@lmyonsanl
「皆年の瀬で忙しくしているこの時期に、こんな偶然があるとはね」
「本当に。ここで偶然お会いするとは想像もしなかったです」
「偶然……なのか?」
スーツの男と制服を着た少女による、感情のこもっていない応酬を見て、額からツノを生やした青年が困惑顔で呟く。
すると少女は小さく首を振り――長い黒髪がさらりと揺れた――「そんなわけないでしょう」と溜め息混じりに答えた。
「でもね、御守君。僕達はそれぞれ別の人間に頼まれてここに来ている。特に今回僕に話を寄越してきたのは《機関》だ。彼らがわざわざ、僕達三人をこんなところに集める理由は無いと思うけど」
スーツの男――善知鳥束という――は顔に薄い笑みを張り付け、『わざわざ』を強調して返す。
「……夜子は、お前のところの先生の頼みだと言っていたな」
「火之さんは会長ですよね。……鉢合わすことがわかっているなら、あえて黙る必要もない、か。むしろ先生なら、逆にひとこと『火之君とご一緒するかもしれません』なんて伝えてそうですし」
「ま、珍しいけど広くはない業界だ。こういう日もあるってことさ」
そう言って束は、目の前の立派な数寄屋門をくぐる。少し遅れて夜子、最後に道間も続いた。
門の先には昔ながらの日本庭園があり、その庭に溶け込むようにして古民家が建っている。開け放された玄関の脇には、木製の看板が立てかけられていた。看板には何か書かれているが、劣化しているうえに癖の強い達筆なため、文字は読み取れない。
「博物館……なんですよね? 普通の家にしか見えませんが」
夜子が怪訝な顔をするのも当然だった。事前に情報が無ければ、ここが個人で運営している博物館だと誰がわかるだろう。それくらい外から見たら飾り気の無い、普通の一軒家だ。
「そう聞いている。《機関》の職員の話だと、開館してから長いそうだ」
「へぇ――。それで、肝心の館長はどこです? ふたりとも何か話は聞いています?」
夜子が開けっ放しの玄関を覗き込むと、隅に長机とパイプ椅子が置いてあるのが見えた。机上には『受付』と書かれたプレートと、紙切れが一枚ある。
逆に言えば、それだけしかない――。
広い玄関にこぢんまりと設けられた受付には、誰も座っていなかった。
「いや……。特に何も聞いていないな。会長殿は行けばわかるから、受け取ってきてほしいとだけ」
道間の言葉に夜子と束も肯う。三人とも持っている情報に違いはないようだった。
今日彼らは別口で依頼され、同じ目的でここに集まった。
目的――。それは展示品の回収だ。
この博物館は、《異形の者》の館長が自らの能力で生み出した『作品』を展示するための場所――だった。
年内でここは閉館することが決まっている。館長である《異形の者》が、そろそろ潮時だと周囲に話し始めたのは去年の暮れのことだった。
一年かけて彼の作った作品は希望者に譲られたが、それでもまだ膨大な量が残されている。それをぜひ引き取りたいと申し出たのは、《異形の者》と関わりが深い《機関》だった。
「ん? このメモ……僕達宛みたいだ」
受付に置かれた紙切れには『席を外しています。ご連絡いただいている御三方はどうぞご自由にご見学ください』と書かれていた。
「つまり勝手に入って探せということですね」
言うが早いか夜子は靴を脱ぐ。あいも変わらずせっかちな娘だ。束と道間はやれやれと顔を見合わせ、彼女に続いて家に上がった。
そして順路と書かれた張り紙に従い縁側を進むと、広い座敷に辿り着いた。どうやらそこが展示室らしく、所狭しと様々なものが並んでいる。
絵画に掛け軸、彫像や食器。鎧兜があるかと思えば優美なドレスもあった。館長の作品にジャンルのこだわりは無いらしい。
「……凄いな」
道間がぽつりと零す。すると束は、「君達は骨が折れそうだ。これほど探し物に向かない部屋はない」と目元を歪めた。
本来この座敷は、何も置いていなければかなり広い部屋なのだろう。しかし今は少しの隙間もなく雑然と物が並べられたせいで――なんなら展示しきれていない絵画が部屋の隅にまとめて立てかけられていた――もとの広さを感じさせない、圧迫感ある空間になっている。
「これは……展示していると言っていいのか? もはや倉庫だ」
道間は大きな体を縮こまらせて、棚と棚のあいだに入っていく。彼の脳内に一瞬、『驚安の殿堂』という言葉がよぎった。
「あ、これパンフレットじゃないですか?」
部屋に入ってすぐにある小さな木製のイス。その上に若干色褪せた紙束が置かれている。
「ええっと……」
夜子は一枚手に取り、他のふたりにも聞こえるよう読み上げる。
「……『この部屋に展示してある作品は、私がこれまで出会ってきて印象深かった人物をイメージして生み出したものです。これらの作品は私の人生のアルバムであり、関わってくださった人々との絆と感謝を表現しています』……だそうです」
「それは凄い。つまり館長はこれだけの数の人物に何かしらの感情を抱いてきたってことだ。いやぁ、僕にはとてもできないな」
そう言いながら笑う束の声は、カラリと乾いている。
「なんですか、その子供みたいな感想は」
夜子は呆れた顔で返したあと――ふと、パンフレットを抑えているペンギンの文鎮に視線を落とす。
「これも……?」
「さすがにそれは買ったものじゃないか?」
「でもこの部屋にあるものはすべて作品だってパンフレットに。…………まぁ、いいでしょう。それよりも仕事です」
「君が探しているのはボードゲームだっけ?」
「はい。先生からはすごろくを貰ってきてくれって言われています。善知鳥さんは……これのほとんどを持って帰るんでしょう?」
「いや? 僕の仕事は下見だけだね。運び出すのは《機関》の仕事。僕は量がどのくらいあるのか、怪しいものはないか見定めてほしいと言われている。気になるものがあれば持って帰ってもいいとは言われたけど……。ハハッ、すべて思い出の品だって言われたらそんな気は無くなるな」
「怪しい……ですか」
夜子が眉根を寄せると、「仮にも能力で生み出されたものだからさ」と束はあっけらかんと答えた。
「確かに。――それで、火之さんは? 何を持って帰るよう頼まれたんですか? ついでに探しますから教えてください」
すでに捜索を始めている道間に向かって声を張る。すると棚の奥から、「ティーカップだ。黒猫の」と返ってきた。
「わかりました。――それじゃ善知鳥さん、私はあそこの棚から探し始めるので」
「ああ。僕も君達の探し物が見つかったら声をかけるよ」
――見つからないかもしれないけどね。
圧倒的な物量を前に、束は脳内で呟いた。
◇◆◇
背の低い和箪笥の引き出しを開けようとしたとき、夜子は何の気なく箪笥の上に視線をやった。そこにはたくさんの写真や置物が飾られていたが、なかでもひとつの写真立てが夜子の目を引いた。
それはポストカードサイズの日本画で、水辺を泳ぐ鳥が描かれている。
「変わった鳥……」
それは眉毛と髭のような白い飾り羽と橙色の大きな嘴を持つ、これまで見たことのない鳥だった。絵には四羽描かれており、そのうちの三匹は水上を泳ぎ、残りの一匹は岩場の少し高いところから泳ぐ三匹を見下ろしている。
「ウトウだ」
突然背後から声をかけられ振り返ると、いつのまにかそこには束がいた。彼は夜子の背中越しに写真立てを覗き込んでいる。
「ウトウ? 善知鳥さんと同じ?」
「そう。能の演目にもなってる鳥。……親子の絆の逸話で知られているから……、こいつ達もそうなのかもな」
「ああ。そう言われると、この三匹は家族に見えてきますね。この外れにいる一匹は……。この子もそうなんでしょうか?」
「さぁ……。僕は作者じゃないから」
「それもそうです。――あ、善知鳥さん。これ貰って帰ったらどうですか? 今日は偶然が多いですね。なかなか無いですよ、こんな物の山のなかで名前のモチーフが見つかるなんてこと」
夜子の提案に束は何も言わず、ただ曖昧な微笑みを浮かべた。そして「そう言えば」と、この話題を終わらせてしまった。
「さっき僕も面白いものを見つけたよ。――おーい、火之君。ちょっとこっちに来なよ」
束が声をかけ程なくして、「ここにいたのか」と道間が現れた。
「ついておいで」
夜子と道間は素直に彼のあとをついて、棚の合間を縫うように進む。
「これ、見てみなよ」
辿り着いた棚の前で、束は何かを手に取りふたりに差し出した。
「何ですか、これ? 仏像?」
「仁王に見えるな。…………ただ……」
夜子は首を捻る道間を不思議そうに見上げた。束は彼と同じことが気になっていたようで、ひとつ頷き「そうなんだ」と話し始める。
「これには額にツノがある。僕は詳しくないが、ツノのある仁王像はあまりオーソドックスとは言えないと思って。どうやら火之君も同意見らしいな」
束が見せてきたのは木彫りの仏像だった。大きさは三十センチほどだが、細かいところまで丁寧に彫りこまれており見ごたえがある。
「ところで火之君。このツノが生えた仁王像だが……、何か感じないか?」
「……濁すな。言いたいことはなんとなくわかる」
道間は仏像をじっと観察した。ツノだけじゃない。よくある仁王像よりも眉が短く、顔は若々しい。さらに首には数珠がかけられており――。
「まるで火之君がモチーフみたいだ」
束の言葉に、道間は首を振って否定する。
「おれはここの館長に会ったことは無い。ここに置いてあるものは、全部館長が出会った人間をイメージしてできたものなんだろう? だったらおれじゃない。別人だ」
「ふうん、そうなんだ」
束のどこか含みのある言い方に、道間は嫌そうに顔を歪める。
この反応に束は「君が嘘をついてるとは思ってないけどさ」と、片頬を持ち上げた。
「さっき御守君も話していたが……。今日は偶然がよく重なるものだと思ってね。僕の苗字と同じ名の鳥の絵といい、火之君に似た仏像といい――」
束はぐるりと周囲を見回した。だんだんこちらに迫ってきていると錯覚しそうになるほど、ここは物で溢れている。
「これだけ作品……があれば、そういうこともあるのかな」
フッと束は鼻で笑う。
「探してみようか。御守君を思い起こす物もどこかにあるかもしれない」
「何言ってるんですか」
遊んでる暇はないんですよ――と、夜子は人を小馬鹿にした顔をする。
「私達、いまだに何も見つけられていないんですよ。もしかしたら善知鳥さんは自分の仕事が済んでいるのかもしれないですけど、私も火之さんもまだ手ぶらなんです」
やることがなくなったんなら手伝ってください、と夜子は踵を返した。
「マイペースな子だよね、御守君って」
歩き去る夜子の背中を見つめ束が言う。明らかにからかっている口調のせいで素直に頷くことはできないが、内容に関しては否定できない。
道間が苦笑で答えると、束は満足そうな表情を見せた。
「さて、それじゃ僕も仕事に戻るよ」
「ああ」
――道間が叫んだのは、このやり取りをしてすぐのことだった。
「おい!」
展示室のどこかで道間が声を張り上げる。何事かと迷路のようになっている座敷を行ったり来たりし、夜子と束が彼のもとに辿り着くと――道間が険しい顔で人形を睨みつけているところだった。
「急にどうしたんですか」
彼のそばに近寄りその人形を一目見た途端、夜子は「あっ」と短く驚いた。
視線の先に鎮座していたのはビスクドールだった。
大きさは四十センチ程。紺色のドレスにはたっぷりと白いレースがあしらわれ、落ち着きがありながらも華やかだ。
顔は下がり眉のせいか困っているようだが、目元は涼やかで力強く、角度を変えると凛々しく見える。
服も顔もこだわりを感じる造りだが、なかでも一番目を引くのは髪型だ。
青みがかった長い黒髪。
前髪は右目側だけ長く、正面から見ると片目が隠れて見え――。
三人の纏う空気が、一瞬でひりついたものに変わった。
道間の拳には力が入り、夜子の眼光は鋭く冷ややかになる。束はスーツの胸元に手を差し入れ――そこに彼の《武器》がある――、いつでも力を行使できる態勢を取った。
「――あなた、どこかで見ていますね。席を外しているなんて嘘までついて」
大声を出したつもりが、夜子の透き通った声は展示物に音を吸われ、響きを失った。しかし声音に含まれた冷淡さまでは消せない。
「おれ達とあんたは会ったことすらない……。何が目的でこんなことをする」
ぎろりと道間は辺りを睨みつける。パンフレットを信じるなら、ここの館長は出会った人間がモチーフになった作品を作るという。自分達を想起させる作品がここにあるということは、直接ではなくとも自分達を目にする必要があるはず。
ならばどこかに――まずはこの家の中に潜んでいると考えるのが自然だった。
「できればすぐに姿を見せてくれると助かるよ。じゃないとお前の作品をどうにかしてまで……しらみつぶしに探さないといけなくなる」
そんなことは僕もしたくはないんだ、と束が続けるが、言葉の白々しさを隠すつもりはなさそうだった。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙が続き、夜子が再び喋ろうと息を吸い込んだのと同じに、離れたところでスパンと障子が開く音がした。そして、どたどたと鈍い足音をさせながら「ちょっと待っておくれよ!」と慌てる声が近づいてくる。
声のほうに三人が目をやると――棚の陰からひょろりと痩せた男が飛び出してきた。
「サプライズだよ、サプライズ。そんなに怒らないで」
へらへらと締まりのない顔で笑う男の『外側』は、束と同年代に見える。
「あなたが館長ですか? まったく、サプライズってなんですか。私達の仕事が何か……わかってるでしょうに」
夜子が突き放すように言うと、男は勢いよく頭を下げた。
「申し訳ない! 君達の話を事前に聞いたとき、面白い子達だなぁって久しぶりに創作意欲がね……! えへへ、せっかくだから宝探し感覚で探索してもらおうと。そのとき自分がモチーフになってるものを見つけたら、喜ぶかもなぁってさ」
「ふうん。――ふたりとも、どうやら彼は少々ずれた感性をお持ちらしい。さすがアーティストといったところかな」
そう話す束の顔は一見笑顔だが、よく見ると口角が持ち上げられているだけで、目は一切笑っていなかった。
「呆れたやつだ……」
道間は心の底からの嘆息を漏らした。そして殺気立っている隣のふたりに声をかける。
「……善知鳥殿、夜子も。少し気を静めろ。おれ達の今日の目的を思い出せ」
「お、さすがだねぇ! 火之さんはやっぱり仏像にして正解だった!」
険しい顔で道間が男をねめつけると、彼はおどけて肩をすくませた。
◇◆◇
「――はい。これ、君達に渡そうと思ってたもの」
ここじゃ何だからと展示室をあとにし、三人は客間へ案内された。外観を思うと意外だが、客間は古めかしいが重厚感ある洋間だった。
「ちょっと。最初からあの展示室に探していた物は無かったんですか? それなのに私達を――」
「ま、待ってよ。私は『ご見学ください』としか言ってないよ!」
「確かに。屁理屈な気もするが、そこは僕達の早合点と言われてしまえば仕方がないね」
「その通り!」
館長は嬉しそうに大きく頷いた。しかし、
「でもさっき『宝探し感覚で』とかなんとか言ってたのはなんだという、ね」
束が目を細め館長を見やると、彼はバツが悪そうに片眼を瞑った。
「ま、まぁまぁ! ほら、これは御守さんに!」
この話題を続けては分が悪いとばかりに、館長は『りそうのじんせい』と書かれた箱を差し出した。箱の上面には、涼やかな目元の美男がポーズを決めている姿が描かれている。
「……腑に落ちませんが、ありがとうございます。先生に渡します」
「うん。それでこっちが火之さんのね」
道間の前に、黒猫の描かれたティーカップが一組置かれた。猫はまだ子供なのか、目がまん丸としていて愛らしいデザインだ。
「……意外だ」
「何が?」
束が訊く。道間は恐る恐る太い指でティーカップを持ち上げながら、「これが会長殿をイメージしたもの……?」と呟いた。
「あ、違う違う。それは会長さんにいつも引っ付いていた子を見て作ったんだ。作ったときあの子に『いる?』って聞いたら、『いらない』ってにべもなく断られちゃってさぁ~。へこんだなぁ。でも、こうして最終的には会長さんが貰ってくれて嬉しいよ」
話を聞いて夜子は、「ああ、秘書の――」とぽそりと零す。
「そっか、じゃあこれも先生をイメージしたものとは限らないんですね」
「いや? そっちは君んところの所長さん。もう何十年前になるだろうね。作ったのはだいぶ昔だ」
「へぇ、でも箱に描いてある人は、若い頃とはいえ先生っぽくないですね」
「そりゃそうだ。理想だもん」
「ふうん」
あからさまに興味が薄い。夜子はこれ以上渡された物について聞く気は無さそうだった。館長のほうもこれ以上の説明はせず、「さてさて」と話を束に振る。
「それで善知鳥さん。君のほうの仕事はどうだい? 終わりそう?」
「そうだね、おおよその目途はたった。あとは《機関》と連絡を取りながら追々に。今日はそろそろ引き上げようと思うよ」
「なるほどなるほど。ところで君は何かいらない? 《機関》から欲しいものがあれば持って帰っていいって話、聞いてないかい?」
「はは、遠慮しておくよ」
束が愛想笑いを向けると、館長は心底残念そうに「ええ~……」と寂しげな声を出す。
「せっかくだから君も何か持って帰りなよ~。――あ、さっき作った善知鳥のポストカードはどう? あれ、君を見て作ったものだし……。そうだ!!」
館長はテンションをぐいんと一気に上げ叫ぶ。
「御守さんと火之さんにもあげるよ! 人形と仏像! なかなかいい出来だから! 僕、気に入ってるんだ!」
「それは、ごめんなさい――」
夜子はいつもより少しだけ眉を下げ、首を横に振った。
「私もよくできているとは思います。見たときは相当驚きましたし。ですが――。だからこそ、個人的に持つことは止めておきます」
「同じく」
道間も夜子に同意する。すると館長はがくりと肩を落とした。
「……実はまぁ……うっすら断られるとは思ってた……。でも、最後にいいものができたと思って……」
「捨てるわけじゃない。《機関》に納められるんだから、そんなに悲しむことは無いと思うけどな。そうだ、職員に提案してみよう。この三作品は最後に展示室に置かれた物だから、僕達以外に見られていない。せっかくだし、少しのあいだどこかで展示するのはどうかって。――よくできていると自負してるんだろ? 僕達だけで独占するんじゃなく、他の人間にも鑑賞してもらおう」
「それは……。はは、悪くないね」
館長はやはり寂しそうな表情ではあった。しかし顔色から安堵もうかがえる。
こうして彼の作品は、最後のひとつまで無事行き先が決まった――。
「ところで、今更ですがなんで閉館するんですか?」
玄関まで見送りに来た館長に、最後にひとつと夜子が尋ねる。
「んー……。もうだいぶ長いこと運営してきたからね。疲れちゃったんだ」
館長はちらりと視線を逸らした。逸らした先は展示室がある方向だ。
「昔から面白い人間と出会うといろいろ作ってきた。良いやつも悪いやつも気に食わないやつもいた。――僕にとって作品は日記やスタンプラリーみたいなものでさ。ひとつひとつに思い出があるんだ。だから……疲れた」
はぁ、と館長は息をつく。
「最初のほうに作った物……出会った人間がさ、ぽつぽつ欠けてくるんだ。だんだんとね。連絡がつく相手でそうなら、連絡を取っていない人間も当然そうなんだろうさ。あんなに笑いあったり……なんならいがみ合った相手すら、そうなってくると憎んじゃいなかったのにな、なんて感傷的になっちゃうんだよ。それが僕は疲れたのさ。――これから先はもう、そう思うことが増えていく一方になるだろうから。作ったものを見ると、いちいち思い出しちゃうし……。だったらいっそのこと全部手放してすっきりしようってね。そうなると展示品の無い博物館に意味はないだろ?」
「なるほど……。そういうことですか」
「へへ、ありがたいことに貰い受けたいと言ってくれる人が何人もいたし、残ったものは《機関》で管理してくれるというし。捨てることにならなくてよかったよ。――今日は来てくれてありがとうね」
深々と頭を下げたあと、館長は三人の顔をゆっくり順に見つめた。
「君達の依頼人は優しいね。多分自分じゃなくて、別の人を寄越してきたのは意味がある。……最近は僕、何にも作っちゃいなかったから。僕が興味を抱きそうな人間をあえて寄越して、最後に何か作らせようとしたんじゃないかい?」
「あはは! 優しいのはその通りですが、どうでしょう? それにしてもうちの先生はともかく、会長や《機関》の職員は火之さんと善知鳥さんのことをそれは事細かに話したんでしょうね。どちらも印象的な作品でした」
「くく……。あとで僕のことをなんて説明したのか……尋ねてみると面白そうだ」
「……あんなにそっくりだったんだ。夜子のことも詳しく話していそうだったが」
言いたいことを好きに話す三人を眺め、館長は目を細める。
それから彼は、三人が門をくぐり姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
◇◆◇
のちに《機関》の受付には善知鳥のポストカード、ロビーにはビスクドールと仏像が展示された。
彼らを知る者は――特に見た目がそのままのビスクドールは――、目にすると一度ぎょっとし、これは何かと職員に尋ねるのがお決まりになったそうだ。
そして当の本人達はというと――。
自分をモチーフとした、かつて館長だった彼の作品を見て苦笑したという。
しかしそのまなざしは優しく、きっと悪い思い出ではなかったのだと、それを目撃した人間は感じた。