変なものを釣り上げた壱樹の話
@lianmiso
花が咲いた小枝を釣り糸代わりの蔦に結び、川に垂らしたのは戯れだった。
予定を立てたものの急な仕事が入り、みんなバラバラにキャンプ地に集合となったのは一昨日のこと。
1番最初に辿り着いたのは壱樹。
まだ日は高い。
全員集合するのは夕方になる。河川を見て思いつき、釣りを始めた。
晩御飯はカレーの予定だが、おかずの一品でも増えればラッキー。
暇つぶしだった。
緩やかな水流に薄桃の花びらが泳ぐ。ぽかぽかとした陽気に、清らかなせせらぎ。
夜通し働いていたこともあり、壱樹は微睡に誘われた。
どのくらいそうしていただろうか。
意識が戻る。
太陽に雲が掛かり、高原のため少し肌寒い。
起きた理由はそれだけではなく壱樹と共に今まで眠りについていた竿がしなり、ギシギシ音を立てていた。適当な枝と蔓で作った釣り竿はもう少しで折れてしまうか、切れてしまうか。
細くはない枝なのに、このしなりに蔓の張り。
壱樹が下唇を舐める。
――――大物だ!
竿を引く。意外にも力を込めなくとも糸は上がる。
小枝に引っかかっていたのは白い石。いや、指の先端。ぽっかりと空いた空洞。
引き上げられたのは骸骨だった。
自ら蔦を切り、座る壱樹を見下ろす。
「花を私に供えたのはお前かい?」
かたかた顎が動くわけでもない。半開きになった歯から響く。洞窟か何かで反響しているような声だ。男か女かも判別しづらい。片手に握られていたのは桃色の花。花びらから雫が垂れ、地面を更に濡らす。
「供えたつもりはねぇ。欲しけりゃやるよ」
「そうかい、じゃあありがたく」
「大物かと思いきや身も何もねぇ奴を釣っちまった。」
「だが、出汁は出る」
「うるせぇ。長く沈んでちゃもう出汁も取れねぇだろ。アンタはなんで沈んでたんだ」
言いながら壱樹はまた餌を川に投げた。骸骨が壱樹の隣に座る。ゆらゆらと足の骨を揺らした。
「釣っておいてなんて言い草だ。これでも私は歩けば誰もが振り返る美形というものだったんだぞ」
「骸骨だから顔もわかりゃしねぇよ。自分でそんなこと言う奴ぁ大したことねーんだよ」
「証明できないのが口惜しい。お見合いも絶えず申し込まれてな………そう、お見合いの時だった」
「そうか。お見合いか。どんな話した?」
「………なんだっけ?」
お見合いなんて自分から1番遠い言葉だ。興味津々で尋ねたものの期待は大きく空振り、壱樹がずっこける。
「なんだ、記憶も川の底に置いてきちまったのか」
「気が乗らなかったのは覚えているんだが………それにしても君は全然怖がらないんだな」
「どこを怖がる必要があるんだ?アンタはアンタ。俺は俺だ。一緒に川底への旅は勘弁してほしいけどな。そんなことするなら砕いてから寺に供養してもらいに行くぞ」
拳を向けた壱樹に骸骨は頭の後ろに手をやった。
「こいつぁ手厳しい。安心しろ、そんなつもりはない」
引く。また骨が引っかかっていた。肋骨の一部だ。
「ほれ、これ。おめえのじゃねぇのか?」
よくよく見ればいくつか骨が欠けている。骸骨は骨を受け取ると嵌める。
「そうだ、料亭。赤い橋が2つ掛かった料亭でな。大きく窓が取られた2階だった。相手方が化粧直しに席を立った時に壺が目に入ったのだ。相手の陰に隠れていたが床の間に飾られていてね」
「壺か。俺にはよくわからねぇけど、高級な店ってよく美術品が置いてあるよな」
「気になって壺を見に席を立ったのさ。掌くらいの大きさの真っ白い白磁気製の壺だった。そうまるでよく焼いた骨のような………」
「今のおめぇみたいな?」
普通の人間だったら夢見心地であっただろう骸骨は壱樹の声でかしゃんと骨を鳴らした。
「そうそう!………ってやかましい!話を戻すとな、蓋がついていた。好奇心から取ったんだ。それでどうしたっけ?」
「はい、これは左の指先だろ?」
手を取って、指骨を嵌めてやる。左人差し指だ。
「………蓋を取って、目があった」
「目があった?まるで生き物が入っていたような言い方だな」
「そうだ、あったんだ。目が。最初は柘榴の実か小粒の柘榴石と思った。光も入らない奥に美しい紅い目が浮いていた………次に舌。舌が腕に巻き付いた。あっという間に壺に引き込まれっちまった訳さ。気づいたら川の底」
「そんで、今は川から上がって………これからどうすんだ?」
「これから、か。初めて聞かれたな。そんなこと。まだきっと忘れていることがある」
骸骨の左薬指は根本から無い。
「それを探しに行こうと思うのさ」
「じゃあ俺も一緒に」
呼び止めた壱樹の声は聞かずに骸骨は川に身を投げた。
雲の合間から光が刺す。
濃紺の着流しを着た女性が仰向けに落ちながら笑顔で壱樹に手を振った。
―――指の欠けた片手には桜の枝を握りしめて。
―――美人じゃねぇか。
◇
ぱちり。
薪が爆ぜ、崩れる。誰かがごくりと唾を飲んだ。
「探しても見つかんねーんだよなぁ。手伝ってやろうと思ったのによ」
「………なんともないのかい」
赤々と燃え盛る火は多喜の心底怯えた顔を照らした。
「この通りピンピンしてるぜ」
「遊び半分で首突っ込まれても迷惑だと思ったんじゃないですかぁ?」
スマホから顔を上げず霧凍が言い放つ。「こんなところでスマホなんて」と壱樹に没収され、不快そうに顔を歪めた。
「遊び半分じゃねぇ。困ってるみたいだったからなんか助けになると思ってよ」
「貴方にとってそうでも、相手にはそう思われているかもしれないでしょう」
「巻き込みたくない、って思ったんじゃないかな。思い出したら壺の中身が追ってくるかもしれないしね」
多喜が壱樹に笑いかけたが、自分で言って想像したのか笑顔が引き攣っている。
「尚更引き止めれば良かったぜ」
「それに桜を差し上げたのはいけませんねぇ」
霧凍が壱樹を睨む。
「ん?どうしてだ?」
「骸骨が発見された時に変に疑いをかけられたら面倒でしょう。あなたに疑いが向かうのは当然じゃないですかぁ。軽率です。怪しくないとは思わないんですかぁ?他の人の術の可能性だってありますでしょう。いつか痛い目に遭いますよぉ。話しかけて襲い掛かられたらどうしていたんですかぁ?」
「襲う気だったら不意打ちできるだろ?悪い奴じゃなかったんだ、きっとな」
静かに笑う壱樹に霧凍は鼻を鳴らす。
「それに襲われてやられる俺じゃないって。湊、焼けたぞ」
こんがりと焼けたマシュマロをビスケットに挟み、差し出した。
反応がない。
瞳は開いている。
コードが耳からポケットに繋がっていた。
「おーい」
壱樹がひらひらと手を振った。湊がポケットから慌ててイヤフォンを耳から外す。
「あ。すみません。ラジオ聞いていました」
「気にすんな!冷める前に食え」
「ありがとうございます」と湊がマシュマロサンドを受け取るのを霧凍が目で追う。
「湊くん、せっかくだから僕も聞きたいな」
気晴らしがしたい。多喜が手を上げた。指先が震えている。カラカラとグラスの中の氷がぶつかり合い音を立てていた。
「いい、ですよ。はい」
湊がイヤフォンの端子を抜くと、ラジオをポケットから取り出し、置いた。
『次のニュースです。福嶋県他町市弥固川下流で身元不明の白骨死体が発見されました。10代前後の女性で死後50年以上経っており、欠損した部位はなく時期外れの桜の枝を握り………』
淡々とアナウンサーがニュースを読み上げる。
着物、女性、川、場所、トドメに桜。
壱樹の話が巻き戻る。
思わず多喜がラジオのスイッチを切り、ウィスキーの入ったグラスを煽る。霧凍がにやにやといやらしい笑みを浮かべた。
「よかった、見つかったんだな」
「?」
1人だけ湊が状況を把握できず、呟いた壱樹を見上げる。
「なんでもねぇよ」と壱樹が湊の頭を撫でた。