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Faker

全体公開 神無三十一受け 33 82 11982文字
2023-11-08 16:54:21

カルみと シナリオネタバレあり
いつかのニコ生より

 

 

 『お疲れ様です神無さん、ディーノ。』
 「ふふん、この大天才神無三十一にかかれば朝飯前だな。」
 「もう夕方ですが。」

 その日も、滞りなく彼らは事件を解決に導いた。
 変異したアンドロイドが暴走して引き起こした事件を、二人がかりで現場に乗り込んで無傷のまま制圧に成功したのだ。

 『神無さん最近絶好調ですね、本当に頼りになります。』
 「それほどでもあるかな!もっと頼ってもいいんだぜ?」
 「青木、あまり調子に乗らせないでください。あとが大変ですので。」

 無事に所轄の警察に事件の処理を引き継いで現場を離れた二人が無線から聞こえる明るい声に口々に返事をしていれば、上司である青木は二人に対して『用事を済ませたら直帰するように』という指示を飛ばす。
 その命令が『事件の連携を取っていたスパローに報告を行なってほしい』という意図だと知っている彼らは、揃って頷き通信を終了した。

 「さて先輩たちにも報告するかぁ」
 「先ほどアサギリから連絡がありました。彼らもまだ外にいるらしいので、アジトではなくいつもの店で話そうとのことです。」

 道を歩き出そうとした主人の背に、ディーノはそう声を掛けて呼び止める。
 振り返った彼は意外だといった様子で目を瞬いた。情報交換を行う店はもちろん存在するが、こういった事件の後は特に警戒してアジトでの連絡を望む縞斑の珍しい提案だ。

 「了解。まぁ、甘いもの食べたかったからちょうどいいかなー。」
 「食べ過ぎはダメですからね。」
 「わかってるって、ちょっとだけ!」

 そういう日もあるだろうと思い直して店の甘味に意識を切り替える彼の様子に、ディーノはため息をついて後を追う。
 狭い路地を抜けて辿り着いた寂れた喫茶店の扉を開ければ、店主すら居ない店内のカウンターに我が物顔で座る見知った男とアンドロイドの姿があった。

 「だらだら先輩!アサギリ!」
 「やぁ、二人とも。」
 「お疲れ様です。」

 ひらりと手を振る縞斑は笑顔で二人に席を勧める。その隣で相変わらず無表情を浮かべていたアサギリは、カウンターの奥から取り出したカップに人数分のコーヒーを注いでテーブルに置いた。

 「ありがと、そっちもお疲れ。」
 「いやーぶっちゃけ君らが頑張ってくれたから、俺たちがやったことなんて変異体の保護くらいだしねぇ。」

 席に着いた彼の言葉にけらけらと笑った縞斑たちは時折、アンドロイド関係の事件に対してアンドロイドの保護を目的とする犯罪組織スパローとして関与することがある。
 とある一件をきっかけにドロ課とスパローは裏で協力関係にあり、警察組織が処分してしまうような事件に関与したアンドロイドたちをスパローに引き渡す手引きをしているのだ。

 「そういえば、変異体のアンドロイドは?」
 「あぁ。今頃アジトに到着して、うちのマッドサイエンティストが面倒を見てると思うよ。」
 「そっか、なら良いんだけど

 人間たちの乱雑な扱いをきっかけに変異して暴走してしまったアンドロイドは、無事に縞斑たちに保護されて拠点へ招待された。
 安全な場所にいるらしいと安堵した様子の彼を横目に、縞斑はコーヒーを啜りながら言葉を続ける。

 「それより君たち、お手柄じゃない。怪我人誰も出さなかったんでしょ?」
 「ふふんまぁでも、だらだら先輩が裏で市民の避難誘導を引き受けてくれたおかげだろ。ありがとな!」
 「どういたしまして、これくらいお安いご用だよ。」

 無傷で事件解決という実績は二人のものだが、それを成し得たのは間違いなく、水面下で市民を誘導していた縞斑たちの存在があるからだ。
 自身の腕を必要以上に奢ることなくそう笑う主人の隣で、ディーノが興味津々にコーヒーを啜って眉を顰め口の端から垂れ流す。

 「にがい
 「砂糖入れないからだろー?ほら、」
 「入れ過ぎでは?」
 「まぁディーノちゃんは糖尿病の心配ないしいっかぁ

 ディーノのカップに沈む大量の砂糖を眺めて呆れるアサギリと笑う縞斑は、今回の事件は市民の誘導とアンドロイドの保護を優先して動いていたため、ほとんど概要を知らない様子だった。
 ドロ課で得た事件の詳細の説明と、今後の立ち回りについての相談が中心に行われた会合は、1時間足らずで互いの持ち場に戻るために解散となる。

 「というわけで、俺たちは取り敢えず一旦様子見かなぁ。」
 「了解、また何かあったら連絡してよ。」

 犯罪組織として扱われているスパローの動きは慎重に選ばなければならないため、縞斑はここで得た情報を元にアジトで仲間たちと話し合うつもりらしい。
 慣れた様子で返事をしながらコートを羽織る彼に視線を向けた縞斑はふと、思い出したように口を開く。

 「そうだ、帰りに君の家に寄ってもいい?」
 「…………へ?」

 刀を腰に差す姿勢のまま固まっていた彼は、ようやく言葉の意味を理解した様子で音を立てて顔を赤くした。ぱくぱくと口を開閉する彼は、うろうろと視線を彷徨わせて隣のディーノに助けを求める。

 「や、でもほら、事件終わったばかりだし、直帰とはいえ明日も報告があるし、なぁ?」
 「青木は報告後直帰と命じたので、この後は業務外ですから、僕は止めませんよ。」
 「ディ、ディーノ!?」

 馬に蹴られるのも、縞斑に恨まれるのも、後々面倒だと考えたらしいディーノは、かけられた梯子をあっさり外して頷いた。
 その反応から彼に業務後の用事がないことは明白で、逃げ道を見失って縋るように視線を向けられたアサギリも目を伏せて首を横に振る。

 「残念ながらマスターは現在仕事を一切溜めていないので、私には止める理由がありません。」
 「あさぎりぃ

 今日のために仕事を完璧にこなしたらしい縞斑は、アサギリにも引き留める口実を与えていなかった。
 用意周到で計算高い縞斑にこれ以上抵抗することは不可能だ。そう諦めた彼は息を吐くと、頷いて帰り支度を再開する。

 「別にいいけどさ明日早いから、その泊まれないと思う。」
 「いいよ、久しぶりにゆっくり話せればそれで満足だから。」

 笑みを浮かべる縞斑は頷くと、同じようにコートを羽織りながら隣のアサギリへ視線を向けた。

 「そんなわけでアサギリちゃん、あとはよろしく。」
 「かしこまりました。ごゆっくり。」

 改めて了承された外出に機嫌の良い縞斑の後に、真っ赤な顔で悶々と考え事をして俯く彼が続く。
 この場で解散となったディーノとアサギリに手を振りその姿が見えなくなると同時に、縞斑の隣の恋人は食い気味に口を開いた。

 「なんでディーノやアサギリの前で誘うんだよ!!」
 「公認なんだからいいじゃない?」
 「そうだけどさぁあんたはともかくこっちは幼馴染なんだから気まずいじゃん。」

 事件の前まで同い年の幼馴染であった彼らは、相棒でありながら特別な感情と信頼を寄せ合っている。
 そんなディーノに自分の恋愛事情が筒抜けであることが恥ずかしいらしい彼の睨みを、縞斑はけらけらと笑って躱した。

 「どうせディーノちゃんに嘘なんてつけないでしょ?」
 「つけるし!馬鹿にすんなよ!!」
 「はいはい、じゃあ今度は頑張ろうねぇ。」

 あしらわれたことが気に食わない彼は唇を尖らせる。そうして仕返しの手段を探して視線を巡らせた彼は、人目がないことを確かめて一歩踏み出すと縞斑の手を取った。
 ぴたりと一瞬足を止めた縞斑と視線が絡む。得意げに笑って指先を絡めれば、縞斑は周囲の気配を探る素振りを見せてから何事もなく歩き出した。

 「先輩こそ、あんまりアサギリに迷惑掛けんなよ。」
 「あはは。頼りになるからつい、ね。」

 今日は仕事を終えていた様子だが、時折仕事をサボって会いに来ていることを彼は知っている。
 釘を指す言葉も底の見えない笑みを浮かべるだけで避けて見せた縞斑は、そのまま彼の手を引いて道を進んだ。
 家の前に辿り着いた縞斑は手を離すと、慣れた様子でキーケースから合鍵を取り出す。鍵を開けて扉の中へ家主を促せば、彼は再び縞斑の手を取って玄関へ強く引っ張った。

 「っ、と」

 驚いた声を漏らした縞斑の視界の端で扉が閉まる。外の喧騒の音が遠ざかった薄暗い室内、視線を落とせば美しい紫の瞳が悪戯が成功した子供のように細められていた。

 「なぁに?」
 「キスしよ。」

 背伸びをした彼の唇が縞斑に触れる。ふにふにと感触を確かめるように何度も触れ合っていたそれは、縞斑からの動きがないことに焦れた様子で唇を割り開いた。
 
 「ん、っん」

 舌を擦り合わせて、歯列を辿り、唇を食む。教え込まれたその動きで縞斑を誘ってみせれば、彼は喉の奥で小さく笑ってみせた。

 「熱烈だね。」
 「俺だってべつに、会いたくなかったわけじゃないし。」

 明日は早くから出勤であるため、朝まで共にいることはできない。ならば夜が更けるまでの間だけでも愛を感じていたいという彼の考えは、年相応の思考に間違いなかった。
 納得した様子で頷いた縞斑は、一度キスを止めて部屋の中へと手を引く。玄関先でことに及ぶつもりはなかったらしい彼は黙って従うと、リビングのソファに縞斑の肩を押した。

 「ベッドじゃなくていいの?」
 「いいじゃん、ここで。我慢できない。」

 されるがままに座面に背中を預けた縞斑が尋ねれば、目の前に浮かぶアメジストの瞳には隠しきれない情欲が滲んでいた。
 すぐにでも熱を共有したいと期待に揺れるその瞳を見上げた縞斑は、口付けを受け入れてその頬に手を伸ばす。
 じわりと温もりの伝わる手のひらに頬を緩めた彼がもう一度口付けをねだろうと身を乗り出したとき、ぴりり、と聴き覚えのある着信音が縞斑の鼓膜を揺らした。

 「通信?」
 「だね。アサギリちゃんから、今日の事件についての確認かも。」

 呟いた縞斑は一言断って体を起こすと、ソファを立って通信端末を取り出す。縞斑の案の定、そこに表示されていたのは優秀な相棒の名前だった。
 迷わず通話を繋いだ縞斑は、端末を耳に当ててスピーカーから聞こえる相棒の声を聞く。

 「アサギリちゃん、どうだった?」

 念のため自分以外に声が聞こえないように窓際へ歩いていく縞斑の背を見送って、彼は少しだけ霧散してしまった艶の空気を惜しく思いながらクッションを抱き締める。

 「そう、やっぱりね。」

 唇を尖らせるそんな彼を視界の窓ガラス越しに捉えたまま、縞斑はアサギリとの会話を続けた。

 「大丈夫、こっちは大体の目星がついた。予定通りよろしく。」

 滞りなく了承の返事を返したアサギリに小さく礼を言って、縞斑は通信を切る。くるりと振り返ると、クッションを抱えてじっと待っていた恋人が可愛らしく首を傾げて見せた。

 「アサギリ、大丈夫だった?」
 「あぁ、心配いらないよ。順調だってさ。」
 「そっか。ならよかった。」

 笑みを浮かべた縞斑がソファに腰掛けると、その膝の上に彼がそっと跨る。
 首に腕を回して見下ろす瞳には、その先への期待が込められていた。続きをしようと言外に伝えるその仕草を見上げた縞斑は、薄く笑みを浮かべて黙っている。
 彼の唇が縞斑に触れる刹那、その唇がふと解かれた。

 「率直に言って、反吐が出るね。」
 「え……?」

 その言葉の意味が理解できず首を傾げて視線を落とした彼は、瞬間うぞりと体を襲った感覚に肌を粟立てた。

 「だらだらせんぱい?」
 「この程度で彼になりすませると思ってるのも、俺を騙せると思ってるのも……随分甘く見られたものだな。」
 「ど、どしたのせんぱい、かおこわいよ、」

 目の前の男から発せられているのは、膨大な殺気だ。先ほどまで纏っていた害のない雰囲気など欠片もない、冷酷な翡翠の瞳が自分を見上げる。

 「神無三十一はどこだ?」
 「…………、」

 とぼける隙も与えない、冷たい声が彼を問い詰めた。無意識に縞斑に回していた腕が小さく震えて、触れていることすら恐ろしくなり距離を取る。
 黙ったまま自分を見上げる瞳にため息をついた縞斑は、ソファを立ち上がるとリビングを出た。

 「まぁ言われなくても大体の予想はつくけどさ。」

 廊下に出た縞斑を追う様子はない。二階へ続く階段の奥から感じる人の気配を辿って、縞斑は見慣れた彼の私室の扉を開いた。
 薄暗い部屋の中央には、ぼんやりと灯りが灯っている。目を凝らした縞斑はそれが小さなモニターであることと、モニターの前に横たわる人影があることに気がついた。

 「神無ちゃん。」

 縞斑の声を聞いて、びくりと大きく肩を振るわせた青年が顔を上げる。口を布で塞がれて両手足を拘束された神無三十一は、虚な瞳に大粒の涙を湛えて震えていた。

 「う"ーっ、ん、ぅ」
 「待ってね、すぐに外すから。」
 「っはけほッ、けほっ!」

 駆け寄った縞斑が抱き起こして口の布を外すと、ようやく新鮮な空気を吸うことが許された神無は何度も空咳を繰り返す。

 「せ、んぱい、」
 「もう大丈夫だから、安心して。」

 両手足の拘束を解く彼はふと、そのモニターが映す映像に視線を向けた。
 それは自宅のリビングやドロ課の事務室、先ほど使ったカフェなど、神無が知るありとあらゆる場所が表示できるようになっている。

 「悪趣味なことを

 朧げな意識のまま涙を流す神無は、外傷はないが精神が著しく疲弊しているようだった。
 おそらくあの偽物は、自分と周りの人間とのやり取りを全てこのモニターから神無に見せていたのだろう。

 「せんぱい、せんぱい、ごめ、んごめんなさい、」
 「神無ちゃん

 自由になった両手足を弱々しく持ち上げて、神無は縞斑に体を預ける。
 神無が神無でなくとも世界は変わらず回るのだ。そんな光景を見せつけられた神無の心は、崩壊寸前であった。

 ※

 神無の元に差出人不明の宅配が届いたのは、一週間ほど前のことだ。
 警戒する神無がおそるおそる箱を開けば、そこにあったのは自分と瓜二つの眠るアンドロイドだった。

 「なんだよ、これ

 じわりじわりと心を犯す不安と、アンドロイドと二人きりの空間に身を置くことへの破壊衝動を抑えて、神無は震える声を漏らす。
 次の瞬間、そのアンドロイドは静かに瞼を開いた。駆動音一つない自然な仕草で目を覚まして、欠伸を漏らしながら伸びをした彼は、その紫の瞳を神無へと向ける。
 ぎくりと身を強張らせる神無に、彼は満面の笑みを浮かべてみせた。

 「ハロー神無。」
 「お、まえは……

 発せられた声を神無が聞き間違えるはずがない。幾度となく聞いた自分の声は、呆然とする神無を置いて明るい色で会話を続ける。

 「今日までお疲れ様、神無。あとは俺に任せてゆっくり休んでいいぜ?」
 「だからッお前は一体!!」
 「おっとお前も天才のくせに、こんなことも察しがつかないのか?やっぱりオリジナルは脆いな。」

 掴み掛かろうとする神無を躱して、彼は呆れたように肩をすくめてため息をついた。
 混乱する頭を必死に回した神無は、咄嗟に周囲に視線を向ける。
 玄関までは距離があった。リビングの窓は相手に背を向けるリスクを伴う。なにより、もう二度とこの家に襲撃の傷跡を残したくない。
 攻撃を躊躇う神無の心理を見透かしたように笑った彼は、こつりと神無に歩み寄った。

 「これは実験だよ。」
 「実験……?」
 「全ての感情を知ったアンドロイドX000の実験は不完全だった。やはり『相手はアンドロイドである』という情報を周囲が知っている状況は、動き辛くてダメだな。」

 神無の声で語られる温度のないその言葉に、神無は堪らず一歩後ずさる。
 アサギリの関わる実験内容を知っているということは、このアンドロイドを指揮しているのは感情操作機関EMCだ。
 すぐに連絡を、そうサングラス型コンピュータへ手を伸ばす神無だったが、音もなく近づいた彼の腕が神無の手を掴んだ。

 「っ、い!」
 「だから考えたんだよ。メアリーの部屋の実験に加えて、具体的なスペックと人間関係を持った存在をそっくりそのままオリジナルと入れ替えたら、周りの人間が知覚することなく感情を管理して効率良く立ち回ることができるんじゃないか、ってね。」

 ぎしりと痛む腕に顔を顰める神無に向けて、彼はその行為を咎めることなく自身の説明を優先する。
 神無の救助要請を無駄な行為として排除した目の前の男は、引き攣った表情を浮かべる神無ににこりと笑みを返した。

 「なに、いって」
 「スワンプマンに少し似てるかな?もっとも、あれとは違って俺は自分がオリジナルから生まれた存在だって知ってるわけだけど。」

 目の前の男は、実験と称して自身に成り代わろうとしている。本能的な恐怖に侵された神無は必死で腕を振り解こうともがくが、彼の力は神無でも敵わないほど強かった。

 「ふざけるな!はなせ!!はなせよッ!!」
 「なんで?」
 「なんでって、お前!俺の体で何するつもりだ!!」
 「あぁもしかして、俺がみんなに何かするんじゃないかって心配してるの?」

 抵抗する神無の感情を読み取った彼は、こくりと首を傾げて神無の顔を覗き込んだ。
 温度のないアメジストの輝きが神無を捉えた瞬間、蛇に睨まれたようにその体が動かなくなる。

 「っ、く」
 「心配すんなって、みんなには何もしないよ。」

 そう笑った男を前に、神無はくらりと目の前が暗くなった。アンドロイドへの破壊衝動を無理やり抑え込んだ心は、崩壊を防ぐために意識の強制終了を選択したのだ。
 敵の前で意識を失うなどあってはならない、そう考えて必死に奥歯を噛み締めて踏み止まろうとするが、そんな神無を見下ろした彼は笑みを深めて両手を広げる。

 「あ、」

 機械には無いはずの温もりが、鼓動を模倣した器官が、神無の体を包み込む。
 それはリボット社にはまだ存在しない、けれど神無は良く知っている技術だった。その体温に包まれたことが、神無は幾度と無くあったのだから。

 「とおや、」
 「お前の分も、俺がみんなのこと愛してあげる。」
 「...いや、だっやめろ」
 「ちゃーんと、みんなからも愛されてあげるからさ。」
 「せんぱい、たすけ、」
 「あぁもちろん、お前のだーいすきな先輩からも愛されてやるよ。心も体も余すことなく隅々まで、な。」

 突き飛ばそうともがく神無だが、びくともしない力で抱き寄せられて身動きが取れない。そんな彼の耳元で囁かれる言葉は、確実にその柔らかな心を引き裂く刃だった。

 「だからおやすみ、神無三十一。」

 ※
 
 「どうやって気付いたの?」

 神無を抱き抱える縞斑の背に声が掛けられる。気配を殺した温度のないその声に、縞斑は神無を庇う姿勢のまま背後を振り返った。
 今のところ敵意はないが、油断はできない。鋭い視線を彼から逸らさずに縞斑は先ほどと同じ笑みを張り付ける。

 「教えると思う?」
 「まぁそりゃそうか。」

 納得した様子で頷いた彼が、神無の部屋に一歩足を踏み入れた。
 軋んだ床の音に過剰なまでに反応した神無は、びくりと肩を震わせて彼の視線から逃れるように縞斑の胸に顔を埋める。
 そんな神無の態度をおかしそうに笑った彼は、縞斑に向けてこくりと首を傾げた。

 「いつから気付いてた?」
 「最初から。」
 「へぇ、ますます後学のためにも知りたくなっちゃうな。」

 意外そうに目を瞬く彼と神無の視線を身を挺して遮った縞斑は、愛し人と同じ声で話す怪物を前に身構える。
 警戒を緩める気配がない縞斑を前にして、彼は肩をすくめながら言葉を続けた。

 「俺がオリジナルじゃないってバレたことは誤算だけど……あんたなら分かってくれるんじゃないの?」

 歩み寄った彼の細く長い指が縞斑の顎を掬う。指先から伝わる体温と呼吸に合わせた震えは、完璧に人間を模倣していた。
 強制的に翡翠と菫の視線が交錯する。意図を理解するために黙っている縞斑に向けて、彼は笑みを浮かべた。

 「事件の解決には、余計な感情なんて必要ない。あんたもこの数日で分かったはずだ。」

 神無に成り代わった一週間、彼はドロ課でいくつもの事件を解決して賞賛されていた。
 余計な感情を持たない彼の立ち回りは非常に効率が良く、その結果は目に見えて現れているのだ。

 「神無は俺であった方が良い。あんたもそう思うだろ。」

 縞斑の腕の中で神無はきつく目を閉じる。
 この数日間、拘束されて意識を奪われないまま見せつけられた映像が脳裏に蘇った。
 仕事を完璧にこなして褒められる自分の姿。仲間たちと共に事件解決のために立ち回る自分の姿。そして、この家で恋人と唇を重ねた自分の姿。
 神無が神無でなくても、世界は問題なく回る。それどころか神無であった時よりも順調に機能する世界を目にしたとき、神無は自身の心が壊れる音を聞いたのだ。

 「確かに、余計な感情は事件の解決には必要ないのかもしれない。」

 ぽつりと縞斑が同意する。心のどこかで自分と彼との違いに気付いてくれた縞斑は、彼の言うことに耳を貸さないと思っていた。
 事件解決において感情は不要だ。元刑事としてそう頷く縞斑を見上げた神無は、絶望の表情を浮かべる。

 「………でも、ひとつだけ君は勘違いしてるみたいだね。」

 ふと、そう呟いた縞斑が笑みを浮かべた。
 血の気が失せた神無の頬に触れて、体温が移るように撫でたその指先には、確かに神無を思い遣る感情が込められていたのだ。
 顎に添えられた彼の手を払って立ち上がった縞斑は、神無を支えたまま部屋の窓を開け放つ。ふわりと風に揺れるカーテンの向こうには、神無の瞳と同じ色の空が見えた。
 意志を持った翡翠の瞳が、偽物の彼をじっと見据える。その唇が小さく動いたことに、腕の中の神無だけは気がついた。

 「今だ。」

 その合図が誰に向けられたものか神無が思案するより早く、開け放たれた窓からふたつの影が室内に飛び込む。
 縞斑と神無の前に立ち塞がるように現れたのは、白と青のアンドロイドたちだった。

 「ディーノ……アサギリ、」

 呆然と呟く神無に背を向けたまま、敵意を剥き出しにした彼らは手の中の武器を偽物へ向ける。

 「一度でも俺たちは、君を“神無ちゃん”と呼んだかな?」

 神無を抱えた縞斑も懐からサブマシンガンを抜いて、立ち尽くす彼へ狙いを定めた。
 笑みを張り付けた縞斑は、銃口を逸らさないまま前方の二人へと口を開く。

 「室内には絶対に当てないで。」
 「分かってます。」
 「了解です。」

 神無の大切な思い出が残るこの場所に、攻撃のあとを残すことは許されない。縞斑の意志を理解している彼らは小さく頷くと、瞬きすらなく相手に標準を合わせて引き金を引いた。
 発砲音と同時に、アサギリと縞斑の弾丸が彼の体に穴を開けていく。

 「っ、」

 吹き出す青の血液を纏う自分と瓜二つの存在に、神無は小さく息を呑んだ。そんな彼を安心させるように縞斑の腕が彼を強く抱き寄せる。
 ディーノの放った弾丸が額を撃ち抜いた途端、糸を失った操り人形のようにその体はがしゃりと崩れ落ちた。

 「はぁっ、ははぁ

 熱暴走する体を息を吐く動作で必死に排熱している体が、その体からはエラー音声が鳴り止まない。

 「せんぱい……でぃーのあさぎり、」

 菫の瞳が弱々しく助けを求めるように三人を見上げる。
 この後に及んでも神無の擬態を解こうとしない彼の姿に縞斑は眉を顰め、アンドロイドたちは怒りに瞳を赤く染めた。

 「神無ちゃん、目を瞑ってて。」

 そう呟いた縞斑は、偽物とはいえ自分と同じ姿をした存在の最期を見せないように神無を胸に隠す。
 彼らが怒りを晴らすように銃口を向けたその時、そんな縞斑の腕の中から神無が声を上げた。

 「まって」
 「神無ちゃん?」
 「神無

 力の入らない体を叱咤した神無は、縞斑に支えられてどうにか立ち上がる。
 その視線はじっと、血の海に沈む自身の偽物へと注がれていた。

 「俺が、とどめを刺す。」
 「……神無さん、しかし」
 「分かってる。三人が助けに来てくれたのは、すごくすごく嬉しい、けど……決着は自分でつけたいんだ。」

 このまま大好きな人の腕の中で全てが終わるまで目を閉じて待っていれば、これ以上苦しむことはないだろう。
 けれど神無は、この状況は自分の弱い意志が招いてしまった結果だと考えていた。
 偽物だとしても、大切な仲間たちに自分と同じ姿の存在を殺させたくない。そんな意志を込めて縞斑を見上げれば、じっとその瞳を見つめていた彼は小さくため息を吐いて笑った。

 「こうなった神無ちゃんは頑固だからねぇ。」

 その言葉を正しく許可として受け止めたディーノは、警戒するようにショットガンを向けたまま道を譲る。
 それを見たアサギリも小さく頷くと、愛用している拳銃の一つを神無に手渡した。

 「使い方はご存知ですよね。」
 「え、あうん。」
 「神無さんの責任感は尊敬します。ですがあなたを大切に思う者として、その手に必要以上に命を摘み取る感触を残したくありません。」

 そう言って差し出された拳銃はずしりと重い。引き金に触れた神無は、アサギリの心配を理解して小さく頷いた。
 神無が扱う武器は、使い手に相手を切り裂いた感触が残り続ける。それが例え自分を害した偽物のアンドロイドであろうと、心優しい神無は機能を停止させるその行為を殺人と見做して一生背負ってしまうことだろう。
 せめてその感触が記憶に残らないように、仲間たちの気遣いを受け止めた神無は改めて拳銃を握ると縞斑の支えを離れて彼の元へ歩み寄った。

 「……かみ、な、」

 壊れたスピーカーから聞こえるノイズ混じりの声が、確かに自分の名前を呼ぶ。
 唾を飲んで拳銃を両手で持ち上げた神無は、震える銃口を彼の顔へ向けた。その角度で打ち抜けば、スタックを破壊して相手を完全に沈黙させることができるだろう。

 「ずるい」

 引き金に指を掛けたとき、ぽつりと彼が呟く。
 顔を上げた神無は、恨みを宿す同じ色の瞳と視線が絡んだ瞬間その場に磔になったように動けなくなってしまった。
 立ち尽くす神無に向かって、彼は捲し立てるように声を上げる。

 「ずるい、ずるい!ずるいずるい!!どうしてお前だけが許される?!お前は俺より不完全で脆いはずなのに!!」
 「っちが、」
 「お前が足を止めなければ、お前が迷わなければ、お前が強ければ!いくつもの命が救われた!!誰も死ぬことはなかった!!」
 「ちがう、おれはおれはッ」

 銃を持つ手ががくがくと震える。全身から冷や汗が吹き出して、涙が視界を煙らせていく。
 その言葉を否定することは、神無にはできなかった。まして、命を落とした者たちは背後に立つ仲間たちの大切な人だったのだから。
 迷い揺らぐ神無の心を見抜いた彼は、せめて一矢報いようと更に声を張り上げる。

 「なぁ、神無三十一!!分かるだろう!?お前の抱いた無駄な感情が!!お前のちっぽけでくだらない自尊心が!!人を殺したのさ!!!」

 くらりと揺れる視界に酔って、拳銃を取り落としそうになった神無は一歩後ずさった。
 背中が温かな腕に触れる。いつの間にか背後に寄り添っていたらしい縞斑は、俯く神無へ両腕を伸ばした。

 「顎引いて、目を逸らすと危ないから。」
 「っ、はぁはぁ
 「大丈夫。ゆっくり息を吐いて。」

 縞斑の手が後ろから神無の両手に重ねられる。支えるように拳銃を持った神無の背中に、駆け足になる神無の鼓動を落ち着かせるように触れ合ったまま、縞斑は床に崩れる彼へ視線を向けた。

 「それでもこの子は、前を向いた。」
 「は、」
 「背負って、食いしばって、この足で立った。人であることをやめて逃げ出したりしなかった。」

 揺らぎ崩れかけた神無に縞斑が与えたのは、そこから立ち上がる方法だけだ。
 それを飲み込んで手を取り、今日まで歩いてきたのは神無自身の持つ力だと、彼以外の誰もが知っている。
 そんな眩しい彼のことを近くで見守って、共に生きて支えたいと願った縞斑の心に、一切の嘘はない。
 
 「だから俺はいや、俺たちは、この子がいいんだよ。」

 手の震えが止まる。大きく息を吐いた神無は、縞斑に支えられて今度こそ銃口を彼へ向けた。
 驚愕に染まるその瞳に映る神無の姿は、歯を食いしばって必死に地面に足をつける情けないものだ。
 それでも、今度こそ神無は銃口を逸さない。

 「ごめん。この場所は、例えお前にも譲れない。」

 支えられた指を動かして、神無は自らの意思でその引き金を引いたのだ。
 


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