カルみと SS
シナリオネタバレあり
ちょっと痛いかも
@popo_trpg_ss
ぐらりと視界が揺れる。
崩れかけた両足を根性だけで踏ん張って、縞斑はゆっくりと周囲を見回した。
額から流れる血液が視界を阻害する。鬱陶しいと舌を打った彼は、乱暴にそれを腕で拭った。
「……結構倒したはずなのに、うじゃうじゃしつこいな…」
呟く縞斑の周囲を取り囲むように立つ化け物たちは、サブマシンガンに弾を装填する彼の様子をじっと観察している。
縞斑の出方を伺っているらしいそれらは、一対一では敵わないことを分かっているらしい。
「殺したと思った?」
笑う縞斑の足元にぼたぼたと音を立てて滴る血液は、彼が立っていることもやっとの状態であることを示していた。
気を抜けばすぐにでも意識を手放してしまいそうな状態の中、必死に意識を繋ぎ止めようと縞斑は手のひらに爪を立てる。
「…こんな風にまた、生きることに執着するようになるなんてな。」
相棒とその妹を失った時、一度縞斑は生への執着を放棄した。適当に死に場所を求めて彷徨い歩くつもりでいた縞斑を変えたのは、眩しいほど真っ直ぐに歩く彼の姿があったからだ。
「もう二度と、あの子に人を愛したことを後悔させたくないんだよ。」
不器用な生き方しか知らない彼が真正面から向き合って傷つき、歯を食いしばって立ち上がるたびに堪らなくなった。
彼に胸を張れる人間でありたいと願う感情は、いつしか彼という存在を支えるひとりでありたいという感情に変わっていったのだ。
自分の死によって膝を折る彼の姿など、縞斑は決して見たくない。
「それに……俺まで失ったらあの子は、もう二度と人を愛せなくなるかもしれない。」
彼はひとを愛することに対して、異常なまでの怯えを抱いている。
それはひとえに彼を取り巻く過去の記憶がそうさせたもので、縞斑の力ではどうしようもないことだった。
けれど、過去を覆すことはできなくても、未来をより良い方向に変えていくことはできる。
彼がもう一度安心して心からひとを愛せるようになるためにも、縞斑はここで消えるわけにはいかないのだ。
「なんて、自惚れかな?」
縞斑が彼を愛した時間は、かつて彼を想っていた者たちの時間に比べて微々たるものだった。
からりと気の抜けた様子を装う縞斑だが、化け物たちが攻撃を仕掛ける様子はない。思った以上に知能のある生物なのだと縞斑は改めて念頭に置く。
「それくらい愛してるし、愛されてる自覚があるんだよね。愛の大きさなら彼らにも負ける気がしない。」
そう呟いた彼は、切り裂かれて血の滲む外套を投げ捨てて身軽な体勢に切り替えた。今は少しでも体を軽くして体力の消費を抑えたい。
化け物たちを睨みつける視界が霞む。痛みによってどうにか意識を繋ぐ縞斑は、絶望的な戦況にただ笑みを浮かべた。
「はは…俺も相当疲れてるなぁ、化け物相手に惚気るなんて。」
空の弾倉を捨てて、装填を終えたサブマシンガンを構える。
「悪いけど、冥土の土産に持っていってよ。」
身構えて殺意を剥き出しにする相手に、それと同等の殺意を向けた縞斑は薄く瞼を開いた。
翡翠の瞳が威圧するように相手を見据える。引き金に指を掛けた縞斑は、唸るようにぽつりと口を開いたのだ。
※
小さな体は最も容易く跳ね飛ばされた。
「ぐ、あッ!」
瓦礫に全身を叩きつけられた神無は、軋む肺から詰まった息を吐いてその場に倒れ込む。
ぶつけた頭は脳震盪を起こしているらしく、ぐらぐらと揺れる視界と込み上げる吐き気に耐えながら彼は顔を上げた。
「はぁ……はぁ…っくそ、」
一体の巨大な化け物は、そんな神無のことを無表情で見下ろしている。その体には神無が付けた切り傷がいくつもあったが、それ以上に神無の方が重症だった。
刀を支えにして立ち上がった神無は、口の中に滲んだ血を床へ吐き捨てる。ふらふらと何度も立ち上がる彼を見下ろす化け物が、僅かに動揺を示した。
「まだ…死ねない……」
衝撃で肋骨が折れてしまったらしく、呼吸をするたびに胸がひどく痛む。無事な箇所を見つけることが難しいほど消耗した神無は、それでも立ち上がることをやめなかった。
「は、ッく…!」
神無の殺意を感じ取った化け物が、反射的に彼の細首に手を伸ばす。壁に叩きつけてその呼吸を奪う化け物はおそらく、本能的に神無のことを恐れていたのだ。
彼の秘めた何かを引き出す前に一刻も早く彼の息の根を止めてしまおう。そう腕に力を込める化け物に、神無は酸素を求めて喘いだ。
「ぁ…ぐ、ぅ…はッ、は…っ」
ぎりぎりと締めつける腕にもがいていた神無は、酸素の回らない体で刀をきつく握りしめる。
渾身の力を込めて振り上げたその斬撃が、狙い通り化け物の右腕を斬り飛ばした。
傷口から溢れた体液が神無を赤く汚していく。腕が地面に転がり、支えを失った神無はどさりと地面に落とされた。
「はぁ…っはぁ……げほっげほ…ッ!」
腕を押さえて痛みに呻く化け物から距離を取った神無は、喉を押さえて酸素を取り込む。
明瞭さを取り戻した視界に瞬きを繰り返した神無は深く息を吐いて、生命の危機に暴れていた心臓を無理やり押さえつける。
「はは…悪いな。俺が死んだら、俺のことだーいすきな先輩が泣いちゃうからさ。」
悲鳴を上げる化け物の恨みのこもった眼差しを受けた神無は、刀を汚す体液を拭って払った。
茶化すような声色の神無だが、その神経は張り詰めていて油断も隙もない。
まだ神無は死ぬわけにはいかないのだ。彼のことを独りにしてしまうから。
「…先輩に好きだって言われたとき、怖かったけどすごく嬉しかった、」
神無三十一という人の形を保つことができたのは、彼が自分のことを厳しい言葉で導いてくれたからだ。
一回り以上年上の彼へ抱く感情はいつしか、尊敬や親愛から少しずつ形を変えていった。
自分の愛はひとを傷つけてしまう。あの事件をきっかけにそう考えていた神無は、彼にそれを伝えることを躊躇ったのだ。
「あの人は、同じ恐怖を知った上で俺に想いを伝えてくれたから…だから俺も腹を括ったんだよ。」
彼はそんな神無の迷いごと包み込んだ。
愛した人を失う辛さを誰より知っているはずの彼は、それでも再び神無を愛した。
そんな彼に愛を応えるとき、半端な覚悟ではかえって彼のことを傷つけてしまうし、不誠実なことだ。
だから神無は、彼に同じ気持ちを返す時に強く誓った。
「…絶対に、あの人を残して死なない。」
呟いた神無は、血と体液で汚れたコートを脱いで床に落とす。呼吸を僅かにでも妨げるネクタイを緩めた彼は、本人にも伝えたことがない本音に小さく笑った。
「まぁ…俺がもっと先輩と一緒にいたいだけなんだけどさ。」
曇りのない刃を相手に向けて、柄を強く握り敵を屠ることだけを考える。不思議といつもより思考も視界も冴え渡っている体の中で、どくりどくりと血の巡る音が聞こえた。
「相打ち覚悟、なんて…かっこいいことは言わない。」
化け物が僅かに身を引く。神無の体から放たれる膨大な殺意を感じ取ったそれは、彼の力量を見誤ったことにようやく気がついた。
「何が何でも、お前を倒す。」
緊迫する空気の中、呟いた神無は爛々と輝く紫の瞳を相手に向ける。引くに引けない化け物は、自身を鼓舞するように雄叫びを上げて神無へと襲い掛かった。
その巨大な体躯を前に怯むそぶりもない神無は、唸るようにぽつりと呟いたのだ。
「「こんなところで、死んでたまるか。」」
終