ワンドロ『女装』
カルみと シナリオネタバレなし
@popo_trpg_ss
「まぁ確かに、可愛い顔だとは常日頃から思ってたけどさ。」
まさかここまでとは。そう言わざるを得ない光景に、縞斑は思わず感嘆の息を吐いた。
長い金の髪を揺らしてくるりとその場で回ってみせた女性が得意げに笑う。その悪戯っ子のような笑みと、細められた宝石の瞳に、きっと魅入らない人は居ないだろう。
誰もを虜にするようなひとりの可憐な女性は、長いニットの袖から覗く指先でスカートの端を摘んで見せた。
「ふふん、可愛いだろ?」
「あ、ちゃんと中身は神無ちゃんだ。」
発せられた自信に満ち溢れる声を聞いた縞斑は、見た目とのちぐはぐな光景に混乱して悲鳴を上げる頭を宥める。
「どうよコレ、童貞を殺す服。」
「童貞特攻で平気?」
「女の子の選び方で一目瞭然だよ、犯人は絶対童貞。じゃなきゃ電車なんかで性欲満たしたりしないって。」
「うーん…犯人の擁護をする気は微塵もないけど、全国のこういう雰囲気の女の子が好きな童貞諸君の評価は守ってあげたい気持ちだなぁ。」
珍しく辛口な意見を吐き捨てる神無に向かって縞斑は、風評被害を被った罪のない若者たちを守りながら苦笑いを浮かべた。
二人が待機しているのは駅前の路地裏だ。薄暗いその場所から彼らは、目標の人物が訪れる瞬間を待ち構えていた。
「この次の電車に乗るんだよね?」
「そう。8時14分の快速急行、3車両目の窓側。あいつはいつもそこで女の子を選り好みする。」
神無の元に痴漢逮捕の囮役を頼みたいという連絡が来たのは、今からおよそ一週間前のことだ。
申し訳なさそうに頭を下げる別部署の彼ら曰く、朝の電車内で痴漢被害が相次いでいるらしい。
犯人が狙うのは、気が弱くて抵抗ができない華奢な女性だ。やり方も悪質らしく、体を触られただけではなく股間を押し付けられたり、中にはスカートを捲って下着に手を伸ばされた者もいる。
通勤時間の満員電車を利用した犯行は非常に巧妙で、警察が動いて下手に刺激をすると警戒して狩り場を変える可能性があった。
「確かに…神無ちゃんなら華奢だけど力はある。ろくに訓練もしてない一般人を確保するなんて造作も無いだろうね。」
「まぁな。それに、俺がもし断ったら誰か別の人…もしかしたら女の子が頼まれるかもしれないだろ。」
一回限りの囮捜査に踏み切った彼らの協力要請に対して、神無は迷わず首を縦に振ったのだ。
変装を得意とする神無だが、女装に対して全く抵抗がないわけではない。顔も名前も知らない男に体を弄られるなど嫌だ。
けれど捜査は絶対行われることだろう。神無が断れば、代わりに別の人間に白羽の矢が立てられるに違いない。
「現行犯じゃないと捕まえられないから、囮になる以上痴漢されることは確定だし。」
「…そうだね。」
監視カメラの映像から大体の犯人像は特定されているが、犯行の現場を押さえなければ逃げられてしまう可能性がある。
慎重な犯人であるため、ほとぼりが冷めるまで逃げ回った上で狩り場や時間を変えて出没されたら手に負えない。
犯人を捕らえるということは、囮の刑事が痴漢の被害に遭うことを意味していた。
「仕事だって割り切ったとしても、嫌な思いするに決まってるだろ。」
神無が断れば、彼より立場が弱く断ることができない女性に圧力が掛かるかもしれない。嫌な思いを抱える人間が生まれてしまうことを、神無は良しとしなかった。
丁寧に化粧を施した神無の見慣れない横顔を眺めた縞斑は、ふっと小さく息を吐く。
「…自分を犠牲にすることは感心しないけど、その優しさを仲間の俺は誇らしいと思うよ。」
「恋人の先輩は?」
「今すぐにでもこの仕事を他の人に押し付けて君の服と化粧をひん剥きたい気分。」
首を傾げた神無に向かって淡々と温度のない言葉を連ねれば、わざとらしく身震いをした神無が苦笑いを浮かべた。
「怖いなぁもう。」
「当たり前だろ。恋人が何処ぞの男に気安く触れられて、苛立たないような聖人がこの世にいるなら見てみたい。」
神無の優しさは尊敬するが、それはそうと縞斑と神無は恋仲という関係なのだ。
これから痴漢に遭うことが確定している任務に対して、笑顔で送り出して応援できるほど縞斑は出来た人間ではない。
露骨に顔を顰めて不快という感情を全面に押し出す縞斑を見上げた神無は、眉間に刻まれた深い皺をほぐす様に指を当てて笑った。
「やきもち焼いてる先輩かわいい〜」
「……揶揄うと怒るよ。」
ふざける神無の手を取った縞斑は、低い声でそう忠告する。力加減のされた手のひらと苛立った様子の縞斑を見上げた神無は、困ったように笑ってその指先を絡めて見せた。
「ごめんごめん、ちゃんと相談したんだから許してよ。」
神無が任務を引き受けた時、縞斑はその現場に居合わせていなかった。
同僚たちは気を遣って縞斑に隠すことを提案したが、神無はやましいことをしていないからと正直に打ち明けることを決めたのだ。
話を聞いた縞斑は反対こそしなかったものの、絶対にその現場に同行すると言って聞かなかった。
それ以上の譲歩はないと察した神無は、呆れるアサギリに縞斑の本来の仕事を任せて、膨れるディーノを説得して待機するよう頼んだのである。
「…それが君の性分だってことは分かってる。全部含めて愛してるし、今回の件でそれが揺らぐこともない。」
「そうだと信じてるから言ったんだよ。」
「それはそうと、大人しく守らせてくれないクソガキだなと心の底から腹は立ってる。」
「うわめちゃくちゃ言うじゃん、ごめんって。」
整理できない独占欲と執着を隠す様子もなく晒す縞斑に対して、愛されているなと考えてしまうのだから神無も相当な末期だ。
どうやら恋は、大天才すら例外でなく馬鹿に作り替えてしまうらしい。
「まぁ見てて。任せてよ。」
ふと、神無の声が色を変える。
怪訝に思い視線を落とした縞斑は、そこに揺れるアメジストの瞳に息を呑んだ。
「何も悪いことしてない女の子たちを泣かせた悪いやつなんて、俺が速攻で引っ捕らえてやるからさ。」
彼の声と瞳に宿るのは、ぐらぐらと腹の底から煮えたぎるほどの怒りだ。
今の彼を突き動かしているのは美しく愚かな自己犠牲などではない。平和を乱す存在を決して許さない、揺るぎない確かな正義だった。
そんな彼の覚悟を目の当たりにして、一体誰が我儘など言えるだろうか。
「…神無ちゃん。」
「なに?」
「今めちゃくちゃキスしたい。」
「口紅取れるからやめろ。」
終