写し男士めしシリーズの番外編。
7振目の国広が参戦!です。
よろずや男士シリーズの金銀青黒白と合わせ、山吹と赤銅の山姥切国広も何卒よろしくお願いします。
Special Thanks :藤行様
@touravekanae
・いつもの朝ごはん【あかがね板金】(番外編)
万屋通りにも時間遡行軍が出るとは聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。
それもまさか、仕事終わりの夜道で襲いかかってくるなんて。
「う……っ」
刀を構え、振りかぶる。瞬間、目の前がぐらりと歪み、体の軸が保てなくなる。
原因は考えるまでもない、極度の疲労と空腹、そして睡眠不足だ。
任務で過去の戦場へ送り出され、体感としては一昼夜かけずり回り、戦い続けたあと。
激戦のあとはたいてい手入れがてら休んで帰るところ、無傷だからとそのまま出てきてしまった。こんな時に限って相棒とも別行動だ。なんと運の悪い。俺が写しだからか。
「なんだろうが……知ったことか……っ!」
これはまずい、本当にまずい。敵を切るどころか、下手をすると自分の本体で大怪我をしかねない。どうにか退避してやり過ごさなければ。
「斬ればいい……んだ……ろ……」
死に物狂いで振った刃は空を切り、その重みに負けて体が傾く。完全に体勢を崩した俺を、敵が見逃すはずもない。
……ああ、嫌だな、こんな街中でひとり折れるのか。
歴史を守る戦でも、相棒と背中を預けあっての任務でもなんでもなくて、ただ寝不足で街を歩いていたせいで終わってしまうのか—そんな思いが脳裏を駆け巡った時だった。
「―斬る!」
刃と刃のぶつかる音。迫りくる敵の一撃が、寸前で受け止められる。霞む視界を横切ったのは、白い布と燕脂の内番着。
「俺はここだ、かかってこい!」
聞き慣れたようでいて聞き慣れない、凛とした声が響く。
それが『自分』の声だということに、一拍遅れてようやく気づいた。
「……目が覚めたか」
同じ声に呼びかけられて、はっと目を開けると、そこは見知らぬ家の中だった。背中には畳の感触、頭の下には畳んだ座布団。障子越しに柔らかな朝日が差し込み、軒先で雀が鳴いている。どうやらあのまま気を失ったか、寝入ってしまったかしたところを、この『俺』が運んできてくれたらしい。
「す、すまない、世話をかけた……ここは?」
「俺の住まわせてもらっているところだ」
「お前の……家?」
「住み込みで働いている店だな」
ふらつく体を起こし、室内を見回す。
柱の釘にかけられたヘルメットに『あかがね板金』の文字が並んでいた。
「夜回りの最中にお前を見つけた。そのまま倒れて寝てしまったから、連れて帰ってきた」
『俺』が訥々と語るところによれば、ここは万屋通商店街の一角、民間人の夫婦が営む板金屋。初めて知ったことだが、商店街の刀たちは持ち回りで夜の巡回を行っていて、まさに俺のような粗忽者をたびたび救出しているのだそうだ。
「体は大丈夫か」
「あ、ああ……すまない。敵にやられた訳ではなくて……」
仕事終わりで、寝ても食べてもいなかったこと。倒れたのは目の前がぐらついたためで、攻撃を直に受けたわけではないこと。休ませてもらって体はだいぶ楽になったこと。経緯を途切れ途切れに伝えると、それならいい、と『俺』は頷いた。
「国広ちゃん、お友達の様子はどう」
「おかみさん」
奥の間から婦人が顔を出す。台所に立っていたのだろうか、味噌汁の香りがふわりと漂った。
「大丈夫そうだ。疲れが出ただけらしい」
「あ、あの、この度は大変お世話になり……っ」
慌てて居住まいを正し、頭を下げる。政府関係者以外の人間に会うのは初めてだ。どう接したものか全くわからない。しかし失礼があっては部署全体の、いや政府全体の汚点になってしまう。こんな時こそ隣にソハヤノツルキがいてくれれば話が早いだろうに。
「いいのよぉ、怪我がなくてよかったわ」
「何か食べさせてやってもいいだろうか。俺の分を減らしても構わない」
「あらやだ、ちゃーんと多めに用意してあるわよ」
恐縮する俺をよそに、婦人と『俺』は平然と話を進めていく。
「あっいや、そんな、食事までいただくわけには……」
いかない、と続けようとした言葉と裏腹に、腹の虫が情けない音を立てた。
「何も特別なものじゃあありませんけど、食べて行ってちょうだいな」
あれよあれよと食卓に招かれ、目の前に朝食が並べられていく。
炊きたての米、大根と白菜の漬物、出汁の香る湯豆腐。具沢山の味噌汁には半熟卵が乗っていて、とろりと黄身がこぼれていた。日頃エネルギーゼリーや魚肉ソーセージで朝の空腹を紛らわしている身からすると、十分に『特別なもの』である。
「い、いただきます」
緊張のあまり固くなりながら手を合わせ、恐る恐る味噌汁に箸をつける。食卓での作法など最低限にしか気にしてこなかったが、果たして箸の上げ方はこれで合っていただろうか、椀の持ち方は何が正しかっただろうか—ぐるぐると頭を巡っていた不安はしかし、汁をひとくち口に含んだ途端に露と消えた。
「……初めて食べる味だ。おいしい」
ほくほくの芋ととろとろの玉ねぎに卵の黄身が絡み、空っぽだった胃の腑に沁み渡る。味噌汁に卵がこんなにおいしいとは。それに、こんな味の味噌は初めてだ。
「うふふ、これはねえ、うちの自家製の味噌を使ってるの。長年食べてると他じゃ駄目なのよ」
「これがほんとの手前味噌って奴だぁな」
婦人の隣で親方もうんうんと頷いている。なるほど、ここは文字通り本来の意味がそのまま当てはまるところだ。
「しっかり食べていけ、また倒れられても困る」
隣に座った『俺』に促されるまま、ありがたく箸を進める。
食卓に並んだものはどれも初めて食べる味で、しかし何ともいえず安心する。職員食堂とも、行きつけの定食屋とも違う—そうだ、これがきっと『家庭の味』というやつだ。
大根の浅漬けとほかほかの米を噛み締める。
いっとき折れる覚悟までしたというのに、こうして温かい食事にありつけているとは、なんと幸せなことだろうか。
「……助太刀、感謝する。本当に……生きていられて、よかった」
熱くなりそうな目頭を隠し、布を引き下げて深々と頭を下げる俺の背中を、隣の『俺』の手がそっと撫でた。
「あらぁ、こっちの国広ちゃんはお役所のほうで働いていらっしゃるの」
「歴史観測部、放棄世界管理課だ。相棒と一緒に、山吹隊という名前で実地調査に出ている」
「れきしかんそく……ほうきせかい……?」
「あっ、ええと……歴史がものすごく変わってしまった世界で、様子を調べたり、敵と戦ったりする」
婦人はなかなか話し上手のたちで、気がつけば明るい世間話の輪に取り込まれている。
「大変そうなお仕事ねえ」
「ああ、本当に……本当に大変だった……」
職務機密なので言うわけにはいかないが、今回もなかなか大変なことになっている時空だった。本能寺の変が失敗に終わったことに端を発し、明智のかわりに黒田が実権を握り始めた世界。正史の流れからあれよあれよと離れていく真っ只中を、絶妙に意見の合わない相棒のソハヤノツルキとふたり、戦略の如何で揉めながらかけずり回った。このままだと東京国立博物館の目玉展示が長谷部になるな、なんてあいつは軽口を叩いていたっけ。こんな仕事が続くと本気で正史を見失いそうだ。
「山吹隊っていうお名前はなんだか素敵ね。由来があるのかしら」
「ああ、それは、俺と相棒の髪の色が—」
家庭の味も初めてなら、こんなに話しかけられる食卓も初めてだ。
普段より数段ゆっくりと摂った食事は、全身に沁み渡るような優しい味だった。
「うちのとおんなじ顔に見えるが、こうして並ぶと案外違うもんだな」
食事の終わり、親方が何気なくこぼしたその言葉に、この店の『俺』はなんとも照れくさそうな顔をしていた。
後片付けを手伝い、改めて礼を述べてから、『あかがね板金』をあとにする。
「質問攻めにしてすまないな。店主もおかみさんも……今ひとつ刀剣男士への理解が追いついていないところがあって」
「ああいや、そんな、俺のほうこそ政府以外の人間と接するのに慣れていなくて、失礼があったらすまない」
宿舎まで送っていくと言って譲らない『俺』とふたり、日の高くなってきた万屋通りを歩く。
「戦いに出る俺を『怪我をしないように』『無理をしないでちゃんと逃げろ』と本気で心配したりする。……俺のような街の刀剣男士が戦うのは、民間人が怪我をしないように守るためなのにな」
俺のことは目と髪の色が珍妙なだけの若造くらいに思っているんだろう、と苦笑する横顔は晴れやかだ。
まるで人間のような家族をもった『俺』を、少しだけ羨ましく思う。
「また食べに来るといい、おかみさんの料理は煮物が絶品なんだ」
「いいのか?なら、次は手土産でも持っていこう」
「楽しみにしている。またな」
「ああ」
宿舎の前で『俺』を見送るのと入れ替わりに、ソハヤノツルキの呼ぶ声が聞こえた。
「おいおい、俺より先に出たのにまだ帰ってないって聞いて心配してたんだぞ」
「ああ、すまない。帰り際に一悶着あって、商店街の店で休ませてもらって—」
「そういう時はとりあえず一報入れろって言ってるだろ、何のための通信端末なんだよ」
眉間に皺を寄せたソハヤノツルキの小言が始まる。こうなると長いのだ。
「で、一悶着って何があったんだ」
「寝不足と空腹で朦朧としたまま敵の襲撃に遭った」
「本気で危ないやつじゃねえか!」
しかし、今日ばかりはこちらの分が悪い。反省して最後まで聞くべきだろう。
仕事はきつい。宿舎は狭い。食事を作ってくれる家族はいないし、相棒との仲もさほど良くはない。
それでも無事に帰れてよかったと、俺はしみじみ思うのだった。