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ゴールドマン一家。
その名を知らぬものはおそらくこの世にいないだろう。
もともと代々の大地主であったサム・ゴールドマンが、第一次世界大戦をきっかけに富をさらに増大させたことで盤石の地位を得た金融一族である。
ゴールドマン一家の特筆すべき点は、教育のたまものか血筋によるものか、一家の長が常に冒険をせずに手堅く商売を重ね続けたことにある。
『ギャンブルで勝つものは胴元だけである』
とは使い古された言葉であるが、ゴールドマン一家のやり方はまさにそれであった。
決して勝負の場には立たず、物事を管理する側に回り、緩やかに資産を増やしていく。
百年以上にわたって、堅実に、誠実に世界経済の胴元で在り続けた。
そうした在り方は世界から信頼を集めた。
結果、ゴールドマン一家は莫大な資産に加え世界中の要人とのパイプラインを持つにいたるのであった。
それは世界を牛耳るに等しい立場である。
しかし、そこで我欲に走らないからこそゴールドマン一家はゴールドマン一家足りえるのであった。
現在ゴールドマン一家を束ねるのはマイク・ゴールドマン48歳。
聡明で堅実。資産と権力に胡坐をかかずに少しずつ財を重ねた優等生。
サム・ゴールドマンのひ孫にあたる。
そんなマイクが、ゴールドマン一家の筆頭執事であるリベロを秘密裏に自室へと呼んだ。
ここから、物語は始まる。
■■■
その日。マイクの父親の葬儀が終わった。
莫大な財を堅実に守り、緩やかに増やし、世界の期待を維持し続けた偉大な父親であった、とマイクは思う。父親をとても尊敬しているし、自分も同じように生きようとしている。
その生き方に悔いは一切ない。胸を張って自分がゴールドマン一家の長であると言える。
それでも、胸を一抹の渇きがよぎるのは何故だろうか。
「旦那様、お呼びでしょうか。」
忠義を形にしたような初老の男、リベロが入室した。
リベロに着席を促すと、マイクは虚空を見ながら語り始めた。
「…父さんの、最期の言葉、覚えているか?」
「…覚えております。」
悲しみとも哀れみとも知れぬ複雑な表情でリベロは答えた。
「『一度でいいから勝負をしたかった』だとさ…。あれだけ恵まれた人生を送り、ゴールドマン一家の長として完璧に振舞った父さんの最期の言葉が、だ。」
ゆるりと首を振りながらマイクは続ける。
「痛いほどに父さんの気持ちは分かる。ゴールドマン一家の男は生まれた時から『我々は胴元であるべき』との教えを受ける…先が読めない戦いに身を投じるなんて愚か者のすることと叩き込まれる…」
リベロは静かにうなずいた。
「その考えは正しいと思う。その考えを守ることに文句はない。…ただそれでも、胴元ではない世界に夢を見てしまうんだ。全てを賭けて、なお勝ち続けるギャンブラーを崇拝してしまうんだよ…」
マイクはぎゅっと拳を握った。
「だから俺は!父さんへの弔いも込めて、最高の胴元としての祭りを開きたい…!父さんが、いや、俺に至るまで代々のゴールドマン一家が焦がれた世界を間近で拝みたい…!」
そうして一枚の書類をマイクは差し出した。
『ダンゲロスギャンブラー計画書』と書かれたそれをリベロに握らせる。
そこには最初にこう書かれていた。
『優勝者にはゴールドマン一家の顧問の地位を約束します。誰であろうとも。』
『その地位を侵されることはありません。誰が相手でも。』
『顧問の地位を剥奪されることはありません。いつまででも。』
『参加者は勝ち進む限りは我々がお守りいたします。何からでも。』
その文言の持つ意味にリベロはぶるりと震えた。
ゴールドマン一家の顧問就任。その地位の死守の約束。
大会参加中の安全確保の宣言。
これは即ち、とんでもない殺人者であろうが、裏社会の住人であろうが出場しても構わないということである。
出場したとて警察に突き出すことなどせず、運営として守るという常軌を逸した宣言である。
更に優勝者には【世界最大の金融一族の顧問】としての綺麗な経歴が付与され、一生の安全を約束される。この大会に勝利した者は、莫大な名誉とともに、表の世界を安全に生き続ける権利が与えられるのだ。
本来であれば笑いの種になる荒唐無稽な商品も、ゴールドマン一家が関わるとなると話が変わる。
どんな大国が相手であろうと、人ひとりの一生を綺麗にするくらいの横暴はねじ込める。
「…どうだい?これなら“裏”の連中にだって魅力的な商品だろう?」
脛に傷を持つ者の人生をリセットし、今後の安泰を確約するという宣言。
マフィア、ヤクザ、半グレ、博徒…。この権利に飛びつくものは少なからずいるだろう。
安泰に興味がないものであっても、優勝後のしがらみで命を狙われる事態を避けられるのはありがたいだろう。
「これのために色んな国に頭を下げた…どの国も一回限りならと了承してくれたよ。そして、これが本格的な計画書だ。」
そこには全世界での放映計画、会場の整備、超法規的措置の準備などなど緻密な計画が組まれていた。
参加要件には、参加者は参加料金を支払うこと、優勝者が参加料金を総取りすることが書かれていた。
その参加料金にリベロは目を見開いた。
「旦那様…この内容…参加料金…10億円!!?」
リベロが手にした書類には、はっきりと狂気の金額が記されていた。
参加料金10億円の勝者総取り。
こんな常軌を逸した大会に参加できるものは限られている。
既に10億円以上の資産を持つ勝利者
10億円を出せるパトロンに強く信頼されている実力者
違法な手段で10億円をかき集め優勝で罪を帳消しにしようとする犯罪者
いずれにせよ、参加それ自体が尋常ならざる能力の証明である。
「旦那様…本気なのですね?本気でやるのですね!?」
リベロの言葉にマイクは大きく頷いた。
「俺はギャンブラーにはなれない。全てを賭けたひりついた勝負なんてできない。…だが、最高の勝負の場を整えることなら出来る…!父さんが、爺様が、大爺様が、心の底では焦がれていた最高の鉄火場を俺が用意する!!世界中に、一生記憶に残る人生の煌めきを届ける!当然全世界放送だ!父さんたちが見たかった戦いを俺が…俺が…」
そうしてから、ゆっくりと首を振った。
「いや…違うな。俺が、俺が見たいんだ!最高のギャンブラー同士の決戦を!」
うっすらと目を潤ませてマイクは言った。
「一生に一度の我儘だ。付き合ってくれるかい?」
答えるまでもない。
忠実なる執事、リベロは恭しく頭を下げた。
各所への手配、会場の準備、放映権の調整、仕事は山積みだった。
マイクとリベロは興奮しながら準備に取り掛かろうとした。
その時、マイクの携帯がぶるりと震えた。
限られた人間しか知らないはずの携帯に、見知らぬ人物からのメールが届いていた。
そのメールを確認し、マイクは隠しきれぬ興奮を顔に浮かべた。
彼が焦がれてきた化け物どもは、やはり、やはり恐ろしい傑物だった。
「…早速参加の連絡が来たぞ…」
最高のギャンブラーたちが場に集う。
彼らが求めるのは、富か、名誉か、地位か、それとも別の何かか。
彼らが賭けるのは、富か、名誉か、地位か、それとも別の何かか。
勝者は一人。
得る者は一人。
何もかもを奪い取る者は一人。
OPEN THE GAME!
────そこの貴方。
誰が、最後の一人になるか。賭けないかい?