グエスレ現パロ転生シリーズ④ アシナガと名乗るエリクトの瞳に映る、研究室の壁に貼られた水星のポスター。一方すっかり葉桜となったとある休日、グエルは郊外の宇宙センターに訪れていた。そこで偶然にも出会ったのは、なんとスレッタだった。エリクト、グエル、ラウダside。
@CChacoru

〈エリクトside〉
深夜。
自室――仄暗い、研究室。
照明の人感センサーはすっかりもう長い間、切ったままだから。
代わりに付けっぱなしのモニターが数台、青白い光をぼんやりと、拡散している。ジジジ、ジジジ、とPCの音が聞こえる。
デスク前の白いワークチェアを引いて、思い切り身を投げ込む。後頭部まである背もたれがぐぐうっ、と大きく後ろへ沈み込み、その傾いた姿勢のまま、ふうぅ――…と長い息を吐くといつものように壁のポスターの天体を見上げた。
水星。
灰色の、岩石の惑星。
姿は月と似ていて、太陽に一番近い惑星で、灼熱と極寒の過酷な地表を持つ星。
そして――僕の故郷。
黒塗りのポスターの真ん中に大きく、十年ほど近く前に宇宙から探査機で撮られた水星の合成写真が、僕をじっと見下ろしている。
太陽系で一番地味と言われるこのごつごつした殺風景な星を、美しい――と思うのは、郷愁のフィルターがかかっているからだろうか。
二年前。この新しい世界に意識を下ろしたとき、ボクの肩書は航空宇宙エンジニアだった。
気がついたときにはもう、水星探査機開発のプロジェクトに携わっていた。
どうやら世界を創り変えたと言っても、前世界であったつながりは完全には切り離せないものらしい。
僕はまた、既にスレッタとも関わりを持っていた。つまり、意識が下りる以前、二年前よりもずっと昔から。
ミオリネやグエルたちと交わした約束など無視するかの様に、この世界の方が僕たちの関わりを決めてしまっていたのだから、仕方がない。「アシナガ」と名乗って正体は隠しているけど。
ゆっくりと両手を握って解いて、自分の感覚を確かめる。
かつてお母さんと一緒に求めたこの体が、何故か奇妙に感じる時がある。そんな時、僕は思い出す。君と水星の上空を飛び回っていた景色を。
エアリアルとして。
前世界にあったパーメットも高度な文明も、この世界にはない。人類は宇宙居住区どころか、大気圏を超えることすら簡単には出来ない。
そんな今、僕は水星初の探査機着陸計画に挑んでいる。
僕は、もう一度、
水星をこの目で見たい。
不思議だね。
スレッタ。
デスク脇に置かれた赤いチェック柄の可愛らしい封筒を指でなぞる。
学園での〝成功〟を知らせるスレッタからの手紙だった。
「まったく…。頑張ってよ、赤い彗星さん」
そっと瞼を閉じる。
あの子のことを頼めるのは、君しかいないんだから。
〈グエルside〉
街を一面染める桜もいつの間にか葉桜。
まだわずかにひんやりと冷たい空気とは裏腹に、からっと晴れた青空からは強い日差しが燦々と照りつけている。
俺には、少しばかり眩しい。
そんな日差しも、この屋内にまでは十分に届いてこない。
俺達は中庭がガラス張りになった通路の、日陰になっている部分をゆっくりと二人並んで歩いていた。
大型連休も近づいてきたとある休日、俺は宇宙センターの一般公開された特別展覧会に来ていた。
――何故か、スレッタと一緒に。
一体。どうしてこんなことになったんだ…。
隣には展示物に興味津々で目を輝かせているスレッタ・マーキュリーがいる。
私服姿。
近い……。
「ふむ。ふむ……なるほどっ。…すごいなぁ」
彼女とは反対に、俺の頭には展示の内容などサッパリ入ってこない。
自分の体の動きがぎこちないのを感じる。
会う約束をしていた訳じゃない。
そもそもここに来たのは…――。
***
今朝のことだった。
会社の父さんに荷物を届けた帰り。
街中で、偶然ラウダの姿を見かけたんだ。
ラウダがこんな早い時間に外を彷徨いている。珍しいと思った俺はこっそり後をつけた。
ラウダとギクシャクし始めてから。あいつは行き先を告げず、夜の街に消えていくことが度々あった。何度か尾行したがいつも途中で気づかれて巻かれてしまう。今回は街先でたまたま見つけたせいか、長い間気づかれることなく後をつけることができた。
街を歩き、地下鉄を乗り継ぎ、バスに乗り。着いた場所は――郊外にある宇宙センター。
バスを降りると人でごった返していた。
青空をバックに木々に囲まれ、白い大きな箱のような建物がいくつか見える。その手前には何十メートルもある巨大なロケットの模型が横倒しに飾られていて、正門を抜けた人たちがそこへ向かっては記念写真を撮っている。
この施設は航空宇宙分野の研究開発機関。普段は一般公開エリアを除いて関係者以外立ち入ることは出来ないが、どうやら今は一部施設の特別公開と展覧会が行われているらしい。
「あ…」
人ごみと意外な到着地点に圧倒されていたら、ラウダを見失ってしまった。
ラウダのやつ、どうしてこんなところへ…。
どうする。中に入るか?
あいつも展示を見に来たのかもしれないしな。
どうせ今日はこの後の予定もないと、腹を決めて人の流れに乗る。
スレッタと会ったのは、受付を済ませて最初の展示エリアへ向かう途中のロビーだった。
「あっ、グエルさん!!グエルさ――ん!」
通路の進行方向から、俺を呼ぶ声。
顔を向けると声の主が笑顔で手を振っていた。
「スレッタ…マーキュリー…!?」
足早に駆けてくる弾むような足音が、絨毯に吸い込まれてスタスタと隠しきれない感情を伝えてくる。
まるで――嬉しい、と。
目の前でシュタッと立ち止まり、何故か敬礼。
予期せず会えた驚きと愛らしい仕草に、何かが湧き起こる。思わず唾を飲み込む。
「グエルさん!おはようございます。あれ、今はこんにちは?」
「スレッタ…どうしてここに?」
「水星を見に!アシナガさんに招待されて。グエルさんこそ…もしかして宇宙、好きなんですか?言ってくれたらチケット用意できたのに」
紺色のワンピースにグレーのパーカーを羽織り、学園と同じヘアバンド。長い髪はいつもよりゆったりと、丸い銀の飾りがついた髪留めでまとめている。
「グエルさん、一人ですか?」
ドキッとする。
スレッタも一人だった。この先を予感して鼓動が早まる。
「ああ。…そんなところだ。お前こそ連れはいないのか?」
「妹と来たんですけど『展示なんてツマンナーイ』ってワークショップエリアに行っちゃいました。ガイドさんが見てくれてるから、大丈夫だと思います」
「そう、か」
落ち着かなくて、頭を掻く。
「そ、その…だな」
「一緒に見て回りませんか!」
答える間もなく、ぐいと手を握られ引っ張られる。
「私、案内します。前も来たことありますから。安心してください!」
***
「グエルさんは、一番好きな星ってありますか?」
太陽系エリアの展示に真剣だったスレッタが突然話しかけてきて、俺は意識を呼び戻される。
「え、俺は…」
「私は水星です。子どもの頃から、一番好な星なんです」
彼女は水星が大きく映った一枚の展示パネルを見たまま続ける。
「グエルさん、知ってますか。水星には、大量のダイヤモンドがあるかもしれないって言ってる研究者もいるんですよ」
薄暗いフロア。そう話すスレッタの瞳は、展示物のライトアップに照らされてキラキラと輝いている。
「アシナガさんと出会ったのも、水星がきっかけなんです」
饒舌な彼女を、隣で永遠と聞き続けていたいと思う。
前の世界では、こんなに沢山話を聞くこともなかった。きっと自分が好きな水星の話を出来て嬉しいんだろうな。
ふと彼女は本当に彼女なんだろうかとよぎる。今でも夢なんじゃないかと思う。だがすぐに、温室で無我で抱きしめてしまった時のことを思い出し、顔が熱くなる。
彼女は――
「わあ」
無地の床が、パッと光を帯びて模様を変える。
暗闇の中に数え切れないほどの星や銀河。
映し出されたのは星いっぱいの宇宙だった。
俺達は大きなLEDディスプレイの上に立っていたらしい。
『本物』は、こんなふうに無数の星が輝いて見えたりはしないと知っているが。
俺とスレッタ、たった二人、宇宙空間に漂っていると錯覚するようで。
その光に照らされたスレッタの瞳は煌めいていて。
「幻想的だな」
思わず呟いてしまっていた。
床のディスプレイのことだと勘違いしたスレッタが「綺麗です」と同意する。
それから後のフロアも彼女は楽しそうに展示を巡っていった。本や展示や、アシナガさんという人との手紙で知った、水星や宇宙のことを色々話してくれながら。
「…いつか。宇宙に行ってみたいです」
最後の展示エリアを巡っているとき、スレッタは俺を見上げてそう零した。
ありふれた、ちょっとした夢の一つを打ち明けるように。
優しい笑顔で。
その笑顔に、胸がギュッと痛む。
彼女が憧れる水星も宇宙も、俺が取り上げた張本人だ。彼女は知る由もない。俺が選んで決めたこと。だがズキズキと罪悪感が疼く。
「悪かった」
「え?」
「あ…いや!そのっ…だから、えっと…つまり、だな……この間は急に抱きしめたりし、…て…」ごまかして咄嗟に出た言葉に、自分で言ってて恥ずかしくなる。
「もう気にしてないですよ」
ぐっ。それはそれで傷つく…。
あの時、俺をあやすように背中に添えてくれたてのひら。
擦り寄せてきた頬の感触。
温かくて。そう…俺という存在を、肯定するような。
だが、スレッタはそれだけだったのか。
その…スレッタは俺に…ド…――
「って何を考えているんだ俺はっ!」
「うわあおあ!いきなりびっくりします!展示エリアではお、お静かにお願いします、グエルさん」
***
展示を一通り巡った後。
自動販売機の取り出し口からガコンと下りてきた、赤地に桃の絵が描かれた缶をスレッタに手渡す。
「ありがとうございます」
初めは自分で買うからと胸の前で両手を振って遠慮していたが、一度受け入れてしまえばあっけらかんとそれを受け取る。
そんな一挙一動が、とてもらしいな、と内心苦笑する。
自分は無糖のコーヒーを選んで彼女が先に陣取りに行った休憩エリアへ戻ると、何故かスレッタはソファに向かって中腰になりスマホを構えていた。
「何をしているんだ…」
「わっ、うわあ!お、驚かさないでください」
ソファの座面の真ん中に、まだ開封されてない赤い缶ジュースが立てて置いてある。
スマホで撮っていたのか。
「なんでそんな物を…」
「そんな物、じゃないです。…はじめて、もらった物です」
ぼそぼそと抗議して、頬を膨らませて、そっぽを向く。
なっ…。
頬を染めてるのは、撮っていたのが見つかって気恥ずかしいから、だよな…。
居たたまれなくなったがスレッタに目で催促されたので、仕方なく二人で並んで座る。
…今、俺もきっと顔が赤い。
コーヒー缶を開けてぐいっと喉に流し込んでいると、スレッタから視線を感じる。
「…俺の顔に何かついてるか」
「コーヒー、好きなんだなあって思って」
「べ、別に好きとかじゃない。習慣なだけだ」
くっくっ、と横から楽しげな笑い声が聞こえる。
なんだこれは。
今隣を見たら何もかも抑えられなくなりそうで、向かいの壁を見上げると、灰色の地表に立つ白い探査機のポスターが正面に貼ってあった。
さっきスレッタがフロアを案内してくれながら、水星に探査機を送る計画があると話していた気がする。スレッタをここへ招待したアシナガという人物は、水星探査機プロジェクトの中心メンバー…だったか。
俺がポスターを眺めていると、スレッタも視線を同じ方へ向ける気配がした。
「今日、アシナガさんが招待してくれてラッキーでした」
飲み口を開ける音がして、甘い桃の香りが広がる。
「水星って、地球から近いけど、重力の関係で行くことがとても難しいんです。それで、地球や金星や水星の周りをこう、くるくるーっ、て何度も何度も回って、惑星の重力の力を借りて軌道を調整しながら、ようやく水星に到着するんです。近いけど、今の人類にとってはとっても遠い、未知の星なんですよ」
「『スイングバイ』。天体の重力を利用して軌道を変える技術」
「おお、お見事っ」
「さっきお前から習った」
「そうでした」
肩の力がだんだん抜けてきて、俺はスレッタの方を見ることができた。
「そんな大変なプロジェクトを進めているアシナガさんってのは、本当に凄いんだな」
「はい!凄い人です」
得意げな返事が返ってくる。
と、しばらく沈黙があって、スレッタから肩の袖をつん、と引っ張られる。
何故か目を輝かせたスレッタの顔があった。
「今度の新しい水星探査機の名前…実は手紙で教えてもらったんです。まだ、公開されていないんですけど」
手でくい、くいっと、耳を貸してくれのジェスチャーをされる。
「はぁ…?そんなもの俺が聞いていいのか」
「いいから、いいから」
しばらく躊躇っていたが、観念して体をかがめる。
彼女の吐息が僅かに耳を撫で、ゾワゾワっとした危ない感覚に思わず体を仰け反りそうになったが、告げられた言葉に引き戻される。
耳を疑った。
「エアリアルっていうんですよ」
――ダリルバルデ。ダリルバルデって名付けませんか――
「――なっ…!」
学園の廊下で温室の花の話になったとき、何故か彼女の口から出てきた、彼女の知るはずのない言葉。
あの時、俺は追及しようとして結局出来なかった。いや、怖くてしなかった。
だが。この二つの名を両方とも手紙の主から聞いたという事実は。
もはや疑いようがないんじゃないか。
以前の世界にしか存在しなかったモビルスーツの名前を知っている。
アシナガという人物はミオリネ・レンブランか、エリクト・サマヤか。
そしてスレッタと、ずっと繋がっていた。
「グエル、さん…?」
訝しげて不安そうになる彼女に「大丈夫だ」と告げる。
だとすれば彼女は。
俺のところへ「連れてこられた」んじゃないか?
アシナガに手配されて俺と同じ学園にやって来たと、この世界で初めて出会ったときスレッタはそう教えてくれた。
何のために?
ミオリネかエリクトが、わざわざあの約束を破ってまで、アシナガとしてスレッタを俺のもとへ送ってきたのだとしたら。
理由はわからないが、不穏なものが背後にある気がする。
俺に出来ることはただ一つしかない。
「グ、グエルさん…?きゅ、急に、どうしたんですか…?わ、私…何か変ですか?…そんなに、じっと…見つめられ…る、と……」
スレッタを守ること。
俺が。何があっても、絶対に。
〈ラウダside〉
人混みから離れた白い棟の壁に寄りかかる。
宇宙センターの研究棟、その裏側の敷地。
ここには誰もいない代わりに、敷地脇に植えられたレモン色の木香薔薇が、コインほどの大きさの花と葉を茂らせている。
それは小さな太陽がいくつも重なるようにこちらに身を乗り出してきていて、鬱陶しさと、懐かしい面影を僕に思い起こさせる。
子供の頃の兄さん。
そして……――。
木香薔薇が視界に入らない、建物の影になった部分へ移動する。
日陰に身を隠すと天気に反して冷たい空気の中で、薄っすらと風が吹く。
今日、たまたま兄さんに見つかって尾行されていたことには、すぐ気がついた。
だけど何故かいつものように巻く気になれなくて、気がついたら目的地まで兄さんを連れてきていた。
結果的に兄さんをあいつに引き会わせることになってしまった。正直気に入らないけど、今の兄さんに化学反応を起こせるのはあいつなんだろうと心の何処かで認めている自分もいて、そのことがまたとてつもなく気に入らない。
スマホを取り出して、あの男にコールをかける。
「もしもし。今日の尾行だけど、失敗したから。……兄さんの横槍が入った。………別に。そういうことだからもう引き上げるよ。……見て回った。手がかりはなかった。ああ、何も」
それじゃ、と通話を切ろうとして、軽やかな口調で煽り言葉の一つもくれるもんだから、こちらからも言い返してやる。
「だいたい、あの女が…スレッタ・マーキュリーが、あんたの辿りつきたい情報に繋がっているとは僕には思えない。本当に確かなんだろうな。…シャディク」
――次話へ続く――