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路地裏の化け猫

全体公開 小説 10 4056文字
2023-11-24 09:08:34

⚠人外設定パラレルソウキサ
【化け猫のキサと同居人世長】
幼いころ猫に一目ぼれした男が、大学進学のために上京した都会で猫と再会して同居生活する話
(今後R18ありの続きを書いて本にする予定です)

 あの日、自分が一目惚れした猫はどうやら化け猫だったらしい。
 リビングで警戒したようにこちらを見つめている少女から生えた二股の尻尾を呆然と見つめながら、世長創司郎はそう考えていた。

  
 世長創司郎という人間の人生は常に親という存在に全ての舵を握られていた。親に言われるがまま勉強してきたし、親に言われるがまま進路を決めてきた人生だった。無論、この大学も同じように。だけどその親とやっと離れて暮らせるのはしがらみから開放されたような、不安なような。そんな微妙な開放感を抱きながら、列車の窓の外から移り変わる景色をぼんやりと眺めていた。
 一人暮らしのため、初めて都会へ上京してきた日。薄寂れた格安アパートに詰め込まれた自分の荷物をなんとか開き終わったのが午後九時過ぎのこと。そこから徒歩で二十分の距離にある最寄駅近郊のコンビニで遅い夕飯を買って戻ろうとした時のことだった。
 自宅まであと五分程、通りがかろうとした道路横の路地裏からカラスのけたたましい鳴き声が聞こえてきた。
 幼少からカラスに対してあまり良い思い出がない世長はそのまま目を背けて通り過ぎようとしたが、視界の端に一瞬見えた色にはっとして視線を戻す。路地裏の奥では三羽のカラスが一匹の猫を襲っているようだった。
 もう一度よく目を凝らしてみる。そこには桜色の毛並みに月色の目を光らせて、弱りながらも懸命に威嚇している猫がいた。
 ――間違いない、あの、猫だ。
 
 そう思ったときには既に駆け出していて、世長は猫に群がっているカラスたちに向けて持っていたショルダーバッグを勢いよく振り回して追い払う。
 突然の部外者に狩りを邪魔されたカラスたちは不服そうにぎゃあぎゃあと喚きながらも飛び去っていった。
 急いで襲われていた猫の元へと駆け寄る。傷だらけでぐったりした猫はキッとこちらを睨んだものの、既に限界を迎えていたようでそのまま目を閉じてしまった。もしやと血の気が引いて慌てて確認するが、どうやら気を失ってしまっただけのようでほっと胸を撫で下ろす。しかしこのまま放っておけば危ない。この近辺には駆け込める動物病院もないから、一旦自宅で安静にさせるほかないだろう。
 
 ……あの時とは真逆の状況だな。
 そう思いながら世長は傷つけないよう慎重に猫を抱え上げた。
 

 思い出すのは初めて出会った小学二年の初夏のこと。 
 あの日の放課後の帰り道、世長はカラスに追いかけられていた。別段巣に対して何か悪戯をしたなんてことはなく、ただ子育て期のカラスの巣の下を気づかずに通り過ぎてしまった。それだけの不運な理由だった。
 必死に逃げ回っている内に隣町まで来てしまったらしい。土地鑑のない世長は道もわからぬままあちこちへと走り回るがカラスもしつこく追いかけてくる。よほど気が立っているのか、それとも似たような黒髪の人間に何かされた恨みでもあるのか。
 追いかけっこの終着点、辿り着いたのは行き止まりの袋小路だった。引き返そうにもあっという間にカラスは追いついてきた。黴びた冷たい路地裏の壁を背に、世長は力なくへたり込む。
 頭上から見下ろすカラスの嘴がいやに鋭く見えて、いよいよ逃げ場のなくなった世長は体を縮めてぎゅっと強く目を瞑った。
 真っ暗な視界の中、蹲る世長の体になにか毛玉のようなものがぐっと押し潜ってくる感触を覚えた瞬間。
 フギャァァァオ!!
 聞こえてきた鋭い声に驚いて目を開くと、高く跳躍した猫が眼前に迫っていたカラスを払い飛ばしていた。
 激怒したカラスは猫に喚くものの、全身で威嚇する姿に慄いたのかあっけなく飛び去っていった。呆然と見つめていた世長の方へ、威嚇を解いた猫はゆっくりと歩いてくる。 
 やがて目の前までやってきた猫は世長をじっと見つめて――そのランドセルの下に潜り隠れようとしていた鼠の喉にすばやく噛みついて仕留めた。しっかり牙を立てて獲物が息絶えたことを確認すると用は済んだとばかりに踵を返す。
 猫に世長を助ける気なんてものはなく、たまたま狙っていた獲物が逃げた先にカラスがいたから追い払ったにすぎないのだろう。
 実際世長も助けられたから好きになったというわけではない。
 ……けれど去り際にいちどだけ。猫は世長の方を振り返った。
 その時の光景は今でも忘れられない。差し込んだ夕陽に照らされる姿はこの世の何よりうつくしいと思った。しとやかになびく桜色の毛並みが、月のように輝く意志の強い瞳が、獲物に深く食らいついて血で濡れる暴力的な牙でさえ。猫の持つうつくしさの全てが世長の心を強烈に掴んで離さなかった。
 ……初恋相手が猫だなんて、おおよそ人に言えるような恋愛観ではない。あの出会いについては誰にも話すことはなく、ひっそりと胸の内に想いを抱えて日々を過ごした。
 ただもう一度会いたい。その気持ちだけが世長の中で膨らんでいくのみだった。
 
 だが、あの後いくら周辺を探し回っても猫に再び会えることはなかった。そうこうしているうちに家庭の事情で引っ越すことが決まり、後ろ髪引かれる思いで街を去ったのだった。
 それからどこか出かけた先で猫を見かけるたびにあの桜色がいないか探すようになった。こんなところに居るはずはないと思いながらも。……けれど、まさかこんなところで会えるなんて。
 自宅に帰ってきた世長はリビングの明かりを点けて、腕の中で眠る猫を見つめる。
 喜びと同時に、傷だらけの体を見てどれだけ壮絶に生きてきたのだろうと胸が痛くなる。
 猫は目を閉じたまま、浅く息をしている。そっとタオルの上に横たわらせてから、まずは動物病院に診察してもらおうとスマートフォンを手に取る。
 廊下に出て、マップアプリに出てきた一番距離の近い動物病院の電話番号にコールをする世長の脳内にはひとつだけ疑問があった。
 あの猫は間違いなく、自分の探していた猫に違いない。だがそうなるとおかしな点がある。
 ……変わっていないのだ、あの時の姿からまったく。
 世長が猫と出会ったのは今から十年以上も前の事であるし、いくら人間と違って動物の老化が分かりづらいといっても限度がある。じわりと疑問が広がるが、繋がった電話先から受付の声が聞こえてきて世長はその思考を一旦端に置いておくことにした。
「はい、あの、これから受診してもらうことって……あ、そちらは夜間診療はされてないですか……はい、はい。じゃあ今日は様子を見て、明日の朝伺いますので……
 動物病院に保護猫の対応について確認しつつ診療予約をして通話終了ボタンを押す。猫を保護するのなんて初めてだが、かなり弱っているしまずは何か水や食べ物を与えないと。
「どうしよう、買ってきた物で食べさせて大丈夫なのあるかな……いややっぱりもう一回走って専用のを買いに行ったほうが……
 ぶつぶつと呟きながらリビングの戸を開ける。瞬間、そこから飛び込んできた予想外の光景に世長の瞳は驚愕で丸くなった。
 扉を開けた先。桜色の髪に月の瞳、黒いキャミソールワンピースを着た傷だらけの少女が部屋の真ん中でぼんやりとした瞳をして座り込んでいた。
 ――猫が、人になっている。それを直感した世長の脳は理解不能な状況に思考がフリーズして身動きが取れなくなる。
 その少女が猫だとわかったのは至極簡単な理由だった。生えているのだ。耳と尻尾が。頭頂には先ほどまで寝ていた猫と全く同じ形のツンと尖った耳が、丈の短いシルクのキャミソールワンピースの腰部分からは二股の毛並みのよい尻尾が飛び出して揺らめいている。……二股? また脳内を混乱させる項目がひとつ増える。
 二股の尻尾なんて、まるで猫又――いや、人間の姿になっているから化け猫、なのか?
 情報量の多すぎる光景に脳がパンクした世長はワンテンポ遅れたのち素っ頓狂な声を上げた。
……えっ!?」
 その声に肩をびくりと跳ねさせた少女――いや化け猫は世長を視界に入れるやいなや一目散にベランダの方へ駆け出した。不用心にも鍵を掛け忘れていたガラス戸は簡単に開け放たれて、擦り傷だらけの白い右手がベランダのフェンスを掴む。
 このままでは行ってしまう。
「待って!!」
 反射的に叫んだ世長の声に驚いたのか猫はぴたりと動きを止める。
「その、急に驚かせてごめん! けど僕は君に危害を加えるつもりなんてないから!」
 猫の頭頂から生えた耳がぴく、とわずかに動いた。 
「えっと、ほら、怪我だってあちこちにしてるし、その状態で外に出るのは危ないよ。せめて怪我が治るまではここで休んでいってくれないかな……? 僕も君の怪我が早く良くなるようにできるだけのことはさせてほしいし……この部屋は好きに使ってくれて構わないから!」
 まくしたてるように口にしてからそもそも言葉は通じているのかという不安が襲ってきたが、猫はフェンスにかけていた手を静かに離して見定めるようにこちらを見つめてきた。
 少なくとも敵意がないことは伝わっただろうか。とりあえずは刺激しないように世長もその場で身動きせずに佇む。
 ……猫が見つめてくるときって見つめ返さないほうがいいんだっけ。ふと思い出した知識に縋ってぎこちなく目を泳がせていると、そろそろと猫はリビングに戻ってきて再びラグの上に座り込んだ。
 ひとまずはここに残ることを選んでくれた猫の様子を見て世長の胸に嬉しさが湧きあがるが、感情的になってまた驚かせてはいけないとなんとか気持ちを落ち着かせてそっと話しかける。
「戻ってきてくれてありがとう。えっと……まだ、自己紹介してなかったよね。僕は世長創司郎っていいます。……その、これからよろしく、ね?」 
 猫はその言葉に鳴き声のひとつも返さなかったが、返事の代わりに二股の大きな尻尾をゆるりと振った。

 そうして、一人と一匹の奇妙な同居生活が始まったのだった。


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