神無さん誕生日記念小説
第四弾:縞斑狩魔編
カルみと要素ありあり
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
10月31日 18:00
「ーーとい…!三十一!!」
体を揺さぶる手の感触と、すぐ近くで聞こえる焦った声に、神無はゆっくりと閉じていた瞼を開けた。
「……ぅ…?」
けぶる視界で何度も瞬きを繰り返せば、目尻に集まった涙が一斉に頬を伝っていく。
止まることを知らないその合間でどうにか顔を上げれば、そこには不安そうな表情を浮かべて神無を揺さぶる縞斑の姿があった。
「…だらだら…せんぱい……?」
「……大丈夫?」
「ん……うん、あれ…?なんで…」
頬を撫でる縞斑の震える手のひらに無意識に擦り寄った神無は、何故彼がここにいるのだろうかと首を捻る。
何気なく視線を向けた壁掛け時計は、すでに18時を指し示していた。縞斑との約束の時間まで寝てしまったことに気がついた神無は、ぱちぱちと目を瞬く。
「……ずっと寝てた…?」
「…あぁ。姿が見えなくて探した。あんまり泣いてたから起こしたけど…ごめんね。」
約束通りの時間に神無の家を訪れた縞斑は、静まり返った室内を見回して冷や汗をかいた。
玄関のカメラには三時間前に来客の記録があり、そこから誰かが家を出入りした様子はない。それにも関わらず神無の姿が何処にも見当たらないのだ。
あの事件以降特に動きはないが、天城の息子である神無は有馬を操っていた組織にいつ狙われてもおかしくない。
組織が何か行動を起こしたのかもしれないと考えた縞斑は、慌てて家中を探し回り、花束を抱いて泣きながら眠る神無の姿をようやく見つけたのだった。
「ご、ごめん…!呼んだの俺なのに、」
「こんな時に気なんか使わなくていいよ。」
申し訳なさそうに慌てて起き上がる神無だが、縞斑はその背を支えて宥める。
神無が縞斑にもこの部屋は決して貸さないことや、一年前の調査で集めた情報から察するに、この部屋は赤星の部屋だったのだろう。
どんな経緯かまでは縞斑には分からなかったが、赤星からの誕生日プレゼントらしい桔梗の花束を抱えた神無は小さく頷いた。
「…心配かけてごめん。」
「いや、無事なら良かった。…リビングに戻ろう。お花も生けてあげないとね。」
いまだに沈んだ表情の神無だったが、縞斑にそう促された彼は再びこくりと頷く。
大切そうに花束を抱える神無の手を引いて、縞斑はリビングへと足を向けた。ふらふらと覚束ない足取りで追いかけた神無は、扉が閉まる直前で部屋の中を振り返る。
「…今度、この部屋整えるから……手伝ってくれる?」
「いいの?」
「だってもう、きっと、」
「彼の決めたことはともかく、神無ちゃんが無理してそれに合わせる必要はないんじゃない?」
机の上に置かれたままのメッセージカードの内容から感じ取った彼なりの覚悟を、聡い縞斑も察したのだろう。
自身の感情の整理より、最期まで神無を愛そうと抗った彼の意志を尊重しようとする様子は危うくて、気付けば縞斑は咄嗟にそう口にしていた。ぐっと神無が押し黙る。
「彼がそうであるように、君の思いも誰かに左右されるものじゃなくていいと思うよ。」
「……だらだら先輩は、いやじゃないの?」
「いいや?家族思いの優しい子だなって思うけど。」
そろそろ行こう、そう言って縞斑が神無をリビングへと促す。頷いた神無は小さく鼻を啜ると、扉を閉めてその後に続いた。
※
縞斑に連れられて戻ったリビングは、彼が予め暖房器具をつけていたらしく暖かい。
昔黒田が食卓に彩りを添えようと使っていた花瓶を丁寧に洗って、処理を終えた桔梗の花を生ける。みずみずしく咲いた紫の花弁を撫でる神無の横顔を、縞斑はキッチンから見ていた。
「枯れる前にプリザードフラワーに加工してもらう?」
「うーん……いいや。最後までここでお世話するよ。」
プリザードフラワーは、あくまで枯れるまでの時間を先延ばしにするだけだ。5年も経過すれば色褪せて劣化してしまうだろう。
いずれ枯れてしまうのならば、自然に身を任せて見届けようと神無は思ったのだ。
その姿や生き様を見た神無が何を思い、誰を思い浮かべているのか、職業病で咄嗟に推察しようとした縞斑はそれを止めた。
「はいどうぞ。熱いから気をつけて。」
「あ…うん、ありがとう。」
出来上がったココアとコーヒーのカップを手に、縞斑はリビングへと戻る。神無の手にココアのカップを渡すと、彼はそのまま神無をソファに座らせた。
自分の家であるにも関わらず、神無は未だに居場所なさげな仕草でソファに浅く腰掛ける。そんな神無の隣に腰を下ろした縞斑は、彼がそっとココアを口に運ぶ様子を見守った。
砂糖と生クリームがたっぷり溶けた甘いココアを飲んだ神無は、ほうと小さく息を吐く。赤く腫れた目尻と瞼を指の背で撫でながら、縞斑は彼の顔を覗き込んだ。
「…落ち着いた?」
「……うん。」
「そっか、なら良かった。」
泣き疲れた体にじわりと染み入る優しい味を転がして、神無は縞斑の肩に頭を預けた。珍しく素直に甘える彼の姿に驚いた縞斑だったが、それを表に出すことなく神無の頭を撫でる。
しばらくその拙い手のひらに身を任せていた神無はふと、テーブルの上に見慣れない小さな白の紙箱が置いてあることに気付いた。
「先輩、あれなに?」
「あ…あー…あれねー……」
指を指す先を辿った縞斑は、気まずい表情を浮かべて言葉を濁らせる。そんな彼の様子を見て神無が首を傾げれば、縞斑はぽつぽつと話し始めた。
「ケーキ…どれがいいか分からなくて、いくつか買っちゃったんだけど…」
「うん。」
「赤星ちゃんと被ったなーと思って。」
「…あー」
神無の自宅に来るまでに買ってきたケーキをしまおうと冷蔵庫を開けた縞斑だったが、中にはすでに先客がいた。
「俺のやつは結構種類があるから…明日にでもドロ課に持って行ってディーノちゃんたちと食べてよ。」
ホールケーキを持ち込むより、縞斑が買った種類様々なカットケーキの方が職場で分けやすいことだろう。
幸い神無は、明日は昼から出勤予定だ。その時にでも持って行って元同僚たちと食べてもらえれば良いと考えた縞斑だが、それを聞いた神無はおずおずと首を傾げる。
「…でも、いいの?」
「やだなぁ、そんなことで嫉妬するような大人に見える?」
「見える。」
「お、おぉ…そっか…。」
冗談のような口調でそう言った縞斑に向かって、神無はこくりと深く大きく頷いた。
即答に押されて苦笑いを浮かべた縞斑は、誤魔化すように自身のカップを傾ける。そんな彼の横顔を見上げた神無は、悪戯心が湧いて口を開いた。
「心配しなくても、電話はアサギリが一番だし、メッセージはちゃんとだらだら先輩が一番だったよ。」
「ぶは、ッ!?」
神無の言葉を聞いた途端、縞斑はぎくりと両肩を揺らして口に含んでいたコーヒーを吐き出す。
布巾を取ってきた神無は想像以上の反応に笑みを浮かべると、ぼたぼたと彼の顎を伝うそれが服の染みになる前に丁寧に拭った。
「…アサギリちゃんから聞いたの?」
「うん。」
数日前、立て込む仕事とこのままでは恋人の誕生日までに終わらないという焦りに苛まれた縞斑は、自ら宣言をして部屋に篭ったのだ。
加えて他の人間に神無を祝う一番乗りを奪われるくらいならば、相棒に代わってもらおうと恥を承知で頼み込んだのである。
思えばあの時縞斑は、アサギリに口止めを忘れていた。
「あー……うわ…うわぁ…恥ずかしい…」
「今更かっこつけなくても。」
「家族にまで張り合うのはあまりに格好悪いでしょ……」
項垂れる縞斑を、珍しいものをみたという表情で楽しげに笑う神無は、彼の前髪を捲って赤い顔を見上げる。
「だらだら先輩、ほんとはどうして欲しかったのかにゃ〜?」
「………なに?」
「今日はかっこ悪い先輩がもっと見たい気分だなーって思って。」
小首を傾げて無邪気に笑う神無は、余裕の崩れた縞斑が新鮮で嬉しくてたまらないらしい。
恋人に恥を晒した挙句、もっと見せろと強請られてしまった縞斑は、思わず火照る頬を押さえて視線を逸らした。
「あっ照れてるー!可愛いとこあるじゃん!!」
「今日はもう売り切れです。」
「えー!誕生日権限!!売って!!」
「あーもう…わかった、わかったから。」
ここぞとばかりに縞斑を揶揄う神無は、彼が諦めて降参の姿勢を取ると嬉々として身を乗り出す。言葉を待ち侘びる神無から視線を逸らした縞斑は、口元を覆ってぽそりと小さな声で呟いた。
「…俺の買ったやつも…食べて欲しい、です。」
「ふーん、そっかそっか。仕方ないなぁ。」
望んだ言葉を聞くことができた神無は、満足そうに笑って頷くと縞斑の頭を撫でる。
子供を褒めるようなその仕草に、流石に年上としての威厳を取り戻さなければと縞斑は焦りを覚えた。そんな彼の心境を知ってから知らずか、神無が得意げに胸を張る。
「心配しなくても俺、全部食べるから!!」
「いや…君の健康を損ねたら、それはそれで俺はディーノちゃんに怒られるのよ。」
どちらも大切に思う神無が選びきれずに糖分を過剰摂取すれば、恋人の監督不行き届きだと言ってディーノに叱られるのは縞斑なのだ。
複雑な立場で言葉を濁らせる縞斑を見て、結局神無は妥協策として二人のケーキを一切れずつ食べることを提案した。
二人の選んだケーキへ、交互にフォークを入れながら、神無は頬を押さえてぱたぱたと足を躍らせる。
「〜〜っ!おいしい!!」
「それなら良かった。」
「だらだら先輩にもあげる!あーんして!」
クリームとフルーツが沢山乗ったショートケーキと、さっぱりとした爽やかな甘さのチーズケーキに舌鼓を打った神無は、甘さが控えめのチーズケーキを掬って縞斑の口元に持って行った。
慣れた様子で口に含んだ縞斑は咀嚼しながら頷いて見せると、自身の皿に盛ったチョコレートケーキを掬う。
「ありがとう。はい、こっちもどうぞ。」
「いいの?」
「食べたいって顔に書いてある。」
縞斑が選んだケーキ屋は、神無が普段から贔屓にしている店だった。そんな神無が、縞斑が選んだチョコレートケーキのことも名残惜しそうに見ていたことを彼は知っている。
図星だったらしい神無は、照れたように慌てて視線を逸らした。そんな彼の唇に掬ったチョコレートクリームをちょんと付けて笑えば、誘惑に負けた彼はおずおずと口を開いて迎え入れる。
「おいしい?」
「……うん、」
「なら良かった。」
甘さ控えめに作られたチョコレートケーキは、甘いものがさほど得意ではない縞斑も最後まで食べることができる美味しさだった。
赤い顔でもぐもぐと咀嚼しながら頷く神無の頭を撫でて、縞斑は自分のケーキを数口で平らげる。
そんな彼の一方、神無はふたつのケーキをじっくりと味わいながら大切に食べていった。
上に乗っていたミントまで丁寧に食べ終える頃には、先ほどの照れも忘れて両手を合わせる。
「ごちそうさま!だらだら先輩、ありがとう!」
「どういたしまして。…神無ちゃん、ちょっと後ろ向いてくれる?」
笑顔の神無に向かってそう言えば、こてんと首を傾げた神無が素直に縞斑に背を向けた。
「なに?」
「いいって言うまで目も開けないでね。」
「えっ、えっ!?ほんとになに?!」
不思議な指示を出す縞斑の様子に、ますます首を傾げた神無は、それでも警戒することなく言われるままに目を閉じる。
縞斑は鞄を探ると、小さな紙袋から中身を取り出した。金属の擦れる僅かな音を聞いた神無が音の正体を探っていると、自身の胸元に小さな何かが当たる感触に気がつく。
「…?」
「……はい。もう開けて大丈夫。」
向きを確かめるように触れていた何かを指先で整えた縞斑は、そう言って神無の肩に手を置いた。
神無はそっと目を開くと、真っ先に自身の胸元を見下ろす。部屋の明かりを浴びて輝くシルバーのリングが、細いチェーンに繋がれて彼の首を飾っていた。
「……リングネックレス…?」
「そう。一応サイズも合わせておいたんだけど…戦闘の時は刀を握るし、公に身につけさせるのもあれかなと思って……」
リングを持ち上げて、繊細に施された彫刻を見つめる神無の背後で、縞斑はいつも通りの口調でつらつらとそう話す。
まるで準備してきた台本のようだ、そんな彼の違和感に気がつくことができるようになったのは、この一年で縞斑のことを良く知った証拠かもしれない。
神無は顔を上げて背後を振り返る。不思議そうに目を瞬いて首を傾げる縞斑をじっと見上げて、彼は口を開いた。
「それだけ?」
「え?」
「本当に、理由ってそれだけ?」
「……それだけだよ。どうかした?」
神無が縞斑を理解したように、縞斑も神無のことを理解している。真意を探るために発したその言葉を正しく汲み取ったらしい縞斑は、目を細めて感情の読めない表情のまま笑った。
縞斑への説得において、言葉だけでは神無に勝ち目は皆無だ。
しかし、そこで大人しく屈するわけにはいかない。勝つためには自分の持てるもの全てを武器として使うべきだ、そう考えた神無は腰を上げて縞斑の左手を掴む。
「お?」
「……手、出せ」
「なぁに神無ちゃん、急にチンピラみたいになっちゃって、」
神無が縞斑に勝るものを上げるならば、今も触れた指先の違和感や細かな情報から絶えず回転を続けている頭脳と、やんわりと振り解こうとする縞斑の力を抑えることができる筋力だ。
不意打ちならばともかく、純粋な力勝負では敵わないことを知っている縞斑は、言葉で茶化してこの場を逃れようとする。
その態度から神無は、自身の立てた予想が的中している確信を持って、縞斑の左手に嵌められたままになっていた皮手袋へと手を伸ばした。
「………、」
するりと外された布の下、縞斑の薬指には神無と同じシルバーのリングが嵌められている。
縞斑の指と顔を交互に見る神無の視線に居た堪れなくなった彼は、ふいと視線を逸らして苦笑いを浮かべた。
「…自分だけちゃっかり嵌めておいて、俺の指には通さない理由は?」
「あー…ははは」
「誤魔化すな。」
ネックレスを選んだ理由の中には、もちろん戦闘で刀を握る神無への配慮もあるだろう。
しかし、自分用のリングの存在を隠していた縞斑のその態度から、決してそれだけが理由ではないと神無は確信していた。
笑ってその場をはぐらかそうとする縞斑の逃げ道を塞ぎ、神無は唇を尖らせて頬を膨らませる。
このまま逃げ出せばへそを曲げるぞと言外に脅せば、誕生日にわざわざ恋人の機嫌を損ねたくない縞斑は諦めて小さく息を吐いた。
「……通したら、いよいよ君のことを離してあげられなくなるから。」
縞斑は、自身が他人に執着する人間であることを理解している。必要以上に束縛して自由を奪うつもりはないが、自分ではない誰かに神無を横取りされることだけはどうしても耐えられなかった。
「とはいえ、他の人間に見せつけて虫除けしたいですって言うのも大人としてどうかと思って……」
神無を狙って近づいた人間に牽制するために少し前から支度を整えた縞斑だが、いざ渡すとなった途端尻込みしてしまい、結局チェーンを追加してネックレスにして手を打つことにしたのだ。
「……アサギリまで使って牽制したくせに、なんでそこは小心者なんだよ…」
息を吐いた神無は、脱力して縞斑の膝に頭を預けて倒れ込む。俯いていた縞斑の顔を伺うように手を伸ばせば、その手を取った彼は、悪戯が見つかった子供のように気まずそうな表情で神無を見下ろしていた。
「…神無ちゃんに、余裕のない大人だと思われたくなかった。」
「じゃあもう今更じゃん……」
縞斑狩魔という男が思っていたよりも余裕がないということは、昨晩思い知ったばかりだ。
神無は呆れたように笑うと、身を起こして付けられたネックレスを外す。チェーンから外れて手のひらの上に転がったリングを手に取ると、神無は縞斑の鼻先に突き返した。
「ちゃんとつけ直して。」
「…いいの?」
「ここまできて腹括らないような意気地なしと付き合った覚え、俺にはないけど。」
「その言い方はずるいなぁ……」
ふんと鼻を鳴らして胸を張れば、縞斑は痛いところを突かれた様子で力なく笑う。
そんな縞斑に向けて左手を差し出すと、彼の手のひらが恐る恐るその手を取った。
神無から返されたリングを、そっと薬指に通す。指の根元にぴったり収まったそれをまじまじと見つめた神無は、やがて花が咲いたような笑みを浮かべた。
「へへ…うれしい。」
「きつくない?」
「んーん、いつ測ったの?」
サイズを合わせたとは言った縞斑だが、驚くほどそのサイズは神無の指にぴったりだ。
いつの間にここまで正確にサイズを測定したのだろうかと首を傾げる神無に対して、彼はますます言いづらそうに視線を逸らす。
「ディーノちゃんに、神無ちゃんの指を測ってくれたら秘蔵の写真をあげるって言って…」
「俺の相棒のこと買収すんなよ…」
縞斑はディーノを物で釣って、神無の指を正確に測定してもらったらしい。記憶を振り返った神無は彼の言う通り、数ヶ月ほど前にやたらと手を握りたがる相棒に怪訝な顔を浮かべたことを思い出す。
ディーノの中の流行なのだろうと当時は全く気に留めていなかったが、思えばあれは神無の指の測定を行う口実だったのだろう。
「庁内で仕事するとき、指につけていい?」
「それは…俺としては願ってもないけど。」
新設して間もないドロ課には、伝達や書類の都合で度々他の課の刑事が顔を出すことがある。噂好きな女性刑事が指輪を嵌めた神無の姿を目撃すれば、彼に恋人がいるという話は一日で庁内中に広まることだろう。
恋人がいると知って少しでも神無を狙う人間が減るならば、それは縞斑の思惑通りだった。
「あんたとお揃いだって気づく人は、ドロ課の人くらいしかいないだろうし。…それに俺だって、あんたのものだって証が欲しくないわけじゃないよ。」
スパローと協力して捜査を行うことは度々あるが、縞斑との関係を公にすることは決してない。この先、アンドロイドと人が共存できる平和な世界になれば可能かもしれないが、それもまだ遠い未来の話だ。
左手を部屋の灯りにかざした神無は、照明に照らされて輝くシルバーリングに口元を緩める。
「だから、ありがとう。今すごく幸せ。」
「……もー…ほんと、神無ちゃんって…」
言葉通り幸せそうに微笑む神無の腕を引いて抱きしめた縞斑は口の中で、敵わないな、と呟いた。
一回りも年下の青年にここまで心乱される自分が情けないが、そうさせてしまうほどに彼は魅力的なのだ。
奪われてなるものかと躍起になって何が悪い。そう開き直った縞斑は息を吐くと、神無の唇にそっと口付ける。
触れ合った柔らかい彼の唇からは、甘い生クリームの味がした。
「君が好きだよ。」
「俺も、先輩のことが大好き。」
「…相談せずに決めたこと、許してくれる?」
「んー…しかたないなぁ」
多少は自身の執着と暴走を反省しているらしい縞斑は、僅かに眉を寄せて肩を落とす。目に見えて萎んでいる珍しい恋人の姿を見た神無は、機嫌良く彼の唇に自分から唇を重ねて笑った。
「誕生日プレゼントに、先輩の時間を夜までくれたら許してあげる。」
ぱちぱちと目の前の縞斑が瞳を瞬いて呆ける。更に珍しい彼の驚いた顔を見ることができた神無は、満足そうに触れ合っていた唇を離そうと身を引いた。
「…ん?」
しかしその体はいつの間にか、腰回りが縞斑の手によってがっちりと固められていることに気付く。
離れることができない違和感に神無が首を傾げて再び顔を上げると、そこには満面の笑みを浮かべるいつもの縞斑の姿があったのだ。
「…神無ちゃん、明日の仕事は午後からだったよね。」
「え、そ…そうだけど…?」
おずおずと頷く神無を見て、縞斑の笑みが深くなる。嫌な予感を敏感に察知した神無は、冷や汗を垂らしながら身じろいだ。
「せ、せんぱい、顔こわい、」
「そう?」
小さく首を傾げて惚ける縞斑は、神無の抵抗を許さないというように腕に力を込めた。
おそるおそる縞斑を見上げる怯えた猫のような神無に向けて、彼は用意していた誘い文句を甘く呟く。
「俺としては…夜までと言わず、朝まで受け取ってもらうつもりで来たんだけど。」
「……それって、」
「受け取ってくれる?」
神無の顔を覗き込んで笑う縞斑は声色こそ疑問の形をとっていたが、その瞳の奥には有無を言わせない確かな情欲の熱が燻っていた。
「や…やさしく……してもらえると…」
「明日の仕事に支障がないように、最低限の努力はしよう。」
「…できれば最大限の努力にしてほしいにゃー…?」
「煽った君が悪いよね。」
調子に乗って煽りすぎた。逃れられそうにない腕の檻の中で、いよいよ自身の発言が彼に火をつけたことに気がついた神無は、冷や汗を垂らしながら生唾を飲む。
そんな神無を見つめる縞斑は、勝ちを確信した大人気のない笑みを浮かべて最後の選択を迫った。
「それとも、いらない?」
「ぐぬ…」
顔を赤く染めて唸る神無をくすくすと見下ろす彼は、すでにこの勝負の勝ちを確信している。負けず嫌いの精神がそんな彼に仕返しをと叫ぶが、そんなことをしたら今度こそ明日の仕事に支障を来たすという冷静な思考がそれを宥めた。
頭を抱えて悶々と脳内会議を繰り広げていた神無は、やがて諦めて思考を放棄すると小さく俯くように頷く。
「ほ、ほしい…。」
「うん。ありがとう。」
そんな神無の頭を撫でた縞斑は、一度腕を解放して彼の手を取ると慣れた足取りで寝室へ歩みを進めた。
その背を追って扉の前に辿り着いた神無はふと、足を止めて縞斑の手を引く。
「あのさ、今日は…その…小さい電気つけたままでもいい?」
「それは…俺としては嬉しいけど、なんで?」
神無は必ず、部屋の電気を消したがる。夜目の効く縞斑にはある程度見えているが、恥ずかしさで爆発してしまいそうな神無の逃げ道としていつも受け入れていたことだ。
自ら明るくても構わないという神無の心変わりの理由を尋ねれば、彼は左手をじっと眺めて心底幸せそうに笑った。
「…指輪が見えたら、幸せだなーって思って。」
ぴしりと縞斑は固まって神無を見つめる。
最中に指輪をつけたお互いの手が見たいから、普段は暗くする部屋に灯りを残したい。そんな自身の発言が縞斑の理性を木っ端微塵に叩き割ったとは思ってもいない神無は、くふくふと楽しそうに笑っていた顔をふと上げた。
「ひぇ…」
そうして神無もとい不憫な小動物は、恐ろしい形相の縞斑を見上げて悲鳴を漏らし青ざめる。
「へぇー……」
「や、せんぱい、これちが、」
「見る余裕あげられなかったらごめんね?」
「ちがう!ちがうからほんとに!!」
慌てて逃げ出そうとする神無だったが、縞斑はそんな彼の手を絡め取ってにこにこと笑った。
「こらこら、返品は不可だよ。」
「クーリングオフが無いなんて詐欺だ!!」
「今のは完全に君が悪いからねー。」
目の色を変えた縞斑に連れられて、神無は寝室へ促される。
ぱたんと、音を立てて扉が閉まった。
きっと明日の朝は、腰を抱えて唸ることになるのだろう。せめて午後の出勤までには痛みがましになることを祈りながら、神無は甘い時間に酔いしれるために思考を投げ出すのだった。
終