5年を過ぎた途端急激に下がる。呼吸器感染症や多臓器不全、全く原因が分からないまま命を落とす事例も少なくないらしい。
20年近く眠り続けて目を覚ました例はあるが、黒田の年齢を思えばそれほど長い目で見ることもできないだろう。
医者から告げられた話の内容は端的に言えば、この先治療を続けても目を覚ます確率は低いこと。その上で治療を続けるのであれば止めないが、相応の覚悟が必要であるということだった。
良い香りの漂うコーヒーに、角砂糖をざらざらと淹れて牛乳を注ぐ。マグカップを手にソファへ腰掛ければ、神無の体から力がどっと抜け落ちた。
「したつもりだったのにな。」
ぽつりと呟いた神無の言葉は、静かなリビングに転がって消える。啜ったコーヒーは彼好みの出来のはずだが、何故か全く味がしなかった。
診察の後、神無は久しぶりに黒田の病室に顔を出した。ベッドの上で眠る彼はひどく痩せ細っていて、刑事だった頃の面影がほとんどない。
手を握って、名前を呼んで、話をして。そうすればきっと黒田は、誕生日である神無を祝うために目を覚ますはずだと、彼は心のどこかで信じたかったのだ。
けれど現実は、漫画やドラマのような展開にはならないらしい。相変わらず目を覚ます気配がない黒田に別れを告げて、今日も神無は一人で帰路を辿った。
ちらりと神無はリビングの壁掛け時計を見上げる。時刻は15時を過ぎた頃、縞斑が家を訪れる約束の時間まで3時間も余裕があった。
「もう少しぎりぎりまで…仕事してればよかったな。」
去年までの誕生日は、家に帰れば黒田と赤星が必ず二人で祝ってくれた。
黒田が神無の好物ばかりの料理を並べて、赤星がケーキを買ってきて、どれだけ忙しい時でも三人の時間を作ってテーブルを囲んだ。
温かく丸い笑い声が響く一年前の記憶は朧げだった。笑う二人の顔を鮮明に思い出すことができなくなったのは、いつからだっただろうか。
「…さむい。」
ぽつりと呟いた神無は、マグカップをテーブルに置くと膝を抱えて顔を埋める。
アンドロイドが苦手である神無に配慮して、家電は全て一世代以上前のものを黒田が選んでいるため、神無の声を聞いても暖房器具は作動しなかった。
自分で電源をつけなければ、いつまで経っても部屋は暖まらない。そんな当たり前のことを二人と離れた神無はようやく思い知ったのだ。
「……ん、」
小さく鼻を啜って両腕を摩ったとき、部屋の中にインターホンの鐘が鳴り響いた。
「…誰……?」
縞斑が来る約束はまだ数時間先の予定だ。仕事柄生活用品の買い出しは全て宅配任せだが、それもまだ多少余裕があるため注文していない。
怪訝な表情を浮かべて立ち上がった神無は、玄関扉に設置されたカメラの映像を表示する。
そこには、今時珍しい人間の配達員の姿があった。
『こんにちはー!神無さんにお荷物預かっております!!』
「え、い…今行きます!」
宅配業界は特にアンドロイドの導入が進んでいるため、人間の社員は殆どが建物内の管理業務を担っている。
今でも人間の配達員を呼ぶことは可能だが、注文時にあらかじめそのように連絡をしておく必要があった。
つまり荷物の送り主は、神無がアンドロイドが苦手であることを理解している。その上で宅配を直接送れるように人間の配達員に変更したのだろう。
神無のアンドロイドへの恐怖感情を知るのは、あの事件に居合わせたドロ課とスパローの者たちだけだ。彼らの中の誰かが自分に届け物を寄越したのだろうと考えた神無は、返事をすると慌てて玄関に向かう。
「すみません、お待たせしました。」
遅れたことを配達員に謝りながら扉を開けた神無は、視界に広がる鮮やかな紫に目を瞬いた。
配達員の抱えていた荷物は、小さな四角い箱と大きな紫の花束だ。それらを唖然と見つめる神無に、配達員は笑顔で伝票を見せる。
「神無三十一さんでお間違いないですか?こちらに受け取りのサインをお願いします!」
「は、はい…ええと、」
一体誰からのプレゼントだろうか、そう考えながら神無は伝票の送り先に目を向けた。
「……え…?」
そこに並ぶ文字は神無のよく見知った名前だ。けれど同時に、二度と出会うことも、こうして何かを贈ることもできないはずの人物だった。
「あの、これ…赤星透也って、」
「え?えぇ、送り主の方ですが……」
「えっと、そんなわけないと思うんですけど…」
困惑する神無を目にした配達員は、不思議そうな表情を浮かべながらも改めて荷物の確認を行うために端末を起動する。
その姿を見守りながら、神無は渡された伝票の文字をじっと見つめていた。送り主の名前には確かに『赤星透也』と記されている。
赤星は、神無が兄のように慕っていた存在だ。しかし、あの事件の始まりや神無のトラウマのきっかけは赤星にあり、有馬を主人とするアンドロイドだった彼は多くの人間を傷つけた。
「っ、」
自分を庇う血濡れと彼の姿が一瞬脳裏を過った神無は、慌てて小さく首を横に振る。
あの日、彼は研究所の爆発に巻き込まれて死んでしまった。事件の後に跡地を探した縞斑からも、彼のスタックは見つからなかったと聞かされたのだ。
彼が生きているはずがない。けれど、神無がアンドロイドが苦手であることを知った上で、こんな趣味の悪い悪戯を仕掛けるような者は誰もいない。
まさか有馬の関与していた組織の手引きだろうか、そう疑う神無のもとに、無線を終えた配達員が戻ってきて声を掛けた。
「確かに赤星さんからの贈り物です。一年ほど前に人間の宅配で予約されたもので……」
「…一年前……」
一年前の今頃は、事件を解決するために奔走していた真っ只中のはずだ。その頃にはまだ赤星も黒田も、元気に暮らしていたことを覚えている。
ふたつのプレゼントはこの数日の間に発送したものではなく、その頃の赤星があらかじめ今日届くように手配していたものだった。
「あー……ありがとうございます…すみません、サインですよね。」
「はい!こちらにお願いします!!」
何も知らない配達員をこれ以上困らせてはいけないと考えた神無は、慌てて伝票にサインをして手渡す。受け取りを確認した配達員は、小さな箱と大きな花束を神無に手渡した。
「それでは、確かにお届けいたしました!ご利用ありがとうございます!」
「ご、ご苦労様です。」
溌剌とした笑顔で頭を下げる配達員に会釈をして、荷物を手に神無は扉を閉める。足音が遠かったことを確認してから施錠した彼は、玄関扉に背中を預けて花束に視線を向けた。
「…桔梗だ。」
改めて確かめた紫の花は、美しく咲き誇る桔梗だった。蝋のように滑らかな花弁をそっと撫でた神無は、脳裏にいつかの記憶が蘇る。
桔梗は、昔赤星が神無に贈った花だ。10月31日の誕生花なのだと言う彼は、自分らしくないプレゼントだろうかと照れくさそうに笑っていた。
「こっちは…?」
花束から白い箱に視線を向けた神無は、サングラス型コンピュータを起動して金属の探知を行う。
表示された緑の画面を見て、発信機や盗聴器が付いていないことを確かめた神無は箱と花束を手にリビングへと足を向けた。これらは赤星個人が送ったもので、有馬やそれに関わる組織の手が加えられている心配はないようだ。
安堵した神無はテーブルの上にふたつを置くと、箱の蓋をそっと開いて中身を確かめた。
「このケーキ……」
箱の中には、ホールケーキがひとつ収まっていた。真っ白の生クリームと柔らかいスポンジの上には、色とりどりの果物がたっぷり乗っている。
それは去年、神無が誕生日に店頭でどちらを買うか悩んだケーキの片一方だった。
買い物に付き添った赤星が苦笑いする中、長い時間頭を抱えて悩んだ末に神無はもうひとつのチョコレートケーキを選んだのだ。後ろ髪を引かれる神無に赤星は、来年はもう片方にしようと言って笑っていたことを思い出す。
「…こんなにたくさん、一人じゃ食べ切れないって……」
小さいとはいえ立派なホールケーキだ。いくら神無でもひとりで平らげることは難しいかもしれない。
ぽつりと呟いて笑った神無は、ふとテーブルに置いた花束の中にメッセージカードが添えられていることに気がついた。
一度ケーキを冷蔵庫に仕舞った彼は恐る恐るカードを手に取って中を開く。そこには、見覚えのある懐かしい角ばった文字が並んでいた。
『誕生日おめでとう どうか幸せに』
たった一文だけが綴られたメッセージカードを、神無はじっと見つめて深い息を吐く。
赤星は一年前のあの時から、自身が死ぬ覚悟をしていた。だから彼はきっと、あの時点で来年の神無の誕生日プレゼントを用意していたのだろう。
「……ばか。」
ぽつりと呟いた神無は、花束を抱えたままリビングを出た。スリッパを履くことを忘れて、裸足のままぺたぺたと廊下を歩いた彼は、廊下の一番奥の部屋の前で足を止める。
扉を開けて中に入れば、そこには相変わらず机とベッドだけが置かれた簡素な部屋が広がっていた。
歩み寄った神無はベッドに背中を預けて倒れ込む。腕の中の花束を抱え直して寝返りをうつ神無だが、シーツからはもう彼の匂いはしなかった。
「…ばかとおや。」
誰かを家に泊めることがあっても、この部屋だけは絶対に使わないようにしていた。
他の部屋と変わらずに掃除をして、いつでも彼の帰る場所がここにあるように。そうしていればいつか、突然彼が何事もなかったように帰って来るのではないかなんて、そんな淡い希望に神無は無意識に縋っていた。
「言えよ、ばか…。」
あのメッセージとプレゼントは、彼なりの告げられなかった別れとけじめだ。
きっともう彼はここには帰ってこない。生きていたとしても、二度と神無の前に姿を現すつもりはないのだろう。彼の覚悟を突きつけられた神無は、桔梗の花を抱き抱えて膝を抱えた。
「ほんと…頑固な兄ちゃんで困っちゃうにゃー…なんて、」
無理やり笑みを浮かべて茶化していなければ、涙が溢れてしまいそうだった。熱いものが込み上げて張り付く喉を必死で動かして、震える声に明るい色を乗せた神無は目を閉じる。
柔軟剤と微かな花の匂いが、穏やかな陽射しの差し込む室内を包み込んだ。
連日の激務によって疲れていた心と体は、感傷に浸る神無を睡眠という現実逃避に誘う。
柔らかいシーツに身を預けた神無は、襲い来る眠気に身を任せて意識を手放したのだった。
※
橙色の小さな光が、リビングをぼんやりと照らす。
幻想的なその光景を見つめていた幼い神無は、その光に向けて大きく息を吹いた。ぼ、と音を立てて消えていくろうそくを見届ければ、反対の席の黒田と、隣の席の赤星が笑顔で拍手をするのだ。
「誕生日おめでとう。」
「おめでとう、三十一。」
祝いの言葉を贈る二人に、神無は明るい声で返事をして笑みを浮かべる。そうして彼は早速切り分けられたケーキへとフォークを伸ばした。
鼻の頭に生クリームをつけたまま甘いケーキを味わう神無を見て、笑った赤星が手を伸ばす。
クリームを掬った赤星の指先に神無が唇を寄せて見せれば、彼は困ったように笑って神無の頭を撫でた。
「三十一、よければこれも受け取ってくれないか?」
そう言って彼は、包装された薄い箱を神無に手渡す。リボンを解いて丁寧に取り出すと、中には金色の栞が入っていた。
繊細な細工で花を形取ったその栞は、チェーンで繋がる先にゆらゆらと涙型の紫色の石が揺れている。
この栞の花は桔梗で、神無の誕生花なのだと赤星は得意げに話した。瞳と同じ色のその花は、神無に相応しい花だと彼は笑っていたのだ。
「ーーーーー。」
神無はそう呟いて笑うと、隣の赤星に抱きついた。
赤星が恐る恐る両手を伸ばして、神無を胸に抱き寄せる。そんな彼の姿を、黒田は微笑ましく見守っていた。
赤星の胸に耳を押し当てた神無は、じわりとそこから伝わる温もりと心臓の鼓動を聞く。
これはきっと夢だ。
昔の記憶に、自身の都合の良い事情を押し付けて成り立つ夢の世界なのだと神無は頭の端で思った。
人間だとしてもボイドだとしても、兄である赤星の愛情は何も変わらない。
けれど同時に、体温と鼓動を感じた瞬間、この景色が夢なのだと気づいてしまうことがどうしようもなく悲しかった。
いつの間にか滲んでいた神無の涙を拭って、赤星は心配するように顔を覗き込む。
神無の愛情を映すその瞳は神無の記憶通りか、それとも都合の良い夢か、朧げな記憶では分からなかった。
ありがとう。
ごめんなさい。
さようなら。
伝えることができなかったいくつもの言葉が溢れて、涙が止まらない神無は彼の胸に顔を埋めた。
優しい体温と、背中を撫でる手のひらに導かれて、神無の意識が少しずつ白んでいく。
「ーーーだいすき、おにいちゃん。」
驚いたように目を瞬いた赤星が、くすぐったそうに笑う。目を細めて、愛おしそうに手のひらで髪を掻き混ぜるその手の感触がひどく懐かしい。
そこにあったのは、朧げな記憶の中でも確かに見覚えのある赤星の笑顔だ。
幾度となく見てきた彼の優しい笑みが、確かに神無を愛したことの証明だった。
終