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神託機械

全体公開 10319文字
2024-02-03 04:24:37

自創作が10年目になったそうです。関係あるのかないのかよくわからないけど記念としてこれを上げます

◆発端
どうしてあの人が、あの人だけがあのような目に遭わなければならないのだろうかと思ったことがある。
そんなこと、今生の私には知るはずもないことだった。でも知ってしまった。認知してはいけないものだった。
それに触れたのは、私がいつものように書斎でお兄様の手伝いをしていた時。ふと床の絨毯が捲れているように見えたから、直しておこうとしゃがんだ瞬間、真っ暗な世界に放り込まれた。

出口は無いか探していると、急に辺りが明るくなった。真っ白な長方形から、文字が浮かび上がってきた。私はまだ何も知らなかったから、ついそれを読んでしまった。読んではいけない、知ってはいけないものであることを後々になって理解した。
XX回目であの人の国が滅ぶことが確定事項となった。XXX回目であの人の片割れが居なくても良いことになった。XXX回目であの人は誰とも交わらず、独りで運命と戦う可能性が起きた。XXX回目であの人の血筋は進行上どうでもよくなった。……等々。
許容量を超える情報に、私の脳は耐え切れなかった。あの人だけではない、他の人達のことも記されていたからだ。
その後のことは実はあまり覚えていない。気付いたら私はよく分からないところに寝かされていた。
「目は覚めたかな」
どこからともなくローブをまとった人が現れた。その人のことを、私は多分知っているようで知らない。あらゆるものに靄がかかって、上手く出てこない。
「ごめんね、君に見せるつもりはなかったんだ。こちらの不手際でね」
私はなにもわからない。その人は私の返答を待たずに勝手に話を進めた。
「今から君のキャパシティを解放する。お詫びと言ったら何だけど、君の思うままの世界を体験させてあげよう。悪くないだろ?」
私はその人に身体を起こされて、よく分からない板の前に座らされた。ぼんやりと光が灯り、文字が浮き出た。演算システム起動、とか謎の言葉が出てきたかと思えば、ようこそと謎の歓迎を受けて山の絵が表示された。
…………これ、は」
「ん? これは演算システムってやつさ。ここで僕はあらゆる可能性を算出し、その世界の最適解を打ち出して均衡を保ってる。裏方だけどやりがいのある仕事だよ」
その人の言うことがまるでよく分からなかった。
「まあ情報がある程度叩き込まれているとはいえ、初めてだから苦労することもあるだろう。僕がサポートするから君は思うままに選び取るといい」

◆演算一回目
気付けば私は、そこにいた。私は娼婦で、男の相手をしていたのだろう。私の横に、銀髪の人が寝ている。
そっと顔を覗き込んだ。見知った顔。私が恋い焦がれてきたひと。
……
おそるおそる手を彼の頭に乗せ、撫でた。不思議と安心する。そうしているうちに、ゆっくりと瞼が開いた。深い青の眼が私を捉えた。
……あれ、僕寝ちゃってた?」
「そのようです」
「君も?」
「ええ」
「悪いね、長居して」
彼は掛けていた着物をさっと肩にかけた。一瞬、あの背中が見えた。王族としての証が刻まれ、焼け爛れた背中。
「もう、行ってしまわれるのですか」
……どうしたの、急に」
「その、もう少し休んでも」
「いいよ、そういうの」
言葉にどこか冷たいものを感じた。それだけで、全くの別人のように思えて、私は何も返せなくなった。
「僕は君の欲求を満たして、君は僕に情報を与える。そういう話だったでしょ」
喋っている間に、彼は着替えを済ませてここから出て行こうとしていた。そうか、こんな私じゃ、貴方を引き留める資格もないんだ。潤む視界に、彼の後ろ姿が写って遠ざかる。
……やり直さなきゃ」
何を?
「すべて、なにもかも」
どうして?
「こんなの、望んでない」
壊そう。壊そう。これは没。私はあのひとのそばに居たい。こんな虚しい関係は要らない。

◆幕間
明鈴が倒れたと聞いて、僕は急いで救護室へ向かった。
「ッ、めい、は……?」
僕がそんなに息を切らしてるのが珍しかったのか、柊月も、義兄の三人も、朱雀も面食らったような顔をしていた。なんだよ、別にいいだろ。僕だって走れば息切れするし。
「安心して。怪我はないわ、その……
聖藍がそう言うならそうなのだろう。ただ、歯切れの悪さから何かあることは察しがついた。
「昏睡状態、らしくてな」
「ちょっと緋瑞」
「俺はちゃんと伝えるべきだと思うが」
緋瑞が言うには、明鈴は突然倒れて意識を失ったらしい。別に持病があったわけでも、今日が特別具合の悪い日でもなかった。
「俺が色々調べてるんだが、解決しようがなくてね」
いつもヘラヘラしている朱雀が、見たこともない難しそうな顔でいる。神様でさえ解決しようがないとなれば、どうしてやるべきなのか、僕は何も出来ないのか、そんな考えが頭の中で渦巻いた。
……他にアテはないの。クラウディア呼ぶとか」
「お、そうだったな。ちょっと聞いてくる!」
朱雀がぱっと明るい表情を見せ、部屋を飛び出して行った。いつもの姿を見るとやっぱり安心する。
「俺たちはどうする」
「兄上たちは仕事が多いのですから。そちらを優先して頂かねば」
「そう言う崔緑こそ外交関係の仕事があるでしょ?」
「面倒は僕が見る」
消去法でいけば、それが妥当だ。
「それはありがたいですが、貴方だって仕事があるでしょう」
「ここに持ってくればいいでしょ。僕だって魔術の心得はあるし、ある程度は調べることも出来る」
間違ったことは何ひとつ言っていないし、現実的に不可能なことも言っていない。僕は柄にもなく長々と話し、義兄三人の同意を得た。
……分かった。でも、無理だけはするなよ。俺たちも時折顔を出す」
「よろしくお願いします」
「迷惑かけてごめんなさいねぇ。明のこと、よろしく頼むわ」
三人を見送ったあと、部屋の隅に立っていた柊月が僕の傍へ立ち、口を開いた。
「ボク、ここに居るから。榎月は仕事で使うもの持ってきなよ」
「やっと喋ったね?」
「ボクは……こういう時に何を言ったらいいか……
「なんて声掛ければいいか分からないってこと?」
「うん……
柊月のことは未だによく分からないところがある。今のこれとか。いつもなら出来ることはないかって訊いてるだろうに。
「ほら榎月、はやく取ってきなよ」
……分かった。お言葉に甘えて行ってくるよ」

◇◇

……明。ボクね、分からないんだ」
榎月は部屋に行ったし、ボクと明鈴だけだから喋ってもいいよね。
「病気になったらさ、決定する権利って本人にあるものでしょ。でもその本人がさ、それすら出来なかったら……周りの人に全部任せちゃうことになるよね?」
ボクの時はそうだった。身体が弱くて寝込んでばかりだったあのころ、それでも並び立ちたい存在が居たから、大好きなひとが居たから、ボクは頑張るって決めてた。今となってはすごい元気だけどね。
……もし、周りの人から見放されちゃったら、とかあるかもしれないじゃん。榎月はそんなことしないって分かってるけどさ……でも」
明がひとりぼっちになったら、ボクはきっと耐えられないと思う。ボクだってそんなことになったら嫌。榎月が居なくなってから、ずっと寂しい思いもしたし。でも一生、ひとりぼっちだって考えたら、と思うとやっぱり嫌だな。
「明は榎月の大切なひとだし、ボクにとっても大切なひとだから。ひとりになっちゃったらボクがずっといるからね……

◇◇

仕事は片付いていたから、そんなに持ってくるものもなかった。救護室に戻ると、柊月の話し声が聞こえたから僕は物陰に隠れて聞き耳を立てた。
「もし、周りの人から見放されちゃったら…………榎月はそんなことしないって分かってるけどさ」
僕のことをなんだと思ってるんだろう、この子。挙句に明がひとりになったらずっとそばにいるからと言い出す。気付けば、足音を殺して柊月の背後に立っていた。
「誰が見放すって?」
「うわっ?!」
椅子から落ちた柊月が面白くて、思わず笑いがこぼれた。
「そんなに驚いた?」
「いつから聞いてたの」
「見放すことになったらってとこ」
「うわ……恥ずかし……
「誰が見放そうと僕はそんな真似しないから」
……怒ってる?」
「別に。もしそんなことになったら僕が養う」
「それ明にも言えば」
「やだ」
だってそんな、恥ずかしいし。僕は椅子から落ちた柊月と視線を合わせた。あんなに身体が弱かった泣き虫な君を、僕が見放す真似……いや、復讐を大義名分に失踪はしたけど。
……榎月」
「ん?」
「そうなったらボクもいい?」
「いいけど」
「即答だね」
「今度は勝手にどこにも行かないって約束でしょ」
「榎月のそういうとこ、好きだよ」
そんな会話をしながら、僕らは明の傍にいた。明の寝顔は何度も見てきたけれど、こんなに長く見ているとどうしようもない不安に駆られる。
「榎月」
「なに」
……心配、だよね」
「どういう状況でこんなことになったのか全然分からないからね」
原因を探ってはいるものの、僕にも分からない。根本的な何かが違うんじゃないかと思う。
「はあ…………
「溜息でかいと運が無くなるよ」
「嘘言うな。誰が幸薄いって?」
「そんなこと誰も言ってないでしょ。軽食でも持ってくるよ」
そう言って柊月は部屋を出た。
……明」
絶対、見放してなんかやるものか。

◆演算二回目
そもそもの話、彼の半生があのようなものではいけないのだ。 あのひとは、幸せになるべき人だ。悪い芽は早いうちに摘み取ろう。
身体のどこかに王族の証を刻む風習を消した。
彼の父の異常性癖を修正した。
彼の母の幸運の値を通常値に戻した。
それから、それから。
「ねぇ、君」
私を呼ぶ声で私は我に返った。
「はい」
ああ、あのひとの家族だ。明るくて、素直な方。私のことも大切にしてくださる方。
「君が榎月の婚約者?」
……はい、そうです」
次第に目付きが剣呑を帯びてくる。どうしてそんな顔をなさるの、と尋ねようとしたが時すでに遅し。
「ふふ、見つけた。榎月は嬉しいみたいだけど、ボクにとっては障害でしかないの。わかる?」
身体の奥深い所まで刃を貫かれ、私の言葉は血に代替された。身体の重さに耐え切れず、私は音を立てて倒れる。さようならと声が聞こえて足音が遠ざかった。
こんなことではいけない。私が幸せにしてやらなきゃ。
「君がやる必要なんてあるの?」
そうだ。私がやらなきゃいけない。私が成すべきことだから。
「君が良かれと思っても、彼にとっては不幸かもしれないのに?」
そんなこと、あるわけない。だって私は――

強制終了しました。

◆演算三回目
あれから何度か繰り返した。いよいよ私は手段を選ばなくなった。歴史や記憶を改変した。時には彼の周囲の者を消したりもした。彼を天涯孤独にすれば、こちらに来てくれるだろう、なんて思った。
その時の終わりはいつだって、私は殺された。処刑されたこともあった。
民衆から蔑むような目を向けられるのは平気だった。私は元々妾の子だから、城に居る女中からは特にそういう目で見られていたから、誰に向けられようと平気だと思った。
でも、あのひとにそんな目で見られることだけは、それだけは嫌だった。
処刑の部屋でふたりきり。彼は冷たい雰囲気を纏い、私は真っ白な服を纏っていた。
「一応聞くけど。言い残したことは?」
「貴方を、愛していました」
「それで良いの?」
「貴方の為に生きてきたようなものなので」
「僕の為にとか、ほんと……
くだらない、と一蹴して彼は私を撃ち抜いた。
違う。私が望んでいるのはこれじゃない。あのひとは、私にあんな目を向けるようなひとじゃない。
また私のなかで、何かが壊れる音がする。壊れるってなに?
「それで良いの?」
あのひとの言葉が脳裏をよぎる。良いわけがない。……でも、何が一番良いのだろう。
「独り善がりだよ、そんなの」
言われてみれば確かにそうだ。私は否定しようがなかった。そうであれば、そうならば。
「私は、要らない存在なのでしょうか」

◆幕間
それから何日か経った。僕はどのくらい経ったのか数えるのをやめた。数えたら僕が辛くなるから。少なくともひと月は経ってるんじゃないかな。
……榎月」
……どうも」
緋瑞が顔を出しに来てくれたらしい。今日も食事を持ってきてくれた。
「どうだ」
「相変わらず。……仕事はいいの?」
「粗方片付いた。だから気にするな」
「ならいいけど」
「眠れてないだろう」
……眠れないよ」
ここ数日、僕はあまり眠れていない。こんな状況で眠れるわけがない。
「リラックス効果のあるハーブティーでも淹れてやろう。とりあえず食事を摂れ」
サイドテーブルに置かれた食事に少し手をつけた。明はいつまで経っても目覚めない。点滴をしているから栄養失調になることはないだろうけど、それでも少し腕が細い。

それから僕は、ハーブティーを飲んだあとで寝落ちてしまった。このきょうだい達は茶を淹れるのが上手いと思う。
話が少し逸れた。ちょっと嫌な夢を見た。明が居なくなる夢だった。所詮夢なんだから真に受けるなんてばかみたいだけど、僕は起きて早々に明がそこにいることと、息をしているのを確認した。
……は、」
夢に怯えるなんて子供のすることだ。我ながらくだらない。不安になって明の手を握った。大丈夫、まだ生きてる。自分に言い聞かせながら夜を過ごした。

◆演算n回目
目が覚めた。綺麗な顔の人が、こちらを覗き込んでいる。そう、私は……
「おはよ。まだ早いし、寝ててもいいけど」
私は彩国王位継承者、████だ。妾の子ではない、正式な王の子。そして私の寝顔を隣で見ていたのは、私の████████である榎月。
「榎月」
「どうしたの?」
「あ……いえ、その」
「嫌な夢でも見た?」
「い、嫌な夢とか見たわけじゃないの、本当に……なんでもないの」
「そう? でも無理しないで僕に頼ってね、████」
なんだろう。頭の中にノイズが走っている。私は一体、誰なんだろう。
「ありがとう、ございます」
「ねぇ」
「なぁに?」
「私って、ここに居ていいのかな」
こんなことを訊く私を、貴方は頭のおかしい女って笑うかしら。
……居てよ」
強く抱き締められて表情は見えなかったけれど、声が震えていたことだけは私でも分かった。
…………いいの?」
「うん。居なくならないで」
「私がどんなにひどい人でも?」
「それでもいいよ」
「貴方のこと、苦しませちゃうかもしれないんですよ?」
「僕強いから平気」
「貴方に釣り合わない女でも?」
「君が望むなら、ずっと傍にいる」
どこの世界でも、私がここまで愛されていたら、あのひとがここまで幸せだったら良かったのに。
「████」
私の名前がきこえない。肝心なところでいつも雑音が混じる。ねぇ、私って誰なの? ねぇ、だれか教えて。

意識が途切れる。雑音の海に呑まれる。私のカタチが静かに溶けていく。
わたし、どうしてあの人に執着していたの?
どうしてあの人の為に何かを成そうとしているの?
わたしは、何者なの?
考えるほど分からなくなる。止めようにも止められない。思考する機構になってしまっているから。
手のようなものを伸ばそうとする。何も掴めない。このままわたし、おちていくのかな。

◆幕間
……!」
夢見が悪いと感じる。……大切な人が居なくなる夢。
……は、ほんと…………
悪夢は自分のトラウマに関するものだけにして欲しい。
「おい、榎月。起きてるか」
……ん」
朱雀だ。神であろう者が目の下にクマ作って……まで、色々調べてくれたんだろう。
「お前、賭けに出る覚悟は出来てるか?」
「いきなり何?」
…………一か八かだが。何とかなるかもしれない方法がある」
「やるしかないだろ。元より僕はどうなろうとこの子を」
「はっはっはっ、そうだよな、お前は。そういう奴だった!」
……で、何すればいい」
「色々難しい話になるから割愛はするが。房中術の応用みたいな」
……専門的なことはあんたに任せる」
「とりあえずお前には眠ってもらって、ふたりの意識を繋ぐ。まあ変な感じは多少あると思うがそこは我慢してくれ。意識を繋げばお前は明鈴に会える。夢から引っ張り出すんだ。まあ俺の方でも何とかするから、そこは心配すんなよな」
「分かった」
「じゃ、これ飲んで」
と真珠程の大きさの、黒いものを差し出された。
「これは?」
「ちょっと強めの眠剤。お前、よく眠れてないんだろ」
……それはどうも」
それを飲めばすんなり眠りにつける、らしい。彩国独自の術、練丹術の成果だと以前彼に教わった。
一粒を取り、呑み込む。鉄のような味がした。
……味の改良した方がいいよ。今後も作るならね」
「貴重なご意見ありがとう。じゃ」
オヤスミ、と言う声が聞こえたかもしれない。この眠剤は速効性らしい。

◆???
不快な感触だ。脳を弄られているようだ。
自分が何者なのかは分からない。いや、本当は知っているはずなのだけれど。
重力の無い空間で、クラゲのように漂っている。これ、いつまで続くんだろう。
夢ならはやく覚めて欲しい、と思っていたところで遠くから泣いている声が聞こえた。
誰かが泣いていた。黒に覆われていて、表情は分からない。身体は勝手に、その誰かの所へ向かっていた。
……どうしたの」
わからない、とだけ答えがあった。小さな子を相手しているようだった。
「名前は?」
黙って首を振られた。
「どこから来たの?」
これも分からないらしい。困ったなと思いつつ、黙って傍に居ることにした。
泣き声は収まってきていた。時折鼻を啜る音がする。
「落ち着いた?」
……うん」
横目で見ると、黒が少し薄くなったように見える。小さくて華奢だ。
…………あなたはどこから?」
「僕?」
ああそうだ。自分は確か僕だった。
「よく分からない。気付いたら、ここに」
「そっか……
残念そうな声色で言うので、僕は出来る限り傍に居ることを伝えた。
「ふふ、優しいね。私も、あなたみたいな人が一緒に居たらいいな」
「ずっとひとりだった?」
……ううん。たぶん、たぶん居たの。でも、はぐれちゃった」
視界の隅に白が見えた。白いワンピースを纏った子供が僕の隣に座っている。
「寂しかったね」
「でももうあなたが居るよ?」
……そうだね」
それでは根本的な解決にはならない。僕は何か、この子にしてやらねばならないことがある。
「ずっとここにいたの?」
…………そう、じゃない」
パリ、とひび割れるような音が聞こえた。黒に覆われた頭部から小さな光が漏れている。
「ちがうの、わたし……………………
「うん」
「わたし、ほんとは…………大きなお城に住んでて」
……うん」
「それで幸せだった、はずなの」
……うん」
「でも、ひとつだけ…………気がかりなこと、あって」
…………何か思い出せる?」
……ごめんなさい」
漏れ出す光は少し弱くなった。
「謝らなくていいよ」
……どうして優しくしてくれるの?」
不意に聞かれて、僕は自分でも分からなかった。どうして見ず知らずの子供の相手をしているんだろう。
…………理由は必要?」
苦し紛れの言葉だった。
「ううん。気持ちがあるなら、理由なんていらないよね」
納得してくれたらしくて、僕は少しほっとした。
「わたし、どうしたらいいのかな」
心細げに少女は言う。
「自分が誰かもわからなくて、どうしてここに居るかもわからなくて……
少女は膝を抱えた。僕は何と声を掛ければ良いのか分からない。意味も理由も分からない。それなら……
「君は」
……?」
「君は、何したい?」
「おうちにかえりたい…………かぞく、に会いたい」
「会って何したい?」
「ただいまって言うの。それから……
「うん」
「だいすきなひとと、一緒に過ごすの」
パキ、と音が聞こえた。きっともう少しだ。
……君の願い、聞き届けた」
こんな台詞、柄じゃないんだけどな。何とかするってこういうことなの?
「僕と一緒に来て、明鈴!」
パラパラと欠片が飛び散る。見慣れたあの顔。目元は泣き腫らしていた。
「榎月……?」
「うん。探しに来たよ」
「ごめんなさい、私……
咄嗟に抱き締めた。どこか行ってしまわないように。不安もあったせいだけど、ちょっと力が強かったかもしれない。
「謝らなくていい。居てくれれば良いんだ」
……はい、」
滅多に泣いたりしない明が、今は泣きじゃくっていた。
……私、榎月が幸せになれるように、色々考えてたんです……、でも、うまくいかなくて……っ」
明は明で色々大変だったらしいことは言葉の端々でそれとなく分かった。
「明、もういいよ。僕のために考えてくれてありがと」
……でも」
「それとも、叱ってほしい?」
…………
「過去は今更どうにもならない。復讐なんてしてた僕が言ったって説得力ないけど……今が一番大切、でしょ」
「いま…………
「そ。過去に囚われてたって仕方ないんだ、僕たちは先に進むことしか出来ないから。そうでしょ?」
……
明の顔を見たら、吹っ切れたような様子が見えた。問題はまだ解決していないけど、僕は少し安心した。
「帰ろっか。皆待ってるし」
「はい……!」
で、どうやって戻るんだろうと思っていたら、無理矢理引き上げられるような感覚が来て僕の意識は消えた。

◆終幕
目を覚ます。明も同時に起きていたらしい。いや、それよりもなんで僕は一緒のベッドで寝てるんだ。
……ごめん、今出る」
「いいですよ、まだここに居ても」
「そうは言っても」
「おう、起きたな!」
朱雀が背後で嬉しそうに声を上げる。そうだ、こいつの力で……
「あんたでしょ」
「そうだが? 他に寝る場所無かったし」
……そうだね」
不毛な会話になりそうなので、やめた。そんなことしている余裕もないし。いや、そんなことより。
……よかった………………
出てきた声は我ながら情けないもので。明は泣きそうな顔で無理に笑顔を作っていた。
「いいんだよ、泣いても」
初めて明が声を上げて泣くのを見た。今まで、本当はこうして泣きたかっただろうに、なんて僕は明がどんな幼少期を送ったのかは知らないけど。でも、ずっとそうしたかったんだろうな、と泣く明を抱き締めて思った。
「明、さっきの覚えてる?」
腕の中でしゃくりあげながら頷くのが見えた。
「君が言ってくれたように、僕も明がいてくれればそれでいい。確かに僕の過去はまともじゃなかったけど、明のおかげで生きてるのも悪くないかなって思ってるんだ」
「言うじゃない、榎月ちゃん」
いつの間にか明と僕の兄弟たちが来ていた。なんだよ、みんなしてニコニコしちゃって。
「榎月のその言葉聞けて、ボク嬉しいな」
「聖藍も柊月もその辺にしておかないと、榎月が羞恥で布団から出てこなくなるぞ」
「兄上、そんなことを言ってる兄上が一番ひどい物言いですよ」
「でも良かったわ。明が起きて」
「お兄様がたに、柊月に、朱雀に、榎月」
落ち着いてきた明が、顔を上げ、僕たちを見渡している。いつもの明だ。
……心配かけてごめんなさい。それと、ただいま」
そう告げて明はベッドから立ち上がろうとした。ずっと眠っていたこともあって、明の危うい足取りを僕は支えながら、兄弟たちの前に立った。
「おかえり。それと榎月も」

……こうして無事に明鈴は目覚め、彼らは日常に戻っていくのでした」
暗い部屋で、誰かがモニターに向かって呟いた。ここは誰も知り得ない、世界の外に存在する処。
「演算終わり」
くあ、と欠伸をして彼は後ろに倒れ込んだ。
平和的解決ハッピーエンドは良いものだが、難しいなァ」
別の画面にはどこかの国の映像が流れていた。戦争を映し出す画面、平穏な日常が映し出された画面、荒廃した景色のみが映し出された画面と様相はそれぞれ異なっている。
どこの世界線も争いからは逃れられない。どの世界にも復讐者、変革者、裁定者、賢者と様々な者が存在し、世界に何らかの影響を与えている。その結果が映し出されている事象そのものだ。彼は演算者という立場で世界に関わっている。必要以上に介入すれば演算者の精神が摩耗してしまうので、彼は適当に引っ掻き回し弄って観察することだけをしてきたのだが、どういうわけか明鈴という人物に肩入れをしてしまった。自分もヤキが回ったな、と頬を掻き彼はまた自分の仕事にのめり込んでいった。あの世界の者たちが彼を知覚することは無い。気付くきっかけさえなければ、一生関わることはないし、彼自身も肩入れをしない限りはこちらからきっかけを与えるようなことはしない。そう、もし関わることがあったとしたらそれは演算者の摩耗が酷くなった時。物語の舞台に立てる日が来ないことを願いながら。彼は今日も仕事をする。


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