カルみと(+巻き込まれるアサディノ)
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
「え…神無ちゃん今日それだけ?」
神無の前に運ばれた料理を前に、縞斑は思わず目を丸くして呟いた。
今夜は仕事終わりに落ち合って食事をしようと約束をした日だ。互いに仕事が立て込んでなかなか会えなかったため、一ヶ月ぶりに過ごす恋人との時間を縞斑は楽しみにしていた。
路地で会った神無は、自分と同じように少しだけ疲れた様子ではあったものの、久しぶりに会えて嬉しいと笑っていたのだ。
そんな彼を連れて店に入り、注文した料理が運ばれてきたところで冒頭に戻る。
「んー…うん、ちょっとね。」
気まずそうに笑う神無の前に置かれているのは半盛りのパスタだ。それは特別食が細いわけではない神無にとって、夕食にしては少な過ぎる量だった。
「お腹いっぱいなだけだからさ。ほら、早く食べよ。」
「あ…あぁ、うん。」
言葉を濁して両手を合わせた神無はスプーンとフォークを手に取ると、縞斑にも食べるように促す。
頷いた縞斑は自身の頼んだ食事を口に運びながら、ちらりと神無の様子を伺った。
美味しいと言って笑う神無は、嘘をついているようには見えない。しかし、いつもより食べるペースは遅いようだ。
隠れて無理をすることの多い恋人であることを身を持って知っている縞斑は、僅かな心配を覚えながら会話に意識を戻した。
「そういえばこのお店、パフェが美味しいんだってね。」
「そうなの?」
犯罪組織に所属する都合で、店を探すのは専ら縞斑の役目だ。無類の甘いもの好きである神無を連れていくことを念頭に置くうちに、縞斑は店選びの際にデザートの種類や質を調べることが癖になっていた。
この店は生クリームにこだわりがあるらしく、それをふんだんに使ったパフェの評判が良い。そう話を聞いていた縞斑がメニューを手に取ってひらけば、確かに種類豊富で色鮮やかなパフェがいくつも並んでいた。
「ほんとだ!美味しそう!!」
「ね。あとで頼もうか。」
歓声を上げる神無はいつも通りだ。考えすぎだっただろうかと警戒を緩めた縞斑は、普段なら「甘いものは別腹だ」と豪語してどれだけ満腹でもデザートに手を伸ばす神無のためにメニューを広げて見せる。
ところが、ガラスの容器にもりもりと盛られたパフェを目を輝かせて見ていた神無は急に思い出した様子できゅっと唇を噛んだ。
「いや……やっぱり、今日はやめとく。」
「え、」
ぴしゃりと縞斑の思考が衝撃に打ちひしがれる。
あの神無が、甘いものを食べることを拒否した。
朝からクリームと砂糖たっぷりのパンを平らげてミルクコーヒーを啜る神無が。
昼に食堂のカップケーキを根絶やしにしてドロ課に苦情を殺到させた神無が。
夕食にケーキを食べた上でデザートにシュークリームを食べる神無が。
「先輩?」
「………。」
「えっ…先輩?もしもーし」
あまりの衝撃にその場で固まった縞斑に対して、当の本人である神無は不思議そうにひらひらと目の前で手を振る。
その後縞斑が我に返るまでには、数分の時間を要したのだった。
※
「…ってことがあったんだけど……」
その一件から数日が経ったある日の夕方。神無が非番の日に縞斑に呼び出されてスパローへやってきたディーノは、縞斑の説明を聞いてぱちりと目を瞬いた。
相談という名の惚気を聞かされたような気がする。そう考えたディーノは、この感情をどう表現したものかと視線を隣へ向けた。
隣に座るアサギリは心底呆れた様子で冷めた瞳を主人に向けている。なるほどこの顔か、そう納得したディーノもそれに倣った。
「何か二人にも心当たりがないかなと思っ……え、何その顔冷たい…」
「申し訳ございません。惚気話を聞かされている気分になったもので、つい。」
「アサギリの真似です。呆れています。」
「やめてよアサギリちゃん、ディーノちゃんが変なこと覚えたら神無ちゃんに俺が怒られるでしょー?」
ため息を吐いた縞斑に惚気のつもりはないらしく、項垂れて頭を抱えている。本気で悩んでいるらしい縞斑を見下ろしたアサギリとディーノは、顔を見合わせて口を開いた。
「どうですか、ディーノさん。神無さんに関して何か変わったことは?」
「……それらしい様子はありませんね。」
確かに神無が甘いものを食べることを拒むのは、これまで一度もなかったことだ。
咄嗟に過去数日間のデータを分析したディーノだったが、彼の体に目立った異常は見当たらなかった。
仕事が立て込んで寝不足ではあったものの、変わらない体重と脈拍であったことをディーノは記録している。
「本当にたまたま満腹だったのでは?」
「いや、ないね。ない。絶対ない。」
「そこまで否定しますか?」
ディーノの言葉に、縞斑は何度も首を横に振った。たった一日神無が甘いものを控えただけで動揺を顕にする縞斑をアサギリは、腐っても元公安だろうと言いたげな表情で見下ろす。
「その根拠は?」
「神無ちゃんは昼間にスイーツバイキングでしこたま甘いものを食べた上で、夕食のデザートを楽しみにする程度には甘いものに関して食い意地が張ってる。」
「ほう。」
「お腹いっぱいで食べられないって言った後に、デザート何にしようかなぁって言ってパフェ選び始めるくらいには甘いものを入れる胃袋がバグってる。」
「…なるほど。」
神無を良く知るアンドロイドふたりは、その光景をあまりにも鮮明に想像ができてしまった。
しかし、縞斑の否定はもっともかもしれないと納得するディーノの隣で、過去のデータを分析したアサギリはふと声を上げる。
「…神無さんのその奇行は、マスターに原因があるのではないでしょうか。」
「俺…?」
「三ヶ月前の音声を再生します。」
首を傾げる縞斑の前でそう呟いたアサギリは、保管していた録音データの該当部分を再生した。
スピーカーから穏やかな縞斑と神無の談笑の声から察するに、おそらく仕事が立て込む前に家で時間を過ごしたときのものなのだろう。
『…あれ?』
『ん…どうしたの?』
しばらく世間話に花を咲かせていた縞斑は、思いついたように声を漏らす。首を傾げる神無の声はくぐもっていて、食後のデザートを食べているのだろうと推測できた。
『神無ちゃんひょっとして、太った?』
『はぁ!?』
『いや…このあたりとか、ちょっと肉ついたなーと思って。』
『ひゃ、ちょ…そんなとこ触るなよっ!!』
布擦れの音と上擦った神無の声がアサギリの体内から響く。アサギリが見ている手前それ以上を踏み込む気配はなかったが、恋人同士の甘いじゃれ合いの空気にアンドロイドふたりは揃って最初と同じ表情を浮かべた。
固まる縞斑の前で録音の再生が終わる。
「…ねぇ、アサギリ。」
ディーノはすんと冷めた表情のまま隣のアサギリの袖を引いた。身を屈めたアサギリの耳にディーノがこそこそと何かを囁き、アサギリがそれに応えるようにディーノの耳元に返事を返す。
時折自分に対して批判するような眼差しを向ける彼らに耐えかねた縞斑は、苦い表情を浮かべて彼らを指摘した。
「こらそこ。ヒソヒソしない。」
「だって。」
「原因はこれでしょう。」
それまでの恋人の体調を気遣う縞斑へ向けていた眼差しは何処へやら、デリカシー皆無の恋人を持ってしまった神無に同情すら込めた眼差しの彼らを見て、縞斑は完全に分が悪いと悟る。
「えぇ…確かに言ったけど、神無ちゃんは元々標準以下なんだから太ったところででしょ。」
「…そうですか。」
「神無…かわいそう……」
「あれ?ひょっとして俺、更に株下げた?」
ますます余計なことを言った縞斑に向けて冷めた視線を向ける彼らを前に居た堪れなくなった縞斑は、慌てて通信端末を起動させた。
「いや、いやいや。たぶんたまたま満腹だっただけだよ。うん。」
「それさっき僕が言いました。」
「ほら、これから会う予定だったから、その時にパンプキンパイ持ってくって言えばきっと……」
この相談の後、縞斑は神無の自宅で待ち合わせの約束をしている。
手土産に神無が贔屓にしている駅前のケーキ屋で大好物のパンプキンパイを買っていくといえば、流石の彼も喜んでくれるだろうと縞斑はメッセージを送信した。
ところが、数秒後に既読がついて返されたメッセージを見た縞斑はぴしりと固まってしまう。両隣から画面を覗き込んだアサギリとディーノは、神無からの返信を見てますます表情から温度が抜け落ちていく。
「…『今日は遠慮しとく』…マスター…」
「違うんだアサギリちゃん。これはその、」
「だらだら先輩、最低ですね。」
「違うんだってディーノちゃん!聞いて!!」
やはり、と言いたげな表情の彼らを宥めるように立ち上がった縞斑は、慌ててコートを羽織ると鞄を掴んだ。
「ちょっと早いけど出る、アサギリちゃんあとはよろしく。」
「いってらっしゃいませ。」
「神無を泣かせたら許しませんよ。」
「肝に銘じておくね。」
手短に会話を済ませて地下を飛び出す縞斑は、そんな主人の背中を見送ったアサギリのため息は聞こえないふりをすることにした。
※
予定より一時間早い来訪に、扉を開けた神無は息を切らす縞斑を見上げて目を丸くした。
「だらだら先輩…?!早くね!?」
「はぁ……はぁ、ごめん…急に…」
「別にいいけど…元々来る予定だったし…」
不思議そうな表情で頷く神無は、部屋着の袖を伸ばして縞斑の頬を伝う汗を拭う。
そんな彼の手を取った縞斑は、驚いた声を上げる彼と視線を合わせて顔を覗き込んだ。
「神無ちゃん聞いて、」
「うおっ!?なに!?」
見つめた神無の顔色は良く、目に見えて痩せている様子もない。正確な診断を行うことのできない縞斑は、彼が心の内に抱えているかもしれない悩みを思ってぐっと唇を噛み締めた。
「…だらだら先輩?」
「その……この前は、ごめん。」
「………え、何の話?」
ぱちりと神無が目を瞬く。
ますます不思議そうに首を傾げてみせる彼の真意を見破ることができないなんて、どうやら自分は随分余裕がないらしい。
乾く口の中を唾液でどうにか湿らせた縞斑は、どうにか自身の気持ちを伝えようと普段より数倍も回転の遅い頭を働かせた。
「神無ちゃんって元々痩せ型だし、もっと食べてもいいのになって前々から思ってて……だからあれは、別に指摘とかそういうつもりじゃなくて。」
「………、」
「いや、指摘としか捉えようがない言い方をした俺がどう考えても悪いんだけど……もしも俺のせいで無理してるんだとしたら、それは誤解で、」
俯いた縞斑は神無の顔を見ることができなかった。
恋愛経験はそれなりに豊富だと考えていたが、思えば自分から想いを伝えて結ばれたことは神無が初めてだ。
これまでの恋人との交際も受け身ばかりで、結局彼女の方から「私ばかり好きみたい」と振られることが恒例だった。
「ごめん……全部言い訳だね。傷つけるようなこと言ってごめん。どうか許してほしい。」
誰かを想い、正しく言葉を伝えることがどれほど難しいことか、今更思い知って反省した縞斑は深く頭を下げる。
黙って話を聞いていた神無がすうと息を吐いた。その僅かな呼吸音に怯えるように肩を揺らせば、頭上から彼の声が降り注ぐ。
「………いや、ほんとに何の話?」
「………………ん?」
心底何の話か分からないという声色に、縞斑は思わず顔を上げた。縞斑に握られた手を握り返したままきょとんと目を瞬く神無は、反対方向に首を傾げる。
「俺…いつだらだら先輩にひどいこと言われたっけ…?」
「え…?いや、だってこの前、」
咄嗟に当時の発言を振り返ろうとした縞斑は、元刑事の勘を総動員して神無の心理を読んだ。
神無が隠し事をしている様子はない。本当に何も覚えていないという表情の彼に、縞斑は思わず言葉が途切れる。
「あ!それより先輩!ちょうどいいとこに来てくれた!!」
「へ?」
「ちょっと減らすの手伝って!!さすがに俺も限界!!」
何かを思いついた様子の神無は、唖然とする縞斑の手を引いて家の中へと促した。
大人しく従ってリビングへと足を踏み入れた縞斑は、室内にふわりと香る甘い匂いに首を傾げる。
「この匂い……チョコレート?」
「そう!最近めちゃくちゃ買い占めちゃってさ〜」
満面の笑みを浮かべて頷く神無の視線の先を辿れば、そこには業者も顔負けするような大量のチョコレートが積み上げられていた。
大小内容も様々なそれらを見回した縞斑が困惑の表情を浮かべていると、山の中のひとつを手に取りながら神無は言葉を続ける。
「もうすぐバレンタインじゃん?駅前とか百貨店とかで催事場が始まったから、最近仕事帰りに色んなところ巡ってて…」
「…買ったの?これ全部?」
「いやー…見るだけのつもりだったんだけど、気がついたら行くたびにどんどん買っちゃって…早く食べないと悪くなっちゃうから。」
話しながら箱の中のピスタチオチョコレートを口に放り込んだ神無は幸せそうに頬を緩めると、もう一粒を摘んで半開きの縞斑の口に投げ入れる。
パンクしていた思考を摂取した糖分でどうにか働かせた縞斑は、ようやく落ち着きを取り戻して状況を整理していく。
「つまり……この前のデートでデザートを我慢したのは…?」
「家にその日までしか保たないチョコがめちゃくちゃあったから、帰って食べなきゃいけなくて。」
「……今日パンプキンパイ我慢したのも、」
「あっそうだよ!先輩なんで俺がチョコでお腹いっぱいのときに大好物買おうとすんの!!いつも買って来ないのに!!」
つまりは盛大な勘違い。神無は縞斑の太ったという指摘を気にしたり覚えていなければ、甘いものを控えてもいない。
「…………はぁー……」
「わっ、先輩大丈夫?」
唇を尖らせて文句を言う神無を見下ろしていた縞斑は、思わず脱力してその場にしゃがみ込んでしまった。
「ちょっとなんか……気が抜けて…」
「えぇー…疲れてるんじゃないの?」
「うん………今どっと疲れがね…」
可愛さ余って憎さ百倍とはこの事かもしれない。
八つ当たりに近い怒りを安心が飲み込んでがしがしと頭を掻いた縞斑は、心配そうに顔を覗き込む神無にどうにかこくりと頷いて見せる。
そんな縞斑の様子を見下ろした神無は、隣に膝をついて彼の頭を両手で撫でた。
「ちゃんと先輩の分は当日に用意するから大丈夫だよ?」
「………やったぁ……」
恋人を少しでも癒そうとするその手と、的外れな慰めの言葉に、縞斑はますます脱力して大人しく身を任せることにしたのだ。
終