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水上コココ

全体公開 3218文字
2024-02-18 20:49:36

キャラクター名
水上コココ



プロフィール
十七年前、希望崎学園演劇部でひとりの女生徒が死んだ。
女生徒の名前は水上コココ、オフィーリアを演じていた。
オフィーリアは死んだ。水上コココも死んだ。

ポローニアスは死ななかったローゼンクランツとギルデンスターンも死ななかったレアティーズも死ななかったガートルードも死ななかったクローディアスも死ななかったハムレットも死ななかった。
だけどオフィーリアだけが死んだ。

十七年後、希望崎学園演劇部でひとりの女生徒が現れる。
女生徒の名前も水上コココ、オフィーリア以外を演じることができる。

ハムレットは復讐の物語だ。
だからコココも復讐のために学園にやってきた。



能力名
オフィーリアではない



能力内容
ウィリアム・シェイクスピア作、戯曲『ハムレット』の役柄を完璧に演じることができる。
ただし、オフィーリアだけは演じることはできない。
コココの中ではオフィーリアは死んだからだ。
人は一度しか死ぬことができない。だからコココはオフィーリアを演じることもえきない。



プロローグ
十七年前、私はレアティーズだった。
復讐を仕損じたレアティーズ、妹をみすみす死なせたレアティーズ!
これほど滑稽なものがあろうものか! 何も知らない愚かな兄は、ハムレットすら見つけられなかった。

そうさ、十七年前の希望崎学園では『ハムレット』が公演されるはずだった。
悲劇のヒロイン「オフィーリア」を演じるのは『可愛い乙女……、優しい妹……美しい』コココ、私の妹「水上コココ」。
そんな妹をみすみす死なせた兄は、名を語るにも値せぬ。私は私以外の何者でもなく、レアティーズには値しない。

そして十七年後、私はポローニアスだ。
『バラは香水となってその香りを残してこそ地上の幸せを受ける』、ああ『五月のバラ』よ。
その血を受けたいとし子は、後世に受け継ぐ誉れ高き香りは、父の手で、私の手でひどく迂曲なものへ作り変えられる。

(暗転)

十七年前、当時の希望崎学園では演劇部が盛んでした。
目玉となるハズの演目はシェイクスピアの四大悲劇のひとつ『ハムレット』――、デンマークの王宮を舞台にして繰り広げられ、題にあるハムレット父子をはじめとする主要な役柄がすべて復讐と復讐とも言い難い偶然と因果の発露の末に死に絶える。

それは悲劇、ひとによっては喜劇、だけどただの演劇のはずだった。
けれど、現実にひとりの女優が謎の死を遂げる。女優は当時希望崎学園に通っていた女生徒、魔人であったかも不明。
女優の名前は「水上(みなかみ)コココ」、役柄は「オフィーリア」、場所は公演本番の舞台となるハズだった体育館の壇上で。
ミレーの絵画のように、仰向けになって死んでいた。下手人はわからない、水面の代わりに血だまりが広がった。そのこうべに、花の冠を戴いて、天国へと旅立っていった。

当然、舞台は中止になった。
現実の話をすると、当時「晶結鱗化症候群(メロウシンドローム)」だったとある生徒が被疑者の当落線上に浮上したという。
けれど彼ないし彼女は浮き上がることなく『泥まみれの死の底』へ沈んでいった。

――コココは溺れたのかな? それは自分の血? それとも殿方の血?
そ、これがもうひとりの水上コココの話、私の父の妹、叔母が夭折したのだというおはなしです。
ね、かのじょとわたしは瓜二つでしょう? みんな言う。だから言う。わたしは「オフィーリアではない」って主張する。
だって、『人間は一度しか死ぬことはできないのだから』、ウィルだって言ってるよ。

そう、十七年後。
だから今現在。
「水上コココはここにいる」
言葉に出さないと押し流されてしまう気さえした、だから口に出してそう言った。
誰に告げるでもなく、自分自身に言い聞かせるようにした。
ハムレットは復讐の物語だ、だから復讐を託された私はここにいる。

けれど、ハムレットは狂気の物語だ。
ハムレットは周囲を謀り、叔父クローディアスの正体を探るために狂気を演じた。
けれど、その狂気は本当に演じられたものだったのだろうか?

「さぁ、気を取り直そっか」
『この世の箍は外れてしまった。なんという因果だ、俺が生まれてきたのは、それを正すためだったのか(The time is out of joint--O cursed spite, That ever I was born to set it right!)』――、訳は色々とあるけれど『ハムレット』の第一幕はこの言葉と共に降ろされる。

さぁ、ハムレットも演じる者としては彼の言葉も財布から取り出せなければいけない。『金ぴかの台詞』を。
なお、劇中で諳んじられる『ハムレット』の台詞は2003年に角川文庫より発刊された『新訳 ハムレット(訳:河合祥一郎)』より引用させていただくことにするのでご承知あれかし。

あああ、いいい、ううう。

こここ、コココ、水上コココ。
私は水上コココ、髪はブルネット、ぼさっとしてて朝が来るたび整えるの。
瞳の色はモスグリーン、まるで深緑を映し取ったみたいねと友だちからはそういわれる。
親しいコたちからは「コッコちゃん」だなんていわれてる。
背筋はピンと伸び、手足は長く張って、目線は地平の果てまで射貫かんばかり。
白きかんばせ、みずみずしい肌を水をはじいて馴染まない。

そうさ、オフィーリアを、『ハムレット』を抜きにしてわたしはここにいる。ここにいるのさ。

ハンブルグにあっては、肉はさみのパンを食べよう。
ウィーンにあっては、コーヒーを飲もう。
ナポリにあっては、ケチャップをからめたパスタを食べよう。
どこも行ったことがある、どれも食べたことがある。

だけど、ハムレットを食べたことはない。
ハムレット! ハムとオムレット! なんて美味しそうなのだろう。
レアティーズ! レアチーズ!! なんて美味しそうなんだろう。

冗句は釣瓶に置いて、井戸底へ叩き落してしまえばいい。
自慢だが私はハムレットを完璧に演じることができる。
ポローニアスもローゼンクランツとギルデンスターンもレアティーズもガートルードもクローディアスも演じることができる。

おっと、ポローニアスは刺殺されたからそれ以外ね、オフィーリアも十七年前に死んでしまったからそれ以外ね。
本来ならオフィーリアは父の宰相ポローニアスの死を受けて狂いを発し、死を遂げるのだけれど。
その順序は違えてしまった、因果は狂ってしまった。
だけどそれを問うのは意味が無い。『何ゆえに昼は昼なるか、夜は夜なるか、時は時なるかを詮議立てる』ようなものだから。

ゆえに時代遅れで帳尻を合わせるために今日ほんじつ、定められた幕間のごとく体育館の厚い緞帳の向こう側、わたしの父は死んでいました。
おしゃべりな父はハムレットのため死に殉じたのでしょうか。
これで満を持してわたしがレアティーズを演じられるというものです。逆かもしれないけれど……

一張羅からは程遠い、わが身を包むのは学生の服だ。
大学を出たというハムレット達にはきっとわが身は若い。
だけど、ハムレットの経た年月には諸説ある。きっと演じられる、ぴったりと演ぜられる。
男のなりだって必要ない、きっときっとわが身には。

わたしがハムレットならおまえはレアティーズだ。
おまえがハムレットならわたしはレアティーズだ。

武道場の扉を叩く。
わたしはおまえのことを殺さなければならないのか。
薔薇の決闘を挑む相手は「歌沫人禦(ウタカタ・ヒトメ)」、それだけは譲れないのだと決闘場を管理する柳先生はそう告げた。
わたしとおまえの間で繰り広げる物語の帰結が復讐であるか、そうでないのかはきっと最期になるまでわからない。

(ふたたび暗転)


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