みずいこ というか みず→(←)いこ
イコさんが水上をいきなり夜景デートに誘う話
時系列はアフト侵攻ちょっと前
関西弁非ネイティブのため口調は勘と変換機頼り
@a_yuuzora
「水上って三学期自由登校やんな」
「あー、そっすね。三門大にボーダー推薦受かってるんで」
「じゃあ今晩夜景見に行かへん?」
夜景?なんで?今日?誰と?二人で?唐突すぎひん?というあらゆる疑問が頭を高速で駆け巡っていったが、混乱とは裏腹に「いいっすね」と了承する言葉が、変なところで正直な口から飛び出ていた。
初心者マークを貼り付けた「わ」ナンバーの車と共に待っていた生駒と合流し、しばらく車を走らせてからコンビニに寄り適当なお菓子と飲み物を買い込んで、再出発してからようやく水上は最初の疑問を口にした。
「なんでいきなり夜景見に行こなんて言い出したんです?」
「んー、そういや水上門限なくなったやんって気づいたからやな」
「まあ、ひと月前にそうなりましたねえ」
悪し様に言うと少年兵を育成している組織であるボーダーは、案外青少年の成長に気を遣っているらしく、本部住まいの隊員に門限が定められていて夜間の防衛任務以外では深夜に外出してはいけないことになっている。その門限が解除され夜勤も積極的に増やしていいとされる年齢が、満十八歳だった。
そして水上は先月、つまり十二月の上旬に十八歳を迎えた。
「一緒に夜遊びしてもええってことやんな」
「夜遊び? わざわざ夜に外出ておもろいこととかあります?」
「こないだ聞いたんやけど、迅が去年──ああもう一昨年か、十八の誕生日迎えた日にな、玉狛の支部長に夜遊び連れてってもろたんやって。ダーツとかビリヤードを酒飲みながらやれるとこな。さすがにまだ酒は飲まんかったらしいんやけど」
「そりゃそうですよ、そっちはハタチからです」
「酒は飲めんかってんけど楽しかったー言うてたから、ええなーって思て」
「いやなんでそのダーツバー?みたいな店で遊んだって話が夜景見に行く話になるんすか」
「だって俺そんなかっこええ店知らんもん。ほんで、駅に置いてあるフリーペーパーにドライブデートなら夜景!て書いてあるの思い出してな、ここなら場所と車さえあれば楽しめるんちゃうって。ちょうどこないだ免許とれて運転してみたかったしな」
「そっ……すか……」
水上はこめかみに手を当てながらぎゅっと目をつむった。
仲の良い後輩と夜遊びしたかったのは分かる。そこにデートスポットを持ってくるセンスと発想にはついていけなかった。車という狭い密室で二人きり、デートスポットに向かう? 生駒は深いことなど考えてはいないだろうが、生駒に密かに片想いをしている水上としては、その無自覚な行動に心を乱さずにはいられない。もちろん、表情にも態度にも出すつもりはないが。
夜間のドライブなどそんなに賑やかになるようなものではないはずなのだが、生駒がいる限りそうはならない。喋る相手がいれば任務中だろうと食事中だろうと延々と喋るこの男が、運転中に静かにしているはずもなかった。
さきほど寄ったコンビニで新発売のスナック買ったはいいが運転中食べるタイミングがないという話、走っている山道が思ったより暗くて視覚支援が欲しいという話、同年代の皆も教習所に通っているという話、迅に勧められて料理を始めてみたが寮のキッチンが狭すぎるという話、それはそれとしてキッチン用品揃えるのが結構楽しかったという話、他にもいろいろ。
今のドライブに関することから日々の愉快なことまで様々な話題を次から次に投げてくる生駒を、水上は相槌を打ちながらこっそり見つめる。
作戦室で二人きりになることは少なくないが、他の誰かが入室して着たりランク戦に向かったりするため、こんなにも長い時間二人きりというのは今までなかったかもしれない。誰にも邪魔されない場所で、手を伸ばせば触れられる距離で、とりとめのない会話ができる。なるほど、これがドライブデート。悪くない。誘ってきた本人にデートのつもりがないことを除けば。
「水上」
「はい、なんすか」
さきほどまでと同じように相槌を打つと、ずっと正面を向いていた生駒の視線がちらりとこちらを向き、ばちりと目が合った。ほんの一瞬だけ。
「さっきからずっとこっち見とるけど、イコさんの運転心配? 危なっかしい?」
え、と間抜けな一音が思わず漏れる。気づかれていたことに、気付かなかった。そういえばこの人は視線に聡いタイプだった。失念していた。
「別に、そんなこと思ってませんて」
「じゃあ何?」
何、か。まあ、正直に言ってしまうか。二人きりだし、邪魔も入らないし、うっかり誰かが聞いて茶化してくることもないし。
「運転してるイコさんが、かっこええなあって思って」
「えっ、ほんま!? モテる?」
「モテるかどうかは知りませんけど。ちゅーか、女の子を助手席に乗せとる時点でモテる通り越して脈アリとかそういうやつなんちゃいます?」
「それはあれか、なんぼかっこようてもいつ披露すんねや、ってやつか」
「じゃないすかね、知らんけど」
知らんけど、ここにおる後輩からはモテてますよぉ。とまでは流石に言えず、言う気もなく、水上は自嘲気味に小さく笑った。
「イコさんは」
「ん?」
「なんで俺を」
夜景見に連れてこうと思ったんですか。と続くはずだった言葉は飲み込んだ。さっき聞いた。運転してみたかったタイミングで後輩と夜遊びしてみたかったからだ。
訊きたいのはそこじゃない。例えば隠岐が水上と同い年だったら、先に十八歳を迎えるのは隠岐の方だ。もしそうだったら、この場所に座ってドライブデート擬きに連れて行ったのはアイツの方が先でしたか。
そんなことを聞いてなんになる。水上は頭を軽く振って余計なことばかり紡ぐ思考回路を追い出した。
「どうした?」
「いや、なんでもないっす」
「うん、そか」
話はそこから何もなく、すぐにカーナビが『まもなく目的地です』と告げた。
展望台とは名ばかりの、山の中腹にある広い空き地が件の目的地だった。一応四阿とベンチがあったり片隅に自販機があったりはするので、人が来るという想定で作られているようではあるが。
暖かい車内から外に出ると夜風が首筋を通り抜け、水上は思わず猫背になって身を縮こまらせた。マフラー持ってくれば良かった、と思えどももう遅い。生駒のほうを横目で見れば、水上とは逆に背筋を伸ばし白い息を上に漂わせながら空を見上げていた。
「空、すごいで」
生駒に倣って水上も空を見上げると、満天の星が冬の澄んだ空気の中に瞬いていた。街の光から遠く離れた山の中だからだろう、目を凝らせば夏よりもずっと薄いはずの天の川さえ見えるし、オリオン座やすばるは簡単に見つかった。そのまばゆさにため息が漏れる。
「こんな、プラネタリウムみたいな星がほんまに見れるもんなんすね」
「それな! わざわざ天体観測しに山まで来ぉへんし」
「わざわざ山まで連れてきた人がなんか言うとる」
「なんかこれ見ただけで満足してもた」
「夜景見に来たんちゃいますの」
「せやった!」
街の方向を向いているベンチまで生駒は駆けだしていき、水上はその後をのろのろとついていく。
展望台から眼下に広がるそれは、夜空を映したような夜景……というのはいささかいびつな光景だった。ひとつひとつが人の営みを表す光の粒の集合の中で、一か所だけぽっかりと真っ暗な闇に塗りつぶされ、その中心に少しだけちかちかと光る粒がある。ボーダー本部と、その周囲にある放棄地帯がそれだった。
「ボーダーんとこ大穴が空いたみたいになっとるな」
「ほんまですねえ」
「俺らが住んどるとこ探さんでも分かるのヤバない? こういうときって『ウチあのへんかなー』って指さしたりすんのが定番やと思ってんけど」
「確かに」
四年前の大侵攻の痕をくっきり残す街の姿を、水上は複雑な気持ちで見た。
ここを夜景スポットとしてオススメしたフリーペーパーの編集者のセンスを疑う。著者は5年以上前から情報の更新をしていないのではないか。いや、三門の人にとっては放棄地帯の外で生活を営めているという証、復興のしるしなのかもしれない。そのいずれかまでは、外様である水上には理解しかねるけども。
歪な夜景を見ながら物思いに耽っていると、むにっと頬にあたたかいものが押し当てられた。反射的にそちらを見ると、ペットボトル飲料を片手ずつ持った生駒が立っていた。いつのまにか自販機まで行って買ってきたらしい。
「柚子のとブラックコーヒーとどっちがええ?」
「じゃ、コーヒーで」
ブラック飲めた方がかっこええやんと言いながら挑戦する度に渋い顔をしている生駒を思い出して、水上はコーヒーを受け取る。それに頭が冴えるこの苦みは嫌いじゃない。
残ったオレンジ色のペットボトルを開けながら生駒はベンチに座り、倣って水上はその隣に座る。買ったばかりで少し熱いくらいのコーヒーを一口飲むと、息の白さが一層増した。
「来て良かったなあ」
しみじみ、といった感じで生駒がつぶやく。ちら、と横目でそちらを向くと、生駒も水上を見ていた。
「俺ら、生まれ育った場所はちゃうのに同じ街同じ場所で生活しとるわけやん。ボーダー無かったら多分会うこともなかったんやんなーって、今急に思ってな」
「ほんま急やなあ」
「だって俺なんか地元にいたら進学してたかどうかも分からへんで? で、水上は地元なら絶対頭ええ大学行っとったやろ? でもここに来たから俺らは春から同じトコ通うわけやん」
「確かに、あんま進む先が交わるタイプちゃいますねえ」
「せやから、背中預けて戦ったりおもろいもの一番に共有したいと思える奴と出会えた縁に感謝やな」
生駒の視線はこちらを向いたまま動かない。あんた夜景見に来たんちゃうんかい。いや、そんなことはどうでもよくて。
「……それってもしかして俺のことっすか」
「せやで」
「俺のことそんなふうに思ってたんすか」
「おん。言ったことなかった?」
「初耳っすねえ」
「さよか。案外伝わってへんもんやなあ。ま、これからもようさん頼ったり色々付き合わしたりすつるもりやから、末永くよろしゅうな」
何気ない声音で、相変わらず感情の読めない無表情で、さらりと生駒が言う。そこには別段深い意図も感情もない、ように思える。それでも水上には十分だった。一番に共有したい相手に選んでもらえたことが、末永くと言ってもらえたことが、思いもかけない幸せだ。
早くも冷め始めているコーヒーを一口すすって、息をつく。
「今なら死んでもええなあ」
そんな言葉がぽろりとこぼれ出た。「私は貴方のもの」をかつてそんな風に訳した文豪がいたなと思い出しながら。
「末永くって言うとるのに死なんとって!?」
密かで甘やかな心情を知る由もない生駒はやや焦った声音でつっこむ。水上はその勢いにふっと息だけで笑って、冗談です、と小さな嘘をついた。