@ginichi_sakura
運命の赤い糸は強引に強く結んで
「……無理に私と付き合わなくともよいのですよ」
「そう、なの?」
初めて会った純真無垢な姫君は、私の言葉に宝石のような黄緑色の瞳を丸くしていた。
緊張して、失礼のないように。
血に濡れることが決まっている私に、いや。
私の両親に殺されないように。
怯えているのが分かったので、式典の後にこっそりそう耳打ちしたのだ。
「ええ。表面上仲よくするだけで良いのです。少なくとも私は、あなたを困らせたいとは思っていない」
なるべく穏やかな笑みを浮かべて、優しく語りかける。
すると、彼女はしばらく何か考える風にしてから私に問いかけた。
「仲良くはしなくてもいいの?」
「え?」
「あなたと、『お友達になりたい』と思ってはだめ?」
予想外の問いかけに、今度は私が頭を悩ませた。
私を誰だと思っているのか。
別にえらそうにしたいわけではない。
この国で最も冷酷な判断を迫られる人間にならねばならないのが決まっている。
だからこそあなたとの婚約を決められており、帰ってこなくともよいのが私なのだ。
あなたが他のことに意識を割かずに、ただこの国の為に歌う存在であればよい。
それがこの国の人々の望みであり、策略なのだ。
分かってその場に立っていると思って居たが、どうやらそういうわけもでもないのかもしれない。
それに、問題は一つどころではない。
この国で今、一番よくない能力を持っているのも私なのだ。
視界の中に浮かび上がる無数の光の線。
これを指で引き裂くだけで、私はどんなものでも切ることが出来る。
抑え込む方法は今のところなく、彼女の顔にも、私の両親にも――この世にあるすべてに私の視界では線が走っていた。
初めてその光を、邪魔だと思ったのはその時だった。
「……あなたが、それを望むのなら」
「じゃあそうしましょう。私とお友達になりましょう」
嬉しそうに笑う姿が眩しくて、私はただ彼女を護りたいと思った。
それが初めて会った時のことで、あれからが何年か経った後。
「……結婚しないの?」
あの日と同じ純粋な輝きを放つ宝石のような黄緑の瞳で、成人を迎えたばかりの彼女は私にそう言った。
持っていたお茶を零しそうになって、口の中に含んでいた分はむせた。
「だ、大丈夫?」
「ゲホッゴホッ……平気です。こんな時間に来て何を言うのかと思えば……」
「だって、あなたも私も成人したでしょう? 十分ではないかしら」
嬉しそうに、そしてそうあるべきだとでも言いたげに彼女は言う。
正直なことを言えばしたい。
けれど。
「……私よりもふさわしい人間がいますよ、きっと」
視線を落とし、自分の手を見ながら静かに答えた。
あの日はまだ物を壊すぐらいだった私も、随分と色々切り裂いてきた。
そもそもこんなに近くに居てはいけないのだ。
私が近くにいるだけで、相手を穢してしまうような気がしていた。
「あなたが良いのだけれど」
「ッ……!?」
気が付くと落とした視線の先に映ろうと、覗き込む彼女がいた。
私が見つめていた手の上に、手の平を乗せてきていた。
その細い指が私の手に絡められて握られるのをされるがままに見つめている。
動いてはいけない。
私の方から動いてしまったら、キミを引き裂いてしまうかもしれない。
不安がそのまま顔に出てしまったのか。
それとも少し震えているのが伝わったのか。
彼女は私の手の甲にキスをしていた――!?
「なに、を……ッ」
「こうしたら逃げられないと思って」
「い、や……逃げるもなにも……」
「私にだけ、させるつもりですか?」
ふふふ、と笑う表情は少しだけ意地悪に染まっている気がした。
「……そうは、言いましても……私がしてしまったら……」
「他の女性のがよいのですか?」
「それはありえません!!」
ガタッ、と思わず勢いよく立ち上がる。
嬉しそうにまた笑いながら、彼女は私の手を離した。
名残惜しさに手を伸ばしかけて降ろす。
体温が残っているような気がした。
顔を上げると、彼女の手が目の前にあった。
「……あの、姫君」
「していただくまで部屋から出ていきません」
出来ればこんな男と関わっていて欲しくない。
でも誰かに奪われるのも嫌だ。
覚悟を決めて手の甲へと触れるだけのキスを落とす。
これは忠誠を誓っているのであって、断じてそれ以上の意味はない。
私の中ではそうだし、少なくとも相手の唇でなければ――。
閉じていた目を開けて、顔を上げるとちゅっ、と短い音がした。
「今度は正式に式典をしましょうね」
ふわり、と服の布を翻して、軽い足取りで彼女は部屋を出て行った。
成人同士の口づけは、この国ではこの先を共に生きる相手しか許されないのだ。
「……柔らかかったな」
ほんの一瞬触れただけの感触を思い出そうとして、私は目を閉じて仕事を投げ出したのだった。
<おしまい>