カルみと お誘いの話
シナリオネタバレあり
秕さんのイラストの三次創作です
@popo_trpg_ss
「先輩!あそこの店いこ!」
ぱたぱたと駆けた道の先で嬉しそうに笑う神無に追いついた縞斑は、恋人にだけ見せる穏やかな笑みを浮かべて神無の頭を撫でた。
「ほら神無ちゃん、走ると転ぶよ。」
「平気だって!だらだら先輩俺のこと何歳だと思ってんの!」
平和なやり取りを交わしながら、神無は扉を開けて店内へ歩いていく。その背を追う縞斑は変わらず笑みを浮かべているが、実は内心は微塵も穏やかではなかった。
『今日…終わったらさ…その、だ…抱いて…ほしくて……』
頭の中では、待ち合わせ場所の路地裏で袖を引いて囁かれた神無の言葉がぐるぐると回っている。
そうだ、今朝は神無三十一から初めて夜の誘いを受けたのだ。こと恋愛においては経験が浅く初々しいあの神無三十一が、自分から。
誘われた直後の縞斑は、何が起こっているのか分からず唖然と立ち尽くしてしまった。
それでも辛うじて頷くことができたのは、拒絶されたと神無が勘違いして傷つかないためか、はたまた自身の思考も置き去りに駆け出した煩悩か。どちらかと言うと後者が濃厚である。
その後の記憶は殆ど残っていない。
気がついたら通りを歩いて、店の前までやって来て、今は椅子に座ってメニューを見ているところらしい。
「先輩は何食べるー?」
「………あ、ええと…そうだね、」
縞斑の悶々とする思考の一方で、神無はそれはそれは晴れやかな笑顔を浮かべて色とりどりのパフェを吟味している。
そんな彼の二番目に悩んでいたパフェを指して半分食べてほしいと提案すれば、神無は更に幸せそうな笑みを浮かべて頷いた。
ここまで意識の欠片もない振る舞いが演技であるとはとても思えない。水のグラスを傾けながら縞斑は、まさかと一抹の不安を覚えた。
「……嘘だよな?」
「え?なにが?」
「いや………なんでもない…」
「…?へんなのー」
神無が今朝口にした『抱いてほしい』という言葉に、特に深い意味が無かったらどうしよう。
相手は22歳の立派な大人とはいえ侮れない。何故なら彼は既にその前科を持っているのだから。
付き合い始めて一ヶ月が経とうとした頃、縞斑は初夜の誘い文句に『一緒に寝よう』という言葉を選んだ。
ところが神無はその言葉を聞いて本当に一緒に寝るのだと勘違いしたらしく、緊張しながら縞斑が風呂を上がったところ神無は寝室に嬉々として枕を二つ並べていたのだ。
寂しくて眠れないなんて先輩も子供だにゃー!と得意げに笑った神無によって、腹をぽんぽんと撫でられた縞斑は朝まで寝かしつけられた。
翌朝、睡眠不足が解消されてすっきりとした思考で神無に説明を行ったところ、ようやく意味を理解したらしい神無は真っ赤な顔でベッドに籠城して、結局その日は一日部屋から出てくることはなかったのである。
そんな過去があるため、今回もそんな空回りがあり得ないとは言い切れない。
「…いや、待てよ……?」
「先輩さっきから難しい顔してどしたの?」
「あー…うーん……こっちの話…」
もしくは、言ったことに満足して緊張から解放されているのではないだろうか。
縞斑は思わず額を手で覆って項垂れる。向かいの席に座る神無が不思議そうな声を上げるが、怖くて確認ができなかった。
もし言ってやったと達成感に満たされているのであれば、神無はまだそこがゴールではなくスタート地点であることを知らない。
「…えー……」
「…せんぱい?」
頭を抱える縞斑の向こうから不安げな声が聞こえる。思考を巡らせて百面相をしていたせいで、目の前の恋人を放ってしまったことを思い出した縞斑は慌てて顔を上げた。
「あ…ごめん神無ちゃん、な…んむ」
そうして開いた口は、すぐに神無が突っ込んだスプーンに塞がれる。
驚いてされるがままに口に含んだそれには、アイスクリームとチョコレートが乗っていたらしい。ひんやりと冷たくて甘い塊を飲み込んだ縞斑が今度こそ顔を上げれば、そこには頬を膨らませた神無の姿があった。
「俺といるんだから俺以外のこと考えないで。」
「…ぁ、ええと、」
「そりゃだらだら先輩も仕事忙しいだろうし、考えることたくさんあるだろうけどさー…せっかくの休日なんだから忘れてリフレッシュしないとだめだろ。」
言いながらいつの間にか運ばれてきたらしいパフェをぱくぱくと口に運ぶ神無は、縞斑の考え事は仕事に関することだと思っているらしい。
「神無ちゃん、あの、」
「心配しなくても大丈夫だよ。俺がちゃーんと、俺のこと以外考えられないくらい先輩のこと夢中にさせてあげるから!」
言い淀む縞斑に向かって、神無はそう笑った。
ぴしゃりと雷に打たれたような戦慄を覚えて固まる縞斑の一方、神無はまたも決め台詞が決まったと言いたげな表情でいちごを頬張る。
「…神無ちゃんさぁ……」
「ん?なになに?きゅんとした?」
「………どっちかっていうと、ぎゅんときた。」
「きゅんより勢い良いってこと!?やったぁ!!」
前屈みに長く細い息を吐く縞斑の苦労も知らず、神無ははしゃいだ声を上げて半分を約束した縞斑のパフェにもスプーンを伸ばした。
今回ばかりは黒田や赤星が神無を蝶よ花よと育てたことを責めたい気分だ。せめて年相応の性教育は最低限施してほしかった。
「…俺、悪くないよね。」
「え?な…ないんじゃない?」
「……そうだよね、うん…ありがとう、パフェ食べよっか。」
顔を上げた縞斑がにっこりと笑う。いつも通りの恋人の姿に安堵した彼は、改めて目の前のパフェを堪能することに意識を向けることにした。
今夜は立てなくしても、俺は悪くないよね。
そんな不穏な考えを目の前の恋人が抱いてるなどつゆも知らずに、無垢な青年は今日も幸せを啄むのだ。
終