キングさんお誕生日おめでとうございます2023
今年はコバルトさんとのお話。エクセキューターの存在だけ出てきますが名無し。任意の人物をあてはめてお読みください。
@kyono29
「今日はお前の誕生日だろう。だから少し仕事を依頼したい」
呼び出された出会い頭にそう言われて、赤毛の男は眉間に深い皺を刻み込んだ。
アイダ星、アーシャ大陸。今日も変わらずオムニアム放射線の脅威は蔓延し、そこかしこにハイエナやラヴェンジャー、ミュータントが跋扈している。そんな中でも人々は地に足をつけ、前を向いて今日を生きる。ここにもまた、今日を生きている者たちがふたり。
青い大きなツインテールの髪を揺らしながら、眼鏡の奥で大真面目に瞳を輝かせるのは、ベンジス重工に勤務する整備士。コバルトと名乗る小柄な女性。
「……お前の言葉の繋がりが理解できないんだが。なんだ? 仕事の報酬に豪勢な誕生日プレゼントでも用意してるってか?」
巷ではキング、と呼ばれる赤毛にサングラスの男は眉間の皺を深めたまま、不機嫌そうな態度を隠しもせずに思ったことをそのまま言った。
「ああ、すまない、説明不足だったな。お前の言う通り、だいたいそんなところだ」
そんな不機嫌さも意に介さず、コバルトは淡々と言葉を続ける。
「誕生日祝いにお前の武器を改良してやろうと思ったんだ。だがアイディアが浮かばなくてな。……それで、また少しあの場所に戻ろうかと思うんだ。そこでインスピレーションを得たい」
あの場所、という一言ですぐに見当がつく。ああ、とキングの表情が少し和らいだ。
「ずいぶんとあの場所と名前に向き合えるようになったようだな、ルーニス」
やや念を押すように、キングはコバルトの本当の名を呼んだ。
「……まあ、な。お前と……あのエクセキューターのおかげだ」
ふいに浮かぶ共通の知り合いの顔。
「わかった。こっちとしてはカネが入れば問題ない」
「うむ、助かる。では早速向かうとしよう」
そうしてふたりが訪れたのはキリオン鉱山。常に陰鬱な空気が立ち込めて、下を向いて生きている者がほとんどの鉱山労働の街であり、彼らの故郷。寂れたビルの合間から差し込む天の光は、この鉱山の下層には届かない。
「あいつ……まだここで働いているんだな」
目的地へ向かう道中のこと。ふいに目についたかつての知人を見て、コバルトは呟いた。鉱山で働いていた頃、まだ幼い子どもだった自分たちの遊び相手になってくれた優しい大人だったように記憶している。歳を取って、腰も曲がって、それでもまだ、ここで仕事をしている。ふたりの姿には気づいておらず、ふたりもまた、声をかけるようなことはしなかった。周囲を見回せば、まだここに来たばかりなのか真新しい作業着に身を包んだ者もいれば、新しい作業着が支給されないのか、ボロボロの風貌のまま作業に勤しむ者もいる。見た目は違えど、皆やることは同じ。ここにいる誰しもが、ここで停滞を続けている。
「ここを出ない者も多いな」
「出ないんじゃない、出られないんだろ」
キングの言葉に、コバルトは静かに頷いた。
「ここを出たところで、どうしたらいいかわからない。だからここにいるしかない。そういう奴から徹底的に搾り取るのが上の奴らだ」
「……ああ」
「俺もお前も、ここから出てなかったらどうなってたんだろうな」
鉱山と鉱山を繋ぐ鉄橋を歩くふたり分の足音が反響する。片方の小さな足音が、少しだけ弱まった。
「さあな。たら、れば、の話をしたところでどうしようもない。それに、お前がここを出ない、なんてことはありえなかっただろう」
「と、言うと?」
「手段がどうあれ、お前は何がなんでもここから這い上がっていたように思う。……それにしても、珍しいな。お前が無駄話だなんて」
今度は大きな足音のほうが弱まって、小さな足音が先を行く。
「話でもしてねえと、ここの嫌な空気でうんざりしそうだからな。ったく、付き合わせた報酬はしっかり頂くぞ」
「もちろんだ。――と、着いたな」
ふたりが足を向けたのは、とある寂れた実験室だった。幼少期にコバルトが見つけた、廃棄された実験室。まだ彼女が『コバルト』とは名乗っていなかった頃、生まれながらの才能なのかそこにある機械の構造を瞬時に理解し設備をたちまち修繕し、秘密基地として長い時間を過ごした場所。キングも幾度となく足を踏み入れたことがある。扉を開けて中に入れば、無機質な機械たちが静かに出迎えてくれた。防衛機構たちが語り掛ける、『おかえりなさい、ルーニス』という言葉。己の体温を持たない冷たい機械の言葉は、彼女の心を温める。
「――で? ここでどうインスピレーションを得るっていうんだ?」
「うむ。ここにはお前が置いて行ったものも結構あるだろう。そこから何かを得られればと思ったんだ」
「大したものは無いと思うがな」
「お前にとってはそうでも、私にとってはそうではない。……例えば、ああ、これなんか懐かしいな」
そう言いながらコバルトが手に取ったのは、錆びついて使い物にならない工具セットだった。
「私が機械に興味を持ち始めた頃にお下がりでもらったものだ。これを使っていろいろと機械をいじっていた。……お前が大人に反発して暴れて壊したりした機械もこれでよく直していたな」
「そうだったか?」
すっとぼけたようにキングが言う。コバルトは微かに口角を上げ、苦笑いを浮かべた。
「そのおかげでお前が壊したものはどう直したらいいかよくわかるよ」
雑然とした作業台の上を見回す。この鉱山を出る上で、置いていくしかなかったものたち。その中から、コバルトは一枚の紙切れを見つけた。
「こんなものまであったか……」
「それは?」
「私の両親が作った借金の借用書のコピーだ。既に返済はしているが……またどこかで新たな借金をこさえているかもしれないな。もう、私の知ったことではないが」
コバルトの眉尻が下がる。
「借金なんかしたってろくなことにならねえからな」
「お前も、借金はほどほどにしておくようにな。……お前に金を貸して、取り立てたほうも不運だとは思うが」
ため息をつきながら、コバルトはこれまでにキングの手によって葬り去られたであろう見知らぬ借金取りを哀れんだ。
「気に食わないものは力で解決する。……お前にしかできない芸当だな」
紙切れを置いて、再び作業台を見渡す。その中でふいに、錆びついて刃こぼれが著しいつるはしが目について、手に取った。
「ああ、これは……特に懐かしい」
「……なんだ、それ」
眉根を寄せるキングに、コバルトはつるはしに目を向けたまま語り始める。
「私もお前も小さくて……お前は雑用係から鉱山での採掘作業に行かされるようになってしばらくした頃だった。仕事のやり方で大人から注意されたお前は、何を思ったかこのつるはしを振り回し始めて抵抗してな」
「……ああ」
思い出したかのように、キングは小さく息を漏らした。
「かなりの喧嘩に発展しそうになったから衛兵の仲裁が入って……お前や大人たちの頭が冷えるまでここで過ごしたりしたよな。お前は不服そうにつるはしを握ったままだった」
「そんなこともあったな」
「それから、何か怒られるようなことをする度にお前はここに来た」
「俺の言うことを聞かねえ奴らが悪いんだろうが」
「お前のその性格、本当に昔から変わらないな。……そして、頭を冷やす中でお前は、必ずこのキリオンを出ると私によく話していた。そのたびに私も遅れを取らないようにしなければ、と……そう思ったよ」
「そうか」
「お前が強い奴で良かった」
つるはしを持ってゆっくり振り向くと、コバルトはキングをじっと見据えた。眼鏡の奥で、かすかに微笑みが見える。キングはサングラスの奥で瞳を細め、眉をひそめた。
「俺は関係ない、お前の実力だろ」
「ふむ、褒め言葉として受け取っておこう」
そう言うとコバルトは踵を返し、手近な作業台につるはしを置いた。持ち込んだ携帯端末を起動させ、設計図を組み立て始める。キングは手近な椅子に座ると、黙ってその背中を眺めることにする。動くたびに揺れる青いツインテール。ふむ、だとかいや、ここは……だとか、彼女の独り言がひとつ、またひとつと漏れ出て行く。その静かで聞き慣れた声色は嫌なものではない。こいつのことだ、もう少し時間がかかるだろう。ならばその間に睡眠でも取っておこうかと、キングは瞼を閉じた。腕を組み、足を組んで、傍らには使い慣れた鎌を置いたまま。真っ暗な視界の中、コバルトの声と無機質な機械の音だけが響いていく。急にいろいろと思い出話に付き合わされてくたびれた。少しくらい休んだっていいだろう。
誕生日――ふとキングは、今日が何の日であるか改めて思い起こした。幼い頃はまともに祝われた記憶などない。闘技場で稼ぐようになってからは、ファンからのプレゼントなどがあり、祝いの言葉も大量に受けた。闘技場への出場資格が剥奪されてからはそれも無くなり、静かな記念日に逆戻りしたけれど。だが、新たな年を迎える度に大抵、コバルトが……ルーニスが近くにいたように思う。この腐れ縁はきっと、この先も続いていくのだろう。せいぜい自分にとっていい仕事相手でいてくれと、そう思いながら夢うつつの刹那に迷い込もうとしていたところを、引っ張り上げる声がする。
「おい、起きろ」
「……なんだ、もう終わったのか」
もう少し寝ていたかったというのに。不機嫌そうに低い声を上げて、キングはコバルトを見た。
「ああ、設計図は無事に作れた。あとは組み立てるだけだが、こちらは少し時間がかかりそうだからな。後日ひとりで来て作業することにするよ」
「なら、今日の仕事はこれで終わりということか」
「ああ。おかげでいい発想が得られた。改良には期待していてほしい」
「変な機能取り付けるんじゃねえぞ」
「善処しよう。……さて、あともう少し付き合ってもらえるか。外の空気を吸いたいんだ」
外に出れば、晴れ渡る青空が彼らの視界を埋め尽くした。ふたりが訪れたのはキリオンの高台に位置する実験室。エリア4と呼ばれる、一般の鉱員はほとんど見上げることしかできない場所。鉱山の天辺、下を見れば陰鬱な空気が立ち込める鉱山労働の景色が見えて、上を見ればどこまでも広がる青い空と、この世界のオムニアムを司るオベリスクが目に映る。
「怒られたときの逃げ込む場所にここを選ぶこともあったな」
「ああ。それでお前、ここに落ちてるガラクタをこっそり持って帰ってそれで余計に怒られたりな」
「ふ……お前も案外、昔のことを覚えているものなのだな」
「忘れる理由も無いしな」
風が吹く。ふたりの髪がなびく。
「私たちはこの場所で育ち、そして出て行った。これは変わることのない事実で、私たちを形作っているものだ」
「……何が言いたい?」
「お前を強くするには、ここでの経験を思い出すのが一番いいと思った、ということだ」
「はぁ……そうかよ。ったく、お前の考えることはいつも理解ができねえ」
「してもらおうとも思っていない。結果として、お前の武器の強化に繋がればそれでいいだろう」
淡々と紡がれる言葉と共に、コバルトはじっとキングを見据えた。
「お前の仕事ぶりにはいつも助けられている。これからもよろしく頼むぞ。……誕生日おめでとう。武器の改良でお前の生存確率も上げられるはずだ。来年も祝ってやるから、そのつもりでな」
「……ハ、ありがとよ、せいぜいしぶとく生き延びてやるさ」
風が止む。こぼれたふたり分の笑みがその場に留まる。何も口にせず、ただ青の髪と青の瞳が青空を見据えているだけ。
静寂が漂いかけたその時、ふたりの端末が同時に鳴った。画面を見れば、表示されているのはどちらもよく知っているエクセキューターの名前。
「あいつもお前の誕生日を祝いたいようだな」
「仕方ねえ、祝われてやるか。ルーニス、お前も呼ばれてるんだから付き合えよ」
「ああ、もちろんだ」
今年の誕生日はいつもより賑やかになる。そう思いながら、ふたりはキリオンを後にした。風が再び吹き始めた。