※登場人物は全員が男なのでこちらの作品はBLです。
――忘れることが出来ない私から、何一つ覚えていない貴方へ。
バレンタインに名家・イーグル家の手伝いをしたサンドル。
「みんなに配っている」と、彼にチョコレートをイツキは強引に渡す。
一体なんだったのかと思っていると、一緒に手伝いに来ていた相棒のグリーズは「チョコを貰ってない」と言って――
傾向:ファンタジー/恋愛/甘め/すれ違い/記憶喪失/長命種
創作「俺達に明日はある-リストウッツのマフィア達-」と「IMMORTAL IMMORALIST」のどっちにも分類できる作品です。
@ginichi_sakura
【登場人物解説】
サンドル:臨時フットマン。グリーズの相棒。グリーズと出会う以前の記憶を失っている。
グリーズ:臨時フットマン。サンドルの相棒。仕事は出来るのだがサンドルには劣る。
イツキ :執事付き使用人。昔シヅキに倒れている所を助けられ、回復してから仕えている。
シヅキ :執事。ハウススチュワード。昔は感情を失っていたが、最近は人間らしい反応をする。
【用語解説】※本作および創作世界における説明であり実在の使用人の階級とは異なる。
●フットマン…「客人の世話をする使用人」の意。「臨時」なのは普段仕えていない為。
●ハウススチュワード……屋敷で一番えらい使用人。主人不在時には代理の決定権を持つ。
●執事付き使用人……本作では「執事《ハウススチュワード》に仕えている使用人」。執事の世話をする。
●『執事』の定義……「ハウススチュワード」または「バトラー」を指す。
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愛しい人へ一粒を
「サンドル、今回もお疲れ様でした」
「ありがとうございます、イツキ様」
お屋敷で臨時フットマンとして働いた分の賃金……の一部。
魔術と科学の入り乱れる都市「リストウッツ」の一番の名家「イーグル家」。
その家紋と正式に承諾を得たときにしか使われない柄の入った白い封筒。
これを受け取ってサンドルは懐に仕舞いこむ。
ちゃんとした金額は振り込まれるが、「何があるか」分からないので一部は手渡しするのがこの屋敷の決まりだった。
今の執事付き使用人のイツキは、やることが終わればすぐに執事の元へ戻る。
そうすると思いサンドルが姿勢を正して待っていても、一向に目の前の人物は動く気配がない。
真っすぐに臨時で入ったフットマンを見上げていた。
「……何か御用でしょうか」
「この後、少し暇ですか?」
「はい?」
「今日はバレンタインでしょう?」
一部の地域での催しを知るや否や、商人たちが即座に馴染ませたというチョコレート商戦。
愛しい人への愛の告白をするもよし、友人へ送るもよし、自分へのご褒美もよし。
とにかく美味しいチョコレートが出回り、気軽に渡したり渡されたりする日。
そこまで考えて、サンドルは今が何日なのか気にせず屋敷に来たのを思い出した。
自身と同居し、同じく今日別の場所で臨時のフットマンをしている男――グリーズ。
彼に起こして貰って仕事だけこなしていたので、サンドルは日付などすっかり忘れていた。
「……もう14日、なんですか?」
「そういえば貴方も、そういうのは疎くなりがちな人間でしたね……」
はぁ、というイツキの深いため息にサンドルは苦笑いを浮かべた。
二人とも普通の人間よりも長く生きる『長命種』で、時間の感覚は狂いやすかった。
サンドルはソシャゲのイベントで季節感を掴んでいたが、最近はバレンタインの内容はボリューミーになったせいか期間のずれも激しかった。
「すみません……」
「いえ。私もどちらかというとそういう人間ですしそれはいいんですが」
「はい。それと私に何か関係が?」
「チョコレートを用意したんです」
「私にですか?」
「いえ、皆に配っているんですよ。よろしければどうぞ」
どこから出したのか、イツキの手の上には高級そうな箱に入った1粒のチョコレートが乗っていた。
金箔が上に乗せられていて、チョコ自体は光沢が美しく、明るい茶色をしていた。
サンドルはチョコとイツキの顔を交互に見て、使用人らしさを投げ捨てて素で問いかけた。
「……高そうなんですが?」
「イーグル家のお屋敷の中で、陳腐なチョコレートを渡すわけにもいかないでしょう」
「執事殿はこの前、駄菓子屋で売ってるチョコスナック食べてましたよ?」
「それは……いえ。それとこれとは別です。仮にも贈り物ですから」
「たまに屋敷に出稼ぎに来るような人間が貰うチョコには見えないというか……」
「つべこべ言わずに食べてください」
「えっ、ちょっと……」
イツキは素早く手袋を外すと、サンドルの口にチョコを押し付けた。
勿体ないので落とさないように咥えながら、慣れた動作で手袋を外してはみ出た部分を持つ。
歯を立てればパキッと軽い音がして中から若干酒の風味のするとろりとした塊が溢れそうになる。
零さないように口の中に放り込んで、行儀が悪いと思いながらサンドルは手についたチョコレートを舐めとった。
その一連の動作を、微動だにせず、イツキは漏れがないように見つめていた。
「はぁ……。そんな強引なチョコの渡し方あります?」
「別にいいじゃありませんか。美味しかったんでしょう」
「美味しかった、ですけど……」
「ならよかったです。あとは箱も着替えの上に置いてありますので持って帰ってください」
「え、まだあるんですか? 今の一粒、食べて分かりましたけど絶対にものっすごく高」
「私はそろそろ仕事に戻らないと。それでは」
サンドルの言葉を遮って、イツキは身体の向きを変えてきびきびと歩きはじめる。
押し付けられた事実と、まだ箱があるという驚きで呼び止めきれずに見送ってしまった。
「……なんだったんだ、今の?」
「なんのことだ?」
首を傾げるサンドルに、別行動だったグリーズが声をかける。
彼の服が汚れていないかを確認して、サンドルはさっきの出来事を話しながら歩き出す。
「いや、イツキさんにチョコを貰ったんだけど……」
「へ? なんでいきなりチョコ?」
――あ。ソシャゲやってる僕よりこいつは行事に疎いんだった。
説明するのめんどくさいな、と思った所でサンドルはあることに気づいた。
グリーズも長命種である事を知っているのだから、バレンタインの説明を丁寧な仕事をするイツキが省くはずがない。
「もしかして……グリーズは貰ってないの?」
「貰ってないよ? あれか? 味見か何か?」
「……うん。そうだったんだと思う」
胸の奥が不思議とざわつくような気がして、サンドルは先ほどの出来事の真意をごまかすことにした。
「それがどうかしたのか?」
「すごく、美味しかったなって……自慢だね」
「自慢、だと……? ずるくない?」
「自慢だからね。羨ましいだろ?」
「おま、お前……!! 俺まだ何も食べてないのに、なんて酷いことを……!」
「はっはっは。帰ったらラーメンでも食べよ?」
「チョコ食った自慢したお前の奢りな?」
「はいはい、しょうがないな」
あははは、と笑いながらサンドルは不機嫌そうなグリーズを見つめて廊下を歩く。
臨時で雇われているのは、客が来るときだけであり、それ以外は格式なんかくそくらえという名家なのだ。
時に主人が走り回る日もあるし、執事が走る日も、羊が駆け抜ける日もある。
ちょっとぐらい騒いだって問題はなく――そうしていないとサンドルは胸のざわつきが説明できそうになかった。
着替えを置いた部屋まで行くと、本当に箱が置いてあった。
グリーズの荷物の方を見ても、それはない。
「……自慢もう一個していい?」
「なんだよ」
「イツキさんにチョコ貰った、箱で」
「なんで……?」
「僕がいい仕事をしたからだと思います」
「そう言われるとぐうの音も出ない……! チャーハンも奢れよ……?」
「イイヨー」
グリーズが着替えるのを待ちながら、イツキから貰った箱を眺める。
サンドルが思っていたよりもずっと上等な、特別な日に出てくるような高級な菓子屋のロゴ。
先ほど食べた一粒の箱とも似たようなデザインをしているので、先ほどのもそうだったのかもしれない。
お礼をされるほどの仕事はしていない。
好意を向けられる記憶もない。
けれど何故だか胸の奥が、忘れてしまった何かがざわつくような気がした。
「……グリーズ」
「なんだよ、まだ自慢か?」
「ううん。違うんだ」
「何だよ?」
「……僕は本当に大事なことを、忘れてしまってるのかも知れない」
言われても困るような一言に、グリーズは少し固まった後。
平静を装う為に着替えの続きを始めながら答えた。
「……そりゃそうだろ。お前俺と初対面の時は全部記憶飛んでたんだ、それも成人した姿で。少なく見積もったって数十年分は無いんだ」
「そうなんだよねぇ。だから多分とても、大事な何かが抜けてる」
「……思い出しそうで言ったの?」
「いや、全然。思い出せないなと思って言った」
「なんで今?」
「さあねぇ、なんとなくだよ」
サンドルが肩をすくめるのと同時に、着替えが終わったグリーズが背中を向け、それが当たり前のようにドアの近くに立つ。
それを確認するとサンドルは着替えを始めた。
確実に百年は経ってる過去の出来事で、信頼している相棒の前でさえ着替えるのを躊躇わせていた。
それでも、誰も見ていなければ誰かが一緒でも着替えることが出来るようになったのは彼にとっては進歩だった。
イーグル家の使用人「サンドル」としての服を畳みながら、深緑のパーカーの男はかけている眼鏡と髪型も変えた。
リストウッツを拠点にするマフィア、コードネーム「イカロス」はドアの前に立つ先ほどまでグリーズだった相棒に声をかける。
「お待たせ、ダイタロス」
「待ってない。じゃあ帰るか、イカロス」
「うん」
イカロスの手には貰ったばかりの箱が大事に握られていた。
それを見て何か言ってやろうか、とダイタロスが彼の顔を見た瞬間。
言葉を飲み込んでしばらく見つめてしまった。
「……行かないの?」
「悪い、ぼうっとしてた」
「疲れてる?」
「かもしれないな」
ふっ、と笑ってダイタロスは歩き出す。
長い間一緒に居ても、あまり見たことがない表情。
凄く穏やかな表情で貰ったものを大事そうに両手で持つ青年。
それはまるで、熱に浮かされたような……。
――あれ、イツキさんって『長命種』だから……相棒盗られる可能性とかある?
別に付き合ってもいないし、恋愛感情もない。
ただ、同じ時を生きるから一人で過ごすのはイヤだったから一緒にいる。
それだけではある、あるのだけれど――と心の中で呟いてダイタロスは後ろを振り返った。
目を見開いて驚きながらイカロスが立ち止まったので、その肩に手を置いた。
「え、何?」
「お前は、俺の、相棒だからな……?」
「うん。……ずっとそうだけど?」
「分かってればよし!」
手を放してまた屋敷の出口に向かって歩き出す。
不思議そうな顔をして首を傾げて、イカロスは呟いた。
「……なんだったの、今の」
それからは何事もなく、いつものように。
イツキからイカロスへのチョコレートだけがいつもと違うまま二人の臨時フットマンは屋敷を出て行った。
その姿を自室の窓から眺めながら、執事は机に突っ伏す執事付き使用人を見た。
「……アレの見送りは良かったのか?」
「出来ませんよ……慣れない事をしたんです」
「気づいて貰いたいんじゃないのか」
「わかりません」
「多分お前の真意は伝わってないぞ?」
「それは分かってます……面白がってませんかシヅキ様」
「いや? ……少しだけだぞ」
「人の恋心は娯楽じゃありませんよ!?」
机からガバッと起き上がると、執事は柔らかく目を細めてイツキの事を見つめていた。
余りにも慈愛に満ちたその表情に、ただでさえ熱い身体がのぼせそうになる。
「すまん。『サンドルとグリーズを少しの間別行動させて欲しい』というから何事かと思えばこれはなぁ……」
「前まで貴方は感情とかそんなものなかったのに。どうして今はそんなに面白がる人間になってしまったんです」
「少々“同じ顔の別人”に影響を受け過ぎたやもしれんな。……嫌か?」
「……私は今の方が好きですよ」
「それはどうも」
もう誰もいなくなった窓の外をもう一度見つめて、執事は小さな声で聞いた。
「お前はよりを戻したいのか?」
「ありませんよ。私はこれからもずっと、シヅキ様が望まなくともお傍に」
「……そうか」
「戻れるわけないじゃないですか。てっきり約束を忘れてるのかと思ったら、記憶も何もかもどこかに置いてきて忘れた恋人ですよ。それに私も、全部手放してしまったんですもの」
普段は執事の前ではほとんどにこにこしているイツキは、はぁと珍しく深いため息をついた。
――本当に全部手放していたら、チョコも渡さないんじゃないか。
とは、執事も口を開かなかった。
長く一緒に過ごした大事な部下を、その男も盗られたくはないのだ。
「……一緒にお茶ぐらいは出来るようになると良いな?」
「他人事だと思って面白がってますね?」
「少しな」
ふっ、笑いかけると執事は懐から小さな箱を取り出して机に置いた。
それは、イツキがイカロスに渡したものよりも上等で手に入りにくい菓子屋の箱。
「……シヅキ様、これは」
「手作りは全員に渡しているからな」
「え、シヅキ様。それって……?」
「これからもよろしく頼む。じゃあオレは仕事に戻る」
「待っ……てくださいそれさっき私がやったのと同じじゃありませんか!」
「……違う」
「一緒ですよ!」
足早に逃げようとするシヅキと、それを追いかけるイツキは屋敷の廊下をしばらく意味もなく回り、もう一人の執事に叱られるのであった。
《おしまい》
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あとがき。
今まで書いてこなかった設定の話を詰め込みながらの創作バレンタインです。
サンドル=イカロス。グリーズ=ダイタロスです。
マフィアであることは知ってるし、なんならずぶずぶの関係のイーグル家。
シヅキとイツキが登場する話をまとめているページはないので……。
イカロスとダイタロスが登場する他のお話はリンクからどうぞ。
▼「俺達に明日はある」作品ページ
https://ginirosakura.wixsite.com/mechanicalcherry/oreasu