カルみと バレンタインネタ
シナリオネタバレあり
@popo_trpg_ss
人生は選択の連続である。
縞斑狩魔は今、大きな選択を迫られている。
「…参ったな……」
両手を机の上で組んで項垂れた彼は、ちらりと机の端に置いたカレンダーに視線を向けた。
間も無く2月14日がやってくる。
大切な人にチョコレートを贈るイベント。そんな甘いもの好きにはたまらないイベントを、恋人である神無が見過ごすはずがない。
縞斑の予想通り、百貨店で催事場が始まる1月の中旬から彼はそわそわと落ち着きなくサイトをチェックしており、非番の合間を縫って買いに行くのだと意気込んでいたのだ。
当初の縞斑は、そんな甘いもの好きの彼ならば何を贈っても喜ぶだろうと余裕綽々であった。
しかし日が経つにつれて、公休に顔を合わせた神無が嬉々として見せるチョコレートを見るたびに、縞斑は焦りが確かな形となっていくことに気がついたのだ。
どうやら甘いもの好きは他人に贈られなくとも自力で調達してしまうらしい。そんな彼がまだ手に入れていないチョコレートを選ぶのは、普段甘いものに縁がない人間にとって至難なのでは、と。
そう気付いてから、縞斑の行動は迅速だった。
直ちに目星をつけていた都内で最も大きな催事場のパンフレットを回収して、それを神無の自宅のリビングにさりげなく置いて来たのだ。
さながら、クリスマス前の子供部屋におもちゃのチラシを置くような感覚だった。とはいえ、プレゼントを受け取った神無が心の底から喜ぶ顔を見るためならば背に腹はかえられない。
そんなトラップ設置から一週間後、泊まりに行ったタイミングで神無のいない隙を突いて縞斑は彼の部屋からパンフレットを回収した。
そして、戦慄したのだ。
「俺が甘かった………」
全てのページについた開き癖。
色とりどりに貼られた付箋。
所々に走る細かなメモ。
机に置いたときより二倍か三倍に膨らんだそのパンフレットを手にしたときは、流石の狩魔も二度見して顔を顰めた。
「お疲れですね。」
呻き声を上げて悩む主人の前にコーヒーを置いたアサギリに、縞斑は苦笑いを浮かべて礼を呟く。
「あはは…ありがと、アサギリちゃん…」
甘いものを見過ぎて口の中がすでに甘い縞斑は、ブラックコーヒーで口を直して息を吐く。
そんな彼の様子をじっと見守っていたアサギリは、テーブルの上で膨れたまま鎮座しているパンフレットを見下ろした。
「まだ決まらないのですか?イベントは来週でしょう。」
「ある程度目星はつけたけど…うーん……」
腐っても元公安刑事である縞斑は、そのパンフレットを時間を掛けて読み解いた。
付箋の色から神無が考える『絶対買うもの』と『買いたいもの』と『贈りたいもの』の分類を理解して、わずかな開き癖の強弱から神無が最も読み込んでいたページも特定した。
そうして縞斑が導き出した神無が手にしていないチョコレートの結論は、現役の公安刑事である神無が買うには難しい開店前に並んで確保する必要がある限定品であると至ったのだ。
「…始発……始発で店に…この寒さで…?いや、そもそも早起き………え?ひとりで…?」
「……目の色を変えた女性の巣窟に、おひとりで。」
人生は選択の連続である。
縞斑狩魔は今、大きな選択を迫られている。
自身の尊厳か。それとも恋人の笑顔か。
「…アサギリちゃん、一緒に並ん」
「お断りします。」
※
「はい、ハッピーバレンタイン。」
2月14日当日。
青木に言われて急遽非番になったという神無に誘われて自宅に顔を出した縞斑は、リビングのソファに隣り合って座るなり紙袋を手渡した。
慣れた様子でコーヒーとココアを置いて気を抜いていた神無は、驚いたように目を瞬いて縞斑の顔を見上げる。
「え……俺に?」
「この状況で君以外に渡すことある?」
「や…ない、けど……意外だ…」
縞斑がチョコレートを準備しているとは思っていなかったらしい神無は、おずおずと紙袋を受け取った。
開けるよう目で促されて中身を覗き込んだ彼は、溢れるほど目を丸くして縞斑の顔を交互に見やる。
「えっ?えっ!?本物?まじで?!」
「喜んでくれるかなと思って。」
「いや、いやいやいや、めちゃくちゃ嬉しいよ!だってこれ…並ばないと買えないくらい人気なのに…!!」
それは神無ですら流石に買えないと諦めるほど有名なチョコレート店の限定品だった。始発で列に並んで整理券を確保して、ようやく購入の権利が手に入るほどの人気ぶりだ。
「先輩、並んでくれたの…?」
「ついでに?」
「…なんのついで?」
「……あんまり揶揄わないでくれ。」
「あはは!列並ぶ先輩想像できねー!」
何かのついでではなく自分のために並んだのだと知りたかったらしい神無は、嬉しそうに笑って受け取った袋を抱きしめる。
ずっと食べてみたかったチョコレートであることはもちろんだが、それ以上に縞斑が自分のために考えて時間を割いてくれたことが嬉しかった。
「ありがとう…!あとで一緒に食べよ!」
「独り占めしていいんだよ?」
「一緒に食べたいの!!」
甘いものに詳しくない自分には勿体無いのではないかと気を遣う縞斑だったが、神無は首を横に振って見せる。
それが願いとあれば喜んでと頷いた縞斑は、一緒に持って来ていた小さな紙袋をふたつ手渡した。
「あとこっちはニトとリトとアサギリちゃんから、神無ちゃんとディーノちゃんに。」
「わー!!手作りトリュフじゃん!美味しそう!!」
あとで礼を言っておこうと嬉しそうに受け取った神無は、自分も緊張した様子で息を吐いてソファの陰に手を伸ばす。
「俺も、先輩にチョコあげる。」
「お、待ってました。」
密かに楽しみにしていた縞斑が姿勢を正すと、神無はそっと取り出した紙袋を両手で手渡す。
中身を確かめてみればそこには、色とりどりのラベルに包まれた酒の形をしたチョコが収まる小箱があった。
「お酒のチョコ?」
「中に色んなウイスキーが入ってるんだってさ。」
「ほう。」
「気に入ったやつがあったら、説明パンフレットのQRから買えるらしいよ。」
「へぇ…手厚いねぇ。美味しそう。」
甘いものをあまり食べない縞斑へのプレゼントについて、神無もずいぶん長い時間悩んだのだ。
ウイスキー好きの縞斑に、試飲を兼ねてこの品を贈るのであれば丁度良い。
子供っぽいと思われないように、なおかつ美味しく食べられるように。それは神無が何度も下見を繰り返して、ようやく見つけ出したチョコレートだった。
「ありがとう、大事に食べるよ。」
「…うん。」
笑顔で受け取る縞斑を見た神無は嬉しそうに頷いて、両手を広げ彼の胸に飛び込む。
頬擦りをした神無がくすくす笑っていると、額に触れるだけの口付けが落とされた。
「ん、口にもしてよ。」
「はいはい、これから飽きるほどするのにね。」
可愛らしいおねだりに応じて尖らせた唇に触れれば、満足そうに笑った神無もそれに応えるように唇を押し付ける。
今は触れ合うだけの口付けがほしいらしい彼の唇や頬、瞼に気が済むまで唇を寄せれば、やがて照れ臭そうに神無が体を離した。
「へへ…今日の先輩いつもよりあまあまだ。」
「そう?」
「自覚ないの?ふわふわして、なんか嬉しそう。」
愛おしさを詰め込んだ菫色の瞳を細めて、神無はお返しのように縞斑の唇や頬に口付ける。
ちゅ、ちゅ、と幼い子供の愛情のような可愛らしいそれをくすぐったそうに笑えば、人のことを言えないほどふわふわと嬉しそうな神無が口を開いた。
「せんぱい、大好き。」
「俺も、君のことが好きだよ。」
今日くらいは、世間を騒がせるイベントに便乗するのも良いかもしれない。
いつもより甘く感じる二人の時間を噛み締めるように、二人は幸せそうに笑った。
終