カルみと ひざ枕の話
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
アサギリから急いでアジトに来てほしいと言われたときは何事かと心配したが、扉が開いたことにも気付かずに一心不乱に仕事に向き合う縞斑狩魔を目にしたときは、何かのドッキリだろうと神無三十一は怪訝な表情を浮かべてしまった。
「…なにあれ。」
「マスターです。」
「いや…それはわかるんだけど……」
神無が呟いた言葉に対して、アサギリはその隣で淡々と声を返す。遠慮がちにその言葉にツッコミを入れた神無は、説明を求めるようにアサギリを見上げた。
視線を受けたアサギリは、変わらない仏頂面の奥に心配の色を宿しながら口を開く。
「マスターがここ3日、ほとんど寝ずに仕事をしているのです。」
「あのだらだら先輩が?!」
アサギリ曰く、とあるアンドロイド絡みの事件の調査に当たるようになった3日前から、縞斑は寝る間も惜しんで仕事に打ち込んでいるらしい。
事件についてドロ課でも聞かされていた神無は、納得した様子で小さく頷く。
事件の内容はアンドロイドを使った誘拐事件だった。巻き込まれたのは、今年で16歳になる高校生の少女だ。
「ドロ課でもまだ犯人やアンドロイドの足取りは掴めてないけど……そっちはどうなの?」
「こちらも似たようなものです。このままですと、マスターが倒れる方が先かと。」
事件に目立った進展はなく、捜査は難航している。焦る縞斑が更に無茶をして調査を続けようとする姿を見て、アサギリは神無のことを呼び出したのだ。
「…わかった。しばらく休ませるよ。」
「よろしくお願いします。私の言葉では聞いてくださらなかったので。」
何度も休むよう説得したアサギリだが、縞斑が聞き入れることはなかった。
縞斑の恋人であり、同じ人間である神無ならば、もっと彼の心に寄り添って上手に体を休めるよう説得ができるかもしれない。
そんな希望を込めたアサギリのお辞儀を受けて、神無は小さく頷くと扉の先へ歩みを進めた。
縞斑が調査に打ち込む理由は分かる。神無だって、進展のない調査に焦りを抱いていることも事実だ。
しかし、縞斑の無茶を見過ごすことは、同じ仲間としても彼の恋人としてもできない。
「せーんぱい!」
声を上げて神無が部屋に入ると、ようやく彼の存在に気がついた縞斑が顔を上げた。
驚いたように目を瞬いた彼の手から、ぱたりとペンが落ちて机の上に転がる。
「神無ちゃん…なんでここに…?」
「説明はあとでするから、とにかく今から2時間くらい休憩ね。」
「え、ちょ…!?」
困惑した表情を浮かべる縞斑に構わず、室内に立ち入った神無は彼の腕を取って机から引き離す。目の下に濃い隈をつくった彼は、頭の回転が追いつかない様子で神無の顔を見上げた。
「神無ちゃんごめん。まだやらなきゃならないことがあるから、」
「だいぶ効率落ちてきただろ?一回仮眠してから再開した方が捗ると思うけど。」
「でも………」
「まさか…大天才の大先輩であるだらだら先輩が、そんなことも分からないなんて言わないよな?」
有無を言わせない圧を纏って神無は笑みを浮かべる。その姿は縞斑が無茶をする神無によく用いる立ち回りで、彼は思わずぐっと言葉に詰まった。
縞斑が助けを求めるように扉の外へ視線を向けると、そこに立って二人の様子を見守っていたアサギリと目が合う。
縞斑が何かを口にするより早く、すいと目を逸らしたアサギリは扉を閉めて部屋の前から離れていった。
「……アサギリちゃんが呼んだのか…」
「先に言っとくけど、アサギリのこと責めたら怒るからな。」
咄嗟に漏れた言葉とため息に、神無はあらかじめ強く念を押す。
アサギリが縞斑の体調を心配していたことを神無は良く知っている。自分の言葉で縞斑を止めることができなかったことは、相棒として悔しかったに違いない。
アサギリの注意を聞かなかった縞斑は、責められこそすれ彼を責めることができる立場ではなかった。神無の言葉もアサギリの意思も理解したらしい縞斑は、気まずそうに俯いて小さく頷く。
「…分かってる。そこまで無様なことはしないよ。」
「もちろん俺も心配してるから。」
「……ごめん、周りが見えなくなってた。」
「ん、よろしい。」
縞斑を無事に言い負かした神無は満足げに頷くと、彼の手を引いてソファへ向かった。
先に座席の端に腰掛けた彼は、合わせた両膝をぽんぽんと叩いて縞斑を見上げる。
「はい、寝転がって。」
「……え、膝に?」
目の前できょとんと首を傾げる神無を見下ろした縞斑は、思わず苦笑いを浮かべて後ずさった。
「クッションないし、寝室まで移動するのもしんどいだろ。」
「いや…だとしても、流石に恥ずかしいんだけど……?」
13歳も離れた青年を捕まえて膝枕をさせるなど、変態もいいところの所業である。
疲れているという言い訳だけでは頷くことができずに縞斑が躊躇っていると、神無は焦れたように縞斑の腕を引いた。
「この大天才神無三十一様が膝を貸すって言ってるんだから、素直に甘えとけばいいじゃん。」
そう言って神無は悪戯っぽく笑ってみせる。
縞斑の気が少しでも休まるよう、目一杯甘やかそうと考えているのだろう。そんな健気な神無の姿に、縞斑は思わず笑みを漏らして頷いた。
「じゃあ…少しだけお願いしようかな。」
「最低2時間な。」
「膝どうなっても知らないよ?」
成人男性の頭を膝に乗せて2時間耐えるには、神無の細足ではとても不可能なことだろう。そう考えて遠慮する縞斑だったが、とっとと横になれという目力に負けた彼は渋々横になった。
太股に浅く頭を預けた縞斑は、小さく身じろぎをして苦笑いを浮かべる。
「うーん、かたい。ちゃんと食べてる?」
「失礼だな…食べてるよ。」
神無の膝は鍛え始めて筋肉がついたといえど細いままだ。生まれつき中性的に見える骨格も味方して、神無は成人しても華奢な体つきをしていた。
身を任せたら足が疲れてしまうかもしれないと心配する縞斑だったが、神無はそんな彼の頭を撫でて力を抜くよう促す。
これ以上抵抗して怒らせたら後が怖い。そう思い直した縞斑は、大人しく彼に体を預けて腹に顔を埋めた。
「…あったかい。」
「生きてるからな。」
ふわりと漂う果物や生クリームのような甘い匂いは、甘いものを愛する彼に染みついた匂いなのか、はたまた彼そのものの匂いなのか。
柔らかいその匂いを吸い込んで小さく息を吐いた縞斑は、ぽつりと小さく口を開く。
「あの子と、同い年だった。」
明るく笑う少女の姿が頭の中に浮かんでは消える。
彼女を守ることは愚か、彼女に自分たちの世界は守られた。
泣きながら帰りを待つ被害者の両親の姿が、彼女の両親の姿に重なった。一刻も早く見つけなければならない、そう躍起になった結果がこれだと縞斑は自嘲する。
「ただの罪滅ぼしだ。」
「…うん。」
「そんなことしたってあの子は戻らない。」
「……うん。」
「わかってるよ……そんなこと、わかってるんだ。」
縞斑の心の柔らかい場所に深く刺さった棘が、じくじくと痛んで彼を蝕む。解けた唇から漏れる言葉はきっと、縞斑自身に言い聞かせるためのものであって、神無に同意を求めているわけではないのだろう。
どうしたら自分は、縞斑の心の支えになれるのだろうか。両腕で縋るように顔を埋める彼の頭を撫でながら、神無は静かに考えていた。
「神無ちゃん。」
「…なぁに?」
「神無ちゃんは……」
思わず溶け出しそうになった感情を、縞斑は直前で飲み込んだ。神無の腹から顔を離した彼は、部屋の灯りに痛む目の奥に顔を顰めて小さく唸る。
「いや、縁起でもないこと口走りそうになった…ごめん。」
かつての想い人と恋人を重ねた挙句、同じ道を辿ることを恐れたその願いを押し付けるなど怒られても文句を言えない。
言霊と呼ばれる存在が何処で力を発揮するかも分からないのだ。たとえ傷心していたとしても、言って良いことと悪いことがある。
額に手を当てて顔を覆う縞斑をじっと見つめた神無は、腰を折って彼のことを強く抱きしめた。
「ん…かみなちゃ、」
「俺はいなくならないよ。」
腕の中でぎくりと縞斑の体が震える。
翡翠の瞳を大きく見開き、半開きの唇から浅く息を吐く彼の呆然とした姿を笑った神無は、彼の鼻先を指で突いた。
「ちゃんとここにいるから。」
「……。」
「だから、安心して俺のこと好きでいなよ。」
穏やかに笑う神無の顔を見上げていた縞斑は、おそるおそるその手を伸ばす。
神無の体を強く抱きしめた縞斑が小さく鼻を啜った。聞こえないふりをした神無は、縞斑の長い髪を優しく梳く。
「はは…神無ちゃんたら男前すぎ…」
「惚れ直しただろ?」
「うーん、これまでの愚かと相殺かなぁ」
「愚かって言うな。」
いつもの穏やかなやり取りが二人を包んだ。
唇を尖らせて不貞腐れた神無の仕草を可愛いと言って小さく笑った彼の瞼が、徐々に落ちて行く。
それを助けるように瞼の上に唇を落とせば、縞斑の意識はとろりと微睡に蕩けた。
「…ありがと、かみな…ちゃ……」
寝息を立てる縞斑の前髪をそっと掻き分ける。
「おやすみ、先輩。」
慈しむように額へ落としたその口付けが、どうか彼の眠りを穏やかなものに変えますように。そう祈って、神無はひとり笑みを浮かべるのだ。
終