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バンバンバレンタイン

全体公開 創作話 2 4391文字
2024-02-15 00:00:56

2024湊のバレンタイン。軽い事件物です。

Posted by @lianmiso

 玄関口で靴紐結ぶ小さい背中は湊だ。
 朝刊を取りに来た壱樹の目に入る。
「どこ行くんだ?湊」
 体がびくつき、片方の靴が転げる。湊は左足裸足のままで拾いに行った。
「外出スケジュールも把握していないんですかぁ。学校に行くんですよぉ。たまには顔を見せろと要望があったんです。実績を作りたい担任に応える必要なんて無いですが、波風立たせても後々が面倒ですものぉ」
「そっか。小中高と一貫制だからおめぇも行くのか。今日、バレンタインデーだからチョコなんか貰えるんじゃねーの?たくさん貰えそう。会社がバレンタイン禁止だからさ、楽しんでこいよ!」
 会社で過去に色々あったらしい。何か聞こうとすると誰も口をつむぐ。何も答えない。
「バレンタインなんて煩わしいだけですよぉ。私はリモートで顔出していますが貴方なんて忘れられているんじゃないですかぁ?モタモタしてるんじゃありません。多喜さんがエンジン掛けて待っていますからガソリン代が勿体無い。燃料だってただじゃないんですよぉ」
 霧凍の言う通りだった。
 入った時こそ転校生に間違えられて騒がれた。席に着けば騒めきはひそひそ話に変わり、集まってきた人々は蜘蛛の子を散らすように去っていった。それに今日はバレンタイン。久しぶりに登校している人に構っている暇はない。
 寂しいけど話しかけられた相手にかちこちになって何も答えず困らせるよりはずっといい。人気者が入ってきたようで黄色い声が周りであがる。湊はそっと耳にイヤフォンをつけた。
 周囲の助けを借りながら仕事中に勉強していた事もあってなんとか授業についていける。3時間目の体育の時間に顔にボールが当たる等ハプニングはあれどこのまま何事もなく1日が過ぎればいい。
 
「お前。俺のこと好きか?」

 平穏は突如破られた。

 体育の時間が終わった後、湊は右の手首を無理やり掴まれて校舎裏に連れてかれた。
 突然の告白だった。
「えっ」
「早く答えろ!誰か来ちまうだろ!」
 湊の頭に銀髪の女が頭を過ぎる。
 晴れやかな笑顔を浮かべた彼女。
「ごめん、気持ちは嬉しいんだけど、初対面だし、僕には、好きな………
「良かった!俺のこと好きじゃないんだな?」
 様子がおかしい。
「サキオカくん、何処ー!?」
「私のチョコ、受け取ってー?」
「サキオカシヘイくーん!」
「シヘイィィィィィ!俺からの愛も受け取ってくれぇぇぇ!」
 黄色い声の中に野太い声も混じる。複数人の足音が迫ってきた。10人以上いる。
「やばい!見つかった!!!」
 湊の眉が引き締まる。
「ゆっくり、話できないね。高等部にボランティア部の、部室があるからそっちに。鍵はこれ。僕は先生に話してくるから」
 校舎裏から飛び出して「サキオカくんを、あっちでみたよ」と指差せば、集団は湊の指差す方へ駆けていく。部室とは逆の方向だ。
「体育の授業で、受けた跡が、痛むんです」と途切れ途切れに伝えると担任は「今!?」と驚かれたが「そういったのは後から腫れるからなぁ」と担任は快く送り出してくれた。保健室ではなくてボランティア部の部室に向かう。
 通学者は学校からも会社からも必ず部活に入れと指示を受け、霧凍が創部したのがボランティア部。年齢の垣根無く小中高と協力し、他人や社会に貢献する目的で設立した。ボランティアとは名ばかりで学校での情報収集が主であり、湊がわからないところで色々やっているらしい。
 霧凍曰く「作ってはいけないと言われてませんからぁ」との事で周囲は渋々ながら納得した。もちろん湊も所属していて部室は自由に使っている。
 高等部の裏庭にある小屋が部室。
 授業中の今は部室に誰もいない。
 先に避難していた男の名前は【咲岡 漆平】と言った。
「春先からクラスメイトがおかしいんだ」
 ボランティア部には来客用のお茶も完備してある。咲岡にペットボトルを差し出した。
「春先から?随分と、前だね」
「今日が最高に狂ってるんだ。春からクラスメイトの視線が熱っぽく夏には一緒に祭りに行く話が海で一泊に変わってるし、それでも気のせいだと思っていたけど」
「先生、は?」
「青春だな、羨ましいって。うら若き若者の悩みなんざ聞いちゃくれねぇんだよ」
 湊は顎に手を当てる。思い浮かぶ事としては。
「僕、普段学校にいないから、普段耳にする物で洗脳してるとか?」
 洗脳という言葉を口にして自分でギクリとする。
「普段聞く物?チャイムとか?」
 咲岡はすんなり受け入れたようだ。自分で提案してきたので湊は少しホッとした。
「学校外で、モテてる?ファミレス、コンビニの店員さんとか」
「悲しいほどにモテねぇよ!」
 咲岡がバンと机を両手で叩く。
「ヒッ!」
 湊が小さく悲鳴を上げる。ペットボトルが起き上がりこぼしのように揺れた。
「じゃあうーん…………放送?」
「お昼の放送か!!!ラブソングばっかり流れてんだもん。おかしいと思った!」
「それはリクエストだから、じゃない?」
 給食中の曲のリクエストは学校での唯一楽しみにしていた事だった。なんだか学校は恋人が多い事だし恋愛物が多くなってもおかしくない。
 疑うのは機材。調べなければ。
 咲岡を部室に置いて放送室に行くことになった。昼の陽が差し込む授業中の廊下を先生に見つからないよう中腰になって進むのはドキドキした。
 あの角を曲がれば放送室だ。足を進めようとして―――進めない。体が浮いている。
「コラッ!授業中だぞ!」
 がっしりと野太い指で襟首を掴まれていた。体育担当で周りからはゴリラと呼ばれていた先生だった。
「とっとと自分のクラスに戻れ!」
 湊は固まるばかりで何も言えない。大人が、歳上が苦手だった。
「何事ですか?」
 目を瞑った湊の耳に涼やかな声が入る。聞き覚えのある声に目を開けば銀髪のオールバックの男が穏やかな笑みを浮かべていた。冬月霧凍だ。湊の体の強張りが解ける。
「あぁ、冬月さん、生徒1人抜け出しましてね。今から戻すんで
「ボランティア部としてその子から機材の修理を頼まれましてね。こうして高等部から遥々やってきた訳です」
「流石冬月一族と言いますか。機械の修理なんてちゃちゃっと出来るんですね」
 教師の言葉に霧凍の笑顔は変わらないものの纏う空気が剣呑なものに変わる。
「冬月一族だからじゃありません!霧凍さんだから………
 張り上げた湊の言葉を遮り、霧凍はにこやかに言い放つ。
「さぁ、離してください。その子に案内をお願いしないといけませんからねぇ」
 渋々と教師は襟首を離した。
「霧凍さん、ありがとうございます」
 実は出る前に一報をRINEで入れていた。右中指で眼鏡を上げると湊を追い越していく。慌ててパタパタと湊は霧凍を追った。
 放送室。
 普段ならわくわくしながら入っていただろう。今は固唾を呑んで霧凍の背を見守っている。
 しばらくして霧凍は放送機材についていたシールを剥がした。
「このシール、魔具ですねぇ」
「やっぱり。どんな物、ですか?」
「【恋人を作れ】という命令を植え付ける物です。スピーカーに張り付いてしました。普通の人間にも効き辛い微々たる効果ですが聞き続けるうちに増大していき、恋愛の成立が多いバレンタインに爆発したんでしょう」
 そういえば登校する時も休み時間の廊下も恋人だらけだった。この放送の効果なんだろうか。魔具を消したら別れてしまうのだろうか。
「この効果は良くも悪くも背中を押す物です。消しても効果は消えないでしょう。恋愛なんてくだらない物だと思いますがねぇ」
 シールを忌々しげに袋に入れてしまう。眉間の皺が更に深くなる霧凍に恐る恐る湊が聞いた。
「じゃあ、咲岡くんは?」
「君の話から推測すると彼自体が好意を向けられやすく、そして君のクラスは……魔具の効きが良かったのでしょう。今日の放送から解けるように仕掛けを施しましたのでこれで大丈夫です。おまじない程度で貼ったんじゃないですかねぇ。全く傍迷惑な。報告して学校に判断を任せます」
「ありがとう、ございます。霧凍さん」
「いいえ、例には及びません。これから修理代の請求をします。治療代、魔具処分代も含めてねぇ。犯人を捕まえるなら更に上乗せして!」
 臨時収入に機嫌良く笑う霧凍は逞しい。請求される学校を気の毒に思いながら「咲岡くんを迎えに、行ってきます」と湊がノブに手を掛けた。
「先生に話した事は君の本心ですか」
 霧凍の声が湊の背に掛かる。半身だけ振り返った。霧凍はいつも通りの表情だ。なんで聞かれたのかわからない。
………もういいです。行きなさい」
 ボランティア部の部室に戻る間に臨時のテスト放送が流れる。咲岡に「もう、大丈夫だよ」と微笑むと一緒にクラスへ戻った。
「体育の時間はどんくせー奴だな、と思ったけどさ」
………うん」
「意外とオメー、やる奴なんだな」
「ううん、霧凍さんが、みんながいてくれるから」
 クラスに着くと熱狂的な空気は浄化されていてもう黄色い声や野太い声は上がらない。咲岡がうっすら涙ぐんでいた。昼休みはどう過ごそうか悩んでいたが咲岡に誘われ、鬼ごっこに混ぜてもらったりした。
 遊びに混ざった珍しい奴にどうしても注目が集まって体が固まり、ぎこちなくなる。咲岡に笑われたが悪い気はしなかった。
 面談も無事に終わり、あとは帰るのみ。
「僕と霧凍くんはこの後用事があってね。その間、喫茶店で待っててもらえないかな?」
 帰り道、多喜に喫茶店で降ろされた。喫茶店の店員に事情を話し、多喜は席に着く湊を見届けると去っていった。
 いろんな事が起こった。弾ける炭酸と溶けるクリームをぼんやりと見ながら湊は1日を振り返った。
 楽しかった。
「すみませーん!注文いいかしらぁ!」
 メロンソーダを倒すかと思った。気がつけば目の前に雪花が座っている。
 店員にピースサインを向ける。明るく元気な冬月雪花だ。霧凍の姉であり、湊の同僚。密かに湊が想いを寄せる女性でもある。
「えっ!?えっ!?」
 幻でもなさそうだ。自分の太腿をつねるが夢でもない。
「私も今日登校したのよぉ。久しぶりの学校楽しかったわねぇ」
 彼女の笑顔に上がる熱。顔から頭のてっぺんまで熱くなる。
「そう、ですね」
 2人の目の前にガトーショコラが運ばれる。
「ハッピーバレンタイン」
「え、でも。バレンタインは禁止じゃ」
「チョコ渡すのが禁止なだけでお店で食べるのは禁止されてないものぉ。なんて、多喜さんからの受け売りだけど。さ、食べましょう!聞いたわよぉ。今日、大変だったんでしょう?」
「ええと、僕は―――
 ガトーショコラが甘く舌の上で溶けた。


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