カルみと
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
からんと軽やかなドアベルの音とスタッフの優しい笑顔に見送られて、神無三十一と縞斑狩魔は店を後にした。
「美味しかったー!お腹いっぱい!」
丁寧に会釈を返して扉を閉めた神無は明るい笑顔を浮かべて顔を上げる。満足げな恋人の表情を見て、縞斑も穏やかな笑みを見せた。
「気に入ってくれて良かった。」
「うん!雰囲気も良かったし!先輩ってほんとに良いとこたくさん知ってるよな!」
「若い頃は飲み歩いてたからねー。」
ふたりの外出デートは、縞斑が夕食の予約を行うことが多い。
神無も協力をしようと申し出たが、スパローで活動している縞斑は監視カメラの警戒や個室であることの確認から始まり、口の固い従業員の経営する店か否かの判断も必要らしい。
大変だからと理由も含めて丁重に断られた神無は最初こそ気にしていたものの、現在は縞斑に連れられて新しい店を開拓することを楽しみとしていた。
「どれも美味しかったけど…特に最後のデザートが美味しかったなぁ」
「季節のジェラートか。確かにあれは美味しかったね。」
どの食事にも舌鼓を打っていた神無だが、特に最後に出された桃とミルクのジェラートが大変美味だった。
さっぱりとした桃と甘いミルクのジェラートは、料理の後味をすっきりと爽やかに仕上げてくれたのだ。
更に食後の紅茶も神無のお気に召したらしく、彼の鞄の中には店で買った紅茶のティーパックが入っている。
そうしてふと神無は、サングラス型コンピュータに表示される時間がいつの間にか夜も遅い時間であることに気がついた。
「…あ、そろそろ帰らなきゃ。」
「あれ?もうそんな時間?」
呟いた縞斑が神無の顔を覗き込む。液晶画面に表示された逆さ数字から時間を把握した彼は、確かに帰路を辿るにはちょうど良い時間だと頷く。
「明日も仕事なんだっけ。」
「うん。遅番とか夜番だったら泊まりたかったんだけど……」
離れ難いと言うように言葉を濁らせた神無は、小さく縞斑の腕を引いて俯く。可愛らしい駄々の捏ね方に流されてやりたい気持ちは山々だが、明日の神無の体調を思うといただけない。
「神無ちゃんが明日しんどいでしょ?」
「んー…うん。」
「次は公休に合わせて休み取るから、ね。」 「はーい……」
渋々納得した様子で頷いた神無が解こうとした手を取った縞斑は、きゅっとその手を握った。
「家まで送るよ。」
「ん、ありがとう。」
ふたりに目を向ける人間がいないことを確かめて手を繋いだ縞斑は、そう言って道を歩き出す。
こくりと頷いて素直に礼を言った神無は、そんな縞斑の大きな手のひらを握り返して隣に並んだ。
縞斑は、帰宅する神無のことを必ず家まで見送る。
最初は遠慮していた神無だが、その度に「近くに用事があるから」「風に当たりたい気分だから」とあらゆる理由で拒絶されてしまった。
スパローのリーダーである彼が夜道を彷徨くのは如何なものかと心配した神無は、あるとき彼の相棒であるアサギリに相談をしたのだ。
ところが、普段なら縞斑のことを厳しく指摘する彼は、その話を聞くと僅かに目を伏せて言葉を探すような仕草を見せた。
『…心が失踪したのは帰宅中のことだったと、あるときマスターから伺いました。』
その言葉を聞いた神無は小さく息を呑んだ。
縞斑がかつて好意を寄せていた少女は、帰宅途中に誘拐された。人通りの少ない夜道を歩く彼女が人の手で暗闇に引きずり込まれる様子を、今でも縞斑は時々夢に見るらしい。
それはもはや恋慕ではなく後悔だと、飛び起きた縞斑を心配するアサギリに彼は話した。もしもあの日そばに誰かが居たなら、彼女は事件に巻き込まれることもなかったのに、と。
縞斑はきっと不安で仕方がないのだ。恋人である神無が、かつての彼女のように事件に巻き込まれてしまうことに怯えている。
自分は男である上に公安の刑事だ。そう主張したい気持ちもあるが、縞斑の経験を思うと神無からは何も言えなかった。
「…そういえばあのお店、昼はカフェとして営業してるんだってさ。」
「え、そうなの?」
「なんでも、ケーキが美味しいって人気らしい。」
他愛もない雑談に花を咲かせながらゆっくりと道を歩く途中、縞斑は思い出した様子でそう言った。
きらりと神無の目が輝いたことに気がついた彼は、甘いものにとことん目がない恋人のことを微笑ましく見守る。
「じゃあ次はお昼に行こう!」
「言うと思った。」
頷く縞斑に、神無も満面の笑みを返して見せた。
縞斑が店探しを引き受ける理由は、自身の身分が複雑であることももちろんだが、何より一番の理由は神無のためであることを知っている。
縞斑がこれまで神無を連れて行った店は、どこもアンドロイド入店禁止の店ばかりだった。
アンドロイドの導入が加速するこの街で、入店禁止の店を探すだけでも骨が折れるに違いない。
神無本人はアンドロイドとふたりきりにならないのであれば気にしないと伝えているが、万が一のことを心配する縞斑は頑なにその条件を満たす店を探そうとする。
縞斑の気遣いを時々申し訳なく思う神無だが、無理に突っぱねてその万が一を引き起こしてしまえばお互いに不幸になってしまう。
もうしばらくの間は縞斑に甘えておこうと、神無は素知らぬ表情で歩幅を合わせて歩く恋人を見上げて笑った。
※
「送ってくれてありがと。」
家の前に到着した神無は、少しだけ名残惜しい繋いだ手を解く。縞斑の顔を見上げれば、彼は心底安堵した表情で笑っていた。
「こちらこそ、ありがとうね。」
おやすみと言って縞斑の手のひらが神無の頭を優しく撫でる。
別れ際の縞斑はいつも以上に自分に甘い。それに優越感を抱いていた時期もあったけれど、彼の心境を思うと少しだけ複雑な気持ちだった。
彼がこれ以上不安に思わないように、自分には何ができるだろうか。
「…んー……」
「神無ちゃん?」
俯いてしばらく思考していた神無は、ぱっと顔を上げると縞斑の腕を引く。
驚いて腰を屈めた縞斑に爪先を伸ばすと、神無は呆然とした表情を浮かべる彼の頬に唇を寄せた。
小さなリップ音を残して離れていった柔らかな感触に、縞斑は目を丸くして神無の顔をじっと見つめる。
「……神無ちゃ、」
「お、おやすみっ!!」
赤い顔を隠すように慌てて腕を離した神無は、縞斑が止める間も無く駆け出すと扉を開けて家に帰っていく。
その背に手を伸ばしたまま唖然と立ち尽くしていた縞斑は、そっと自身の頬に触れた。まだ残る神無の感触に、ようやく彼に何をされたかを自覚した縞斑は深いため息を吐く。
「えー……やり逃げされた…?」
苦笑いを浮かべる縞斑は、年甲斐もなく火照る頬を手で冷ましながら独り言を呟いた。
「…俺も随分甘やかされてるなぁ」
縞斑は、神無自身が自分を家まで送る理由を知っていることに気がついている。
何も言わずに大人しく縞斑に従ってくれる神無の優しさに、縞斑はずっと甘えている自覚があった。
彼女の失踪とその後悔を神無に押し付けることは間違っている。彼はひとりの大人で、立派な公安刑事だということも分かっている。
それでも縞斑は、笑顔で手を振って道の先へ歩き出す大切な人の姿を見送ることが、どうしようもなく怖いのだ。
「おやすみ、神無ちゃん。」
今度こそ安心した縞斑は、帰路を辿ろうと足を向ける。これ以上帰りが遅くなると、今度は縞斑を心配するアサギリに不安な思いをさせてしまうことだろう。
何気なく神無の家に視線を向ければ、まもなく神無の自室に明かりが灯る様子が見えた。
「ああぁああ俺のばか!!やり逃げしてどうすんだよっ!!!」
カーテン越しに頭を抱えて悶絶する神無の姿と、上擦った悲鳴を耳にした縞斑は、思わず小さく吹き出してしまう。
明日の仕事がなければいいのになんて、そんなありふれた願い事を抱えて、縞斑は今度こそ街灯の照らす道を歩き出すのだった。
終