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不思議な瞳のあの子の秘密

全体公開 小説 3 5269文字
2023-12-01 20:50:08

【人外パラレル】人間世長×吸血鬼希佐
がっつりではないものの幼少期にインモラル要素含まれます ご注意を

 幼い頃に出会った初恋の人は、不思議な瞳をしている女の子だと思った。……どうしてそう思ったのかは、自分でもわからなかったけれど。

 
 放課後の道路を世長創司郎は足早に駆ける。神社の鳥居をくぐり抜け、石畳の階段を登った先。待っているであろう彼女に会うために。登り切った先、神木の葉が作り出す木陰に待ち望んでいた桜色が見える。
「あ、創ちゃん!」
 こちらに気づいてぱっと目を輝かせ手を振る彼女の姿に世長の心も明るく躍った。
「希佐ちゃん! 日直で遅くなってごめんね。……あれ、継希くんは?」
「継希にぃは委員会で遅れるって」
「そっか、じゃあ継希くんが来るまで二人であそぼっか」
「うん。……ね、それなら向こうであそぼ」
「え? う、うん」
 繋がれた手に引かれるまま世長は希佐の後をついていく。いつもの公園で遊ぶのかな、なんて考えていたものの希佐は遊具を素通りしてぐんぐんと奥の方へと進んでいく。公園を囲う藪を抜け、鬱蒼とした木々が見え始めたころになってくるとさすがの世長にも不安が襲ってきた。
「希佐ちゃん、どこまでいくの? これ以上離れたら森に入っちゃうよ……
 世長の声を受けてはっとしたように希佐の歩みが止まる。繋いでいた手がゆるく解かれてこちらに向き直った希佐は俯きながらもじもじと言いづらそうに口を開いた。
「創ちゃん、あのね……実はお願いがあるんだ」
「お願い?」
「えっとね……創ちゃんのおてて、カミカミしてもいい?」
 どんな内容だろう、と考えていた世長の頭に流れ込んできたのは、まったくもって予測不可能な内容だった。
「え……ええっ!?」
「いたくしないから!」
「いや、その、でも……
 脈絡のない突飛な願いになんと答えたものかと考えあぐねる。
 ここ最近の彼女はちょっと変だ。そういえば、この前も似たような事があった。演劇ごっこ中、世長が足をくじいて盛大に転んでしまったときを思い出す。
 膝を大きく擦りむいてしまって演劇ごっこは一旦中止。「神主さんから救急箱借りてくる!」と言って走っていく継希に、心配そうにこちらを覗き込む希佐。二人に迷惑をかけてしまった情けなさと膝のジクジクした痛みで溢れてくる涙が止められない。
 蹲ったままの世長に「継希にぃがすぐに治してくれるからね」と慰めてくれる希佐だったが、世長の顔を心配そうに見ながらもなぜか瞳はどことなく爛々としていて、落ち着きなく何度も膝の傷に視線を落としていた。生々しい傷に動揺しているのだろうか、そう思いなんとか嗚咽を呑み込んで「大丈夫だよ」と口にする前に。意を決したように喉を鳴らした希佐が「ちょっとだけ、ごめんね」と呟いて。
 ぺろり。と彼女の小さな舌が膝に滲む赤を掬いあげた瞬間、頭が真っ白になった。
 突然の行動に目を白黒させているうちに血相を変えて走ってきた継希が「何やってるの!?」と引き剥がしてしまったけれど。お説教をくらいながら「舐めたほうがはやく止まるって聞いたから……」と弁明する彼女の言い分は嘘ではなかったと思う。だけど、どうも血を止めたかったというよりあれは――

「創ちゃん」
 希佐の呼び声ではっと意識が過去から現在に戻る。
「やっぱり……だめ、かな」
 雨に濡れる子犬さながらにしょんぼりと肩を落としながら上目で見つめられて胸がぎゅっと締め付けられる。
「う、ううん! ……いい、よ」
 結局、どんなに変なお願いでもやっぱり受け入れてしまうのは惚れた弱みというやつなのかもしれなかった。

「じゃあ、するね。……いたかったりしたらすぐ言ってね!」
「う、うん」
 取られた右手が口元に寄せられて、開かれた小さな口から漏れた温い息が触れた。
「ぅ、きさちゃ」
「んぁ、ぁぐ……
 彼女の手に導かれるまま、指先が温かな空洞へと吸い込まれる。
「ふ、……んぅ」
 乳歯から生え変わった白い凹凸の感触が肌のぎりぎりを掠める感触に、ただ体を強張らせたままじっとするよりない。そうやって大人しくされるがままにしていたのだが、唐突に柔く湿った感触が指先を掠め、その刺激に思わず声を上げてしまう。
「ひぅ!?」
 上ずった声を上げてしまった世長に希佐もぴくりと動きを止めたものの、口に入れた手は離さぬままに尋ねる。
「いひゃい?」
「い、いたくはないよ! いたくはない、けど……
 好きな子に手を噛まれている。普通に考えればおかしな状況なのになぜだか鼓動が激しくなって、漏れ出そうな声を隠すために片手で口を押さえた。
「ふぅ、……ぅ」
「ん、ぅぅ……
 時折声が漏れるたび。聞いたことのない湿度を持った彼女の声が鼓膜から胸の中へ入り込んで、ちりちりとした火花みたいな熱を運び込んでくる。ざわつくような胸の疼きは決して嫌なわけじゃない。嫌なわけではないのだけれども。
(なんか、これ。すごい、いけないことのような気がする……!)
「あ、あの! 希佐ちゃん!?」
「んぅ……どうしたの? いたかった?」
「いや、そうじゃないけど! その……これってな、なんかよくない? ことのような気が……
「大丈夫だよ。おててかんでるだけだもん」
「え、ぅあ……そう、なのかな……?」
 微笑みながらも有無を言わさない言葉に、熱っぽくなった意識は簡単に流されてしまう。彼女が大丈夫だと言うのだからそうなのかもしれない。……たぶん、きっと?
 もはや止める理由すらなくしてしまったまま、なすがままに手を噛まれる。漏れる声がどちらのものなのかもわからなくなるほど脳が熱で浸食されてきた頃に。
 浅い息を漏らした希佐がすり寄るように親指の付け根、肉の厚いところに甘噛する。舌で皮膚の表面をなぞられて、背筋にじんわりと淡い痺れが走るような感覚がした。
「ねぇ、創ちゃん……いい?」
 いいって、なにが。
 頭ではそう問わなければいけないと思うのに。実際の体は言いなりになるように黙ったままこくりと首が揺れただけだった。
 嬉しそうに細まる瞳をぼんやりと見つめたまま、肌にちくりと鋭いものが触れた時。
 
「希佐ー? 創司郎ー? そこにいるの?」

 呼びかける声に二人の肩がびくりと跳ねて、弾かれたようにお互い距離をとる。藪の向こうから声の主が現れる前に希佐は口元に手を当て、世長もとっさに湿った右手を背中に隠した。
「いたいた、二人ともこんなところで遊んでたの? 森がすぐ近くにあるんだから神社から離れたら危ないよ」
 現れた継希は優しい声で諭すように話しかけてくる。だが、希佐の顔を見た瞬間その表情がわずかに歪み、声のトーンが険しくなった。
……希佐、創司郎に変なこととかしてないよね?」
「し、してないよ! 遊んでただけだもん」
 希佐の返答に本当かと訝しむように継希がこちらを見つめてきたので慌ててこくこくと頷く。
「んー……ならいいけど。ほら、二人とも遊ぶならこっちでね」
 希佐は「はーい」と返事をして、公園の方へと戻る継希の後についていく。世長もその後を追えば、そっと傍に寄ってきた希佐が継希の目を盗むようにこっそりと耳打ちしてきた。
「さっきの、継希にぃにはないしょ、ね」
 囁かれる声に頬へと熱が集まるのを感じながらも小さく頷いて。誰にも気づかれないように、湿った熱の残る手をそっと握りしめていた。
 
 それからほどなくして、引っ越しで街を離れることになってしまったけれど。あの出来事は世長の中で特別な思い出として記憶に残り続けていた。
 どうして彼女はあんなことをしたのか。その答えは数年後、思わぬ場所での再会がきっかけで知ることとなる。


 あれから時が経って何度目かの四月が巡ってきた。桜の花が舞う窓の外を見つめながら、入学したばかりの世長はクォーツ寮の自室で私物の荷解きに励んでいた。おおよその荷解きが済んだ頃、部屋の扉から控えめなノックが聞こえた。駆け寄るように扉へ向かい、そっと開けばそこにはこの学校で予想外の再会を果たした想い人が立っていた。
……っあ、創ちゃん」
 顔を強張らせる希佐に世長は優しく微笑みかける。
「待ってたよ、どうぞ」
 教室でのオリエンテーションが終わった後、希佐から「話したいことがあるから後で部屋に寄るね」と言われていたのだ。話したいこと、というのは十中八九この学校――男子以外は入れないはずのユニヴェール歌劇学校に来た経緯だろう。
 部屋に招き入れ、懐かしい話をしながら希佐が言い出すのを待つ。しかし入室してからの希佐はなんだか歯切れが悪い。話自体は弾んでいるもののどこか上の空のような気がする。……よほど深刻な事情なのだろうか。どんな事情でこのユニヴェールに来たのかはとても気になるけれど話しにくい内容なら無理をさせてまで聞き出そうとは思わない。 
 今日はこのまま雑談してまた日を改めようかと考えていると、ふいに重かった彼女の口がゆっくりと開く。
「ねえ、創ちゃん……気になってたんだけどね。その傷、どうしたの」
 視線は世長の右の人差し指、うっすらと血の滲む絆創膏に向けられている。
「え? あ、これは整理しているときに紙でちょっと切っちゃって。そんなに深くないからすぐ治るよ」
 安心させようと手をひらひらと振るも彼女は「そ、っか」となぜかぎこちなく返す。
「希佐ちゃん……?」
 希佐の視線が落ち着きなく指の先に落ちる。その姿に強い既視感があった。……あれ、なんか。こんなことが前にもあったような。いつのことだったかと記憶の糸を手繰ろうとする世長をよそに希佐は堪えかねたように口を開いた。
「ごめん……創ちゃん、やっぱり我慢できない」
「え……? うわっ!!?」
 強い力に引き寄せられてぐいと距離が縮まる。急激に近づいてくる丸い黄金の瞳を見ながら、やっぱり不思議な色をしているなあなんて、呆けた頭で考えていた。
 

……本当にごめんなさい!」
「き、希佐ちゃん! 大丈夫だから顔上げて!」
「でも、驚かせたし……怖かったよね」
 申し訳無さそうに俯く彼女は心配そうに新しく巻き直した絆創膏にこわごわと触れる。ほんの十数分前まで付けていた、血のついた絆創膏は今やよれた姿でゴミ箱の中に打ち捨てられていた。不安そうな彼女に対して世長は柔く微笑み、真摯な思いを口にした。
「ううん、びっくりはしたけど……怖いなんて思わないよ」
 男子しか入れないはずのユニヴェールに彼女が訪れた理由にも驚いたけれど、明かされたもう一つの事実に世長は驚嘆した。
 ――吸血鬼。伝承でしか聞いたことのない存在が、まさか幼馴染の、それも初恋の人がそうだったとは。急に腕を引かれ、指の絆創膏を剥がされて傷口を吸われたのは驚いたけれど、正体を明かされて納得したし、やっぱり力になりたいと思った。
 それと同時に正体を知ったことで、ふと幼い頃疑問に思っていた不可解な出来事を思い出す。 
「もしかして……あの時も、血を吸いたかったの?」
 「え?」と希佐がなんのことかと首を傾げる。
「その、小さい頃に僕の手を噛んだことがあったでしょ」
 そう言えば希佐にも伝わったらしい。かつての自分を思い出したのか気まずそうにもごもごと口ごもりながら答える。
「あ……えーっと、ね。あの時はちょうど牙の生え変わり時期で……むずむずしてたというか」
 吸血鬼の生態というものはよく分からないが、彼女が言うには生え変わりの時期は特に吸血衝動が強くなるようで、ガムを噛んで紛らわせたりしていたみたいだけど物足りなかったそうだ。
「それで……前に舐めた創ちゃんの血の味を、思い出しちゃって。むやみに人の血を吸っちゃだめって教えられてたんだけど、どうにも我慢できなくて。でも創ちゃんに痛い思いはしてほしくないから、せめて噛むだけで我慢しようかなって思って……
「言ってくれれば、吸っても良かったのに」
 確かに驚いたかもしれないけど、当時の自分も間違いなく同じことを言うだろう。そう思って口にすれば少し驚いた様子の彼女は「創ちゃんらしいや」と笑った。
「ありがとう。……でも、やっぱりあの時吸わなくて良かったよ」
 絆創膏を巻き直す際に付いてしまった指先の血をひと舐めして、彼女が微笑む。美しい黄金の瞳の奥にある丸い瞳孔が、まるで猫のように細くなる。その時、幼い頃に抱いていたもう一つの疑問の答えに気づいた。――彼女の瞳が不思議だと思った理由。擦りむいた傷を舐められた時も、手を噛みたいと言ってきた時も、この瞳をしていたんだ。
「だってこんなに美味しいの、小さい頃の私じゃ我慢できずに吸い尽くしてしまっただろうから」
 人のそれとは違う、獲物を狙う獣の瞳に見つめられて胸が高鳴る。
「ねえ、創ちゃん」
 この後に続く言葉に、きっと自分はまた頷いてしまうのだろう。

 首筋を捧げる覚悟は、とうに出来ていた。


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