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穴堀 埋(あなほり うめる)

全体公開 5968文字
2024-02-18 20:46:55

キャラクター名
穴堀 埋(あなほり うめる)



プロフィール
希望崎学園高等部2年生。安全生活部部長(所属部員1名)。
日常の大半を地中で過ごしているため、彼女が人前に現れることは滅多に無い。
普段の授業を出席することは無く、保健室通いで出席日数を確保している。

とても臆病で人と会話するのが苦手な性格。
一方で気に入ったものは自分のものにしないと気が済まない、図々しい一面を持つ。
美味しいもの、綺麗なもの、可愛いもの――地中は彼女の愛したもので埋まっている。
嫌いなものは人間。人形や機械など、人に近いものも苦手。

過去のトラウマから逃げるため地中で暮らすようになったが、その相手と決別するために『果たし状』を送りたいと思っている。
――が、機会をずっと先延ばしにしている。気が向いたらやる。

いつも重くて長い巨大なショベルを持ち歩いている。
シルエットがとても目立つので「ショベル女」として校内で噂になっているとか。


・セリフ例
「あ、あの……わたしと決闘、してください」
「これ、持ち帰っていいですか? 答えは聞いて、ません、けど……
「ちいさくて、冷たくて、暗くて……わたしと同じ土の匂いがする」



能力名
砂中の楼閣



能力内容
自身、またはショベルで触ったものを地中に持ち帰る能力。
地中とは彼女の認識が生み出した世界のことを指し、地表の下にあるとされているが外から干渉することは出来ない。

地中の広さ、構造、光源、物理法則、時間の流れ、その他一切合切は彼女の認識によって変動している。
今は大きな街ひとつ分の広さがあり、地上から持ち帰ったもので彩られている。(総人口1人)

地中では自身、またはショベルで触ったものを元の場所に戻すことが出来る。
また、自身が死亡したり魔人能力が消失した場合、地中にある全てのものは元の場所に戻る。



プロローグ
 埋められるなら、何でも良かった。

 いじめにあっていた自覚こそ無いが、うめるはずっと教室から浮いていた。
 顔色ばかり窺う性格のせいか、会話にならない頭の悪さのせいか、その両方か。
 付き合いでたまに話をする女子を除けば、埋に好意を寄せる友達はひとりも居なかった。

 だから――勘違い、してしまったのだろう。

「自由に空を飛べない鳥って、どんな気持ちなんだろうな」

 地面に叩きつけられるような衝撃。

 思慮深く、期待に満ちた声で問いかけてくる彼に、思わず振り向く。
 それまでどういう状況だったか、どういう気持ちだったか、もう思い出せないけれど。
 この瞬間から世界が色づき、日々が特別なものに変わったことだけ、ずっと憶えている。

 生まれ持った孤独を満たせるなら、何でも良かった。


 ⛏⛏⛏


 学校で飼っていた鶏が1羽殺された。犯人は不明。
 校内新聞の一面を飾ったセンセーショナルな話題は、しかし3日も経たない内に読者から忘れられるような些事だった。

 その日、飼育小屋の鍵を持っていたというだけの理由で、死体の第一発見者だったというだけの理由で、智禽ともとりは犯人の最有力候補に吊るし上げられていた。
 智禽は殺された鶏にも愛を注いで接していた。天に誓って、故意に殺すような理由は決して無い。
……なのだが、客観的に考えるほど、自分のことが信じられなくなってくる。水をやりすぎた植物の根が腐るように、鶏を殺したのも自分じゃないかと思い始めていた。

 だから、本当に壊れてしまう前に、真犯人を見つけなければ。
 職員室まで行って、担任の先生に問い質す必要があった。

「信じてください! 俺は犯人じゃありません!」
……分かった分かった。今はその言葉を信じよう」

 その目は笑っていないが、埒が明かないといった様子で、渋々話に付き合ってくれるようだった。
 髪はボサボサで、目は虚ろで、それでいて変に几帳面。非正規雇用の臨時教師だという彼は、およそ見た目通りの人物だ。

「先生、教えて下さい。――鶏を殺せる人物は、俺の他に誰が居ますか?」
「君があの晩に施錠を忘れていたのなら、誰でも」
……その日はちゃんと閉めて帰りました。だから、誰も入ってこれないはずです」
「ピッキングの形跡も無かったし、不法侵入の可能性も一旦消そう。……後は、そうだね」

 彼は椅子から立ち上がると、壁際の鍵束に近寄った。
 職員室には、希望崎学園初等部のあらゆる部屋の鍵が壁に掛けられて雑多に保管されている。

「不当に持ち出した奴が居た……か」

 当番が回ってきた飼育委員が1日の最初にすることは、職員室まで行って鍵束から飼育小屋の鍵を受け取ることだ。
 智禽もよく鍵を受け取りに来ていたので勝手はよく知っている。面倒な手続きも無いので持ち出そうと思えば、誰でも持ち出せる。

「でも、その日の飼育小屋の鍵は俺が――
「予備の鍵もあるんだよね。――いや、あった、と言うべきか」

 ボサボサの髪を掻き毟ると、彼は言葉を続けた。

「夏休みの終わり頃から、飼育小屋の予備の鍵がずっと持ち出されていたのは知っていた。でも、理由が分からなかったから、僕も気付いていないフリをしていた。
 先日の一件があって全体職員会議が開かれてね。結果、鍵の場所は誰も知らないってことが判明したんだ」
――つまり、その鍵を持っている人が鶏を殺した犯人、ってことですか?」
「何の関係も無い可能性もあるけどね。推理ドラマじゃあるまいし」

 大したこと無いように彼は言うが、智禽にとっては願ってもない話だった。
 腐りかけていた心に怒りの気持ちが湧いてくる。

「俺、絶対にそいつを捕まえて見せます」
「別にいいけどね。飼育小屋の鍵は交換されることになったし、管理もこれから厳しくなる。責められるのは君じゃない」
「それでも、俺が許せないんです!」
……そっか。好きにしなさい」

 言って、彼は少しだけ笑った。



 鶏が殺されて悔しい気持ちを抱えていたのは、智禽だけではない。
 手掛かりを掴み、勢い良く飛び出していく智禽を背中で見送ると、彼は教師としての役目を果たせたことに安堵した。

――命が奪われた痛みを、平気で耐えられるような大人になってはいけないよ、少年」


 ➷➷➷


「大事なものを、ここに埋めるの。――大人になったとき、またここに戻って来られるように」

 突拍子もない埋の思いつきを、智禽はどこか上の空で聞いていた。
 ここ数日、飼育小屋の鍵について友人を辿って聞き込みを続けていたが、成果は無いに等しい。
 親切に「知らない」とだけ言ってくれる人はまだ良心的で、悪質な嘘でからかう生徒も多く、苛立ちが積もるばかりだった。

「ねぇ、聞いてる?」
……あぁ、悪ぃ。今はそれどころじゃ――
「今じゃないと、だめ!」
「わ、分かったよ……

 授業中はおとなしくて暗い印象のある彼女だが、ふたりきりの時は人が変わったように強引な一面を見せる。
 出会った時から、あまり変わらない。こちらが素なのだろう。

「じゃあ、埋めたいものが用意できたら、またここで集合しようね」
「あ、あぁ」

 いつの間にか飼育小屋のそばに来ていたことも、今になってようやく気付いた。
 すぐ近くの大きな木の下に、やけに大きなショベルが立てかけてあった。

――埋めたいもの、か」

 しばらく考え、思いついたものを用意しにいく。
 時間がかかったので急いで戻ると、埋が待ちくたびれた様子で構えていた。

「もう、遅いよ!」
……ごめん」

 素直に謝ると機嫌を直してくれたようで、クッキー入れの缶を差し出してきた。

「くれるのか?」
「違うよ! そこに持ってきたものを入れるの。……あ、入りそう?」
「うん、それは大丈夫だと思う」

 蓋を開けると空箱だった。事前に聞いていなかったが、特に大きさは申し分ない。
 いわゆる、タイムカプセルというやつだった。

「それと、互いに持ってきたものは秘密ね。大人になって、開ける時までのお楽しみだよ」
……分かった」

 タイムカプセルを地面に置き、位置だけを確認すると、智禽から先に目を瞑った状態で持ってきたものを入れる。
 音だけは聞こえてしまうので、埋が持ってきた入れたとき、キン、とそれが缶底を叩くような音がしていた。
 金属で出来たもの――だろうか。

「もう目を開けても、いいよ」

 合図で見開くと、既に蓋が閉まっていて、中に何が入っているか分からなくなっていた。

「じゃあ、埋めるね。……あ、先に掘らないと、だね」
「計画性の無いやつ」

 ショベルを重そうに扱う埋を放っておけず、結局穴を掘るのは智禽の役目になった。
 適当な深さまで掘り終わるとタイムカプセルを地中に埋めて、今度は掘り起こした分の土を元に戻す。

 一通り終わる頃にはすっかり日が暮れていた。

「で、出来たぞ」
「えへへ。ありがとう、智禽くん!」
……ところで何で、急に」
「怖かったから」

 へとへとになって問いかけると、彼女はいつになく神妙な顔つきで、呟くように言葉を紡いでいた。

「これからどんなことがあっても――大人になったとき、わたしのことを思い出せるように。
 だから、この先、どんな大人になっても――忘れないで。ここに帰ってきて」

 普段とは違う、少し寂しげな表情に、不覚にもドキドキしてしまう。
 空からポツリと雨粒が降ってきて、分厚い雲に遮られるようにして、その日はお開きとなった。



 思い返せば、これが彼女との最後の良い思い出だった。
 ここから先は、あまり思い出したくない。

 些細なことで彼女と口論になって、掴みかかって、怒鳴って、泣かれて――逃げ出した。
 半ば八つ当たりのようなものだった。全てが敵に見えて、何もかも壊れていった。

 ハヤブサのように空を自由に飛べないことに気付いた鶏は、飛ぶことを諦め、みっともなく醜態を晒した。
 悪意を向けられたことに怯えた少女は引きこもりがちになり、二度と姿を見せることは無くなった。


 ⛏⛏⛏


 バレンタインデー。
 毎年この時期になると、彼女のことを思い出す。

 あれから5年もの歳月が流れ、智禽は喧嘩ばかりに明け暮れる毎日だった。
 バッチリ決めた赤色のモヒカン刈りと白ランが、すっかり自分のアイデンティティとして定着している。
 これをダサいと言うような奴は、実戦で鍛えられた喧嘩術と魔人能力で黙らせる。

 女子にも男子にもモテなくなった。喧嘩相手ばかりが増えていく。
 すっかり荒んでしまい、誰にも優しくしてこなかったのだから、当然だ。

 自室に腰を落ち着かせ、ボロボロになった鞄を開けると、甘い匂いのする包みが出てきた。

 5年前から毎年バレンタインの日が来ると、決まって自分の靴箱にラッピングされたチョコが入っている。
 差出人は不明。最初は悪戯かと思って身構えたが、中身は気合の入った手作りのものだった。
 事情があって顔は出せないようだが、好意を向けられていることは明らかだった。

 ひとつ問題があるとすれば――

「チョコ、苦手なんだよな……

 智禽は昔からチョコの味が嫌いだった。いつも処分に困っている。
 差出人が分からない以上、やめてくれとも言い出せない。

 初等部の頃は埋からもチョコを貰ったことがあったが、その時にチョコが食べられないことを打ち明けていた。
 だから、彼女からのものとも思えないが――手の込んだ嫌がらせでもない限りは。

 真偽は定かではない。
 ただ、このチョコを見ていると、昔の記憶が蘇ってくる。
 忘れたくても――忘れられない。甘くて、ほろ苦くて、嫌いな味。

「そろそろ……決着を付けるべきなのかもな、俺達」

 心のどこかで、彼女が足枷になっているのを感じていた。
 喧嘩の中で幾度となく死を意識したが、その度に彼女のことが頭をよぎり、決死の覚悟を鈍らせる。
 もっと強くなるためには――今の中途半端な関係を終わらせなければ。

『薔薇の決闘』と呼ばれる催しが希望崎学園で夜な夜な行われている。
 曰く、勝者は敗者を好きに従わせることが出来るのだとか。
 勝ったあかつきには――と邪な欲望が何度も顔を覗かせるが、それ以前に、これは彼女と再会出来る、またとない機会だ。

「埋……待っているからな」

 全ての真実が、集う場所で――



「にゃー」
「お、おい、これはダメだって!」

 チョコの甘い匂いに釣られてか、飼い猫のみぃちゃんが無邪気にすり寄ってきた。
 とはいえ、これを渡すわけにはいかない。人間が食べても平気なものが、他の動物にも安全とは限らないからだ。

 智禽の騒がしい夜は、もう少しだけ長く続いた。


 ➷➷➷


「う、うぅ……ついに、この日が、来てしまった……

 地中にひとり、この世界の主である埋は悲痛な面持ちで、自分宛てに届いた『果たし状』を何度も読み返していた。
 実のところ、ずっと前から彼に宛てて『果たし状』を書こうと思ってはいたが、先延ばし癖で踏ん切りが付かなかった。
 それがまさか向こうから来るなんて――これが運命というものだろうか。

 聞きたいことが、たくさんある。
 話したいことも、たくさんある。

「で、でも……怖いなぁ。今更どんな顔して、あ、会えばいいんだろう……

 ここで断れば、二度と彼に会うチャンスは無くなる。
 それもまた、選択のひとつ。無難で波風の立たない結果になるだろう。

 噂によると、彼は戦うことを選んだらしい。
 逃げることを選んだ自分とは正反対だ。とても敵うはずが無い。

 この5年間で培われたものは、臆病で独りよがりな性格を体現したような魔人能力だけ。

――大丈夫。君なら勝てるよ』
「そ、そうかなぁ……えへへ」

 お気に入りのクマの形をしたぬいぐるみから聞こえてくる幻聴に自尊心をくすぐられ、思わず顔がほころぶ。
 何となくその気になって、地中の風景に鮮やかな色が生まれる。

 美味しいもの、可愛いもの、綺麗なもの――
 自分の好きなものばかりで埋め尽くされた、砂中の楼閣。

 だけど――まだ足りない。永遠に満たされない。

 埋められるなら、何でも良かった。
 生まれ持った孤独を満たせるなら、何でも良かった。


「みんな、みんな、埋めてあげる」


 地中にひとり、少女の笑い声がこだまする。


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